kenが創るペパクラの世界A4 1枚で作るノスタルジックカー「プチN」 (プチっと ノスタルジックカー)
完成したら、画像を投稿して下さいね!!  みんなのショールーム」に展示します。   
プチNのロゴ、ネーミングは、「METMANIA」さんのmasaさんのものを一部使わせてもらってます。
タイヤは、「ハチロクMONO」さんのゆきちゃんさんのものを一部使わせてもらってます。
Japanese
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NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS
NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS
先代410型の失敗を見事に払拭し、ライバル車のコロナをこえる大ヒットを記録した510ブルーバード。しかし、それを黙って見ているトヨタではない。トヨタはコロナに新兵器を与えた。日本初のハードトップ車、コロナHTシリーズだ。セダンより42mm低い全高と、Bピラーが取りさられスッキリとしたフォルムに、人々は魅了された。
 コロナHTの人気に対抗して、日産も1968年のブルーバードのマイナーチェンジと同時に追加モデルをラインナップに加えた。それがブルーバードクーペシリーズだ。セダンと比べCピラーが思い切り寝かされ、全高も15mmダウン。また、Bピラーが残されていたので車両重量アップも5kgで済み、ボディ剛性も確保された。当然1600SSSもクーペに設定。1970年には1800SSSも追加。更にクーペ特有のリアデザインも話題となりクーペは大ヒットした。

ノスっと029&033(ZIP)  ホワイト        NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
 ホワイト        NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
ノスっと030&034(ZIP)  レッド         NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
 レッド         NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
ノスっと031&035(ZIP)  グリーン        NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
 グリーン        NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
ノスっと032&036(ZIP)  サファリ ブラウン  NISSAN BLUEBIRD 1600 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
 サファリ ブラウン  NISSAN BLUEBIRD 1800 Coupe SSS  1970 公開 2008.12.25(12歳)
>>>NISSAN BLUEBIRD 1600SSS 組立説明
>>>NISSAN BLUEBIRD 1800SSS 組立説明
NISSAN BLUEBIRD 1600SSS
NISSAN BLUEBIRD 1800SSS
 1967年8月9日。1945年に長崎県に原爆が投下された日であり、この年の8月9日は仏滅。そんな日に510ブルーバードはデビューした。工場員は、旧型の410型の失敗を取り戻すべく、夏休みを返上して510を生産した。
 ボディデザインは先代の失敗に習い、「スーパーソニックライン」を基調とした直線的でシャープなものとなり、`66年のサニーの登場により、サイズも1.6リッタークラスにサイズアップされていた。
 エンジンは1.3リットルと1.6リットルの二本立て。型式は後に名機の名を欲しいままにするL16/L13型4気筒OHC。そして、L16型にSUツインキャブを装着した510最強のエンジンを搭載したのが1600SSS、スーパースポーツセダンだ。前モデルにはよりおとなしい「SS」(スポーツセダン)というグレードもあったが、510からはSSSのみとなった。OHCながら最高出力100psを誇るエンジンを支える足まわりは、フロントがストラット、リアセミトレーリングアームの4輪独立懸架。フロントディスクブレーキ採用(SSS)など当時としては先進的なメカニズムをもっていた。それだけでなく、1970年には1300シリーズの改良と同時に排気量が1770ccにスープアップされ、出力も15psアップされた1800SSSが登場した。

 今回は1969年のマイナーチェンジ後の前期2.5型と呼ばれる時期の1600SSSと1970年発売の1800SSSを製作しました。カラーもホワイト、レッド、グリーン更にサファリラリー制覇記念特別色サファリブラウンも用意しました。色はZやハコスカにも設定されていたので、人とは違うZやハコスカを作りたい方はサファリブラウンを流用してみて下さい。では。

ノスっと021&025(ZIP)  ホワイト        NISSAN BLUEBIRD 1600SSS  1969-70 公開 2008.10.19(12歳)
 ホワイト        NISSAN BLUEBIRD 1800SSS  1970 公開 2008.10.19(12歳)
ノスっと022&026(ZIP)  レッド         NISSAN BLUEBIRD 1600SSS  1969-70 公開 2008.10.19(12歳)
 レッド         NISSAN BLUEBIRD 1800SSS  1970 公開 2008.10.19(12歳)
ノスっと023&027(ZIP)  グリーン        NISSAN BLUEBIRD 1600SSS  1969-70 公開 2008.10.19(12歳)
 グリーン        NISSAN BLUEBIRD 1800SSS  1970 公開 2008.10.19(12歳)
ノスっと024&028(ZIP)  サファリ ブラウン  NISSAN BLUEBIRD 1600SSS  1969-70 公開 2008.10.19(12歳)
 サファリ ブラウン  NISSAN BLUEBIRD 1800SSS  1970 公開 2008.10.19(12歳)
>>>NISSAN BLUEBIRD 1600SSS 組立説明
>>>NISSAN BLUEBIRD 1800SSS 組立説明
NISSAN Skyline HT 2000GT-R (KPGC10)
1970年、日産スカイラインはマイナーチェンジを受けた。 
それと同時に追加グレードのハードトップが登場した。

