プロフィール1

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【比較的詳しいプロフィール、ただし音楽関係のみ】

1959年大阪生まれ。ピアノ教師の母、音楽愛好家の父の下で、音に囲まれて育つ。3歳の時のプレゼントは指揮棒。振れば音が出る魔法の棒と信じて、スピーカーに向かって指揮棒を振って遊ぶ。この頃からピアノを習い始めるが、外で遊ぶ方が好き。恐らく、あまり良い生徒ではなかったはずである。

 この頃はまっていた曲など:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、胡桃割り人形、ドビュッシーのピアノ曲(母親が弾いていて子守歌代わりだったらしい)、「レミとピアノ」(ピアノの名曲集)など

小学校時代:三年生の時にヴァイオリンに転向。もちろん、自分で選んだわけではなく、母親の選択。母親としては、アンサンブルができる楽器の方が、アマチュアとして楽しむなら良いだろうと思ったらしい。私はそのように説明を受けていたのだが、今から考えると、あまりに練習しない私のピアノのレッスンに見切りをつけたという面が強いのではないかと思う。ところが、ヴァイオリンに変わっても、練習嫌い、レッスン嫌いは相変わらずで、母親が寄り道をしている私を「拾いに」来たこともしばしば。姿勢が悪いと、背中にものさしを突っ込まれたりした(爆)。小学校3年の時に、音楽の成績で2を取ったのが、今でもトラウマになっている(苦笑)。通っていた小学校は鼓笛隊が有名で、私も熱中した。本当はバトン(指揮者)をやりたかったのだが、「背が低くて見栄えが悪い」という理由で、イケメン系優等生に負ける。「他のものならなんでもいいよ」と先生に言われ、シンバルを選んだが、読売ランドでの演奏中にシンバルの紐が切れてシンバルが坂道を転げ落ちる、というアクシデントに遭った。5年生の頃、フルートにも手を出す。当時の私は「胡桃割り人形」が大好きで、「あしぶえの踊り」が吹きたかったのだ。「できるようになりますか?」と尋ねたところ、ヤマハ(ひょっとしたら、日管かもしれない)から派遣された先生が「一年もあれば吹けるようになるから、始めたら?」と言ったことが、フルートを始める決め手となった。もちろん、そんなもの吹けるわけはなく、挫折。

手ほどきを受けた時の梶原マリ先生は小野アンナ直系にあたり、完璧なロシアン。もちろん、当時はそれが唯一の弾き方だと思っていた。5年生の時に、NHKの子どもの「腕自慢」系番組に出て、鐘をもらったことを覚えている。曲はなんだったかなぁ・・・アッコーライか??

 小学生時代に手を出した楽器:フルート、ハーモニカ、アコーディオン、小太鼓、大太鼓、シンバル、木琴などの打楽器。特に、木琴が大好きだった。

 小学生時代に行ったコンサート:覚えているのは、新星日本交響楽団の音楽教室(4年生)が最初。当時は、小学生が演奏会に行くなんて、とっても珍しかった。演奏会の楽しさに目覚めたとは言いがたいが・・翌年のマズア/ゲバントハウスは良く覚えている。マイスタージンガー、ティル、英雄というプログラムだった。これでハマッタといっても良いかもしれない。受験後、お祝いにN響の定期会員のチケットを買ってもらったのも、この経験があったからだと思う。

中学・高校時代:中高一貫の進学校に補欠で入学。勉強はせず、中学時代は水泳、高校時代は生徒会活動に夢中になる。中学の頃から音楽やヴァイオリンの面白さに目覚め始めた。「デンスケ」を買ってもらって、エアチェックした演奏を聞きまくる。N響の定期会員になり、海外オーケストラの来日公演にも足を運ぶ。生意気に、演奏会の批評ノートなぞをつけていた。今読むと赤面モノだが、なかなか良く見ているところもあって面白い。ヴァイオリンのレッスンは、梶原先生がお怪我をされて先生を替わったのだが、練習が面白いというより、きょうだい弟子たちとのアンサンブルや合宿が楽しかったから、せっせと通った。伴奏のピアノを弾かされたり、ヴィオラを弾かされたりということも、今から考えると貴重な経験になっている。ひどい話で、代稽古もかなりやらされた(受けさせられた子どもたち、ごめんなさい)。ヴァイオリンの奏法はさっぱり習わなかったので、大学に入るまでほとんどなんの区別もなく、ただ感性で弾いていた。音楽教室では、料理が好きで、おだてられて合宿の料理係などを拝命し、一緒に来ていた音大生のお姉さま方に料理を教えた(汗)。高校のとき、指揮者になりたいと言い出す。本当になりたかったのだが、ある指揮者に「才能がない」といわれ、簡単に諦める。かわりに、テレビで見たジュネスのコンサート(ワールドジュネスだったかもしれない)を見て、「格好良いなぁ」と、オーケストラのコンサートマスターに憧れる。

