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【5月12日】 バイク直った。乗った。やっぱりいい。もう製造中止になった2ストレーサーレプリカ。その昔サーキットで大転倒して左半分がボロボロ。でも一旦走り始めりゃ旧型でもボロでも関係なし。俺みたいな単純な人にはバイクがいいんだと思う。音楽なくても乗り心地悪くてもいいし。人に合わせて走る必要ないし。ただ走るだけ。 考えたらこのボロバイクもあの年からずっと息をひそめてたようなもんだ。子供できたらもう乗るなって言われてたけど、もう怒る人もいないし、また乗ったろう。 調子にのってたらガス欠でやんの。すぐ近くにガソリンスタンドがあったからいいようなものの・・・。おい、バイク屋のにーちゃん、ガソリン5リットル入ってるから大丈夫つったじゃん!1リットルの間違いだろ!気前が良すぎんで怪しんではいたけど。 【5月10日】 森功医師っていつ見てもすごいと思う。現実も理想もしっかり受け止めて発言してる。言ってる事がわかりやすい。というか、ほかの多くの医師の言う事が分かりづらすぎるのが問題なんだけど。 「我々のやっていることは傷害行為。それが医療行為になるにはそれなりの手続きが要る。日本の医療はできていない」そんな言葉を聞いていると医者になりたいなと思う。だれか格安で家庭教師してくれないかなぁ。 【4月10日】 メールが溜まってる。掲示板に書き込んでくださった方へのお返事も。反省反省。 頂いたメールの中に"日記で弱音を吐いて・・・"というのを見てキャー!そういえば最近たまに書いてはそんな愚痴ばかり。歳とった証拠かも。反省反省。 【4月7日】 バイクで転んだ。といっても、長いことエンジンをかけてなかったのを押しがけしようとして失敗して転んだ。何年も前にサーキットで大転倒して、捨てられずに時々エンジンをかけては放置が続いてたバイク。もうボロボロのNSRだから傷が増えたのはどうでもいいんだが。 ショックだったのは転んだことより転び方。べちゃっというカエルが道路に叩きつけられたような情けない音。人通りの少ない田舎なのが救いだった。意外と体のダメージも大きくてひさびさにシップのお世話に。その原因が運動不足で体が重くなったせいなのは言うまでもない。 【3月11日】 仕事はたくさん残っているが、もう年間残業枠いっぱい。久しぶりに早く帰った。もう何ヶ月も見てない月曜夜のTVは呆れた政治家の話で盛り上がってる。くだらないけどこれがまた楽しい。待て待て、楽しんでる場合じゃないか。 ゴールデンタイムの番組をずっと見れないような毎日。一時的なものかと思ったけど、こんなのがこれからもずっと続く気がする。世の中にはもっと過酷な仕事をしてる人もいるとは思うけど、ほんとにこれでいいんか?いくらなんでもこのままじゃあなぁ・・・。 何年か前、30代半ばの同じ課の同僚が続けて亡くなった。二人とも病気だった。今一緒に仕事してる先輩も徹夜続きで心臓痛いとか言ってる。「この1年が勝負だ!死ぬ気でやってくれ!」だって。この前は怪我で済んだけど今度はそれじゃ済まないかも。 【3月8日】 職場で若手が作業中に事故。俗に言う労災ってやつ。 年に一度の大きな評価イベント間近。日程に追われる中、テストはうまくいかない。その日は定時退社日で時間もない。整理整頓の間を惜しんでの作業。安全確認も不完全。いろいろなことが重なって起きた。 退社後、怪我をした若手に付き添って病院に行った。幸い軽症でひと安心。でも怪我を見たときは脂汗が出るような嫌な感じがした。日程が緩かったら俺がやるはずだった作業。人が怪我をするのは自分がするのよりも後味が悪い。 そんな中でも、同僚や一部の役職は怪我人の様子を見るまでもなくさっさと帰宅。翌日にはまた何事もなかったように通常作業に戻り、日程に追われる。会社ってやっぱりそんなものか。 【12月29日】 今年は実家の方は雪が多い。ムカつくニュースで最近よく出てくる。あれじゃ帰っても墓参りはできないだろう。納骨しておいてなんだが、そんな寒くて寂しいところにカミさんや子供たちがいるとはどうしても思えない。