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東大病院・国側が提出した最終書面です。 文章の1行1行に憤りを感じます。 |
第1 控訴審における争点 第2 争点(1)(トシの本件発作は、アナフィラキシーショックあるいはアナフィライシー反応とすべきか)について 第3 争点(2)(ボスミンをどの時期に使用すべきであったか、またそのように使用したら胎児を救命できたか、あるいはトシの大脳機能喪失を防止できたか)について 第4 争点(3)(発作後に行われた救急措置において、産婦人科医師のとった処置に過失が認められるか、特に、産婦人科医師のトシに対する呼吸補助に過失が認められるか否か)について 第5 本件医療行為とトシの死亡の結果との因果関係 第6 結論 |
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第1 控訴審における争点 本件控訴審の争点は、(1)トシの本件発作は、アナフィラキシーショックあるいはアナフィライシー反応とすべきか、それとも喘息発作とすべきか、(2)ボスミンをどの時期に使用すべきであったか、またそのように使用したら胎児を救命できたか、あるいはトシの大脳機能喪失を防止できたか、(3)発作後に行われた救急措置において、産婦人科医師のとった処置に過失が認められるか、特に産婦人科医師のトシに対する呼吸補助に過失が認められるか否かである。 なお、本件の事実経過における時刻設定については、原判決で認定された時刻設定を覆す新たな証拠は、控訴審において、一切提示されなかった。したがって、時刻設定は、原判決のとおりであるとして、被控訴人は以下主張を行う。 また、その他の事実関係については争点とはなっておらず、また原判決で認められた事実関係を覆す新たな証拠は、控訴審において、一切提示されなかった。したがって、その他の事実関係についても原判決のとおりであるとして、被控訴人は、以下、主張を行う。 第2 争点(1)(トシの本件発作は、アナフィラキシーショックあるいはアナフィライシー反応とすべきか)について 1 この点につき、控訴人は、控訴審において、鑑定が実施される以前に、午後8時14分までのトシの状態について、「トシはリンデロン投与後、遅くともナースコールの時点以降アナフィラキシー反応を呈しており」(控訴人の平成11年6月25日付け準備書面(以下「控訴人準備書面(1)」という。)20ページ1行目以下)、午後8時14分の時点までにN医師らがトシの症状をアナフィラキシー反応であるとにんしきしていなかったとすれば、そのこと自体が過失である(控訴人準備書面(1)21ページ6行目以下)とし、また、「午後8時18分頃にはアナフィラキシー『ショック』に陥っていた」(控訴人準備書面(1)20ページ2行目以下)と主張していた。 2 控訴審において行われたA麻酔科医師鑑定人、B産婦人科医師鑑定人による鑑定においては、A麻酔科医師鑑定人によれば、「気管支喘息の急性増悪」(A麻酔科医師鑑定4ページ1行目以下)であったとされ、また、B産婦人科医師鑑定人によれば、「喘息の急性発作として捉えるのが通常の臨床的判断と推測される(B産婦人科医師鑑定2ページ17行目以下)」とされており、いずれの鑑定結果も、本件発作は、アナフィラキシーショックあるいはアナフィラキシー反応ではなく、喘息の急性発作と捉えるべきだとするものであった。 3 被控訴人は従前より、午後8時14分の時点では、アナフィラキシー反応の他の症状である紅斑や血圧低下がなく、頻脈については、もともとリトドリンの点滴で存在していた状況下において、トシの症状につき、喘息発作がアナフィラキシー反応の一症状としての喘息様発作かの鑑別は困難だったというべきである(被控訴人答弁書16ページ5行目以下)と主張していたものであり、両鑑定人共に喘息の急性発作であるとの判断を示したことで、ここに控訴人の上記主張の根拠は失われたといえる。 4 控訴人は、「トシの呼吸困難が喘息発作であったとしても、N医師らの過失は何ら変わりがない」(控訴人準備書面(4)5ページ21行目以下)とするが、「アナフィラキシーの一義的な病態は、抹消血管拡張と毛細血管透過性亢進による循環血漿の血管外組織への漏出がおこるための有効循環血液量の減少」(甲第23号証8ページ26行目以下)であり、気管支けいれんを一義的な病態とする喘息とは、全く異なる病気であり、なすべき処置もボスミンの使用順位をはじめ当然異なっている。 アナフィラキシー反応ないしショックに、まずボスミン使用が求められる最も重要な理由は、ボスミンが強力なカテコールアミンのα受容体効果により全身の抹消血管を収縮させ、血圧を上昇させるのと同時に、血管外への水分漏出をくい止めるからである。そしてボスミンが、この強力なα受容体効果を有するが故に、妊婦に対するボスミンの使用は、ボスミンのα受容体効果による子宮血流の減少作用から、アナフィラキシーショック、母体心肺蘇生時以外ほとんどないのが現状(B産婦人科医師鑑定人の尋問事項に対する回答書(以下「B回答書」という。)中、控訴人からの尋問事項4(1)に対する回答部分)であり、妊婦の喘息治療手順では第一に選択すべき薬剤とはなっていない(B回答書中、被控訴人からの尋問事項1に対する回答部分)。気管支喘息の中心病態である気管支けいれんを抑止するんい求められるカテコールアミン受容体効果はβ受容体効果であり、妊婦の喘息発作を治療するには、ボスミンを使用する前に、β2刺激薬の吸入効果がなければ、アミノフィリン静脈内投与などのなすべき治療がある(B産婦人科医師鑑定3ページ16行目以下)。 