 中学・高校時代にはまった音楽:クラシックだけでなく、ロックやフォークにもはまった。10センチもあるヒールとそのヒールを隠すほど裾の長いジーンズをはいて、肩まで髪を伸ばしていた時もある(文化祭で、その姿でたこ焼きを焼いていたのだが、私が客だったら絶対に買わないだろうと思う)。クラシックももちろん聴いた。というか、聴いた量は、この時期が一番多いだろう。

 当時好きだった指揮者や演奏家:N響の定期に登場した指揮者では、マタチッチさんやシュタインさんが好きだった。他にも楽しんだ指揮者、ソリストはたくさんいたが、飯守さんが登場したときのワグナーとラヴェルのプログラムや、デムズさんとスコダさんのモーツァルトなどを特によく覚えている。来日した外来オーケストラもよく聴きに行った。カール・ベーム/ウィーン・フィルやバーンスタイン/ニューヨーク・フィルなどにも行った。カルテットも好きで、スメタナやSQやウィーンSQなどをよく覚えている。そのわりに、ヴァイオリンをあまり聴いていない。決してつまらなく思っていたわけではないが、オーケストラやアンサンブルの方により興味があったのだと思う。一応、当時来日したトップスターたち(シェリングやスターン、オイストラフなど)を一度は聴いているが、演奏会自体が楽しくて複数回通ったヴァイオリニストはパールマンくらいか。他の楽器では、ポリーニやリヒテルが好きだった。ポリーニのN響とのプロコフィエフの3番の協奏曲は、演奏会を聞いてはまってしまい、放送されたものを長い間テープで聴いていた(裏には、当時ザルツブルグでポリーニが弾いたシューマンのピアノ協奏曲を入れていた)。レコードやFMでは、比較的古いものをたくさん聴いていた。指揮者ではフルトヴェングラーやクレンペラー、ワルター、SQはバリリやコンツェルトハウス、ピアノのバックハウスなどが愛聴盤だった。しかし、一番好きだったのは、ミケランジェリのドビュッシー。自分では、ピアノのレッスンをやめてからは、好きなものを好きなように弾いていて、特にドビュッシーがお気に入り。もちろん、難しいものは弾けないので、「子どもの領分」「ピアノのために」「アラベスク」「ベルガマスク」などばかりを弾いて、ミケランジェリの演奏の真似をしようとしていた。今から考えると、耳を鍛えるためには役に立っていたかもしれない。ヴァイオリンは、シゲティにはまっていた時期が長い。オイストラフやグリュミオーもよく聴いた。あとは、ジネット・ヌヴーか。

大学時代から以後数年間:一浪して、一応大学には入学したが、オーケストラを3年半続けた以外は、学生運動(死語だなぁ)に没頭。当然、卒業などできず。3年目にワールドジュネスに参加したことをきっかけに、どうしてもヴァイオリン弾きになりたくなり芸大受験を目指すが、腱鞘炎などで挫折。大学オーケストラやジュネスではコンサートマスターをやらせていただいた。ジュネスは、朝比奈先生の第九。本番の前日の練習で胃痙攣を起こしたのはお笑いだが、思い出に残っている演奏会。ヴァイオリンはというと、大学入学直後にそれまでの先生を辞めて、それ以来実にたくさんの演奏家や先生のところに行った。大学オーケストラ時代は、大学に入ってからヴァイオリンを始めた人たちに「授業をサボって練習に来い」と命じてしごく。レイトスターターの女の子を泣かせたこと、数知れず(汗)。エキストラにも頻繁に行っていた。大学一年目に、ヴァイオリンの手ほどきをしていただいた恩師の生徒(音大の副科)のレッスンをしたのが、ヴァイオリンのレッスンを自分の責任で初めてした経験。大学を辞めてからは、塾の講師や家庭教師で暮らしつつ、社会運動に手を出していた。司法試験を目指した時期もあったが、仕事とその他のことで全く勉強にならず、付いていた法律の先生からは見放されていた。この頃(24の頃)、芸大卒業直後の指揮者大野和士氏と知り合い、自分がプロにならなかったことを幸運だったと思えるようになった(だって、プロになったらこんな人と比べられてしまうんです)。

