まずは、基本から。
『指輪物語』は「現在に到るまで、これを越えるファンタジーは無い」、「20世紀最大の名著」とまで称される一大物語です。初版は1954年から翌年にかけて、イギリスで出版されました。作者の名はジョン・ロナルド・ロゥーエル・トールキン、言語学者です。日本語版の出版は評論社から、1972年に初版が発行され、順調に版を重ね、1992年には訳を一部改訂した新版が発行されて現在に到っています。
「あらゆるファンタジーの基本」である本書の影響は多岐に渡りまが、特にゲーム界に与えた影響(と、恩恵)は計り知れないものがあります。オークとはどんな生き物か?エルフやドワーフは?この手の質問に対し、RPG(ロールプレイングゲーム)のファンであるなら、ほぼ同じ答えが返ってくるでしょう。そしてその共通認識の基本設定はトールキンが打ちたてたのです。特に日本のRPG→ライトファンタジーと続く系譜は、その黎明期に「典型的」なエルフやドワーフの活躍する作品が人気を箔した為、現在では「エルフが出てくる小説/ゲーム」と言うだけで「陳腐/ありきたり/古臭い」といったマイナスイメージが喚起される位に広く一般に広まっているのです。
しかし(遺憾な事に)、この普及ぶりは『指輪物語』そのものにとっては良からぬ影響を与えました。「エルフが出てくる→陳腐」と思っているファンタジーファンは『指輪物語』を決して手に取る事がないからです。彼ら(彼女ら)はトールキン的エルフ/ドワーフが出てくる和製ファンタジーを読んだだけで、トールキンの世界を分かってしまった(そして飽きてしまった)つもりでいるのです!なんという事でしょう。あえて断言しますが『トールキン的エルフ/ドワーフが出てくる和製ファンタジー』は『指輪物語』と比べれば紙屑です。前者が独自の世界を構築することなく『指輪物語』の遺産に寄り掛かっている、という点を差し引いても、世界、歴史、言語、キャラクターの心情から自然現象の描写、ファンタジーをファンタジーたらしめる神秘と不思議さの演出等、『指輪物語』を凌いでいると評価できる点は1つもありません。『指輪物語』を読んでいないファンタジーファンは、明らかに損をしています。個人的な事を言えば、勉強不足を糾弾されて然るべきだとすら思っているのです(実のところ、『トールキン的エルフ』と『トールキンの創造したエルフ』には結構な差があるのですが、それはまた、別の話…)。
さて、実際に『指輪物語』を読んでみると、これがなかなか難物である事に気づくでしょう。例えるなら、天皇も足利幕府の衰退も、信長や信玄すら知らずに戦国物を読むようなものだ、と言えるでしょうか。物語の舞台となる場所や時代の予備知識が無ければ物語そのものを楽しむ事は出来ません。戦国物ならば(日本人を読者として想定するなら)数ページの状況説明でも事足りるでしょうが、架空世界である中つ国(『指輪物語』の背景世界です)ではそうもいきません。ましてやトールキンは現実世界に匹敵する程の膨大な歴史や地理を構築していたのです。さて、これをどう読者に伝えるのか?