キャッチコピーは、「ハートのあるハードトップ」。 
このハードトップ(以下HT)は、セダンに比べ、ホイールベースが70mm短縮され、ボディは20Kg軽く、全高が15mm低くなっていた。
そして、その時登場していたのがHT2000GT−Rである。

ボディカラーは、今回公開したものの他、「日産座間記念庫」に所蔵されている「サファリブラウン」がある。 これは、日産がサファリラリー3冠(フェアレディーZ、ブルーバード1600SSS)を記念して加えられたカラーで、他にもフェアレディーZ、ブルーバード1600SSS、同1800SSS、クーペSSSに採用されていた。

ツーリングカーレースでは、ホイールベースが短縮されたこともあり、従来の4ドアのGT−Rよりも運動性能が良くなり、日産ワークスチームは、こぞって4ドアからHTにスイッチし、1969年のJAFGPから、破竹の49連勝を成し遂げる。
しかし、1972年、天下無敵のGT−Rに敵が現れる。 
ファミリアロータリークーペやサバンナGTなどのマツダロータリー勢である。
GTRは、50連勝をマツダに阻止され、次第に戦闘力が高くなったサバンナRX−3にその座を奪われた。

1972年には、日産もC10系スカイラインに変わるC110系(ケンメリ)を発表し、同年の東京モーターショウにスカイラインレーシングを出展、翌73年1月にKPGC110系スカイラインGT−Rを発売する。 
しかし、スカイラインにまたもや不運が襲う。 
第4次中東戦争の影響による第1次オイルショックにより、燃費が悪かったGT−R用のS20型エンジンは、生産中止となり、日産は、在庫の195基のエンジンを使い切るという形で試作車2台、市販車195台計197台のGT−Rを生産した。 
その後GT−Rは、16年間作られる事はなく、1989年 R32〜1999年 R34が登場するが、2002年に生産終了、現在ではスカイラインから独立し、日産 GT−Rとして孤高のスーパースポーツの座を守り続けている。

 ノスっと 018(ZIP) シルバーメタリック NISSAN Skyline HT 2000GT-R (KPGC10)  1970-72 公開 2008.4.19(11歳)
 ノスっと 019(ZIP) レッド         NISSAN Skyline HT 2000GT-R (KPGC10) 1970-72 公開 2008.4.19(11歳)
 ノスっと 020(ZIP) ホワイト        NISSAN Skyline HT 2000GT-R (KPGC10)  1970-72 公開 2008.4.19(11歳)
>>>NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)組立説明 を参照下さい

 NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)
 1966年5月3日、富士スピードウェイで行われた、「第3回日本グランプリ」で見事!! 勝利の栄冠を手にした、日本初のプロトタイプレーシングカーR380。 
 この車を作った「プリンス自動車工業」は、日本グランプリから3ヶ月後の1966年8月1日、日産自動車に吸収合併された。
 レースを制した「プリンス」の実力は「日産」でも認められ、全社員の雇用が守られた上に、メンバーは、開発の最前線に立つ事が出来た。

 「プリンス」の顔スカイラインも合併後の数年は、従来モデルのS54/S57系が販売されていたが、1968年から日産スカイラインとして後に「ハコスカ」の愛称で親しまれる事になるC10系スカイラインにモデルチェンジした。 
 C10は当初、旧プリンス系G18/G15エンジンを搭載していたが、数ヶ月後に日産手持ちの6気筒OHCエンジンL20を搭載し、フロントノーズを延長したスカイライン2000GTを発売。
 翌1969年には、R380に搭載されていたレーシングエンジンGR8型を公道用にデチューンしたS20型エンジンを積んだ2000GT−Rを発売した


 1969年5月のJAF GP でのデビューレースで優勝。 

しかし、その実体は、トップでチェッカーを受けた当時最大のライバルトヨタ1600GT5が走路妨害で失格となったための順位繰り上げによるもの・・・
実際にGT−Rがその性能を発揮するのは、1970年発売のHT2000GTRがワークスのレーシングカーとして採用されるのを待たねばならなかった。

