万歳(ばんさい)山城跡・二上山城跡について
山城は平地の城と違い、いわゆる山岳のけわしい地形を利用して築城されるものですが、反面、地形のけわしさが城を守る側に不利に働く場合も多く見られます。ここにいう万歳山とはニ上の南、大和と河内を結ぶ主用交通路、岩屋峠と竹内峠の間にある万歳山にあったものと思われます。
「大和志科」などによりますと、市場(現在の大和高田市)には万歳氏の居城があったと指摘されています。また、「大和高田市史」でも市場の長泉寺は元万歳城主の屋敷地であったと指摘しています。
これらの史料から考えますと、たしかに市場あたりに万歳の居城が築かれたことは事実なのですが、それ以上のことは判然としません。ただ、「大和志科」ではいま一か所、南万財山に万歳氏の居城があったと指摘されています。
また、ニ上山雄岳の西面頂上に三段に張り出した土壇があります。ここはかつて楠氏が築いた河内七城の一つでニ上山城の跡です。
万歳山に登りました。山城は頂上(道)から約50mほど下ったところにあります。
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| 万歳山頂上といっても木ばかり | 山城と思われるところ? |
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| 万歳山からニ上山(雌岳)を臨む | ニ上山からの万歳山(逆光でした) |