トールキンが選択した手段は「伝えない」というものでした。いや、多少誇張した表現でした。正確に言えば、最初から、系統立てて、すべてを、伝える事はしない、という手段です。実際、『指輪物語』の中では、背景世界の説明は断片的にしか提示されません。キャラクターの述懐や独白、詩の詠唱や会話の中に、過去の国名や人名、エピソード等を挿入することで「中つ国では過去に長く様々な歴史があったのだ」と読者に悟らせる手法を取っています。実際には、トールキン自身は架空世界そのものを発表したかったのに対し、出版社が別の物語を望んだ為、やむなくこの様な手法になった、という側面もあるようです。ともあれ、この方法は物語に奥行きを与え、断続的な情報は神秘さの演出にも繋がりましたが、一方、「訳がわからない」という感想も招いてしまいました。一面それは正しい評価と言えます。『指輪物語』中に直接関係の無い過去のエピソードや、固有名詞が頻出するのですから混乱するのも無理はありません。
例えば、
『指輪物語』の主要登場人物の1人にアラゴルンというキャラクターがいます。彼の一族の始祖はエルフと人間の混血でした(名をエルロスと言い、その両親はエルウィングとエアレンディルと言いました)。さらに家系を遡るとエルフと神(半神)の混血(シンゴルとメリアンの娘、ルシアンです)に行き付きます。この特殊な血筋故に、彼の一族は様々な点で通常の人間とは異なった特徴を持っています。身体は大柄で逞しく、寿命は常人の3倍近くもあり、弱いながらも予知能力のようなものまで備わっていました。青年期、壮年期の長い彼等は逞しい戦士であり、博識な賢者であり、老練な外交官でもありました。この様な強力な一族でしたから、彼等が人間達のリーダー的な立場に立つ様になるのは自然な成り行きでした。彼等は人間達をまとめあげ、南の地にゴンドール、北にはアルノールという2つの王国を築きました。この2つの国は繁栄し、彼の一族は隆盛を迎えました。
しかし後にゴンドールでは王家の血が絶え、アルノールでは王族の不和から国自体が3つの小国(アルセダイン、カルドラン、ルダウア)へと分裂してしまいまいました。一族の不幸はこれに留まりませんでした。北方に悪しき人間や邪悪なオークを集めたアングマールという国が興って、アルノール3国に挑戦してきたのです。アングマールの頂点に立つのは戦士にして妖術師でもある謎の人物(?)で“魔王”と呼び習わされました。この戦いは魔王の勝利に終わり、北方王国は滅んでしまいます。それ以来、彼の激減した一族は野に潜み、小さな集落で暮らすようになった普通の人間達を夜盗や狼から守るようになりました。軍や政治力を駆使してではなく、1人の野伏として。
時代が変わるにつれアルノールを覚えている人間は(彼の一族以外は)いなくなり、むしろこの一族自身が夜盗なのではないか?と疑われながら(野に暮らす彼等は確かに見た目は夜盗と大差ありませんでした)も彼等は誇りを失わず、不平も言わず、人々を守り続けました。「素朴な人々は心配や恐怖を知らなければ素朴なままでいられるのだ」、正に彼等は貴なる一族でした。
そしてアラゴルンこそは世が世ならアルノール王国の世継ぎたる王子、高貴な中にも高貴な一族の族長だったのです。そして、この一族こそドゥネダイン(単数系だとドゥナダンです)、『指輪物語』中では他にも西方人、西方の純血、ヌメノ―リアン等とも呼ばれている一族でした。
そもそも「ドゥネダイン」という単語自体、「西の人々」という意味なのです。「ヌメノ―リアン」とは文字どおり「ヌメノ―ルの人」という意味で、これはゴンドールとアルノールを建国する以前に一族が暮らしていた国の名前です。この国は、中つ国の遥か西に浮かぶ島国で、かって神々の味方として戦った人間達に褒美として与えられた島なのです。もちろん「西の人」という呼び名は、この島に由来します。この島にいた頃が、彼の一族の最盛期でした。しかし繁栄に驕り高ぶった彼等は、自分達の有限の寿命(エルフは不死でした)に不満を抱き、神々を軽視し、いつしか怨むようにすらなったのです。彼等は大艦隊を仕立て、神々の住む島(それは更に西方にありました)に戦争を仕掛けました。無論この行為は神々の怒りに触れるものでした。結果、ヌメノ―ルと、かの艦隊は海底に沈められ、神々への敬意を失わなかった少数の人々だけが、中つ国に逃れる事になりました。この大没落をアカラベスといいます。
