魯風人店主お奨めの小田原観光
ドライブ観光の場合
東名大井松田--大雄山最上寺--小田原フラワーガーデン--魯風人--小田原観光--箱根宿
*東名高速 大井松田インターチェンジ下車
インターチェンジを南足柄方面へ降り、そのままひたすら直進。
太めの片側一車線対面通行道路を直進した突き当たりが導了尊。
↓(移動時間15分程度)*大雄山 導了尊 最上寺
〒250-0127 神奈川県南足柄市大雄町1157
TEL 0465-74-3121~3(代)
慶永元年(1394年)、了庵慧明禅師が50歳半ばにして故郷の相模の国に帰り、曽我の地に庵を開いた。 そしてある日、一羽の大鷺が舞い降り、禅師の袈裟を掴んで足柄の山に飛び、その大鷺を追いかけたところ、足柄の山中にある大きな松の枝に袈裟を引っ掛けるという奇妙な行動をした。 それが神仏の啓示だと考えた禅師は、その地に大寺を建立し、大雄山最上寺と号した。
寺を建立の折、修験道満位の行者相模房導了尊者として世に知られた導了大薩?が、大雄山開創にあたり、空を飛んで禅師のもとに参じて土木工事に従事、約一年間でこの寺を建立した。 その力は500人力とも言われ、霊験が極めて多い。
慶永18年(1412年)3月27日、了庵禅師75歳にして還化の際に導了大薩?は「以後、山中にあって大雄山を護り、多くの人々を救済する」と言い残し大雄山中に入り、諸願成就の導了大薩?として崇められている。
境内には、夫婦和合の御利益を謳われる天狗の高下駄をはじめ、様々な仏像・神像・仏具・法具などが点在し、その霊験あらたかな境内の空気は静謐に漂っている。
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↓(移動時間15分程度)*小田原フラワーガーデン&諏訪の原公園
〒250-0055 神奈川県小田原市久野3798-5
TEL 0465-34-2814
小田原市ゴミ焼却場の熱を利用した熱帯植物ドームをはじめ、梅香る渓流の公園や、熱帯睡蓮が目を楽しませてくれる。 ここでは花や樹木などの植物の販売も行われている。 夏場には子供が遊べる噴水などもあり、隣にある諏訪の原公園と合わせてピクニックに最適。 子供が駆け回って遊べる広場やお弁当を広げて食べられるような場所もある
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↓(移動時間5分程度)*西洋料理箱 魯風人での御食事
神奈川県小田原市飯田岡554-1
TEL 0465-35-5511
導了尊、フラワーセンターと午前中に観光してきた後には、午後に控えた小田原市内観光の前に、名物の魯風人のとろけるタンシチューはいかがでしょうか?
寛ぎのひととき、当店自慢の味を、休憩を兼ねてゆったりと御堪能下さい。
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↓(移動時間20分程度)*二宮尊徳記念館
神奈川県小田原市栢山2065-1
TEL 0465-36-2381言わずと知れた小田原の偉人、二宮尊徳の生家跡に立てられた記念館。 二宮尊徳は、天明7年(1787)、相模国栢山村(今の小田原市栢山)の豊かな農家に生まれ、通称金次郎とも呼ばれた。
度重なる酒匂川の氾濫により財産を失うが、日夜一生懸命に働きながら暇を惜しんでは勉学に励み一家を再興、その後小田原藩家老家の財政を立て直した手腕を買われ、小田原藩主大久保忠真公の依頼で分家宇津家の桜町領を復興させるなど、大名旗本等の財政再建と飢饉対策や土木整備、その他様々な領民救済などの素晴らしい功績を挙げた人物である。
その功績は全国で知られ現代でも偉人として親しまれている。 現在でも小学校などに銅像が建てられている事も多く、彼を祭った神社は学業・勤勉の御利益があるとされている。
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↓(移動時間30分程度)*小田原城観光
神奈川県小田原市城内6-1
観光課城址公園担当 TEL:0465-23-1373古くは平安時代、地方豪族小早川氏が開き、その後大森氏が奪い、戦国時代には北条早雲が奪って南関東の政治的中心となった。 その後、豊臣秀吉の小田原攻めにより陥落、以後は大久保氏の居城となった。
城郭の形態は平山城で、現在の天守閣は1960年(昭和35)に復興。3層4階建ての内部には、鎧[よろい]や刀剣、小田原提灯などが並ぶ展示や、三浦半島などを望む展望室がある。
現在の城址公園内には、城の他に象のいる小田原動物園、小田原城ミューゼ(美術館)、歴史見聞館、郷土文化会館等があり、隣には前述の二宮尊徳を祭った報徳二宮神社がある。
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↓(移動時間30分程度)*箱根の宿へ
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<<小田原定番のお土産>>
*曽我の梅干
*小田原蒲鉾
*小田原おでん種
*小田原干物
*小田原漁港の鮮魚
そのうちにデビューする魯風人の御土産も宜しくお願い致します。
詳しくはこちらのサイトにあるページをご覧ください。(直リンク承諾済み)