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【5月31日】 大前研一という人がいる。元々はエンジニアらしい。それをスパッとやめて経済の世界へ。と思ったら都知事選に立候補→青島さんに敗退。でも常に前向き。 「死ぬ前にあれをやっときゃよかったと言いたくない。男はどう死ぬかでしょ」そう言える日本人的じゃない考え方ややり方がわかり易くて、かっちょええなーって思ってた。 この前詳しい経歴を知ってびっくり。ものすごい頭のいい人で、仕事のできる人で、やってる事のスケールは桁違い。一瞬似てるなーと思ったけど、訂正。やっぱり雲の上の人でした。TV見ながら「会社辞めてこの人のとこで働こうかなー」って言うと、「できる訳ないでしょ」とカミさんに笑われたのも納得。 【5月29日】 いかん、いかん。HPに怒りぶちまけてるうちに晩飯食いそびれた。もう2時過ぎじゃん。うー、これから何か作るのもなんだし・・・。という訳で、見つけたそうめんゆでてかっ込んだらちょっと落ち着いた。って日記書いてる場合じゃないだろ。早く寝ろよ。 【5月26日】 弁護士のもとに病院側から『要望』があった。名前の特定につながる記述をHP上でしないで欲しいという。 直接聞いてはいないので『要望』なのか『圧力』なのかはわからない。Y病棟医長、KA医師、KI医師、N研修医・・・そういう記載のことを言っているのだろうが、別人のY医師やN医師がいわれない問い合わせに迷惑しているのか、それともそれが予想されるからか・・・。 いずれにしても、あなた達の病院に入院していた妊婦があなた達の注射によって植物状態に陥り、胎児が窒息死したのは事実。流動食チューブの挿管ミスを犯したのも人工呼吸器の故障で窒息寸前になったのも事実。そしてあなた達の同僚が私に対して数々の言葉を浴びせたのもまた事実。 その事実を隠せば良いのでしょうか?それとも誰が関わったかを隠せば良いのでしょうか? 【5月23日】 日本看護協会から本が届いた。「看護事故教訓集」看護婦向けに事故防止の心得をまとめたもの。去年の秋にメディオの事務局を通して被害者である会員に依頼があり、私も何件か事例を投稿した。 どのページにも当たり前の教訓しか書いてない。学校に行かないとわからないことは書いていないはず。なのになぜ事故は防げなくて、事故の後こんなにもこじれてしまうんだろう。 友達の看護婦は「看護レベルでは東大か聖路加」と言っていた。本当だとすると私の見たものは・・・。 【5月22日】 携帯に友達からの着信経歴。着信時間は夜中の零時少し前。ここの奥さんもうちみたいに長期入院してる。いろんな事を考えた。ただのご無沙汰電話か、それとも・・・?これから関越飛ばしたら朝までに着くか・・・? 電話してみると、ご無沙汰電話だった。ほーっ、よかった。 縁起でもないと思うかもしれない。でもつい数ヶ月前俺が経験したことで、いつも覚悟してたこと。同じ毎日を送ってきた者同士ならわかること。もしもそうだったら会社からそのまま高速に乗ろうと携帯の画面見ながら思ってた。 よかった。またゆっくり眠れるね。2人ともいつも応援してるから頑張って。 【5月20日】 日曜の夜は1週間で一番嫌な時間。また明日会社かーと寝転がっていると、たまたまTBS系の番組には直木賞作家の重松清さんが出てた。 タバコを吸いながらの仕事風景。「この人が俺の記事書いてくれたんだよな。こーやって書いてたんだろうなー。」女性自身の記者から聞いた話を思い出した。するとナレーションで『この日の仕事は妻を事故で失った夫の物語・・・。』机の上にはどこかで見たタイトルの書かれた原稿と写真のコピー。ベッドから飛び起きて、「なんだよ、それ俺だよー・・・」TVの前で独り言。ちょうどこのTV取材の時にあの記事を書いてたらしい。 この人くらい俺の文章に力があったらなー。もっとたくさんの人に読んでもらえるのに・・・。時々メディアの中心にいる人達にカスるだけでもいい方なのかなー。 【5月19日】 何日か前に配布された社報。外部の人の工場実習の体験談だった。書いたのは・・・裁判官。 「社会勉強」のため、若い裁判官達がうちのような会社で実務を経験するそうだ。