 大学時代に主にお世話になった先生たち:指揮者では、大学オーケストラでお世話になった早川正昭先生、三石精一先生、ジュネスでは井上道義さんが最初で、その後、尾高忠明さん、朝比奈隆さん、セルジュ・ボドさん(ワールド・ジュネス)などの指揮で演奏した。当時副指揮者だった今村能さんにもとてもお世話になった(一緒に、ハチ公前の池で泳いだ仲です・・爆)。どの方からも、とてもたくさんのことを学ばせていただいた。ヴァイオリンの奏法に関しては、当時大学オーケストラのトレーナーだった、ヴィオリストの玉置勝彦先生にたくさんのアイデアをいただいた。それ以降、演奏家や先生に何人もお世話になったが、ここでは割愛させていただく(あんなやつ弟子じゃない、って言われると思う先生がたくさんいるから・・汗)。

ヴァイオリン復活以降:数年間、全くヴァイオリンを弾かない時期があったが、20歳代後半でアマチュア・プレーヤーとして復活。それ以降、いくつかのアマチュア・オーケストラのコンサートマスターやトレーナーを務めた。同時に、居住地近くの音楽家との交流を通じて室内楽の演奏も再開。1991年に、所属していたアマチュア・オーケストラを方針の違いから退団。その後入会したニフティの音楽サークルで、レイトスターターのオーケストラのトレーナーを始めてから、人生が少しずつ音楽へ引き戻されていった。ヴァイオリンを教えることは、アマチュア・プレーヤーとして復活したころから少しずつ始めていた(そのあたりの経緯は、拙著「今から始めて上手くなる、楽器とオーケストラ入門」のあとがきに書かせていただいた)が、その後、面白がって少しずつ手を広げる。

1995年以降:神戸の震災のとき、ヴォランティアで4ヶ月ほど神戸にいた後、人生が変わる。以前の仕事が次第にできなくなり、インターネット関係のライターなどを副業にしつつ、音楽に逃避する。二年ほど会社員なるものも経験。その後、ヴァイオリンを教えることが次第に本業になっていく。レイトスターターのレッスンの経験と、それまで教わってきたことなどをもとに音楽関係のウェッブサイトを作ったことがきっかけで、ストリング誌の連載、単行本の出版などの幸運に恵まれた。2000年頃から、自分の演奏もしたくなり、本格的にリハビリを開始、現在に至る。2003?4年には、東京と大阪でレイトスターターのための公開講座を行った。2001年から、ストリングス・アズールを指導、2004年から東京グリーン交響楽団トレーナー。

【音楽活動について】

現在、レッスン以外の活動としては、オーケストラ(東京グリーン交響楽団およびストリングス・アズール)のトレーナーをやっています。また、室内楽の活動もしています。

レイトスターターのためのヴァイオリン・クリニックは、本年(2006年)11月から構想を新たに再開する予定です。主催者が変更になる予定ですが、詳細はサイトでお知らせいたします。

ヴァイオリンの教授法研究会ですが、生徒対象の理論講座を先行する必要上、開始を少し遅らせました。2006年9月からの予定です。詳細は6月中にサイトでアナウンスいたします。

生徒対象の音楽理論講座を、サイトをごらんの方々に限定的に開放いたします。詳細は以下のとおりです。ご希望の方は、直接メールでお申し込みください。

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【生徒向け音楽理論講座について】

 レッスン以外に、まとまって学べることを、生徒さん向けに講習会として行っています。過去の内容などもまとめておきました。講習会は、定員(40名)になり次第、締め切りにさせていただきます。

