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◆ ヨーロッパひとまわり旅行記 その -1-

旅行のことや、どんなことでも、どうぞメールをくださいね。
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旅行のおはなしを少しずつ、してもいいですか?
うるさかったら言ってくださいね。
よかったら『お気に入り』にキャッシュして、ゆっくり
ご覧下さいね。
国内は出張や旅行で殆ど廻ったので、歴史と大自然に恵まれた
そして西洋文明化した日本のルーツである、ヨーロッパへ
行きたかったんです。
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PART−1 〜成田からBAでイギリスへ〜
成田までは駅前から直通バスがあり安くて便利です。
出国の手続きは忙しいです、搭乗手続き出国手続き、お金も
両替しておかないとチップもだせません。
そんなうちに機上のひとになって13時間のフライトです。
上空の1万メートルを飛んでゆきました。
千葉の市街地から田園風景になって、山に雪が見えてきました
(早くチェックインしたので窓側でした、)そしてまた地形が
なだらかになり、きっと新潟あたりだと思います
そして海に出ました。
日本海です、北北西に進路をとり(そんな映画が?)
プロトレックの時計が役立ちます
(高度計は機内圧が制御され測定不能です)
これはスイスでも活躍します。
ドイツでもすっごく役立ちました、、
道に迷ったんです。
ウラジオストックあたりを飛んでまた陸地になりました、少しづつ
ツンドラ地帯です。
真っ白な地表が続きます、これは長いです、
もっとも13時間もありましたから、
眠りもしましたけれど、往復とも
BA:英国航空(British Airways)でした。
日本人でしょうか、日本語が話せるスチワーデスもいたみたい
ですが、みんな担当区域が決まっているようで、僕の所へきた人は
美人だけどまったく日本語が通じなくて、
拙い英会話です、、
食事は2回あってけっこう満腹になります。
和食風もありましたが、洋食も好きですからずっと洋食です。
飲物なんですけどスパークリングワインって飲んだことありますか
おいしくて210ccだかの小瓶なんですけど、5、6本
飲んじゃいました。
(エコノミー症候群の対策にも、水分の補給は大切です♪)
テレビは座席毎にありますが、なんせBAだから字幕スーパーが
最初の頃あったきり英語ばかりなんです。
時差ぼけもなくヒースローに着きました。
成田も広いですが、ヒースローの広さといったらないですね
ターミナルも成田は2つですが、ヒースローは4つもあって
のりかえのシャトルバス乗り場まで歩くのも相当かかります
動く歩道がずっとありますけど、
やっと出口に着いたら、すごい人で、シャトルバスがきても
ラッシュ状態か!?という心配もむなしく、座席に座れるだけ
乗ったら、あとは次にしてね、って、、
安全のためか日本みたいに満員電車なんてことしないんです
スーツケースのエックス線チェックは問題ないのですが、
問題はボディです
成田は問題ないのですが、ヨーロッパはテロも多いからか
感度が高いのか、よくブザーがなるんです、
体質にもよるそうですが、万年筆やタイピンなど
金属類を、お皿に全部だして3回も4回やってもブザーがなり
結局ごっついガードマンがボディチェックです、、
逮捕されたような気分です、、
きょうもまた、あしたが近くなってきましたが旅行はやっと
ロンドンに着いたばかり
まだまだ先は長いですねぇ、、
こんなふうでは、嫌われちゃいますか!??
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PART−2 〜旅への誘い & イギリスからドイツへ〜
2週間会社を休んで土日もいれれば会社勤めには、
けっこう長い期間です。
先週末に帰ってきたのですがスーツケースをかたずけたり、
お土産を整理してプレゼントしたり、みなさんにもあげたいけど
いまはネットのつながりだから、
たくさんの感動をおはなししたい気持ちでいっぱいです。
(ご迷惑でしょうか、、)
お気づきでしょうけれど、ぼくはおしゃべりなので旅行のこと
毎日書いても数ヶ月書けそうなほどです。国々土地それぞれの
風景や文化や人間性とか、お食事やすてきなホテルのことなど
もしご迷惑でなかったら、お話ししたいんです、、
ぼくのこころは、いま感動でいっぱいなんです。
写真もきのう出来て、リバーサルフィルムを20本マウントと
ルーヴル博物館でノーストロボで高感度フィルムを1本使いました
いずれも36枚撮りです。
ずいぶん前から、ヨーロッパに行きたい気持ちがありました。
机の横に学生の頃から飾ってある、ハイデルベルクの風景写真が
ずっと誘っていたみたいです。
(最初に行ったのが、ハイデルベルクでした!!)
訪れたのはドイツ,オーストリア,リヒテンシュタイン,スイス,
フランス,イギリスです。
でも時差ぼけとかは、まったくなかったんですよ。
きっと驚くと思いますけど、すごいハードスケジュールでした。
3500mほどの山にも、登ったりしました。
仕事はしっかりそのまま、ぎゃくに人事異動で、
ぼくの仕事はふえていました!
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PART−3 〜憧れのハイデルベルクにて♪〜