やっぱり住み慣れたこっちの方にいるんじゃないか?成仏してても様子を見に出てくることもあるんだろ、きっと。全然夢にも出てこないけど、どうもこの辺にいる気がしてならないんだが・・・。 そういう訳で、 命日はまた自己流。それでいいんじゃないか。成仏したかしないかはきっと遺族の方が決めることなんだろうから。 去年と同じ1日にしようかとも思ったが、やっぱりやめた。なぞって悲しみに浸るのは俺の勝手だが、カミさんはもう薬の要らないとこにいるんだし、今さら病院に行きたがるはずないし。やっぱり行くとこっていえば俺のいるあたりだろ。 思い込みの激しい俺とは別に、実は手のかかる男から開放されて喜んでるかもしれない。 【12月28日】 仕事が忙しいのを他のことが進まないことの言訳にするのは嫌だった。だが最近は気がつくとそればかり言っている。 仕事納めとはいえ、ギリギリまで残業。帰り際、上司はまだ画面に向っている。「今年は忙しかったが来年はそれ以上。死ぬ気で頑張って欲しい」今年最後のミーティングでの上司の言葉が、休み明けの毎日を物語っている。 去年の暮れから年明けにかけてのドタバタ。ひたっている暇のないまま仕事に追われた。仕事を続けていれば気も紛れるという人もいたが、そうは思えなかった。そうしているうちに裁判は終盤を向え、気がつけば全面敗訴。そして今年が終わる。1年前から何一つ立て直せないまま終わってしまった。 明日は妻の命日。 【12月13日】 友達にダビングしてもらったMDを高速を走りながら大音響で聴く。 "寂しさに打ちのめされて 悪いことばかり気になり 崩れてしまいそ うなとき 無理矢理僕は笑うんだ チューインガムを噛みながら ペシャンコにされてたまるかー" うわ、こんな歌詞だったっけ?そうだよ、その通りだよ!よく言った! 普通の人は聞かないようなグループの古い曲。家じゃこんな聞き方はできない。だがやっぱり音楽は大事かも。聞きなれた曲でもその時で感じ方が変わる。ポンコツ車にMDカセット入れたのは正解か。 【12月7日】 弁護士に電話した。「残念ですが上告は断念します」 長い時間迷った。ここで引き下がっては全てが無駄になる。4人も死んだのに。皆あれほど苦しんで死んでいったのに。そしてまた誰かが苦しむかもしれない。・・・だがもう疲れた。医者や裁判官に、我々の常識を理解して欲しいと思ったのが間違いだった。事故の背景にある大きなものも、事故が起きる必然性も、目を向けれれることなく、現実とかけ離れた書類上だけの戦い。そのの挙句の結果がこれだった。やはり彼らは我々とは違う世界に住んでいる。 この方法で事実を明らかにする道は断たれた。寝たきりの妻を見守り、見送りながら、たくさんの時間と金を使った。全ては無に帰して、私の元には何も残らなかった。 別な方法を試そう。もっと事実に基づいていて、もっと一般市民に近いもの。それが可能ならば目的は果たせるのだから。 【11月30日】 まーた東大かよ!今度は、遺体から臓器を摘出したあとに、かんしを置き忘れ、臓器の一部を一昼夜放置して台無しに・・・。これでは承諾した家族も組織を提供した亡き患者も浮かばれまい。嫌なニュースだ。 妻が死んだ直後のムンテラ(医者からの説明)で言われた。「ここは大学病院ですから奥さんの体を検体として解剖させてもらえないか」最後まで聞かずにきっぱりと断った。冗談じゃない。この上、大事な体をモノみたいに切り刻まれてたまるか。 多くのスタッフには個人的な恨みはない。だがあの大きな組織には・・・。そしてそれはずっと変わらないんだろう。 【11月28日】 「判決は最初から決まっていたんでしょう。ひどい判決だが、鑑定をうまいこと取り入れてそれなりに書いている。ひっくり返すのは・・・」弁護士の談。 方針を大きく変えれば上告も可能という。最高裁は憲法違反や法律違反を審理するところ。事実関係の審理はもうしない。『母体が危機的状態に陥っているのに、出産を強制するような治療は人権を無視した行為だ。女性を子供を産む道具として扱っている』そんな理由をつければ、受理される可能性はあるという。 