今回は、「独り日産車祭」第3弾としてGTRの中では、一番のお気に入り「4ドアのスカG−R」のPGC10型を作りました。
前後のマスクパーツ交換で1969年前期型、1970年後期型が作る事が出来ます。
お好きな年式をどうぞ・・・

 ノスっと 015(ZIP) ホワイト        NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)  1969-70 公開 2008.3.29(11歳)
 ノスっと 016(ZIP) シルバーメタリック NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)  1969-70 公開 2008.3.29(11歳)
 ノスっと 017(ZIP) レッド         NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)  1969-70 公開 2008.3.29(11歳)
>>>NISSAN Skyline 2000GT-R (PGC10)組立説明

 NISSAN Fairlady Z 432
 1969年、 Fairlady Zは、数々の苦難を乗り越え発売された。 特に飛び抜けていたのが最上級グレードの432である。
 432とは、搭載されていたS20型のスペック 4バルブ 3キャブレター 2カム と言われている。(が432を発売するかを検討した会議室の432号室という番号に起因しているとも言われている。)

 432は、発売当時価格185万円(マグネシウムホイール付)と性能も価格も飛び抜けていたため、当時の走り屋の憧れの的であったが、L24搭載の240Zおよび240ZGの登場と排ガス規制により、1972年に生産中止となる。 生産台数は、400台余りだけに留まり、現存する数は、240ZGに並び、少ない。。。
 また、レース参戦を予定していたドライバーのみにレース専用車432Rというモデルも生産されたが、生産台数は30台余りだった。

 ノスっと 013(ZIP) イエロー NISSAN Fairlady Z 432  1969   公開 2008.01.20(11歳)
 ノスっと 014(ZIP) ホワイト NISSAN Fairlady Z 432  1969   公開 2008.01.20(11歳)
>>> NISSAN Fairlady Z 432 組立説明

 NISSAN Fairlady 240ZG
 1965年日産本社に1台のクレイモデルがあった。 そのクルマはのちの1969年数々の苦難を乗り越えてフェアレディZとして市販化された。

 グレード構成は、当初スタンダードモデルのZ、カーステレオなどの豪華装備をつけたZ−L、そして、S20搭載の432があった。
 432は、価格も性能も飛び抜けていたため、多くのユーザーは、Z−LやZで我慢していた。 しかし、1972年北米市場で人気を誇っていたL24搭載の240Zと国内専用モデルの240ZGがリリースされた。
 L24型は、OHCであるが、400ccボアアップされているため、432と同等の性能でトルクも太くしかも整備性も良く価格も安い。
 ZGは、ノーズコーンが長くなるがCD値が良くなるため結果として432よりも速いクルマに仕上がっていた。

 240シリーズは、人気を博し、特にZGに人気が集中した。 がしかし、排ガス規制により、Zに搭載されていたL20、L24、S20のエンジンは、排ガス規制をクリア出来ないため、S20は生産中止、L24もZでは廃止、L20だけはEGIを取付けL20Eとして存続した。
 ZGの証拠であるプレートに付いている型式の最後のHの文字が付いた個体は少なく今でもマニアの間で時には一千万円を超えるほどの高額取引がされており、ニセモノをつくるオーナーも多い。

 2007年の秋頃急にZを作りたくなり、フロントノーズに苦労しながらも何とか創りあげました。
 少し強引なつくりかもしれませんが、組み立ててみて下さい。
 ノスっと 011(ZIP) ホワイト  NISSAN Fairlady 240ZG   1972   公開 2008.01.01(11歳)
 ノスっと 012(ZIP) ブラウン  NISSAN Fairlady 240ZG   1972   公開 2008.01.01(11歳)
>>> NISSAN Fairlady 240ZG 組立説明

 CELICA LB 2000GT
 1970年、アメリカでフォードムスタングが成功したスペシャリティカーというジャンルを開拓し、大人気を誇ったセリカは、1977年、初のフルモデルチェンジを決行した。
 このモデルチェンジの課題は、排ガス規制により、パワーダウンしたエンジンと重くなったボディーを一新する事であった。
 外見の特徴からは日本初となったフルウレタンバンパーや空気抵抗低減のための流線型のエアロダイナミクスボディー、内部構造としては、2000ccDOHCエンジンなどがあげられる。
 また、1977年のF1日本GPのオフィシャルカーとしてトヨタがセリカを出し、積極的にPRした。
 さらに、1978年4月には、フェアレディZ(S130)にに対抗すべく、拡大版のセリカXXを投入した。 がしかし、ボディデザインが不評となり、販売台数は伸びず1981年7月にAA61系にフルモデルチェンジする事になる。 そのため現存する個体は少ないが稀少車として扱われないため、高価取引もされない悲運の名車といえるだろう・・・
 今回は、F1日本GPのオフィシャルカーをつくるためについで(?)につくったノーマルセリカも公開します。
 組立が難しいかも知れませんが、頑張って下さい。 では。
 ノスっと 009(jpg) ホワイト               CELICA LB 2000GT   1977   公開 2007.05.09(10歳)
 ノスっと 010(jpg) JAPANGP OFFICIAL CAR  CELICA LB 2000GT   1977   公開 2007.05.09(10歳)
>>> CELICA LB 2000GT 組立説明