ヒースローからのつづきですが、2時間程の待ち時間で、
また別の飛行機に乗り換えて、ドイツのフランクフルトへ
2時間のフライトです。
スーツケースはスルーですがヒースローではよく行方不明に
なるそうで、着替えは少し機内に持った方がいいみたいです。
たいてい出てくるそうですけどね。
入国手続きをして(ボディチェックのブザーがなりました、)
やっと自由の身になり、ドイツの地を踏みました。
さっそく憧れのハイデルベルクへ!、
その日はハイデルベルクに泊まりました。
写真で観てた風景が、そのまま目の前にあります!
夢は叶うんですね!
ネッカー川にそって、昔ながらの煉瓦造りの街並みが
すばらしいです。
ハイデルベルク城は、いくたびの戦争の傷跡もそのままで、
歴史の古さと生々しさに改めて身のひきしまる思いでした。
世界で3番目に古い、ハイデルベルク大学の街といっても
いいようです。
ドイツの昔からの街特有の市庁舎前のマルクト広場というのが
お店や役所など生活の中心になっています。
この街はゲーテの恋の物語や、マイヤー・フェルターの戯曲
でも有名です。
世界一大きなワイン樽のお話しや、若き王ハインリッヒ2世が
英国から嫁いできたエリザベス妃の19才お誕生日のお祝いに
一夜で造らせたという、エリザベス門など
お話しはつきません。
机の横の写真を観ていますが、感動はさめません♪
すばらしかったなあぁ、、
夢が叶った!、という気持ちでいっぱいです。
今も、そこで買った鉄のカップで、ナポレオンを飲みながら
書いているんです。
こんなお話しは、ごめいわくですか??
あまりに感動しちゃって、とめどなく続きそうなんですけど、
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PART−4
〜ドイツの旅、ハイデルベルクからローテンブルクへ〜

きょうはハイデルベルクから150Kmほどはなれた
ローテンブルクにゆきますね。
正確には Rothenburg of der tauber と言って、タウバー川の
上にあるローテンブルクといいます。
同じ地名がほかにもあるんです、それでそう言うそうです。
ハイデルベルクはアルト・ハイデルベルクという言葉があり、
アルトは懐かしのという意味で、僕の気持ちにぴったりなんです
はじめていったのにアルト!
ローテンブルクは、中世の宝石箱といわれています。
言葉どおり、中世にタイムスリップしたような感じでしたよ!
市壁と呼ばれる、5〜6mほどの壁にかこまれた街です。
堀もめぐっています、街を守るために、つくったんですね。
ドイツのほかの古い街同様、マルクト広場
(市庁舎を中心とした市場のある)やキリストの血が3滴
あるといわれる“聖血の祭壇”で有名な聖ヤコブ教会もすてき。
お店の名前わすれたけど、フランクフルトソーセージの
お料理を食べました。
フランチスカーナ教会,シュラネン広場,レーダー門,
ヴュルツブルク門,レーダー門,可愛い鍛冶屋の家,マルクス塔,
シュピタール(病院),宴会の館(ラーツトリンクシュトラーベ),
ヴァイサー塔,職人の家,ヨハニス教会,
きりがないのでこれくらいにします、
日本でいえば萩とか中仙道の妻篭宿、
おっと京都や奈良も忘れずに、のような、これがドイツだ!
っていう街なんです。
ヨーロッパのすばらしいところは、古い街並みを大切に、
法律までつくって守っているところです。
日本のように20年でガタがくる家とか
数回の引越しでがたがたになる家具とか、
日本のこころのまずしさ、、を実感しました。
技術的経済的に考えても数百年の耐久性なら、
低コストで高機能が得られます
ちいさな小径を時間もわすれて、ぶらつきました。
(じつは道に迷ったんです、、)
中学生や、おばあさんやおじいさんや、お店のひとに
道をききながら、かなり迷いました!
だってすごくわかりにくいんです。
(これは外敵を防ぐ知恵だったのですね。)
どの道もおなじような感じでなんです、プロトレックの
方位計が役立ちました。
あのとき、ぼくはたしかに中世のドイツにいたんです。
ほんとうに!
ハイデルベルクで買った鉄のカップでフランスで買った
ナポレオンを飲みながら、スイスのタバコを1本だけ!

