夏のかけら


「なんだそれは」
 手に大量の色鮮やかな物体を抱え、にんまり笑っているデュオに対して吐かれたヒイロの声は、ひどく冷たかった。
それというのも、ここしばらくのデスクワークで、ヒイロのナイロンザイル神経もすり減っていたせいだ。普段ならたいしたことのない仕事も、山と積まれた書類とのにらめっこが延々続くと、苦痛でしかないらしい。
 だが、そんなヒイロの態度に慣れまくっているデュオに、今さら効く訳もなく。
「花火。火ぃつけて遊ぶんだってさ。やろうぜ、ヒイロ」
「俺は…」
 疲れているんだ、と続くはずだった言葉は、デュオに強く腕を引かれたことで、声になることはなかった。
 何より楽しそうなのだから、仕方がない。第一、こんなことくらいで疲れるようなヤワな体をしていないことは、デュオ以上にヒイロ自身が判っていることだった。
 途中からあきらめて、逆にヒイロがデュオの手を握りこむ。横に並んで歩くデュオの顔は、楽しさをこらえきれないように見えた。
「火をつけて遊ぶ…? ずいぶんと物騒なモノがあるものだな…」
「物騒じゃあねぇと思うんだよ。うーちゃんが持ってきてくれたし。それに、子供が結構遊んでるらしいから、そんなに危険なシロモノじゃないんじゃねぇの?」
「………」
 何故五飛からもらったのか、と、思わず聞きそうになってしまったが、心根の狭い男だと思われたくない一心で唇を固く閉ざす。
 だが、デュオはそんなヒイロの様子を、気にもとめていなかった。
「一応さ、広い場所でやった方がいいのもあるらしくて…」
「それでこんなとこまで来たのか?」
 そんなに歩いた覚えはないが、気づくと家からは結構な距離にある公園までたどり着いていた。
 時間が時間なだけに、人影はない。こっそりと愛を確かめあっているカップルでもいるかと思ったが、ふたり以外の気配は感じられなかった。
「ヒイロ、これ持っててくれよ」
 大量の花火を渡される。ヒイロの反応を見るよりも先に、デュオは公園の中央へと走りだしていた。
 ポケットからライターを取り出し、別で用意してきた焚き木に火をつける。乾燥していたからか、炎は見る間に大きくなっていた。
「ここの先のとこから燃やすんだ。おまえもやれよ」
 子供もやる、と言われた遊びに積極的に手を出すつもりのないヒイロは、とりあえず首を横に振った。せっかくだから、おまえが楽しめばいい、と、もっともらしい意見をかざしながら。
「…あそ。んじゃいいや」
 いともあっさりそう言い放つと、デュオはさっそく両手に大量に持った花火に火をつけた。
 揺らめくだけだった炎はいつしか色を変え、鮮やかな光の波を生み出してゆく。
「…へぇ…なぁヒイロ! 綺麗だよな結構」
「…ああ」
 光を見ると、別の光景を思い出す。
 流れていく閃光。爆破の瞬間弾けていく火華。消えていく瞬間に輝く、ひとの命。
 それが脳裏から振り払えない…しかし、デュオの笑顔はそれ以上に鮮やかで。
 思い出したくなくなる。自分が、今までに奪ってきた数々の生命のことを。
「ヒイロ、おまえもやれってば」
「俺はいい」
「つまんねーなぁ。夏の風物詩だっつーじゃねぇかよ。おまえ、ここしばらくデスクワークだったろ? 少しくらいは息抜きしろよ、こーゆーのって、結構気の持ちようじゃん?」
 火のついている花火を振る。その動きに合わせ、デュオの顔にも陰影が生まれる。
 ふたつの顔だ。
 邪気のない子供のような顔にも見えれば、死神と名乗るにふさわしい表情にもなったりする。
 気の持ちようというなら、確かにそうだろう。普段、ヒイロの前にいるデュオは、見事に戦争の影を消しているのだから。
「…貸せ。少しだけならつきあってやる」
「そうこなくっちゃ♪」
 花火の光よりも鮮やかなデュオの笑顔が、ヒイロに応えた。



 30分以上は遊んでいただろうか。
 大量に持ってきたはずの花火も、すでに噴き上げ花火をひとつ残すのみとなっていた。
「…なーんか、あっちゅーまだったよなぁ」
「だから俺にやらせずに、おまえひとりでやれと言ったんだ」
「…おまえだって、楽しんでたじゃねーかよ」
 言葉も返せない。
 実際、楽しんでいたのだ。花火に興じるデュオを見て。
 だがそんなこと、口が裂けても言えやしない。惚れた弱味というのは、ヒイロが思っていたよりも相当強いのだ。
「…ま、いいや。最後最後…っと」
 デュオがライターで導火線に火をつける。
 やや置いて、まばゆいばかりの光が噴きあがり始めた。
「おーっ、綺麗だなぁ」
 だが、色鮮やかな時間はあっというまで。
 すぐに周囲に暗闇が戻る。
「………」
 はしゃいでいたデュオの表情も、少しばかり沈んだように見えた。
「…あっちゅーまだな、ほんとに」
「そうだな」
 ヒイロを見ることなく、デュオは花火を片付け始めた。ヒイロも公園の蛇口をひねると、燃え残った残骸へと水をかける。
「…帰ろ、ヒイロ」
「ああ」
 差し出された手を、ヒイロはしっかりと握りしめた。



「綺麗な時間ってーのは、ほんとに早いよなぁ…」
 道中、デュオがぽつりともらす。
「…また、来年やろうぜ、ヒイ…」
 顎をつかむと、ヒイロは何の前振りもなく、デュオへとくちづけた。
 あまりに突然のことだったせいか、デュオも一瞬抵抗を忘れてしまったようだ。その手を払いのけるよりも先に、ヒイロの方から離れてゆく。
「……っ…何、しやがるっ!」
「…安心しろ。来年も再来年も…100年後だって一緒にやってやるから」
「…………へ?」
 もう、顔を見ていられなかった。
 強引にくちづけておいてなんだが、言葉で言う方がよほど照れるのだ。
 赤くなってしまった頬を見られるよりも先に、ヒイロはデュオの前をずかずかと歩いてゆく。
「ヒイロ…」
「…早く来い」
 デュオの表情を見られないことが少しばかり残念だったけれど、きっと笑っているだろうから、後ろを振り向いたりしない。
 一瞬のことでしかないなんて、言わせない。
 この先どんなことが待っていようと、この手を離すつもりなんてなかった。
 …だから。
「…明日、花火買ってくるから」
 想いが強すぎて、それしか言葉を作れないけれど。
 弾んだ足取りで腕を絡めてきたデュオの体温に、選んだ言葉が間違いではなかったと、ほっとしたのだった。


Fin



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