この中つ国に逃れたドゥネダインがゴンドールとアルノールを興したのは、先に紹介したとおりですが、実はこの2国は元々1つの国でした。時の王イシルドゥアは、国土があまりに広すぎる事、又、一族が2箇所に分かれて暮らした方が、衰退等の危機を乗り越えられるという考えから王権を2つに分割したのです。
すこし例えが長くなりました。しかし、『指輪物語』の背後には膨大なエピソードが潜んでおり、これらの長い歴史の積み重ねがアラゴルンというキャラクターに集約されているのだ、という事は分かって頂けたことと思います。これは別にアラゴルン1人が特別扱いされている訳ではありません。他の「指輪の仲間」達や準主役クラスのキャラクター達、恐るべき闇の手先から宿の主人や都の近衛兵の背後にすら、そこに到るまでの長い歴史があるのです。しかも、ヌメノ―リアンが神々に戦を仕掛けたきっかけは何か? アングマールの魔王とは実は…、といった様に多くのエピソードが絡み合い、複雑な歴史を織り上げているのです。これこそ『指輪物語』の魅力なのです。
しかし、上で長々とご紹介したエピソードは、『指輪物語』中では断片的に、時系列さえ無視して語られているに過ぎないのです(ようやく話が戻ってきました)。断言しますが、一度読んだ位ですべてを理解するのは不可能です。恥ずかしながら私自身、始めて最後まで読んだ後では、「ドゥネダインの寿命は常人より遥かに長い」という事すら理解できていませんでした。ですが確かに『指輪物語』中で語られてはいたのです。アラゴルンは物語の最後の方でこう言います。
「(前略)西方の純血を引くゆえに、ほかの人間よりずっと長命であろうと、それはほんの少しの間にすぎません。今女たちの胎内にいる者が生まれ、それも年老いてしまう時には、わたしもまた年老いるでしょう。(後略)」
また、物語の最初の方、ビルボはアラゴルンの事を、こう語ります。
「(前略)(アラゴルンの別名であるドゥナダンとは)ドゥン・アダン、つまり西方の人、ヌメノ―リアンということだよ。(後略)」
この2つの情報を合わせると、「ドゥネダインとは西方人の事であり、その寿命は常人より遥かに長い」という事が分かるという仕組みです。初読時にこれに気づけなかったのは、膨大な文章量につい読み飛ばしたか、あるいは訳の判らない単語の頻出に無意識の内に精神が忘却を望んだかのいずれかでしょう。
ともあれ、『指輪物語』にはこのような仕掛けが多々含まれている為、何度読んでも新しい発見がある、という特徴があります。読み手の知識量が増えていくにつれ、トールキンがちりばめた歴史や伝説をより多く、深く理解できるのです。実際これを『指輪物語』の魅力として挙げる人も多いのです。何度も読み返すうちに、貴方もきっと立派な指輪マニアになっていることでしょう。トールキンの創造した世界は神秘と驚異、示唆と思考に対する刺激を、つまり感動を与えてくれるのです、マニアになるだけの価値はあります。
ちなみに、文庫の評論社新版には『追捕編』が収録されていません。これは『指輪物語』刊行中に読者から寄せられた質問(やはりみんな理解できなかったのです)にトールキンが答える形で歴史や伝説を解説したものです。『指輪物語』を理解する上で必須と言っても良い部分なのですが、収録されていないものは仕方がありません。旧版の文庫(剣を持ったガンダルフの表紙が目印です)かハードカバー版には収録されていますのでそちらでどうぞ。
最後に一つだけ蛇足を。『指輪物語』は決して易しい読み物ではありません。何度も読むには非常に時間がかかりますし、なによりこの物語が与えてくれる「感動」は読者が自分で考え、理解しようとしない限り決して得られる事は無いのです。口を開けて待っていれば「感動」が天から降ってくる、と思っている読書家はどうか心して下さい。忘れないで下さい『指輪物語』を(実際にはあらゆる書物を、と言うべきでしょうが)読むということは能動的な行為なのです。
