村田 暁彦 自主映画撮影日誌「犬 or 死」
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■ 「犬 or 死 Vol.9」          

8/3   ロケ地:第二海堡
スタッフ:バッキー ハラ 村田 もっちゃん ゲルググ プーちゃん 
キャスト:櫻井恵美 

そもそもこの映画、いきあたりばったりというか、成りゆき任せでできてるから。全ての偶然は必然か?って、まぁ結果オーライでしょう。
なにしろ俺の座右の銘は「なるようになるし、なるようにしかならない」なんだから。
てなわけで、少女役の櫻井恵美ちゃんとの出会いも、なんとも奇妙な運命の巡り合わせだった。

とあるCM撮影現場で、俺スタッフ、彼女スタジオマン。スタジオマンとはつまりスタジオ専属のスタッフで、撮影のこまごました雑務をお手伝いしてくれる。
初日の準備の日に初めて彼女に会って、その雰囲気にピピーンときてしまい、翌日仕事の合間を見て、シナリオを渡す。
「あの、ちょっとお願いがあるんですが…」
「なんですか?」
「僕、自主映画撮ってるんですけど、出てもらえませんか?」
「はぁ?」
彼女にしてみりゃ、まさに「おっしゃる意味がよくわかりません」状態。
それをなかば強引に説き伏せ、交渉成立。つうかまるで新手のナンパだ。

物語の要である少女役が未定のまま、クランクインしてしまい、まわりからも「どうすんだよ、少女役」とか言われてたけど、俺なりにいろいろがんばって探してた。
プロダクションあたったり、ネットに公募出したり、友達に紹介してもらって何人か会ってみたり。
それがこんなかたちであっさり決まるなんて、俺が一番驚いた。
しかも最初にイメージしてた少女とは、まるで違うのに。
何が決め手だったんだろ?
それは俺のチープな想像力で創られた少女像よりも、彼女の持つオリジナルのキャラクターのほうが明らかに魅力的だったから。
それと眼差し。黒目がちな瞳の、静かだけど力強い、凛とした視線がこの物語には不可欠だったから。
彼女の演技力とかは、はっきりいってどうでもよかった。

ついでにいうと、彼女の衣裳もカナーリ成りゆきで決めちゃいました。
知り合いの制作会社の女の子が着ているのを見て、「その服、貸して」って、上下まるごと貸してもらった。
本人曰く「あれって朝起きて、手近にあるものをチョーてきとうに着てきただけなんだけど…」
まぁ、俺にしてみりゃそのテキトー感がたまらなかったわけで。

そんなこんなで、ようやく決まったメインキャストを連れての、第ニ海堡ロケ!
…なんですが、紙面も尽きたんで続きは次回に。

to be continued


■ 「犬 or 死 Vol.8」          

5/26  ロケ地:日本橋茅場町 そば屋「薮平」
スタッフ:バッキー ゲルググ ハラ 村田 島ちゃん もっちゃん 阿部くん あきごん モーリー かえとその友人
キャスト:川屋せっちん 鯉沼トキ 大槻修治 菅原 林田麻里 森山静香

ごぶさたしております。つうかまだ終わってなかったんか?って、すんません、まだなんです。

しかしこうやって見ると、この日はいっぱいいたなぁ。スタッフだけで11人。
バッキーがぽそっと一言、「これ、カルくPV撮れるメンツじゃん…」。ありがたいことです。m(_ _)m
にしても変なあだなばっか。「ゲルググ」「モーリー」って何?人か?「あきごん」って一応女の子なんだけど…

朝一、店前から撮影スタート。キャストは俺ひとりなんで、サクサク行くはずが、やっぱり押してしまう。
トキちゃん登場、しばし待ってもらう。やや焦る。トキちゃんのシーンをやってるうちに、せっちんさん登場。さらに焦る。そうこうしてるうちに、午後からお願いしていた大槻さんたちもぞくぞく集結。
やばい!焦りまくって、すでにいっぱいいっぱいの俺。とりあえず、午前中に撮る予定だったせっちんさんのシーンを後にまわして、昼食をはさむ。
俺的には正直「のんびり飯喰っとるひまなんぞあるかぁ〜!」って気分だったんすが、周りの「飯ぐらいゆっくり喰わせや、ゴラァ!」って視線には勝てず。

