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PHOENIX SAGA Chapter 05. 7/9
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7 「さて、帰りは簡単です。北東にある泉をくぐれば、調和神神殿に行くことが出来ます。もっとも濡れるのは仕方がないですがね。ちゃんと神殿を思い浮かべなければ、とんでもないところに出てしまいますからね」 グスターフは三人を水面が静かで、底が見えないくらい暗い泉に連れていく。 「お世話になりました」 イリーナはグスターフに深々とお辞儀した。 「構いませんよ。あなたはまだ若いのだから」 グスターフはにっこりと微笑んで言った。 「あの、一つお聞きしたいのですが。先程、俺を見て何か言いかけましたよね?」 スカルは先程から気になっていた問いを、勇気を持って投げかけた。 「そうですね。では、教えて上げましょう。イリーナ、あなたも良く聞いておきなさい」 グスターフに言われ、イリーナはほぐれていた表情を強張らせた。 「あなたは、不思議な力を持っていますね? それは、精神の力。神々の大戦のおりに、非力な人間たちが悪魔や天使と戦えるように、神々が人間に与えた力。その力を持った血を引き継ぐ者を、我々はエンス・アストラーレと呼んでいます」 グスターフは言った。 「エンス、アストラーレ?」 スカルは反芻した。 「あなたのような力を持った人々の集落が、このオーディナス大陸の北に存在しています。西部地方の最果ての地。世界樹の森の奥地、禁断の地と呼ばれる場所です」 グスターフは言った。 「……麗しの都、グランバーレル?」 アレインは記憶の糸を辿り、伝承の都の名前を思い出した。だが、それ以上のことは思い出すことは出来なかった。 「あなたがその聖剣に選ばれたことに、何か関係があるかもしれませね。そうだ、その剣を再生させることが出来るかわかりませんが、命の水と黄金の林檎をお持ちなさい。私にはその剣を再生させることは出来ませんが、何らかの役に立つかもしれませんから」 グスターフは水と林檎を取りに行く。 「って言うか。その前に、僕たち水竜妃に会いに来たんじゃなかったっけ?」 アレインはそう言って、空を見上げた。 満月が、天頂にさしかかろうとしている。 「シグマが来たりして」 アレインが呟く。 「その時は、戦わないようにしましょう」 イリーナは新たな決意を胸に、空を見上げて言った。敵とはいえ、シグマには何かある。きっと皇帝になにか弱みを握られているに違いないのだ。 「なんか、面倒なことになりましたな」 アレインはあんなこと言わなきゃ良かったと、小声で呟く。 「あの、すいません。僕たち、帰る前に水竜妃様にお会いしたいのですが? 聖剣を修復する方法をお訊ねしたいのです」 アレインはイリーナに何か言われる前に、手ぶらで戻ってきたグスターフに訊ねた。 「ああ、ではこの転移の泉を通ってお行きなさい。泉の周囲には結界が張られていて、森で迷うようになっています。ですが、転移の泉は水と水を繋ぎますから、行くことが出来るのです。帰りにまたこの祠にお寄りなさい。命の水と、黄金の林檎を差し上げましょう。くれぐれも、月が沈む前に戻ってきて下さい。そうでないと、次の満月の夜まで会えませんからね」 グスターフは言った。 三人は、暗くて冷たい泉の底を覗く。 「お前は、留守番してな」 スカルはイリーナの腕から仔猫を取り上げた。 仔猫は暴れて抵抗すると、泉の中に飛び込み、猫かきをはじめる。 「…………」 「猫って泳げるんだ」 「この子は特別なんでしょう」 アレインの戯言を、イリーナが身も蓋もない言い方であしらった。 しかし、三人とも本当は少し怖かった。 三人は抜け駆けしないようにと、一斉に飛び込む体勢に入り、アレインが合図しようとする。 「……ああ、どなたか。あまった水袋はありませんかな?」 グスターフが、一斉に飛び込もうとしていた三人の背中に、間延びした声を掛けた。 イリーナは水に入ると、身体が沈んでいくのを感じた。おかしなもので、圧迫感を感じはするが、浮遊感はまったっく感じられなかった。深淵に落ちていく感覚に、一抹の恐怖を覚える。 命の水を浴びている間、それはそれは身体の隅々までもが、生まれ変わるのを感じた。古いものが新しく変わっていく。体中の、身体の内側から垢が落ちていくようだった。