主文
1 本件控訴を棄却する
2 控訴費用は、控訴人の負担とする
当該裁判所の判断
1.本件事故の経緯
2.トシが呼吸困難に陥った原因
3.被控訴人の責任
(1)午後8時14分の時点及び同16分の時点
ア
控訴人浩は、トシは、午後8時14分の時点で、チアノーゼを呈し急激に症状が増悪する状態であったし、同16分の時点で、全身にチアノーゼが生じ吸入薬であるサルタノールの投与も功を奏していなかったから、難波医師らは、ボスミンないしエフェドリンなどの薬剤を直ちに投与し、さらには気管内挿管を行うべきであったのにこれを怠った過失があると主張する。
しかし、前記のとおり、トシは、リンデロン注射の直後に息苦しさを感じ、気管支喘息の発作を疑って吸入薬であるサルタノールを使用したが、いつものように楽にならなかったため、ナースコールをし、午後8時12分ころ、難波医師に対し、いつもの喘息発作とは違うなどと言って強く息苦しさを訴えたものの、声の大きさや話し方は普段と変わらない状態であり、四肢に軽度のチアノーゼが見られ、血中酸素飽和濃度が若干低下しているほかは、脈拍は明確に触知することができ、心拍数は毎分110程度と普段よりやや多い程度で、意識障害はなくショック状態の所見もなかったし、その後、同14分ころまでは、医師の質問にはっきりと答えており、最高血圧は110から120mmHgで、渡されたスプレー状の吸入薬を自ら使用していたものである。以上のように、この時点までのトシの状態は、息苦しさを強く訴え、軽度のチアノーゼが見られる以外、特に深刻なものではなく、難波医師らは、酸素マスクによる酸素投与を開始し、再度吸入薬を投与したのみであるが、それ以上の処置をとる必要があったとまでは認めることはできず、証人兼子も、午後8時14分までの処置は妊婦喘息の治療手順として矛盾するものではないと述べている。
ところが、同14分ころから16分ころにかけて、トシはショック状態には至っていなかったものの、チアノーゼの範囲は顔面にも広がり、呼吸は一層苦しそうになっており、応援に駆けつけた長野医師は、このようなトシの状態を見て、ネオフィリンを準備するよう指示するとともに、トシの症状が更に悪化した場合には気管内挿管の緊急の処置が必要であると判断し、救急部の医師に緊急コールをしたものである。
この時点における長野医師らの処置について、兼子鑑定も横山鑑定も、同16分に救急部の応援を要請し救急部の集中管理を期待したのは適正な判断であったとしているが、横山鑑定は、それのみならず、トシの四肢及び顔面にチアノーゼが出ていたから、第一に気道の確保と酸素投与、次に輸液の増量とボスミン投与が必要であると指摘し、上記処置のみであったことに疑問を投げかけている。
イ
まず、控訴人浩は、この時点でのボスミンを投与すべきであったと主張するところ、証拠並びに弁論の全趣旨によれば、ボスミンは血圧を上昇させ、気管支の痙攣を寛解させ、上気道の血管神経性浮腫も抑え、アナフィラキシー反応そのものの進行を止める作用を有すること、投与後1、2分で効果を発揮する即効性の薬剤で、アナフィラキシーショックや気管支喘息の発作等に有効であるとされており、特に、アナフィラキシー反応に対する治療のための第一選択薬として使用されていること、しかし、強い血管収縮作用を有しているため、投与すれば子宮血流量が減少しその結果として胎児への酸素供給が途絶え、胎児を死亡させる危険性があるため、妊婦に対する投与は慎重でなければならず、妊婦にボスミンを投与するのは、胎児の生命よりも母体の救命を優先すべきであると判断される段階に至ったときであるとされていること、兼子鑑定人も、妊婦に対するボスミンの使用は、アナフィラキシーショック、母体心肺蘇生時以外はほとんどないとされており、妊婦喘息にショック症状を伴う致命的状況が判断される緊急時においてボスミンの使用を考慮する必要があると考えていること、妊婦に対するボスミンの投与を記載した文献は、ほとんどアナフィラキシーショックの例であり、トシのような気管支喘息の妊婦に対する積極的な投与を記載した文献は見当たらないこと、さらに、エピネフリンとβ2刺激薬の併用で、不整脈、場合によっては心停止を起こすという副作用の発生が報告されており、効能書にもβ2刺激薬との併用は禁忌とされていることなどが認められる。