午後から店内のシーン。さりげないですが、店内の蛍光灯を全部取り替えたり、入り口のそとからでっかいライトで差し込みつくったり、凝った事やってんですよ、一応。
でもそんなことより、実は演出プランがちゃんとたってなくて、みなさんには多大な御迷惑をおかけしてしまいました。せっかくのソバものびちゃうし。
それにしても大槻さんと菅原くんのエチュードは最高でした。おもわずいっぱい廻しちゃいましたよ。
途中近所でボヤ騒ぎ、スタッフが野次馬に行ってしまい中断とか、いきなり夕立ちが降ってきて、「外を傘さして歩いてる人が写ったからNG」(なんで室内で撮影してんのに、雨に泣かされんねん!)とか、いろいろありつつ、ようやくこのシーン終了。

シーンを遡って、後回しにしたせっちんさんのシーン。はやくしないと陽がくれる〜。
んが!しかぁ〜し!!ここで大失敗の巻…
朝一の店前のシーンでは、俺帽子かぶってんのに、このシーンはずして撮ってました。
つまりこのままつなぐと、店の中では帽子をかぶってないのに、ガラガラッと戸を開けて外に出ると、いつのまにか帽子かぶってることになっちまう。
しかもその事に気づいたのは撮影終わって家に帰ってから。後の祭りじゃ。
まぁなんとか編集でごまかそうかな…と。

予定より2時間ちかく押して、なんとか撮影終了。「薮平」のご主人、めちゃめちゃイイ人で、そばの代金も「いいよ、いいよ」って。おまけに「おつかれさま」ってビールごちそうになって、「打ち上げで飲みなよ」ってお土産に「美空ひばりメモリアルワイン」までもらっちゃいました。
さすが江戸っ子、気前がいい。

今はただ、手伝ってくれた全ての人に、感謝の気持ちでいっぱいです。
月並みですがこの御恩は作品で返します、必ず。って毎回言ってるね。
でもほんと撮影のたんびに、「俺って1人じゃ何もできねぇな。たくさんの人に支えられてやっと生きてんだな」って感じてるんすよ、テレるけど…

そんなわけで、まだまだ撮影は続くんで、これからもよろしくです。


■ 「犬 or 死 Vol.7」          

3/1〜3 ロケ地:軍艦島 
スタッフ:バッキー ちょんまげ ハラ 村田 片岡 大坂 鴻ノ江

さてさていよいよ長崎へ出発。
空港の手荷物検査で引っ掛かって飛行機を待たせたり(いくら撮影道具でもカッターやドライバーを機内に持ち込んではいけません)、昼食にチャンポンを食べたら、宿の夕食もチャンポンだったりと、なかなかの珍道中でした。
夕食の後、部屋で軽く飲んでいると、22時ごろ船屋から連絡が。
「明日9:00の出港予定だったが、6:00に釣り客を渡す便が出るので、それに便乗しないか」とのこと。気持ちは有り難いけれど、正直困った。

なぜなら乗船前に買えると思っていたので、水や食料の買い出しをしていなかったのだ。もう近くのスーパーも閉まっているし。それより朝6時なんてバスも走っていない時間に、どうやって船屋まで行けばいいのか…
すると民宿のご主人が一言。
「じゃぁこれからうちの車でコンビニまで買い出しに行こう。明日の朝も車で送ってあげるよ。」ほんと田舎の人は親切です。ありがとうございます、民宿ひふみさん!
大急ぎで買い出しを済ませ、そのまま就寝。明日は5:00起きだ。