「大勢の人と一緒に一つのものを作り上げる喜びを実感した」そんなことが書いてあった。何人規模でどんな業種で実習をしているのかわからないが、必要なことだと思う。だが一方で、考え方が偏らないように一般人との交流は避けているという噂も聞く。いったいどっちにしたいのか。 人の善悪を裁くのなら誰よりも人のことを知っていないとならないはず。短期間の狭い業種の研修でなく、定期的に様々な社会を見に「降りてきて」欲しい。その高い壇上から。 【5月18日】 布製のクロスの上に、トーストと目玉焼きとミルクとオレンジジュース。窓を大きく開けて、気に入ったCDをかける。もうできないかと思ってたホテルのモーニングサービスみたいな朝食。 ・・・のはずなんだが、やっぱ根本的に間違ってるようだ。ビニール製のクロスはまあいいとして、ミルクもオレンジジュースも1リットルパックのままガブ飲み。目玉焼きの皿はフライパン。だって洗うの俺なんだもん。 【5月16日】 市役所で証書を取ってきて妻の実家に届けた。そんな手続きはまだきっと残っていて、この先も必要になるだろう。 座敷で一休みして話す中で妻の話になった。「ご先祖様にお迎えに来て欲しいとずっと思っていた。見送りが終わってほっとした」返事もできず入院を続けるしかない娘を見ていられなかったのだろう。でも俺は違ってた。前と何も変わってないと思ってた。ずっと生きていて欲しいと思ってた。・・・反論はしなかった。 人によって感じ方、やり方はそれぞれ。それが対立のもとになっても仕方ないのかもしれない。 【5月15日】 これはやばい、久しぶりに体重計にのって青くなった。食べるの控えよう。少しだけね、少しだけ・・・。 【5月14日】 原発事故の被害者の家族はよく決断したと思う。放送を承諾するまでにどれほどの葛藤があったことか。事故の再発防止、放射線事故治療への貢献、そんな気休めの言葉ではきっと何一つ救われないはずなのに・・・。 たぶん同じようなやり場のない怒りを今も感じている。家族の死にざまを訴え続けるしかなくて、その先に救いがあるのかどうか何もわからない。 【5月13日】 NHKスペシャルで原発事故の被害者の闘病の様子を放送してた。その患者さんは東大病院に入院していた。何かあるたびに報道陣や中継車が詰めかけ、私は生中継の様子を横目で見ながら妻の待つ病棟に向ったものだった。こっちにも眼を向けてくれと思いながら。 見慣れた景色や通路や医療器具が何度も映し出され、最新の医療でも太刀打ちできなかった無念さを医師や看護婦が語る。その同じ病院で事故が繰り返され、妻や子供たちは苦しみながら果てて行った。その当事者にカメラを向けたとき、彼らは何と言うんだろう。 【5月12日】 久しぶりに走った道。毎週のように2人で車で出かけていた頃何度も走った道。目的地が決まっていないことが多かったから、「今日はどっち行くの?」「んー、海の方かな」それを聞いた妻はいつも笑ってた。 ドライブが趣味ですと言わなくなって久しい。また用もなくあちこち行ってみようかな。 【5月11日】 この前のTV取材の画像をupしたけど何か変。だってニヤけてる顔ばっかし。深刻な顔してるのは泣いてるとこくらいだから、どっち選ぶと考えるとやっぱし・・・。もし今度取材に来たらもっと悲壮感漂う顔にしよう。練習しとかないと。(^_^;) 【5月10日】 国側は準備書面を提出してきた。「そんなこと考えてもいなかったくせに!」「なんで真実を書かない!」「死んだ患者が悪いって言うのか!」思うことはいつも同じ。気が滅入る。 国(東大病院)が用意したシナリオに国(裁判所)が乗った。そのシナリオは、産科医師の行った喘息発作への対処と救命措置の正当性を産科医師に鑑定させること。私が申請した鑑定医は、あらゆる救急場面に精通する救命救急医だけだったのに・・・。そしてその鑑定書が重要な証拠となって判決文が書かれる。この裁判のどこが公平なんだろう。 【5月9日】 水産大手のマルハ脱税のニュース。まーたそういう悪さをするー。また買えない製品が増えてしまうー。 雪印製品はもう買わないことにした。うちの会社が三菱自動車じゃなくてよかった。基本にあるのは、人を騙して金儲けしてるヤツは大嫌い、地道に正しいことしてる人は応援。