本件において、妊婦であるトシは、アナフィラキシーショックではなく気管支喘息の発作を起こしたものであり、この場合にボスミンを投与することは、上記のように胎児の生命よりも母体の救命を優先すべきであると判断される場合、例えば、ショック症状を伴う致命的な状況にあると判断される緊急時に限られると解すべきであるところ、午後、8時14分から16分にかけてのトシの状態は、顔面にまでチアノーゼが広がり、息苦しさが一層強まってきてはいたものの、ショック状態に陥っていたわけではなく、直ちに生命に危険が及ぶというような差し迫った状況にあったわけでもない。また、トシは、同12分前後に2回にわたってサルタノール(β2刺激薬)を吸入しており、その効果は吸入後5分から10分までの間で発現するとされているので、同14分ないし16分の時点において、難波医師らが上記サルタノールの効果の発現を見守るべくボスミンの投与等をしなかったというのは、一応理解できるところである。加えて、上記のとおりβ2刺激薬であるサルタノールにエピネフリン(ボスミン)を併用すると、不整脈や場合によっては心停止が起こる可能性が指摘されているのであるから、サルタノールの吸入後5分以内の間、ボスミンの投与を控えたのは、その時点においては妥当な判断であったというべきである。
これに対し、横山鑑定には、午後8時15分の時点で、ボスミン少量0.1mgの静脈内注射を行っていれば、ボスミンの追加投与が必要であったかもしれないが、100%酸素のアンビューバッグによる加圧補助呼吸でも回復した可能性があり、これによれば、ボスミンの少量投与ならば胎児に影響を及ぼすような子宮動脈収縮を伴う子宮血流量の減少をもたらさないと判断しているようである。
しかし、子宮動脈を収縮させないでおいて、血圧を上昇させたり喉頭浮腫を改善させるような適切なボスミンの投与量について報告した文献は存在しないし、ボスミンの投与により血圧も上昇し喉頭浮腫も改善されるとすれば、同時に子宮動脈収縮が起こると考えるのが薬理学的には妥当であるとする見解があり、確かに、妊婦に対するボスミンの投与について横山鑑定の見解を客観的に裏付けた文献は証拠として提出されておらず、これが現在の薬理学において承認された見解であるか否かは問題が残るところである。同時に、子宮動脈収縮が起こらない程度の少量のボスミンを投与したとすれば、それによっても、母体の血圧も上昇せず、喉頭浮腫も改善されないおそれも残ると見るのが自然であり、結局のところ、横山鑑定が同時に指摘しているように、ボスミンの効果を発現させるため追加投与を検討せざるを得ないことになるように思われるから、本件においては、上記ボスミンの少量投与により母体及び胎児の双方の救命が可能であったとまで認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
ウ
次に、控訴人は、午後8時14分から16分の時点で、子宮血流量に関与しない昇圧剤であるとしてエフェドリンを投与すべきであったと主張しており、横山鑑定にも、ボスミンの使用を避けたいと考えるならばエフェドリンの使用が考えられ、早期にエフェドリンを使用していれば胎児の死亡を回避できた可能性があるとの記載があり、エフェドリンは、ボスミンと異なり子宮血流量への影響は少ないとされているから、妊婦への投与を避けるべきものとはされていない。
しかし、上記のとおり、同14分から16分にかけてのトシの状態は、顔面にまでチアノーゼが広がり息苦しさが一層強まってきていたものの、まだショック状態に陥っていたものでもないから、胎児に危険なボスミンを避けてエフェドリンを使用することを検討しなければならないという状況とまでも認められなかったし、トシは、同12分前後に2回にわたってサルタノールを吸入してその効果の発現を見守っているという状態であったこと、エフェドリンもβ2刺激薬との併用で不整脈、場合によっては心停止を起こし、効能書にもβ2刺激薬との併用は禁忌とされている旨の報告があることに照らすと、難波医師らがこの時点で直ちにエフェドリンを投与すべきであったとまで認めることはできない。
エ
さらに、控訴人浩は、午後8時14分から16分の時点で、トシにつき気管内挿管の処置を講ずるべきであったと主張しており、長野医師もトシの症状がさらに悪化した場合には気管内挿管が必要になることを考えたからこそ、救急部にコールをしたものであるが、自らは気管内挿管を行っていない。