明けて3/2、なぼけまなこで民宿を出発し、船着き場で宿泊費の清算をしたあと、
慌ただしく美津丸に乗船。
船はまだ暗い海を波を割って走り、高島を経由したのち、無事端島(軍艦島)に接岸した。島を囲む城壁を越え、端島小学校のグランドに降り立つ。目の前に広がる光景にしばし呆然となる。とりあえず俺達は、この学校をベースにする事にした。
学校の入り口にはプレートが貼ってあり、
「この島を訪れたみなさんへ。この島で何をするのもあなた方の自由です。
しかしこの島は、もう二度と戻る事はなくても、私達の大切な故郷なのです。
どうか私達の故郷を荒らさないでください。 端島元住民 一同」
といった主旨の文章が書かれていた。
しかしそのすぐ横には、「○○大学 探検部」だの「○×参上」といった、かなり頭の悪い落書きが。腹が立つより、悲しくなってくる。

まずはロケハンを兼ねて、島を一周する事に。
事前にかなり情報収集していたが、それでも道に迷ったり、撮影ポイントを探しながら歩くと、小一時間はかかっただろうか。普通に歩けば20〜30分で廻れる小さな島なのに。

10階立ての団地の屋上にある幼稚園から撮影開始。
錆ついた滑り台、子供用の小さな木イス、朽ちた下駄箱に残された上履き。
かつてここに子供達の嬌声が響いていたのかと思うと、かなり切なくなる。

写真集で見た風景をトレースするように、撮影は進められた。
あいにく曇天で、そのうち小雨もパラついてきた。
撮影条件としては最悪だったが、雨に煙る廃墟は本当に美しい。
「このまま、見たままの風景がフィルムに焼き付けばいいのに」
と祈りながら撮影していた。

17:00撮影終了。
タバコの吸い殻ひとつ残さぬようゴミをまとめ、迎えの船に乗り込む。
船長のはからいで、島の周りを一周していただく。
夕闇に浮かぶ島は、まるで遺跡のようだった。

そんなこんなで撮った映像なんですが、実はまだ上がりを見てないんですよ。
現像はしたんだけどテレシネに出してなくて。
まぁ出来てからのお楽しみとゆうことで。
ちなみに軍艦島は今でも上陸できるかどうかは分かりません。
行きたい人はがんばって自分で調べてみて下さい。


■ 「犬 or 死 Vol.6」          

3/1〜3 ロケ地:軍艦島 
スタッフ:バッキー ちょんまげ ハラ 村田 片岡 大坂 鴻ノ江

その日も相変わらず酒を飲みつつパソコンの前で頭を抱えていると、
ふっと何かが降りてきた。何がって?それはたぶん「神」(笑)
まぁ、あるアイデアがポコっと生まれたわけです。
右脳の隅に湧いて出たそいつは、最初はまるでギャグみたいなもんだったから、
左脳が冷静にツッコんだ。
「おいおい、コントかっちゅうねん!」ってね。
それでも右脳の暴走は止まらない。
ネタはどんどん膨らんでいき、次から次へと言葉が溢れ出してくる。
最初は抵抗していた左脳も、そのうち真面目に考えだした。

「確かにくだらないアイデアだ。でもくだらないことを真剣にやるのもいいんじゃねぇか。そのほうがたぶんおもしろくなるだろうし。むしろ今までカッコつけすぎてた気がする。自分がかっこいいと思う映像や物語を一生懸命繋ぎ合わそうとしていたけど、全部どこかで見たようなシーンばかりで、しょせん借り物じゃないか。それより今生まれたオリジナルのネタで勝負した方がいいに決まってる。」

そこから一気にシナリオは書き上がった。スタッフの反応もまずまずだった。
もうあまり時間がないんで、大急ぎで衣裳や小道具を集め、機材を手配する。
仕事の合間をぬってバッキーと打ち合わせし、おおまかな撮影プランをたてる。
そうは言っても、なにしろロケハンもできないし、
どんな画が撮れるかは行ってみないとわからない。
それでも「なんとかなる!」という根拠のない自信だけはあった。
なにしろ10年書けなかったホンが、やっと仕上がったんだ。
あとは走り出すだけだろう。
 走り出したら 何か答えがでるだろうなんて
 俺もあてにはしてないさ してないさ〜(by SHOGUN)
ぶっちゃけそんな気分でした。

