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八つ当たり解散の最中、暑さもピークの長崎と島原に視察に行ってきました。
昨夜遅く帰京し、今日は朝から総選挙の影響で議会日程変更のための幹事長会に出席、何事も体が資本ですね。
私は、暑さにもへこたれず、夏痩せもしないで、乗り切っています。
皆様には、どうぞ体調を崩されませんように。
★議会日程は2週間遅くなります
衆議院議員選挙が行われるため、区議会日程の変更が今日の幹事会で承認され、22日議会運営委員会で正式に決定されることになります。当初の予定より2週間遅れとなり、請願しめきりは9月16日、本会議は9月21日から始まり、常任委員会が10月4,5,6,7日、決算委員会は10月14日から25日、最終の本会議は10月28日となる予定です。詳細は区報8/25日号か、9/10日号をご覧ください。
★アスベスト被害に対する緊急要望書を区長に提出
連日マスコミなどで報道されるアスベスト被害に対しては、文京区はさしがや保育園の園児たちが改修工事中に暴露するという不幸な出来事がありましたが、それを教訓として、いち早く平成11年に区有施設のアスベスト調査を実施しています。しかし、最近、改修工事に伴って大塚寿会館、柳町児童館にもアスベスト含有建材があることがわかり、除去工事を行うなど、対策漏れが心配されています。国のほうでもも急遽対応策を指示するなどの動きがあり、市民フォーラムでは、区長に対し「アスベストによる健康被害に関する緊急要望」を区長に提出しました。マスコミにもしばしば登場されるアスネットの永倉さんや名取医師は区のさしがや保育園の健康対策委員会のメンバーで、当時から「静かな時限爆弾」への対策を訴えていました。他自治体に先駆けて文京区を「ノーアスベストシティ」にしたいものです。
★教科書採択状況・・・文京区はつくる会の教科書不採択
子どもと教科書全国ネットの情報によると、現状で2203地区がつくる会の教科書を不採択しているそうです。
文京区ではつくる会の教科書の採択はありませんでしたが、その間どんな議論があったのか、議事録を8月31日まで待たなければわかりません。運よく傍聴できた鹿倉議員によると簡単な採択理由と結果を公表したということです。今後も粘り強く、他区のように公開を求めていく必要があります。
しかし、今日、扶桑社の歴史教科書を3対2で採択してしまった杉並区では、つくる会の人たちが300名も前夜から泊りがけで押しかけ、傍聴希望者は1000人にもなったそうです。日野市では傍聴席150設置され、120名が傍聴、練馬区では18枚の傍聴券に120名の希望があり、つくる会を強烈に支持する都議会議員のいるどちらの教委もつくる会教科書は不採択に終わりました。
☆長崎で平和への祈りを
7日の被爆60年核兵器廃絶2005平和ナガサキ大会に出席、る平和大使の高校生たちが1万人署名の活躍ぶりが目をひきましたし、歌や朗読で構成されたパフォーマンス「親子で綴る平和の願い」が、子どもからお年寄りまで一緒に壇上で演じられ、感動的でした。
8日は分科会での学習会に参加。私は韓国問題に関心を持ち続けていますので、在外被爆者支援の取り組みについて、韓国人被爆者の話を聴きました。午後は女性交流のひろばに参加、ナヌムの家で話しを伺った元慰安婦のパクさんと再会を喜びました。パクさんは悲惨な半生を身振り手振りで語り、戦時下の性暴力のむごさが胸に迫りました。
9日は揃ってまとめ集会に参加のあと、平和公園の原爆者慰霊祈念式典に参列。国会を解散したばかりの小泉首相もあいさつしましたが、空疎な内容を棒読みし、被爆者たちの願いをどのように受け止めているのか虚しい気がしました。 60周年を記念して作られた「合唱千羽鶴」は大島ミチルの指揮で会場全体にしみとおりました。午後からはひとりで爆心地公園や原爆記念館、長崎大学医学部遺構などを見てまわりました。
原爆の記憶を風化させず、若い世代に語り継ぐことが私たちの使命であり、唯一の被爆国である日本の私たちが核の脅威を訴えていくことの重要性を改めて強く感じました。
一句 「献花する 黒衣の列に 蝉しぐれ」 民
☆島原の雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)で鐘ヶ江前市長と再会
鐘ヶ江前島原市長は、今年2月に障害者団体の招きで文京区で講演をされましたが、私は両親の田舎が島原なので、ごあいさつをしたところ、記念館をぜひ訪ねてほしいということでした。そこで一人、足を伸ばして島原を訪問、記念館でつけひげの名誉館長に再会しました。犠牲者を最小限にとどめるための市長としての悩みなどは著書を通して知りましたが、記念館では雲仙の大噴火による火砕流と土石流のすさまじさを体感できるシアターなどがあり、自然の驚異が実感されました。ちなみに「がまだす」は「元気出せ」というような意味です。
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