しかし、上記のとおり、その時点のトシの状態からして、直ちに気管内挿管をしなければならないような差し迫った状況であったとまでは認められないし、証人難波聡の証言及び弁論の全趣旨によれば、トシの病室にいた3名の医師のうち、難波医師は気管内挿管の経験がなく、川名医師と長野医師は手術室における気管内挿管の経験があっただけで病室における経験はなかったこと、筋弛緩剤を投与せずに病棟内で行う挿管には相当の経験を要するほか、挿管の準備などの難点があったこと、このような理由があったため、長野医師らは、救急部にコールをして気管内挿管を依頼し、その到着を待ってその時点のトシの症状を見て気管内挿管を行うのが適切であると判断したことが認められる。以上のトシの症状とその時点における気管内挿管の迅速な実施の困難性等に照らすと、上記長野医師らの判断が不適切であると認めることはできず、このことに、上記のとおり、兼子鑑定及び横山鑑定のいずれにも、この時点で救急部に緊急コールをしたのは相当であった旨の記載があることも併せ考慮すると、この時点で、長野医師らが直ちに自ら気管内挿管の処置をとらなかったことに過失があるということはできない。
オ
以上認定したほか、午後8時14分から16分までの東大病院の医師らの処置について、過失があると認めるべき事情は見当たらない。
(2)午後8時18分の時点
ア
控訴人浩は、トシは遅くとも午後8時18分の時点でショック状態に陥り、収縮期血圧は70ないし80にまで低下し、意識喪失、呼吸減弱など病状は急速に悪化していたものであり、この状態では胎児の生命維持に重大な危機が生じ、母体の収縮期血圧を上昇させる方法を講じなければ胎児を救命することはできないばかりか母体にも死の危険が切迫するので、ボスミンを投与すべきであったこと、ボスミンほど強い昇圧作用はないものの、血管収縮作用を有しないためその投与に当たって胎児への影響を心配する必要がないエフェドリンを投与すべきであったこと、どんなに遅くとも同18分までには、胎児の救命を断念して母体救命への積極的方針で臨むべき危機的状況が生じていたのであるから、子宮血流の減少に対する危惧からあえてボスミンの投与を控えるべきでなく、したがって、難波医師らには過失があると主張する。
前示のとおり、確かに、この時点では、トシは、自力で身体を支えられなくなり、橈骨動脈の触知が困難になり(収縮期血圧が70ないし80mmHg以下の状態に低下し)、会話することはできず、呼びかけにも応答しなくなり、意識レベルは低下し、呼吸停止に近い状態になったものであって、トシは、ショック状態に陥り、胎児のみならず母体に対する重大な危険が生じる可能性を想定せざるを得なくなったといわざるを得ない。この事態に対し、難波医師らは、トシを半座位にして酸素投与量を多くする処置をとり、同18分ころのトシの状態を見て、トシの血圧を上げるたもの点滴ボトルを5パーセントブドウ糖液に交換して点滴速度を速め、アンビューバッグによる人工呼吸を試み、緊急コールをして早晩到着するであろう救急隊の医師が気管内挿管を行いやすくするための準備を行ったものである。
イ
まず、控訴人浩は、午後8時18分の時点におけるトシの状態からして、胎児の救命を断念し母体救命への積極的方針で臨むべきであったとして、ボスミンを投与しなかった難波医師らには過失があると主張するところ、トシはすでにショック状態に陥っており、吸入薬であるサルタノールの効果の発現も見られなかったから、胎児の救命を断念すべきことが明らかであれば、この時点でボスミンの投与に踏み切るのが相当であり、兼子証人も、同18分以降の呼吸障害の進展、ショック症状の重篤化はボスミンの投与の必要性が推測されると述べているところでもある。