ところでこのコラム欄に「構想10年」なんて書いてるけど、
ちょっと大袈裟すぎないか?
まぁ確かに元ネタというか、
原形になってる部分は大学2年の頃に考えたんで10年経ってるけど、
実際に形になったのは今年の2月で、しかもほとんど原形とどめてないし…
いや「核」の部分は変わってないか。
河の中のイメージシーンとかはまんま残ってるし。

最初はもっとイメージフィルムっぽかった。
ストーリーは一応あるけど、たぶん誰にも分からない。
つうか俺にしか分からない世界。
だってセリフも一切ないんだもん、分かるほうがおかしいよ。
ただ少女、廃墟、河、夢、眼差し、徘徊、現実、流れ、眠り、虚無、etc…といった
イメージはその頃からあったな。

で、結局撮らないまま卒業して、就職したり、失業したり、役者始めたり、ピザ屋でバイトしたり、気がついたら照明部になってたりで、今に至るわけですが、その間もなんとな〜く書いてはいたんですよ。
とりあえずイメージしかないんで、なにか物語の骨格が欲しくて、主人公をピザ屋のバイトにしたり、カメアシ君にしたり。
なにしろ実体験からしか書くしか方法がなかったから。

それでもなかなか書けないんで、
今度は中島らもさんの「頭の中がカユいんだ」を原作に借りることにした。
なにしろ24〜5才の頃、一番精神的にヤバかった時期に、毎晩酒飲みながら何度も読み返したフェイバリットな小説だし、そこに自分の実体験(酔っぱらって新宿西口の公園で寝てたら、財布を盗られて、キャッシュカードで口座から20万ぐらい抜かれた事とか)も入れて、書くつもりだった。

まぁたいがい酔っぱらった勢いで書き始めて、出だしだけ書いて酔いつぶれ、朝見たらミミズがのたくったような、解読不能の象形文字が残されてるだけなんですが。
それでようやく形が見えてきたのが一昨年ぐらいか。
「俺ももう30だし、そろそろなんかやんなきゃヤバいだろ」って気もあったしね。
それがここにきて、クランクインの直前で大ドンデン返しになるとは…
いや〜、正直自分でもビク〜リですよ。

なんか大幅に話が脱線してしまった。
いよいよ次回、「軍艦島上陸の巻」ですよ。(たぶん)
乞う御期待!!


■ 「犬 or 死 Vol.5」          

3/1〜3 ロケ地:軍艦島 
スタッフ:バッキー ちょんまげ ハラ 村田 片岡 大坂 鴻ノ江

この後しばらく撮影が空くので、さかのぼって事実上のクランクインの話でもしましょうか。場所は軍艦島、遥か長崎の孤島です。これ、話すと長くなるけどいい?

まずは、軍艦島について。長崎の沖合いに浮かぶ、知る人ぞ知る廃墟の無人島です。
正式には長崎県西彼杵郡高島町端島。

1890年(明治23年)から三菱の経営によって海底炭鉱の島として栄えてきた。
当初この島は、草木のない水成岩の瀬にすぎなかったが、採掘技術の発達とともに、島の周辺を埋め立てながら、護岸堤防の拡張を繰り返し、今日の島の形状になった。
炭鉱の開発とともに、従業員のための住宅の建設が盛んに行われ、高層鉄筋アパートが次々に建設された。
最盛時には、全長480m、幅160m、面積63,000Fの島に、5,000人を超える人々が暮らし、小中学校や病院、映画館やパチンコ屋まであり、さながら海上要塞の観を呈していたという。
そしてその姿が軍艦「土佐」に似ていることから、いつしか「軍艦島」と呼ばれるようになった。
しかし、昭和30年代後半から、エネルギー改革の嵐を受け合理化が進み、ついに1974年(昭和49年)1月15日閉山、同年4月20日に無人島となり、現在に至る。
(高島町パンフレットより抜粋&加筆)

もちろん今も完全な無人島です。まぁ灯台があるので定期的に管理されているようだし、地元の釣り人は頻繁に渡っていますが、住んでる人はいません。(なんせ水も電気も止まったままなんで)まさに時代に見捨てられた、
海上のゴーストタウンなわけです。

