絶対食感と相対食感

もちろん、こんな言葉はないんでしょうが・・・

最近、あるサイトで、絶対音感があるということはどのようなことか、という話がありました。ま、これ自体は珍しい事じゃない。話が面 白くなったのは、会社での話からなんです。

ある日、家のにゃんこが友人の家にみんなで遊びに行きました。その時、家から「鳥のトマトソース煮」を持っていったんです。ちょうどうちにあった骨付き比内鶏を煮込んで、なかなかの出来映え。帰ってから、「美味しかったよ」と言って満足です。

さて、その数日後、友人達が焼き鳥を食べに行く相談をしていました。「比内鶏の焼き鳥を食べに行こう。とっても美味しいんだよ」「あれ?この前のトマトソースも比内鶏だったんだよ」「あ?そうなの?」

にゃんこが帰ってから「ぷんぷん」していたことは言うまでもありません。「比内鶏がわからないなんて、絶対食感の欠如だにゃ。」

うーん、至言だ。思わずうなってしまいました。

私の持論である「音楽は料理だ」が、又一つ、強力なアイテムを持ちました。食感と音感の類似ですね。ちょっと考えてみると、をを、なんとそっくりではありませんか。

私は日本酒が好きですが、目隠しして飲んで銘柄を当てられるモノは、恐らく10ぐらいのもんでしょう。飲んだ銘柄はおそらく数百以上ですが・・・ただ、同時に聞き酒すれば、ほとんど当てることが出来ます。つまり、私は「相対食感」と「訓練されて覚えた絶対食感のようなものを少しばかり」持ち合わせているわけ。この「相対食感」は、訓練すると擬似的に「絶対食感」のような振る舞いをします。例えば、ブロイラーと比内鶏は食べればわかる(最近ブロイラー食べてないけど・・・)。だけど、その中間に位 置する「なんとか地鶏」は、「ブロイラーでも比内鶏でもない」ことしかわかりません。白身の刺身を食べて、多くは「記憶した味と対比して」何だかわかりますが、記憶が曖昧なモノももちろんたくさんある。

これを発展させて考えてみてください。音感と食感、同じモノに見えてきたでしょ(^0^)