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PART−5 〜「ノイシュヴァンシュタイン城」〜

ドイツには○○街道というのがたくさんあります。
メルヘン街道、ゲーテ街道、ファンタスティック街道、古城街道、
アルペン街道など、
ぼくが歩いたのはロマンティック街道とよばれているところです。
ローテンブルクからフュッセンまでの200Kmほどの
歴史を感じさせる街道です。
ネルトリンゲン、ドナウヴェルト、アウクスベルク、ランツベルク
ショーガウ、パイティング、シュタインガーデン、フュッセン、
とつづきます。
なかでもフュッセンの近くの「ノイシュヴァンシュタイン城」と
「ホーエンシュヴァンガウ城」を観てきました。
「ノイシュヴァンシュタイン城」は半日かけて見学もしました。
険しい山の上に白鳥のように聳えるお城に、悲しいお話しは
似合わないけれど、事実なんです。
このお城は東京ディズニーランドのシンデレラ城の見本に
なったことで有名ですが、じつは本物のお城は、それはそれは
悲しいことになっていました。
外見も中のたくさんの部屋も夢のように美しいのですけど、
城主のバイエルンの王、ルートヴィヒU世が建てた4番目の
お城ですが、彼は数奇な運命を辿ったのです。
ワーグナーに陶酔して財産をそそぎました。
青年時代は素晴らしい美貌で、バイエルン公爵の姫ゾフィと婚約
したのに、何度も婚礼を延期したあげく婚約破棄しました。
彼はホモだったのです。
莫大な贅をこらし4つも城を建てたのも苦悩からの逃避でした。
莫大な王室赤字を出し歳もとってきたら、ヨーロッパ中の姫君の
憧れだった彼も、ブクブク太り歯は抜け落ち、醜くなってしまい
ました。
大臣たちが、もはや彼を王に就かせておけないと判断して
精神病の理由で、王を城からつれだし幽閉しました。
その翌日、近くの湖で医師とふたりで死体で発見されました。
自殺とも他殺とも、事故死とも言われ、今なお謎だそうです。
森鴎外の「うたかたの記」や、ヴィスコンティの映画
「ルードヴィッヒ・神々の黄昏」は彼を題材にしたそうです。
お城の隅々まで見てきましたが、玉座はまだ完成して
いなかったんです。
あまりの美しさと、玉座もできてなかったお城のギャップが、
なんともお話しの現実味を感じさせました。
王様で、お金もあって美貌に恵まれたのに、なぜしあわせに
くらせなかったのでしょう、
人生というか、この世界というか、、不思議なんですね。
きょうは「ノイシュヴァンシュタイン城」でおわって
しまいましたね。
でも、それほどに感動したから、ということでもあるんです。
今度ディズニーランドに行ったら思いだしてくださいね。
ってのはやめましょうか
夢がなくなってしまいそうなほど、悲しい物語りですから、ね
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PART−6
〜ドイツからリヒテンシュタインを通ってスイスへ〜