30年近く風雨にさらされてきた建造物は全て朽ち果て(毎年台風の通り道であるらしい)、廃墟と化した島は、廃墟フリークにとって聖地とされ、撮影にも何度か使われてきた。一番最近では去年、NHkのドラマ「Dモード」(鈴木あみ主演のやつ)で使われてました。俺は見てないんで、誰か録画した人貸してください。

島の存在は数年前から知っていたし、
俺にとってはいつか行ってみたい憧れの島だった。
ところが去年の12月頃に、島が以前の所有者である三菱マテリアルから高島町に無償譲渡されたという情報が流れてきた。
「これはやばい!」
正直焦った。島を取り巻く状況が変わる前に、なんとか上陸しておかねば。
幸運にも3月ならANAの「超割り」が使える。
「やるなら、今しかねぇ〜」(by 邦男)ってことで、
何も決まってないまま、飛行機のチケットを押さえたのである。

そしてその日から、苦悩の日々が始まった。

何しろホンが上がっていない!
いや、暫定的な準備稿は出来ていたんだが、どうも納得がいかない。
メインスタッフの反応もいまいちで、
「まぁ、村田さんが撮りたいって言うなら手伝いますよ。」ってかんじだった。
何度も書き直しては、その度スタッフミーティング(と称した飲み会だけど)を繰り返すが、どうしても満足のいく決定稿が生まれない。
そしてある時、普段は無口なカメラマンのバッキーが、ぼそりとこう言った。
「村田さん、もう改稿するのはやめて、あたまから書き直したらどうですか?」

この言葉にはかなりヤられた。
その時の心情は前に掲示板にも書いたが、そうとう凹んだよ。
ようするに「ボツ」なんである。
そうは言ってもこのネタは10年近く想い描いてきたもので、
俺の中で溜まりに溜まったザーメンみたいなもんだ。
こいつを吐き出さずに、ただ軍艦島を舞台にした短編をでっち上げても、俺は何一つ満足できない。気持ちよくなれない。
悶々とするばかりで、一向に脚本は進まず、時だけが刻々と流れていく。

「G計画」(我々は今回の上陸作戦をそう呼んでいた)発動まであと10日…(by ヤマト)いつしかスタッフにも諦めモードが広がり、「とりあえず行って、実景カットだけでも押さえるか」的な空気になっていた。
「G計画」はもはや、ただの「廃墟探索ツアー」になりつつあったのだ。

つづく…


■ 「犬 or 死 Vol.4」          

3/24 ロケ地:恵比寿周辺 スタッフ:バッキー モーリー ハラ 村田

なんか前回はやたら熱くなってたんで、今回はさらっと流しときます。
つうか毎回その日のテンションで書き飛ばしてるんで、
文体がコロコロ変わってる気がする。

で、当日恵比須集合。
また監督が遅刻しました。いや、言い訳をさせてもらえば機材が多過ぎ!
自分の衣裳が入った鞄を背負って、両肩にカメラケースを1台ずつ担ぎ、さらにロールレフをフィルムバックを持ったら、腰がかるく悲鳴を上げましたよ。しかもいくら日曜とはいえ、その格好で山手線に乗るのはちょっとした迷惑行為でしたね。あぁ、やっぱ車が欲しい…

まぁ事前にアングルもカメラポジションをだいだい決まっていたので、
撮影自体はスムーズでした。
でも、やっぱり天気に泣かされた。
中途半端に晴れたり曇ったりで、けっこう「陽待ち」が多かった。
撮ろうと思うとサーっと雲が来て、「しょうがねぇ。曇り狙いでいくか」って撮影すると、次のカットではがっちり晴れちゃって。
結局前のカットをもう一度晴れで撮り直したりと、無駄な時間がかなりあった。
でもこればっかりは天気まかせだし、どうしようもない。
それにしても今年はなんか天気運悪いなぁ…