「上告は宝くじみたいなもの。それが当たって受理されても、ひっくり返すのは不可能に近い。もしそれができればそれこそニュースになる。」その通りなんだろう。たくさんの医療過誤被害者がたどり着いたところ。とうとうそこまで来てしまった。 【11月21日】 悔しい!納得行かない!裁判官は何を見てるんだ!4人も死んだんだぞ! 最初から決まっていた判決だったんだろう?威信を守るためにさんざん時間をかけたんだろ?都合のいい鑑定書を手に入れるために、頼んでもいない産婦人科医まで採用して。そうとしか思えない。何か大きな力に押さえつけられているとしか思えない。 この程度で引き下がれるか!法廷では閉ざされてもこの口はまだ開ける!覚悟しておけ! 【11月20日】 明日は判決。とうとう来てしまった。 妻が死んでからは、何のために戦っているのかわからなくなってきた。だが続けないと。間違ってるものは正さないと。そうしないとあわせる顔がない。 どんな結果になるのか。明日の今ごろはどんな顔をしてるのか。・・・あと数時間。 【11月1日】 会社の帰りに立ち寄ったラーメン屋で新聞読んだ。目にとまったのは、病院での死後のお清めの記事。遺族のほとんどがお清めに参加したいと思っていて、実際に参加した方が満足度は高いらしい。だが、看護婦がやってしまう病院もまだ多い。それはお清めだけでなく、病院での日常のこと全てについて言えるだろう。 面会や付添いもできる限り自由にさせるべき。家族が医療か介助に参加したければ参加させる。それが当然だと思う。病気は患者や家族や医療関係者が一緒になって立ち向かうべきものなんじゃないのか? 妻の身の回りのこともさせてもらえないことが多かった。病室にいるだけの私に向って、目障りそうに出て行けと言う医者達。かつて間違いを犯した彼らを見張るためじゃなくて、妻を一人ぼっちにさせたくなかっただけなのに・・・。最後まで私の気持ちは彼らに伝わらなかった。 家族にも、本人にすら何もさせない医療。それでいいのかと疑問に思ったまま終わってしまったけど、今はせめて外野席からヤジを飛ばし続けよう。 【10月29日】 最近外食が多い。飯作るのが面倒になってきたせい。仕事が忙しくなってきて、日を跨いで帰ることも多いから、開いてる店も限られる。 寿司食いてー・・・、でも高い。スパゲティーは・・・、やっぱご飯がいい。コンビニ弁当やカップめんは何か虚しくて嫌・・・。いつも迷うが、結局は牛丼かラーメン。いまだに質より量。 たまには贅沢にここで定食でも・・・、ってここ焼肉屋じゃん!そういや牛丼も!ニュースや世間で騒いでるのは俺の胃袋には関係ないみたい。もうずっと食ってるんだから遅いかもしれないけど、また厚生役人のせいで危険に晒されてたなら話は違うぞ! 【10月23日】 会社に向かう道。制限速度は確か50km/h。いつも通り80km/h近くで流れてる。 前のトラックを追い越そうと車線変更した時、トラックの先の歩道に人影が!青い服着て椅子に座ってヘッドホンマイク付けてる!やばい!アクセルを戻してメータを見ると70km/h、65km/h・・・と急激に落ちてくが、間に合ったか? 100mくらい先をすっ飛んでたセダンは捕まった。次はトラックと俺の番・・・。そろりそろり旗振りに近づくと・・・、良かったぁー、セーフ。お小遣い持ってかれずに済んだぁー。 いつだったか、友達んちの前で駐車違反切られてるから、当分ゴールド免許はないはず。いいや別に、そんなもんいらないやい。でも安全運転で行こ。 【10月18日】 牛丼が食いたくなった。家の近くの意外なところに松屋を見つけたので、仕事帰りに遠回りして行った。 病院近くの松屋には毎日のように通った。他に比べて安かったし、サラダの盛り付けが多かったから。あそこで定食の大盛りと単品ライスを頼む客も珍しいんじゃないか。どんな仕事してるのか不思議だったろうなぁ。まさか病院で暮らしてるホームレスだとは思うまい。 久しぶりだし、ちょっと自重気味に定食普通盛りと単品ライスにしたが、最後はキツかった。最近運動が足りないせいか?それとも別の原因が?