信じられない快感を味わい、そして、一層ガイルを生き返らせたことに、罪の意識を感じるようになった。 命、そして死。表裏一体の、それ。絶対の、世界法則。 そして、黄金の林檎。この世のものとは思えない、天上界の甘露というのはこういうものだと思った。口の中で噛みしめる触感、舌の上で広がる甘い香り。咀嚼したものが、喉から身体の中に入っていく感じが、ありありと感じ取ることが出来た。今もまだ体中を綺麗にしながら胃のあたりで、ひんやりと心地よい感覚が残っている。 生きていること。 そして、死ぬこと。 それが、どういうことなのか。神殿にいて、彼女は人の生と死に向き合い、そういうものをわかったつもりでいた。だが、そうではなかった。そして、まだわからないでいる。 それでもいい。 きっと、アレインの言うとおりなのだろう。 イリーナは、死というものを見た。 最後の力を振り絞って、シグマを撃退してくれたガイル。その命を蘇らせた。 生き返らせたのではなく、彼は生まれ変わった。誰かが、過去を捨てたように。家を捨て、愛する人と二人で生きていくこと。全てを捨てて、自分の信念を貫き通した人のように。 グスターフが言ったように、イリーナだって何度も生まれ変わることが出来る。 身体が沈むのを止めて、浮かびはじめた。 全然息苦しくなかったのに、水面の月明かりが鮮明になってくると、今度は息苦しくなってきた。 イリーナは忙しく手足をばたつかせはじめた。空気を求めて、水をかく。上にはすでに、アレインとスカルらしき人影が見える。 息苦しくなり、空気を吐いてしまう。 こんなところで、悩みを解消している場合ではなかった。今まさに死について考えていたというのに……。 影の一つが、こちらに向かって沈んできた。 誰かが、腕を掴んでくれた。 「……絶世の美女が台無しだね」 アレインは細かく震えているレグルスを抱いて、咳き込んで水を吐いているイリーナを見下ろした。 無惨だ。 「泳げないならさ、言ってくれればいいのに」 さも自分が助けたかのようにアレインは言う。 イリーナは真っ赤になって咳き込み、アレインに言い返す余裕もない。あったとしても、あんな状況で考え事をしていたのだから、言い返せなかっただろうが。 「大丈夫?」 スカルが背中をさすってくれた。 「……有り難う、大丈夫」 みっともなくて、何も言えない。恥ずかしくてスカルを正面から見ることもできない。 「良かったねえ。気を失って人工呼吸なんて事になってたら、お前のご主人は殺されているところだよ」 アレインはレグルスに言った。 「…………」 イリーナは文句を言いたいのを懸命に堪えた。助けてくれたのは、スカルには違いない。アレインは体力がないし、無駄なことはしないだろう。 「しかし、でかい泉だね。でも、泉の底には水竜なんて見当たらなかったけどな」 アレインは天頂に近くなった月を映している、水面を眺めた。 「いないのかな? お出掛け中?」 アレインは心底残念そうだ。それなのに、どこか腰が引けているように見える。 「……よ、呼んでみたらいいじゃない」 イリーナは咳き込みながら言った。大事に至らなかったのは、命の水と黄金の林檎を食べたからかもしれない。ふらふらと立ち上がる。 「おーい、ロスヴァイセさーん!」 アレインは水面に向かって水竜妃を呼んだ。 「なんか、いかにもって感じね」 アレインのやり方に、冗談で言ったのにとイリーナが呟く。 「いや、反応があった」 スカルが水面に目を凝らす。 水面が大きく揺れはじめた。 「おお、ご登場だ。イリーナの言うとおり、呼んで正解だったね」 アレインは波が来そうなので、岸から後ろにじりじりと下がる。 泉の中央が、爆発するようにして盛り上がった。 「登場か!?」 アレインはそう叫んで、何故か一目散に逃げ出した。 「?」 イリーナとスカルはどうしたのかと森の中に逃げ込んだアレインを見送る。 だが、期待した水竜妃の登場はなかった。水はそのまま中央に集まり、徐々に天に届く程にゆっくりと昇っていく。滝が逆さまになったような、幻想的な光景だ。 泉の水位が低くなり、逆に水面の上に水が集まって、何か形を象りはじめる。 アレインも、森から戻ってきた。 「どうしたの?」 イリーナはアレインに訊ねた。 「え? いや、高波が来ると思ったんだけど」 アレインは何のことはないと答えた。 一人で逃げるアレインの根性に、イリーナは恐い顔をする。 「……水の、城?」 スカルは呆然と呟いた。 イリーナとアレインは泉を振り返る。 