最後は河に倒れ込んで、全身浸かりましたよ。
そんで近くの製作会社でフロを借りて、本日終了。
一緒に河に入って撮影してくれた、バッキーとモーリーには感謝感謝です。


■ 「犬 or 死 Vol.3」          

3/24 ロケ地:恵比寿周辺 スタッフ:バッキー モーリー ハラ 村田

渋谷川で1人ウォーターボーイズ。どぶ河に全身浸かりましたよ。かなり寒かったけど、河は思ったほど臭くなかった。むしろなんかなつかしい匂いがして、子供の頃遊んでた神戸の河を思い出した。

実はこのシーンは10年前、学生の頃から思い描いてたシーンなのです。いわばこの映画のマスターショットといえるし、すべてはこの画から物語が生まれたと言っても過言ではない、つうと大袈裟だけど。
でもとにかく、本当に納得のいく形で撮影したかったし、
満足できる画が撮りたかった。
実際去年の9月に一度テスト撮影をしてて、その時の反省点を踏まえてた上で、今回3/20に撮影するつもりだったんです。

しかし当日ロケ場所に降りた我々3人(監督=主演の俺、カメラマンのバッキー、そして急遽手伝いにきてくれたモーリー)の間には、重たい空気が立ちこめていた。
正確にはモーリーは別で、前日にいきなり電話したから、シナリオも読んでないし、今日の撮影予定も知らされてない。おそらく事態がよく飲み込めてなかっただろう。
だが俺とバッキーの間には、声にならない言葉がこだましていた。
「何かが違う…」

普通なら誰かが、
「さぁ、やりましょうよ。早くしないと陽が暮れちゃいますよ」とか言うだろう。
だがバッキーはカメラをセッティングしようとしないし、それを見て俺も「何やってんだよ、とりあえず撮ろうよ」とは、とても言い出せない。モーリーもさすがに場の空気を察し、黙って事の成りゆきをうかがっている。

やがてバッキーが静かに口を開いた。
「ロケーション、変えませんか」
その言葉は正しい。間違いなく正しかった。

このまま誰一人納得してないのに、「とりあえず」で撮影しても、結果は見えている。「使えない画」になるだけだ。だったら撮らない方がましだ。
「止めよう。止めて、今日一日ロケハンにしよう。」

せっかくスケジュールを開けて来てくれた二人には、申し訳ないと思った。
貴重な一日を俺にくれたのに、しかもノーギャラで。俺がもっとしっかりロケハンしていれば、こんなことにはならなかっただろう。
だがここで「とりあえず」「使えない画」を撮れば、
それこそ彼等の好意に対する、最大の裏切りになってしまう。
そして彼等はそんなこと百も承知で、俺につき合ってくれていたんだ。
それぐらい自主映画を愛し、理解している連中なんだ。

結局その後、バッキーの提案で恵比寿近辺の渋谷河に向かった。
俺のイメージや演出プランを伝え、
バッキーがヌケや陽の廻りを考慮してカメラポジションを見つけていく。
ロケーション的にも俺のイメージにぴったりだ。撮影条件もばっちり。おまけに近くに知り合いの製作会社があるので、撮影後にフロを借りる段取りもついた。

俺が一人で思い描いていた妄想が、みんなの力で次第に具現化していくのがわかる。 
「10年間思い描いてきた光景が、ようやく実現できるんだ!」
そう思うと、なんだかドキドキして、わくわくして、思わず鼻歌なんぞ歌いたくなる気分だった。

つつく…


■ 「犬 or 死 Vol.2」          

3/19 ロケ地:富久町周辺 スタッフ:バッキー スミス 村田

今日は街中をひたすら自転車で走りまわり、徘徊しているシーン。
ところでこの映画が他とちょっと違ってるのは、恐ろしいことにスタッフの誰も現場にシナリオを持ってきてない!
いや、俺は一応持ってきてるけど、ほとんど見ないしね。
絵コンテもその場でチャチャッと描いて、カメラマンに見せるだけ。
ここは北野組か?つうか香港映画並み?
優秀なスタッフにめぐまれて、ほんと幸せですな。