今年から健康診断でバリウムデビューを果たしたせいか気になる年頃・・・。 それはともかく、向かいに座った巨大な奥さんとちっちゃい旦さん夫婦がどうしても気になって・・・。寄り添って牛丼をパクつく姿がなんとも微笑ましくて。 どうってことない短い時間だったが、また来ようかなと思った。 【10月8日】 例年どおり慌しかった。車で帰ってそのまますぐに寺へ。墓へ移動して、終わったら食事して、駅へ送って行って・・・。お布施を家に忘れたのも、寺に花と線香を忘れたのも、徹夜のせいと言うのも恥ずかしい。気ままにのんびり昔を思い出す一日という訳には相変わらず行かない。 だからその日はゆっくり寝て、次の日ゆっくり霊園で過ごした。いつからかそんなスタイル。 形はどうでもいいと思う。気持ちの問題だから。・・・でも世間的にはやっぱり形なんだろなー。 【10月6日】 スーパーで日用品買ってて、あー、そうだ、お供え買っておかないとと子供達が群がるお菓子売場へ。カミさんはともかくせめて子供には何か買ってかないとな〜。 低いとこに置かれたのを覗こうとしたとこでぶわっと涙が・・・。もう大丈夫かと思っても、やっぱりまだダメみたいだ。そういや、ちょっと前にTV見てたときもダメだったな。仕事を終えた老盲導犬が保護施設でだんだん弱っていくのを飼い主やスタッフが見守る様子を見たとき、あー俺たちとおんなじってぶぅわっと・・・。 まーしょうがねーか。無理したってしょうがない。気長に行こう、と開き直りのこの頃。 【10月5日】 また秋が来た。墓参りの季節。去年はちょうど今ごろカミさんの具合が悪くなり始めたので墓参りはしなかった。子供らには「お母さんが良くなったら行くからな」と何度もつぶやいてたっけ。今年はこれまでと違ってもう東京に残すものはない。ゆっくり行ってゆっくり帰ってきていい。でも、やっかい事が何もなければ気晴らしの旅行になるんだろうが、やはりそうもいかない。一人気ままにという訳には行かないから。 子供たちの7回忌とカミさんの1周忌。カミさんの命日にはちと早いが雪の降る時期を外すのは雪国では普通だそうだ。 なに持っていこう。お供えはどうせ俺や姪っ子の腹の中だろう?品物買って行っても使うあてはないし・・・。体一つでいいよな。ボロ車だけ連れて・・・。カミさんのお気に入りのサンバイザーの鏡はあの頃のまま。 【9月13日】 仕事で本社へ。来たのは内定式以来か?目にする光景は、日もささない実験室で毎日を暮らす我々にはもはや別世界。どこで道を間違えたのぉ(T-T)。 帰り道は本屋に寄った。仕事で使う専門書探し。うろうろ探しまわったあげく書名だけ控えた。仕事に賭ける人生なら自腹で買い揃えるんだろうが、その気なし。なんせ高いんだもん。でも帰りしなに探してた本見つけてすかさず購入。何の本かっていえば、いのうえさきこのアホらしいマンガ本さー。俺やっぱ仕事は向いてないとつくづく思う。 【9月11日】 子供や若い女性が無残に殺されるような嫌なニュースが続いたかと思えば、米国でもひどいテロのニュース。突然に巻き込まれる事故や事件。愛する人や親しい人がそれによって苦しんだり傷ついたりするのを見ることはどれほど辛いことか。いまこの瞬間に本人だけでなくどれほどたくさんの人達が苦しんでいるだろう。防げる苦しみは防ぎたい。安らかに暮らせる人が一人でも増えるように。 【9月9日】 昼はショッピングモールの中の広場でハンバーガー。他のベンチには家族連れや読書おじさんなんかがそれぞれ気ままに過ごしてる。 そこへ子連れのオヤジが登場。わんぱく盛りの5歳くらいの男の子はサッカーを始めた。広場は十分に広いといってもベビーカーやお歳よりも行き交う。オヤジは怒るでもなく男の子がおぼつかない足元で目一杯蹴ってとんでもない方向へ行ったボールを蹴り返した。通行人をかすめて広場中を転げまわるボールは時折親切な人の手によって男の子の元に戻った。その様子を見ていて「みんなそれでいいのか?」すごく疑問に思った。 そのうちオヤジは俺の隣に座ってタバコを吸い始めた。タバコ嫌いだからムカついたが禁煙とは書いてない。