前項では少々熱く語ってしまいました(当サイトは『指輪物語』を読了している人向けに構成されているのでした、忘れていましたけど)。前項が基本なら、この項は発展です。中つ国が多くのゲームに影響を与えたことには既に触れましたが、中には『指輪物語』そのものをゲーム化しよう、という動きもありました。ここで登場するのがI.C.E(Iron Crown Enterprises)社です。この会社は『指輪物語』をテーマに2つのゲームを展開させました。それがMERP(Middle Earth Role Playing)とMECCG(Middle Earth Collectable Card Game)です。
MERPとは同社が開発したテーブルトークRPGシステム「RoleMaster」を中つ国向けにデザインし直したもので、当然テーブルトークRPGです。プレイヤー達は中つ国に生きる人間(や、ホビットやエルフ)をプレイし、様々な冒険やドラマを体験する、というゲームです。さて、ここで重要なのは中つ国で冒険する為には、中つ国を良く知らなければならない、という点です。もちろん原作を読んでいれば膨大な情報が入ってきますが、おのずと限界はあります(例えば、モリアの詳細な構造はどうなっているのか?と聞かれても「少し」困ります)。これを補う為、同社は様々なサプリメント、つまり追加の設定資料を発表しました。これらの資料はそれこそ詳細で、I.C.E社独自の設定が多く含まれています(でなければモリアの構造など描けた物ではないでしょう)。正直、「この設定はちょっと…」と思うようなものも無くは無いのですが、ともあれ、大量に詳細な設定が出版されていたというのは、多くのプレイヤーの支持があってこそのことでしょう。
MECCGの方は、もちろん名前のとおりカードゲームです。基本セットと拡張セットが合わせて7種類、発売されていました。紹介しましょう。
基本セットです。プレイヤーは5人のイスタリの1人となって、中つ国を善導する為に戦います。闇の勢力と戦うのはもちろん、考えを異にする他のイスタリ(つまり他のプレイヤー)とも間接的に火花を散らしています。勝利条件は各地の軍団や有力者、強力な秘宝をより多く自分の影響下に収める事、あるいは一つの指輪を発見し、滅びの山に投げ込む事です。
正直、ゲーム性という点には多少の不満を感じます(個人的な見解ですが)。一つの指輪以外の勝利条件達成手段は、どれも同じ手順で変化に乏しいのです。一方、対戦相手への妨害手段も数パターンしかなく、しばらくプレイしていればめぼしい手段は一通り体験できてしまうのです。
これだけだは駄作のレッテルを貼られてしまいそうですが、このゲームの素晴らしい点は「中つ国を旅している気分になれる」という物語の再現性の高さにあります。このゲームにおける旅(移動)は非常に危険で、驚異に満ちています。オークを始めとする闇の勢力はもちろん、厳しい自然環境、疲労と倦怠、不確かな道行、そして自分の心すら完全に信頼は出来ないのです。特に強い力や心震わす神秘に触れている時には(滅びの山でのフロドを思い出して下さい)。そしてその雰囲気を盛り上げるのは「カードゲーム界で最も美しい」とも言われるカードイラストです。元々MERPのサプリメントの表紙絵(A4版です!)だったイラストを数多く流用しているのでその美しさは折り紙付です。正に『指輪物語』ファンの為のゲームと言えるでしょう。
拡張セット第1弾です。METWの強すぎる戦略の力を削ぐカードの他に、名前のとおりドラゴン達を数多く紹介しています。多少時代的に無理を感じなくもありませんが(スカサとか出てきます)まあ些細な問題でしょう。MECCGでは、どのキャラクターが場に出ているかが非常に重要です(アラゴルンが2人も出てくる訳にはいかないのですから)が、このセットでは多少その原則が崩れます。ドラゴンだけは計3種のカードで表現され、それぞれ別々に場に出せるというルールが発表されたのです。まあ、それほど複雑なルールという訳ではありません、…まだ。
拡張セット第2弾。ここから一気にルールが複雑になります。Dark Minionsの名が示す様に、闇に仕える人間達(ドワーフやエルフ!まで)が登場し、普通のキャラクター(ヒーローキャラクターと呼ばれます)を誘拐したり様々な妨害工作を仕掛けてきたりします。また、特筆すべきは「奥底」の存在です。中つ国の地下奥深くには地底世界が広がっており、モリア、カルン・ドゥ―ム、バラド・ドゥア等からこの「奥底」に侵入できるのです。しかも、これらの地域は地下で全て繋がっているのです!