しかしながら、横山鑑定は、この時点においてトシの胎盤血流量は減少していたものの、胎児は酸欠状態でなかった可能性があると指摘した上で、本件の病態下でボスミンを投与した場合どのような結果になるかは予測が困難であるから、難波医師がボスミンの使用を子宮の血流低下を理由に躊躇したことは理解できると報告しており、兼子鑑定も、同18分の段階で子宮血流量は減少傾向にあったものと推測されると報告しているが、胎児の救命は望めない状況にあったとか、ボスミンの投与に踏み切るべきであったとまでは報告していない。このように胎児の救命の可能性を完全に捨てきれない状況にあり、かつ、トシの症状が関係者の予想を越えて急激に悪化していったことに照らすと、同18分の時点において、胎児の救命を断念しトシの救命を優先してボスミンを投与すべき状況にあったとまで断定することは著しく困難であったと認められるから、難波医師らに対し、直ちにトシにボスミンを投与すべきであったというのは、難きを強いるものといわざるを得ない。加えて、難波医師らは、同16分の救急部への緊急コールによって救急部の医師を呼び出し、早晩到着する状況にあり(現に、それから約2分後の同20分には到着している)、救急部による気管内挿管に協力すべく準備を進めていたのであるから、妊婦であるトシに投与するか否かの判断が困難なボスミンを投与しないで救急部の医師の到着を待つというのも、その時点において不適切な判断であったということはできず、兼子証人も、難波医師らが、救急部の来診を要請し、その到着に備えて準備を行うとともに、その間、トシを半座位にし、急速輸液、酸素吸入、アンビューバッグによる換気操作等の処置をしたことは、適切な対応と判断されると述べるところである。また、横山鑑定人は、ボスミンの投与の妥当性を指摘し、前記のとおりボスミンの少量投与の適切性については、前記と同様の疑問があるし、また、同鑑定人は、胎児の救命の可能性につき必ずしも否定的な認識を示していない点も考慮すると、難波医師らがトシに通常の量のボスミンを投与しなければならなかったとまで述べていると理解することも困難である。
そうすると、難波医師らは、同18分の時点において、救急部の医師の到着を待つことなく、直ちにトシにボスミンを投与する義務があったと認めることはできないから、それをしなかったことにつき過失があるということはできない。
ウ
次に、控訴人浩は、午後8時18分の時点でも、難波医師らはトシに対し、子宮血流量を減少させない昇圧薬であるエフェドリンを投与すべきであったと主張し、横山鑑定人も、エフェドリンの投与の相当性を指摘している。
しかし、同20分の時点でトシに対し気管内挿管を行う上で最大の障害になったのは、トシに生じていた重症の喉頭浮腫であるところ、エフェドリンの喉頭浮腫の改善効果はボスミンに比べて弱いとされており、同18分の時点に既に相当重症の喉頭浮腫が生じていたトシにエフェドリンを投与したことにより、これを大幅に改善し、大脳機能の喪失を回避することができたか否かは、疑問が残るといわなければならない。また、兼子証人も、数分で救急部の治療が予想される時点でのエフェドリンの使用は、急速な臨床経過を合わせ、その後のボスミンの使用を困難にする可能性も考えられるとして、難波医師らがこの時点でエフェドリンを使用しなかったことが不適切であったとは判断されず、むしろ、回避するのが得策と推測される旨を述べている。
結局、エフェドリンの投与により十分な喉頭浮腫の改善効果がもたらされることを裏付ける証拠がない以上、本件において、難波医師らがトシにエフェドリンを投与する義務があるとまでは認めることはできないし、これを投与したことによりトシが大脳機能喪失を免れたということもできないから、控訴人浩の上記主張は採用の限りではない。
エ
なお、兼子鑑定は、午後8時18分の時点におけるトシの呼吸の減弱の推移、意識の喪失からして、気管内挿管適応の時期であるが、同時に、このような事態を考慮して既に救急部の来診要請がされ、救急部の集中管理を期待したことは本件での適正な対応と考えられると報告しているから、この時点での救急部の到着を待って気管内挿管の準備をしていた難波医師らの処置が不適切であったとは認められない。そして、他に、東大病院の医師らのとった処置につき、過失があったことを認めるべき事情は見当たらない。
(3)まとめ
以上の次第で、本件事故の発生につき、難波医師をはじめ東大病院の医師らに過失があったと認めることはできないから、控訴人浩の請求は理由がない。
4.結論
よって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人浩の請求を理由がないとして棄却した原判決は結論において相当であり、本控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第9民事部
裁判長裁判官 雛型 要松
裁判官 小林 正
裁判官 萩原 秀紀