でも子供がまだ懲りずに蹴ってるボールが俺をかすめ始めたので、ついに子供でなくオヤジに言った。「あぶねーだろ!止めさせろよ!」逆ギレするかと構えてると、俺と同い年くらいのオヤジは意外に素直に「すみません。」でもその直後オヤジと子供は声を揃えて、「でも柔らかいボールだから・・・」これにまたムカついて、「そうじゃないでしょう!赤ちゃんもいるんだからここでやっちゃダメなんだよ!」そしてオヤジは子供に、「この人食べてるから、さっ、やめて・・・」 ぐわーっ!ダメだぁ!全然わかってねー!と呆れ返りつつ、「ここで2度とやるなよ!」と言い残して立去った。なーんか負けた気分。俺が間違ってるのかぁ?そうじゃないよなぁ〜。 【9月5日】 このごろ首都高に出かけることが多い。会社の帰りや休みの日の夜。空いている時間帯に飛ばす訳でもなく、夜景を横目で眺めながら気持ち良く・・・。 どの路線もだいたい自由に走り回れるようになった。もともと車好きで、目的もなくなんとなく走るのが好き。いつもは混み合う場所や通りを、誰もいなくなって景色が一変した頃にふらっと訪れるのが好き。深夜の東京のど真ん中はそんな時間つぶしにはぴったりの場所かも。 【8月31日】 深夜に恋愛ランク付けの番組やってて、インターネットで同じのやってみた。結果は・・・、まー何とか全国平均は超えてるようで一安心。何項目かいい線いってるんでえばってると、包容力と恋愛テクニックはひどいもの。そんなはずなーいともう一回入力してみてもやっぱり変らず。根本的に違ってるらしい。この結果よろこんでいいのか悪いのか。結局振り回されてる単純な視聴者だったりして・・・。 【8月30日】 6〜7年ぶりで風邪で寝込んだ。このとこ忙しくて生活のリズムが変ってきてたせいか。一区切りついたらどっと熱が出て39.2度まで上がった。飲みたくない薬飲んでじーっと辛抱。 普段見ないテレビ番組は見れた。「おー、みのもんただ」「これが渡る世間か」「ドラマも歌バンもどれが誰だか全然わからねー」普通の生活からかけ離れてるのが身にしみる・・・。 普通に仕事してたらこんなふうに知らないことが増えていくんだろうなー。何か久しぶりにこんなことを考えた気がする。 【8月22日】 お盆は墓参りしなかった。新盆なのに・・・。 お盆って亡くなった人が家に帰ってくるのを迎える行事だったっけか?別の宗派の人にはそう教わった気はするが。 もしそうだったらカミさんが帰ってくるとこは俺の実家じゃなくてやっぱり俺のいるとこだろ。俺自信が彼女の眠る墓で彼女を祀る仏壇なんじゃないか、やっぱり。俺が覚えてるうちはきっと寂しい思いはしないだろうし・・・。 でもそんなこと言っても非常識だって言われるだけだろうな。そう言われたら、代わりに子供たちの骨を分骨した総本山に行ってきたって言おう。仏に手を合わせるのは場所も時間も選ばないはずだよな。 【8月15日】 東大の医師からメールが入った。以前妻の担当だった人。 妻のことをどう思って接していたか正直に書いてある。俺の存在がどれほど厄介だったかも。それでもあんな姿になった妻を不憫に思って彼女なりにやってくれていたという。 彼女とは怒鳴り声に近い声で言い争ったこともある。俺がどうしてそんなことを言うのか他の医師達も理解できなかったろう。あの頃少しでも歩み寄ってくれていれば・・・。無理もないだろう、人間なんだから。 他の医師や看護婦達が今どう感じているのかわからない。HPや雑誌記事を読んだとき、俺や妻の無念さが彼らに伝わるだろうか。東大病院のスタッフとしてでなく、人間として客観的に読んで感じて欲しい。 私への励ましのメール。東大病院の医師としての立場も考えた精一杯の内容。そんなメールがたった1通でも来たことを喜ばなければならない。 【8月12日】 ずいぶん更新サボった。日記書くことも。 それでもアクセスが途切れないのはこんな俺でもいまだに見てくれる人がいるってことなんだ。前に友達に言われた。「一度始めたらもう個人の問題じゃなくなる。本やHPを見ているたくさんの人のために責任を果たしなさい」つくづくそう思う。 何があってもサボってる場合じゃないね。もう一人じゃない。 |