プレイヤーをして「なんか違うゲームみたい」と言わしめた問題作でした。
拡張セット第3弾にして、独立型セットでもあります。つまりMETWを持ってなくてもMELEだけでプレイすることが可能です。このセットの主役はナズグルとオーク、トロルです。プレイヤーはイスタリではなくナズグルをプレイし、闇の王の為に働かされる(もとい、働く事が出来る)のです。ナズグルは移動に制限がある上、能力的にもイスタリと比べて今一つ感が強く、私の周りではあまりプレイされていません。この傾向はどうやら世界的なものであるようです。このセットの登場で「どのキャラクターが場に出ているか」の問題が一層顕著になりました。ナズグルや有力なオーク、トロルは以前のセットでも既にカード化されていたので、同じ名のカードがダブる危険が増大したのです。また禁止カードの増加(サウロンの悪意を表現するカードがナズグルの妨害をするのはおかしい、という考えに基づく)やそれに伴うデッキ準備、特別ルールの煩雑さ等、問題の多いセットでした。
拡張セット第4弾、MELEにあってもよさそうだけど入ってなかったカードが追加され、MELEを補完するセットと言えます。珍しくも大きな拡張ルールやルールの変更は無く、そのせいか今一つ影の薄いセットです。
拡張セット第5弾で、原作のサルマンのような堕落したイスタリをプレイできます。ここで解説書より引用、
Not for the free people, not for the Dark Load - For Yourself!!
ストレートなコンセプトが受けたのか、背徳的な雰囲気がそそるのか、なかなかの人気セットとなったようです。特徴としてはキャラクターを指定するカード(例えばガンダルフにしか使えない、等)が多い事が挙げられます。ここでまた、「どのキャラクターが場に出ているか」の問題が再燃します。あるプレイヤーが堕落したガンダルフをプレイしようとし、対戦相手が普通のガンダルフをプレイしようとした場合は、堕落したガンダルフ側に優先権がある、というルールが提示されました。堕落したイスタリのデッキには多くのキャラクターを指定するカードが含まれているであろう事が、このルールに繋がったようです。では、両方のプレイヤーが堕落したガンダルフをプレイしたがったら? - I.C.E.の出した解答は、先に場に出した方に優先権がある、というものでした(おそらくそちらが勝者となるでしょう)。今一つ釈然としない思いを抱きつつ、最後のセットに続きます。
拡張セット第6弾、今度はモリアのバルログをプレイできます。なんでもありです。両方のプレイヤーがバルログをプレイしたがった場合は - やはり先に場に出した方に優先権があります。I.C.E.はあまりこの問題を重視していないようです。このセットには「赤い箱」と「緑の箱」の2種類から成り、両方を買えばMETBのカード全てを手に入れることが出来る、という趣向がありました。
さて、ざっとMERPとMECCGを紹介してきましたが、現在これらのゲームを入手するのは、少々困難になっています。と、いうのも世界的に広がるテーブルトークRPG界の不況により、I.C.E.社は2000年に倒産してしまったからです。MERP日本語版はホビージャパン社から、MECCG日本語版はやのまん社から発売されていましたが、どちらも翻訳、サポートは事実上終了しています。また、I.C.E.が計画していたという「煩雑になり過ぎたルールを整理、統合した新セット」の発売も絶望的となりました。
これが、我々をとりまく現状です。