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・第8回音楽理論講座「ヴァイオリンの音程の考え方と音律入門」

日時:2006年7月13日(月祝)12:00 ? 17:00

場所:文京区内(駒込近辺)ですが、お問い合わせください

 昨年度も行った、ヴァイオリンの音程および音律の初級講座です。前回受講できなかった方、まだ理解できていない方が対象です。音を理解するために、波動を簡単に理解すること、その結果として起こる現象、音程の物理的な意味、そして、ヴァイオリンを演奏するために必要な音程の基礎となる音律を、できるだけやさしく理解することを目的としています。

・第9回音楽理論講座「楽典の初歩」

日時:2006年8月9日(日)12:00 ? 17:00

場所:文京区内(駒込近辺)ですが、お問い合わせください

 これも、昨年度も行ったものです。ヴァイオリンを学習するために必要な楽典の基礎を理解していただくものです。

終了分

● 第五回理論講座(05年9月23日)

楽曲演奏のための中級理論講座・第一回:楽譜に書かれていることをどうとらえるか

【1】 楽曲を演奏するための基本的なスタンスと必要な要素

【2】 楽曲を演奏するための動機、モチベーションそしてイメージ

【3】 楽語と記号の意味と考え方の基本

【4】 楽譜にかかれている記号の変遷

【5】 音符の長さとスラーの意味

【6】 楽譜の記述と人間の感性、ゆらぎの問題

● 第六回理論講座(10月10日)

フィンガリングとボウイングの発想法・基礎編

フィンガリングの考え方、ボウイングのつけ方の基本的発想法。フィンガリングやボウイングの考え方には「指示通りに」「弾きやすいから」「どう弾くべきかを考えて」の三つの段階がある。ある意味では当然の「進化」なのだが、この変化が何故おきるのか、最終的な段階に到達できるためには何が必要かを考察する。

● 第七回理論講座(11月3日)

楽曲演奏のための中級理論講座・第二回:簡単な和声法と音程の考え方

 ・9月分の積み残し:音符の長さとスラーの意味

【1】 和声を感じることの重要性

【2】 ヴァイオリンを演奏するにあたって必要なごく簡単な和声の知識

【3】 和声を感じてする演奏とは

● 第10回理論講座(2006年11月)

読譜法の基礎

新しい曲を与えられたとき、ただだらだらと音符を追って練習するだけでは非効率であり、非音楽的でもある。新しい楽譜に向かうときの基本的な発想法を理解していただくことが目的。

● 第11回理論講座(2006年12月)

ヴァイオリンの音程構造・中級編

音程の持つ表現力について、弦楽器の音程の原理を踏まえて解説する。

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スケジュール

2006年

4月2日 春爛漫コンサート出演

5月6日 CONSONO21(門下生発表会、新宿区箪笥町区民ホール)

6月17日 東京グリーン交響楽団コンサート(ティアラ江東)

8月26日 室内楽コンサート出演(日立)

9月16〜18日 アンサンブル・セミナー

10月14日(予定) CONSONO21 & 環SQ コンサート

2007年

4月 室内楽コンサート(環SQなど)

5月 CONSONO21

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執筆活動など

既刊:「大人になって始める楽器」(アート・ユニオン)

近刊:「ヴァイオリンロードマップ、メソッドマップ」(せきれい社)

(遅れに遅れていますが(申し訳ありません)、最終原稿が校正段階です)

季刊サラサーテ2005年春号「10万円ヴァイオリン弾き比べ」(せきれい社)

季刊サラサーテ2005年夏号、新連載「楽器を弾くための体を得る、第一回、腕を長く使うこと」(せきれい社)

季刊サラサーテ2005年秋号、連載「楽器を弾くための体を得る、第二回、フィンガーボウイング」(せきれい社)発売中

季刊サラサーテ2005年冬号、連載「楽器を弾くための体を得る、第三回、The 親指」「カーボン弓弾き比べ」(せきれい社)2005年11月25日発売

季刊サラサーテ2006年春号、連載「楽器を弾くための体を得る、第四回、体を痛めないために」

季刊サラサーテ2006年夏号、連載「楽器を弾くための体を得る、第五回、脱力法に迫る(1)肩甲骨の使い方

(サラサーテの1?3号は、すべて完売しております)

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