當麻曼荼羅図(根本曼荼羅)  国宝 當麻曼荼羅図   中之坊蔵
国宝 当麻曼荼羅図
曼荼羅とは正式には阿弥陀浄土変相図といい、この図はわが国に伝えられた浄土変相図の中でも圧倒的に雄大な構図をもち、中国の浄土教の大成者善導大師の説に基いたものとされる。壮麗な楼閣を背景に中心には多数の菩薩に囲まれる阿弥陀三尊を置き、天人、楽器花などを飛ばせ、下に舟を浮べた蓮池中の舞台で舞踊音楽を楽しんでいる。また図の三方をとりまいて、フイルムのコマのように区切られた中に、弥陀が死者を極楽へ迎える来迎図や、極楽を観想する手段とか、偉提希夫人の物語などが描かれ、死後往生する極楽の姿を目に訴えて説明するために工夫されたものである。
中将姫が蓮糸を用いて、一夜の内に織った物語で知られているこの図像の原本は、大きさ3.95メートル角という大画幅であるが、極めて損傷がひどく修補が重ねられているため、絵画と見誤られていた時期もあったが、数十年前から研究の結果、綴織の錦であることが判明した。この織物の図像は、すでに早くからひどくいたんでいたようで、3回の転写本が作られた。第一回の建保曼荼羅と言われるもので現存しない。
第二回目が文亀、第三回の転写は貞享の写本である。原本はその後板張りにしてあったが、延宝八年(1680)にそれを剥して、幅装に改めた。剥きとったあと板壁に残った残片が付着したものを裏板曼荼羅という。現在厨子の裏側にみているのがそれである。

曼荼羅厨子(国宝)

国宝 曼荼羅厨子
厨子は格狭間を飾った細長い二重の六角壇の上に安置されているが、昭和三十二年の修理の際の調査でいろいろなことがわかり、はじめてその真価が認識された。
厨子は側面の妻柱も正背面の柱も安定感を与えるために内方に6センチ傾けてあり、台輪と桁の間には桁の下面、台輪の上面に小さい半円形の銅金具が点々と打たれており、もとはここに細い針金に各種各色の玉を通して美しく飾っていたらしく、黒、緑、濃緑、白緑色等の小さい玉が厨子の足もとの柄穴や堂の柱の旧仕口穴から発見された。また内部の天井には折上菱格子天上を用い、格狭間には一小間ごとに宝相華の金銀泥絵を描いている。しかも驚くべきことは、この軒板の面にほどこされた装飾である。よくみると、そこには紋様の痕跡があり、内方の板には鳳凰、尾長烏、鸚鵡、外方の板には雲中供養の飛天と散華が認められる。そしてごく微少ながら、金箔板の残りがあったことから、これは金平脱文で飾ったのが剥がれた後、一面に黒漆をかけたものであることがわかった。
現在は正背面の柱間にとりつく楯、方立、蹴放には宝相華文の蒔絵をほどこし、黒漆塗りの表面に銀研出し蒔絵で蓮弁を散らした、三枚折り両開き板扉をはめる。そのほか上下に旨連子をはめ、側面には菱格子欄間や横連子などを入れているが、これらはいづれも仁治三年(1242)以後とりつけられたものである。

当麻の里(メイン)當麻寺(メイン)境内全景図東大門・梵鐘金堂 石燈籠講堂曼荼羅堂東塔・西塔
中之坊1當麻曼荼羅図弥勒菩薩像曼荼羅厨子・須弥壇四天王像阿弥陀如来座像練供養会