演出もその場で決めてるし、
自分が監督、主演だからいいけど、普通の役者さんだったらやりづらいだろうなぁ。
「じゃぁ、ここで撮ります。」つっといて、カメラマンとアングル探ってるうちに、
「なんかあんまおいしい画ないね。」「うん、撮っても使えなさそうだし…」
「よし、やめよう!」ってなっちゃうし。

まぁもともと、こうゆうスタイルで撮りたかったから、自分で主演してるわけで。
(もちろん役者として、主演をやりたかったってのもあるけどね。)

いい画を撮るためには、演出、撮影、照明、役者が一体になる必要があるし、そのためにはそれぞれの部署がお互いに理解しあい、主張すべき点は主張し、譲るところは譲りあっていくべきだと思うんすよ。その点では監督=役者って便利だな、と。

役者はなにかと待ちが長いし、「待つのも役者の仕事のうち」って言われるけど、待ってる間も現場の進行を気にして見てれば、いろんな事が分かってくると思う。
それで、今フレームがどんなサイズで、照明がどんなふうにあたってて、このカットが前後とどうやって繋がっていくのかが見えてくれば、制約は増えるけど、その制約のなかでベストの芝居ができるんじゃないかな。
つうか映画の芝居は、1カットずつ切り取られた時間軸の中で演じていくわけだから、全体の流れを把握する力って、絶対必要だと思うんですよ。それはもう現場の数を踏むしかないんですけどね。

ただこの監督=主演のスタイルで、一番問題なのは、誰も俺の演技にダメ出しできないってこと。(笑)
ビデオじゃないから、再生チェックもできないしね。
画も照明もばっちりなのに、自分の演技だけNGだったらどうしよう…

現像が上がるまで、不安でいっぱいです。

■ 「犬 or 死 Vol.1」          

3/18 ロケ地:青葉台 スタッフ:バッキー 原 スミス 島ちゃん 村田

コソ〜リ自主映画始めちゃいました。村田暁彦監督、主演、脚本、照明、製作、たぶん編集、その他雑用etcです。
そんで不定期連載ですが、撮影日記なんぞ書こうかと思います。

この映画のためにYahooオークションでいろいろ買いましたよ。
中古自転車\2500-、アンティークな8mm映写機\6000-、珍しいダブル8のカメラ¥4500-。そうやって小道具たちに囲まれてみると、なんかやる気が湧いてきますね。

そんでこの日は青葉台の友達のアパート周辺で、2シーン6カットほどこなしました。
Dシーン5カットを軽くこなした後、日没を待ってNシーンへ。
実は照明的にナイトシーンは難しいんで(なんせ8mmフィルムだし)、シナリオの時点で書かないようにしてたんですが、どうしてもワンカットだけ必要になってきて…
このワンカットのためにあらゆるコネを利用して、照明機材いっぱい借りてきちゃいました。しかもフィルムもコダックのVISION200Tとゆう新製品を入手。一般の小売店には置いてないし、おそらく自主で使われるのは、これが初かもしんない。(つうか今どき8mmで撮ってる奴、ほとんどいないから)

これがプロの現場だったら、ワンカットのためにスタッフを集めて機材を揃えるなんて、お金がかかっちゃうからやんないでしょ。デイシーンに置き換えるか、最悪なくていいならカットされる。
でも自主だからそうゆうわがままが通るんですよ。つうかワガママ通さないと、自主でやる意味ないから。
「俺はどうしてもこのカットが撮りたいんじゃぁ〜!」って思ったら、最大限努力して、人になんと言われようと、嫌がられようと、撮るべきでしょ。
また監督がそこまでやんないと、スタッフもついてきて来んないしね。

「いや〜、無理だったらいいっす。」なんて言ったら、「じゃぁ、最初から自主なんて撮んなよ。」って言われちゃうよ。

って、自分に言い聞かせて、みんながついてきてくれるのを信じて、これからもいっぱいワガママいうつもりです。旅は始まったばかり。これから前途多難な道のりです。

P.S なんか専門的な用語もぽろぽろ出てきますが、
   気になる人はじゃんじゃん質問してください。




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