それは病院でも何でもいっしょ。・・・だけど知らないことは怖い。知らないままいったいどれほど間違ったことに手を貸してるのか・・・。 ニュースが気になって今日買ってきたちくわを見ると、きゃーっ!マルハ製!捨てるのはもったいないから、これを食べたらもう買わないことにしよう。(^ ^;) 【5月7日】 夜中ずっと運転して夜が明ける頃に自宅に戻った。それから眠ったので昼夜逆転。日本にいるのに時差ボケとはどういうこと?本州の真中から端っこまで距離が離れてるんだからしょうがないか。ちょっと違う気もするが・・・。 【5月6日】 「趣味は?」と聞かれると「墓参り」と答えるしかないかも。毎日のように行ってたんだからしょうがない。でもまあ一区切りついたかな。あとは時間をかけて土に帰るのを待つだけか。たぶん時間が要るのは死んだ人じゃなくて生きてる人の方だけど。 【5月5日】 前日は墓の掃除、供え物や花の注文、レストランの下見と予約、食材の買出し・・・。今日は朝早く起きて駅に親類の出迎え、霊園までの送迎、市内案内、実家でのもてなし・・・。納骨以外にもやることはたくさんあった。 「気を遣わないで」と言われていても結局は一家総出でスケジュールに沿って事を運ぶ。失礼のないことだけを考えて・・・。家と家とのつながりはいつもそうだ。これも必要なこと。 だが大事なものと向き合う時間は削られる。だからそれを補うために、全部が終わった後にもう一度一人だけでやる。いつからかの私のスタイル。 親類を駅に送り、家族が自宅でくつろぐ中再び霊園に向った。夕暮れの墓前に座り込んでろうそくと線香をともした。たったそれだけのことだが周囲への気がねはない。好きなだけ居て話し掛けたり考えたり・・・。本当に必要なのは形式よりもそういうことだと思う。 【5月3日】 寺に行って妻の遺骨を引き取ってきた。納骨までの短い間できるだけ一緒にいようと思って。そして助手席に妻の遺骨、後席に母を乗せ、あちこち雑用に走り回った。 「ちょっとガソリン入れに行ってくる」雑用を終え、自宅で母を降ろしてまた走り出した。昨夜は無給油で走ってきたので本当にタンクは空っぽだったけど、ただ2人でドライブしたかっただけなのかもしれない。すぐ近くのスタンドでもいいのに、結局は遠く離れた霊園の方に向かっていた。 春に来たのは初めて。2km近く続く参道が桜並木だったことも、霊園の周りいっぱいに桜の木が立ち並んでいたこともこれまで気付かなかった。そして桜は今が満開。「これは気持ちいいだろ・・・」いつかと同じく窓とサンルーフを全開にして、柔らかい日差しが差し込む桜のトンネルの中をゆっくり走った。助手席には妻・・・。 夕暮れ前の霊園には他の参拝者もちらほら。1年半ぶりの墓は雪解けあとのままで埃っぽかった。それを水で洗い流して妻の骨壷を置いた。「お母さん連れて来たぞ。やっとご対面だな」一家が勢ぞろいしたのはいつ以来だったか・・・。 今日はいつの間にか予定にない行動をしていた。自宅に一旦遺骨を持ち帰ることも考えてなかったし、墓の掃除は翌日皆で出向くことにしていた。でもそれでいいと思う。いつもそうだが、周りに流されずに自分のしたいようにする方が後悔はしないから。 【5月2日】 部屋の掃除、洗濯を終えて夕方出かける。実家まで約700km。長時間の運転は苦にならないが、近頃トラブルの目立つ車が機嫌を損ねないかが気がかり。 休憩を1回挟んで一気に走りきると、深夜の実家は皆寝静まっていた。本当は真っ先に寺に向って祭壇にいる妻に対面したかった。それから霊園に行って久しぶりに子供たちの墓参りもしたかった。でも遅いからどちらも無理。とりあえず今日は休んで明日にしよう。 【5月1日】 全然痩せない。毎日10km走ってるのに、減るどころか増えてるじゃないかあ。昔の写真を見た人に「痩せたねー」とよく言われるもんだから、ダイエット本でも出して儲けてやろうかと密かに計画していたのに・・・。休みが続いて少しは規則正しい生活になってるはずなのになぜだー。 ん、そういうことか。不規則生活ダイエットだったのか。やめると太るってことか?むーん・・・。それで痩せるなんて嫌だからそんな本自分でも買わない。 |