泉の上に、泉の水を使って城が築かれつつあった。 「……綺麗……」 イリーナは月明かりを浴びて、眩しいほどに輝く水の城を見て、感嘆の溜息をついた。 水でできた城は、空から降り注ぐ月の明かりを照り返し、きらきらと輝いていた。ガラスの城があったとしても、これほどまでに輝かないだろう。揺らめく水の城だからこその輝きだ。 「きっと、あの城の中に水竜妃様がいらっしゃるのよ」 イリーナは子供のようにはしゃいで、アレインとスカルを振り返った。 城の入り口から、イリーナたちの足下まで、水の橋が架かる。 イリーナは興味津々に水の橋に片足を乗せてみる。そして、しっかりしているのを確かめると、そっと全体重を掛けて橋に乗る。 落ちない。 「凄い魔法ね! 早く行ってみましょう」 イリーナは喜々として言って、水の橋の上を飛び跳ねる。 「……結構子供っぽいところがあるんだな」 スカルは苦笑してアレインを振り返った。 「……どうかした?」 スカルは何か神妙な顔をして腕を組んでいるアレインに訊ねた。 「さっき森に飛び込んだとき怪しい人影を見た。……おそらく追っ手だろう。ここは僕に任せて先に行ってくれ給え」 アレインはらしからぬ事を言って、レグルスをスカルに渡した。 レグルスはスカルの頭を踏み台にして、楽しそうなイリーナの所に駆けていく。 「どうしたの?」 イリーナがいつまでたっても来ない二人の所に戻ってくる。レグルスはイリーナの足下でじゃれついた。 「いや、アレインが」 スカルが事情を説明しようと口を開くが、そこまで言ったことをイリーナが勝手に解釈する。 「もしかして恐いの? 大丈夫よ。心配なら手を引いて上げましょうか?」 イリーナがさっきの仕返しと言わんばかりにアレインをからかって、その手を強引に引いた。 「こ、恐いわけないでしょう?」 アレインは声をうわずらせ、イリーナの手を振り払い、ずんずんと水の橋を渡っていく。イリーナはアレインが珍しく逃げ腰なのを見て、楽しそうにその後を追う。 スカルは森の気配を窺ったが、何も感じず、二人の後を追うことにした。 「水竜妃様はどちらにいらっしゃるのかしら?」 イリーナは水の城の内部を見回した。 入って直ぐの場所は、大きな吹き抜けのホールになっていた。大きな階段があり、吹き抜けの大きな天井から、これまた巨大なシャンデリアが吊されている。水でできたシャンデリアは光の飛沫をイリーナの頭上に降り注いでいる。 「素敵。……水の中にいるみたい」 イリーナは月明かりに青い神秘的な世界に感動して、踊るような足取りで水の床の上を歩いた。壁や床には魚たちが泳いでいる。 「……そりゃまあ、水の城の中だものね」 アレインはしらじらしく言った。イリーナがむすっとしてアレインを振り返る。 「こう全部が筒抜けに見えると、生活できないね」 スカルが下世話な事を言う。 「それは問題ね。水の心配は、……どうなのかしら? こう、堅いと飲めないわね」 イリーナは壁を触ってみる。氷のように堅いが、さほど冷たくない。ぎゅっと手を押し込むと、手が壁の中に入った。 「ねえ、見て見て!」 イリーナははしゃいで二人を振り返る。 「壁に頭を突っ込んで飲むのかな?」 スカルは言った。 「抜けなかったら、窒息して死ぬね」 アレインは何かぴりぴりしているようで、周囲を窺いながら冷たく言った。 「何を苛々しているの?」 イリーナは珍しく大人しいアレインに首を傾げた。 「どうやら、敵が近くにいるらしいんだ」 スカルはイリーナに言う。 「大丈夫よ。偉大な水竜妃様のお城なんだから、心配いらないわ」 根拠のない女の勘を言って、イリーナは上に昇る階段に向かう。 スカルは、戦々恐々辺りをきょろきょろしているアレインを促した。 「……あそこの階に誰かいるみたいね」 イリーナは上の階に人影を見つけて言った。水の城だから、どこまでも見渡すことが出来るのだ。 三人はそのお陰で道に迷うことなく上の階に行くことが出来た。そして、上の階に行くほどにアレインは元気になっていく。 「どうしたのかしら?」 イリーナはスカルに訊ねてみた。 「どうしたんだろうね?」 スカルも首を傾げる。 「やはり、ドラゴンも魔法を使うという説は正しかったのか。そして、魔法が使えるって事はおそらく喋ることもできるのだろうねえ」 アレインはずんずんと階段を上って、上の階に登っていった。 |
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