フュッセンに泊まり「ノイシュヴァンシュタイン城」の感動を胸に
メルセデスは、静かな走行音で、古い街並みもアウトバーンも
快適にボーデン湖畔へと走ってきました。(さすが、ドイツ!!)
ボーデン湖は、ドイツとスイスの国境にもなっています。
レストランで、ボーデン湖で採れた新鮮なサーモンソテーを
いただきました。
世界で3番目に小さな国、リヒテンシュタイン(人口3万人ほど)
をとおって、インターラーケンへ着きました。
“インターラーケン”というのは“湖の間”という意味です。
その言葉どおり、トューン湖とブリエンツ湖の間にあります。
あした登る、ユングフラウ山(4,158m)の優美な山容が望める、
ベルナーオーバーラント(ベルン州の高地という意味です)
随一の観光都市です。
ユングフラウ、メンヒ、アイガーなど、4,000m級の有名な美しい
山々が連なっています。
ヨーロッパでいちばん高い山はモン・ブラン(4,807m)で、
ユングフラウはマッターホルンに次いで7番目です。
ユングフラウ(Jungfrau)とは、若い女性(又は処女峰)という
意味です。
そのわけは登頂が困難だったからです。
マイヤー兄弟が1811年に登頂に成功しました。
その日は明日にそなえて、インターラーケンに泊まりました。
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PART−7 〜ユングフラウへ〜

いよいよ、ユングフラウです。
ユングフラウへは、登山電車を乗り継いで登ります。
登山家の登る頂上ではなく、観光客やスキーヤーであふれてる、
ユングフラウ・ヨッホへ登るんです。それでも3,454mあります。
そこまで2時間ほどで登るので
(プロトレックの高度計グラフが急角度です)なんと
1〜2割の人が高山病になっていました。
鈍感なぼくは、なにも感じませんでした、高山病になった人には
気のどくですが、どんなものなのか経験してみたい気もしましたが
叱られますね。
都市などの観光が、おもな目的だったので、コート姿で、
スキーヤーを横目にへんな感じというか、かっこわるかったです。
下から観た素晴らしさと引換えに?頂上の3階建て展望台は
吹雪の中でした。
登山電車が、あまりに急勾配で登るので山小屋も風景も傾いて
見えるんです。
ユングフラウ・ヨッホへの登山電車料金は、けっこう高いです。
往復で140スイスフラン(\13,000円くらい)です。
早朝割引を利用すると約25%安くなりますよ。
スイスアルプスの峰々のパノラマは残念でしたが、氷の宮殿など、
氷のすてきな彫刻がすばらしいです。
グリンデルヴァルドというアルプスの村で昼食でした。
グリンデルヴァルドの意味は、ケルト語で“岩と森”だそうです。
別名、「氷河の村」と言われています。
その名のとおり、オーバラー、ウンタラーの両氷河が、間近に
迫っています。
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PART−8 〜ジュネーブにて〜

素晴らしいスイスの山々や湖を縫って、メルセデスは
ジュネーブに着きました。
歴史と自然の両方が素晴らしいのが、ヨーロッパの魅力ですね。
今夜はレストランへでかけ、スイスの名物料理
“ミートフォンデュ”のご馳走です。
陽気なコックさんたちが、楽器で演奏をしてくれました。
なぜかメヒコリンド!?、、(チップをわすれずに、)
ミートフォンデュは油が飛び散るので、テーブルマナーに注意
しなくちゃね
おなかいっぱいになって、そのままホテルへもどって夢の中へ
はいりました。
次の日は、ジュネーブの観光です。
オーヴィーヴ公園、レマン湖の大噴水、ジュネーブ大学と
宗教改革記念碑など、
宗教改革記念碑には、カルヴァン、ファレル、ベーズ、ノックス
という4人の宗教改革に尽力したひとが彫られていて、
記念碑には“ Post Tenebras Lux ”と、刻まれています。
この意味は「闇の後に光あり」という意味で
宗教改革の標語でしたが、現在ではジュネーブ市の標語に
なっているそうです。(すばらしい標語ですね〜♪)
あちこち、たくさんまわりましたが、国際機関の荘厳なビルが
並んでいましたけど、
なにがなにやら、いろんな建物など、忘れそうです。
爽やかな、美しい都市だな、っていうのが印象です。

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こんなに長い拙文を、読んで頂いてありがとうございます。
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