 SUBARU 1000
 1966年 FF水平対向など画期的なメカニズムをひっさげスバル1000は、デビューした。 その出来の良さは、すでに日本水準を超え世界水準まで達した。
 だが、先進技術を使い過ぎ、インボードブレーキなど修理屋に嫌われる構造まで採用してしまった。 クラッチを交換するには、エンジンをおろさなけれはならず、また、ブレーキパッドも替えにくい。 と言うことで、カローラ、サニーのようにバカ売れはしなかったものの世界中で評価された。

 このペパクラは、前から作りたかった1台なので、このように公開できて、うれしいです。
GTOやハチロクなどよりも少しデフォルメが強いです。

 作ったら、写真撮って投稿してくれるとうれしいです。
 ノスっと 005(jpg) シャンパンゴールド SUBARU 1000    1966          公開 2006.09.12(10歳)
 ノスっと 006(jpg) ピーチホワイト    SUBARU 1000    1966         公開 2006.11.04(10歳)
 ノスっと 007(jpg) ピーチホワイト    SUBARU 1000 スポーツセダン 1967  公開 2006.11.04(10歳)
 ノスっと 008(jpg) トロピカルレッド    SUBARU 1000 スポーツセダン 1967  公開 2006.11.04(10歳)
ダウンロード
     展開図001〜004までは、PDFファイルで公開しています。
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 MITSUBISHI GALANT GTO MR
 1969年にデビューしたコルトギャランシリーズに翌70年、追加グレードGTOが登場した。 このクルマは、1969年10月の東京モーターショーに出品されたギャランクーペGTX-1の量産型である。
 このGTOは、トヨタセリカと共に、大人気を博した名車です。 スポーツグレードMRの他にも、1700CCのモデルなど 様々なグレードが存在している。

今回は、おとうさんのリクエストで製作しました。
また、ミラーは、masaさんの許可を頂き、「プチF」のものを使わせて頂きました。 masaさんありがとうございます。
展開図本体だけでなく下にある「プチNバトル劇場」もお楽しみ下さい。
 ノスっと 004(PDF) 白赤 MITSUBISHI GALANT GTO MR    1970       公開 2006.07.03(10歳)
>>>GALANT GTO 組立説明 は、ノスっと 003を参考にして下さい。
>>>プチN バトル劇場

 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86 藤原とうふ店号
1983年カローラスプリンターは、フルモデルチェンジし、FFになり新しい歴史を踏み出した。
だが、走りを意識した「レビン・トレノ」は、FRを採用した。 エンジンは、新開発1600ccDOHC 4バルブ 4A-GEUと
1500ccSOHC3A-Uを搭載、現在でも「ハチロク」の愛称で親しまれている。

さて、プチN(プチのす)第3弾は、またもや[AE86 トレノ] !? 前に公開したAE86トレノの進化版です。
今回から、「ドアミラー」・「リトラクタブルヘッドライト」・「サンバイザー」・「リアのナンバーまわり」もさらにリアルな作
り込みが出来るようにしました。

タイヤは、原作同様、RSワタナベ。 藤原とうふ店の「ふ」の字は原作と書体を変えてあります。(映画実写版と同じ)
 ノスっと 003(PDF) とうふ屋 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86     1983       公開 2006.05.14(9歳)
>>>とうふ屋 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86 組立説明

 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86
1983年カローラスプリンターは、フルモデルチェンジし、FFになり新しい歴史を踏み出した。
だが、走りを意識した「レビン・トレノ」は、FRを採用した。 エンジンは、新開発1600ccDOHC 4バルブ 4A-GEU
を搭載、現在でも「ハチロク」の愛称で親しまれている。

さて、プチN(プチのす)第1弾は、[AE86 トレノ] !!
随分前に日記に書きましたが、修正所が多すぎて、一から創り直しました。
 ノスっと 001(PDF) 白黒 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86     1983      公開 2006.02.12(9歳)
                                                        公開中止 2006.02.16 
                                                        再 公 開 2006.03.29 
 ノスっと 002(PDF) 赤黒 TOYOTA SPRINTER TRUENO AE86     1983      公開 2006.04.22(9歳)