本件においても、これらのボスミン以外の治療がその重複による重篤な副作用が発生しないよう注意されつつ、まず試みられている。控訴人は従前から、アナフィラキシーショックあるいはアナフィラキシー反応との前提で、医師がなすべき処置の主張を展開してきたのであるが、その前提が崩れてもなおやるべき処置に変りはないとする根拠は薄弱であると言わざるを得ない。 第3 争点(2)(ボスミンをどの時期に使用すべきであったか、またそのように使 用したら胎児を救命できたか、あるいはトシの大脳機能喪失を防止できたか)について 1 午後8時14分ないし16分の時点でのボスミン投与について (1)この点につき、控訴人は、当初、午後8時14分の時点で、「既にトシのチアノーゼは顔面に広がり、呼吸困難も加速度的に重症化している。従って、胎児も母体同様の酸素欠乏状態に陥っていることは当然N医師及びKA医師も認識していたはずである」(控訴人準備書面(1)10ページ1行目以下)とか、「(午後)8時14分には、トシの苦悶感は著しくなり、顔面にまでチアノーゼが広がったのである。このようにチアノーゼを呈している上に、急激に症状が増悪していく喘息発作はきわめて重症であり、積極的にアンビューバッグを用いて酸素投与を行うとともにネオフィリン、ボスミン、副腎皮質ステロイドなどの薬剤を早めに準備し、さらには気管内挿管に備えるべきであった。トシの呼吸困難が喘息発作であるとした場合には、これらの治療行為を速やかに行っていれば、トシの低酸素状態は改善され、大脳機能の喪失を回避できたはずである」(控訴人の準備書面(2)8ページ10行目以下)と主張していた。 ところが、控訴人準備書面(9)においては、午後8時14分の時点でのボスミン投与については触れられておらず、控訴人は、「N医師らは、救急部に応援を要請した8時16分の時点において、トシに対し、ボスミン0.1mgの静脈内注射を行うべきであった。この時点では、トシは全身にチアノーゼを呈し、気管支喘息の高度の大発作を呈しており、しかもサルタノールの吸入も効を奏していなかった」(同準備書面4ページ13行目以下)」と主張し、その根拠としてA麻酔科医師鑑定7ページ及び10ページの記載を挙げ、また、「ボスミンは強力なβ2受容体刺激作用を有し、その気管支拡張作用によって、100%酸素のアンビューバッグによる加圧補助呼吸の併用によって(ボスミンの追加投与が必要だったかもしれないが)、大脳機能の喪失を免れたと考えられる」(同準備書面4ページ16行目以下)と主張し、その根拠としてA麻酔科医師鑑定10ページの記載を挙げる。 (2)ア この点につき、A麻酔科医師鑑定は、午後7時58分リンデロン注射、午後8時3分ナースコールという、原判決とは異なる時刻設定を前提とし(A麻酔科医師鑑定3ページ20行目以下)、午後8時14分までの時点における状態を喘息の発作とした上で(A麻酔科医師鑑定4ページ1行目以下)、ボスミンの使用について、N医師が胎盤血流の減少効果を考えて躊躇したことは理解できる(A麻酔科医師鑑定8ページ10行目以下)としながらも、その時点で、ボスミンの少量追加投与(A麻酔科医師鑑定6ページ10行目以下及び8ページ1行目以下)、もしボスミン使用を避けたいと考えるならば、エフェドリンを使用すべきであった(A麻酔科医師鑑定8ページ14行目以下)との判断を示している。そして、同鑑定人は、実際にボスミンが使用された時刻を心停止から20分後の午後8時38分から45分の間であったとし(A麻酔科医師鑑定10ページ1行目以下)、救急部に連絡した午後8時15分の時点でボスミンを少量(0.1mg)静脈注射していれば、少なくともトシの大脳機能喪失は免れたと考えられるとしている(A麻酔科医師鑑定10ページ6行目以下)。また、早急にエフェドリンを投与していれば、胎児死亡は回避できた可能性があるとしている(A麻酔科医師鑑定12ページ8行目以下)。 イ 同様の点につき、B産婦人科医師鑑定人は、正しい時刻設定を前提とし、午後8時14分までの時点においては、「妊婦に対するボスミンの使用は、アナフィラキシーショック、母体心配蘇生以外ほとんどなく(B回答書中、控訴人からの尋問事項4(1)に対する回答)、妊婦喘息急性発作時の治療手順では第一選択の薬剤としておらず(B回答書中、被控訴人からの尋問事項1に対する回答))、「妊婦ではボスミン使用の回避とともに、本薬剤使用時には気管内挿管を覚悟する重症化での適応を示唆する記載も見られ、一般的にはβ2刺激薬吸入後効果がなければ、アミノフィリン静脈内投与並びに副腎皮質ステロイドの静脈内投与の同時、あるいは順次使用が中心と考えられる」(B産婦人科医師鑑定3ページ14行目以下)としている。 さらに、本件では、今回の発症に先立ちキサンチン誘導体であるテオドール1日600mg3回服用中であり、また、切迫早産抑止のためβ2刺激薬である塩酸リトドリンも、通常使用最上限を超えた300μg/分点滴静脈注射をしていた中での発症であったことから、ボスミンによる対応には困難さを覚えるとしている(B産婦人科医師鑑定3ページ末尾から4行目以下)。 B産婦人科医師鑑定人は、「午後8時14分までの臨床所見における対応は、β2刺激薬並びに酸素吸入での対応に矛盾はなく、副腎ステロイド薬の使用を欠くが、本薬剤作用最大効果発現までの時間6〜10時間からみて、そのことがトシの大脳機能喪失及び胎児死亡に関連したとは考え難い」として、結局、午後8時14分までの医師の対応には過失がないと判断している(B産婦人科医師鑑定6ページ9行目以下)。 そして、救急部に応援要請をした午後8時16分の時点での医師の対応について、B産婦人科医師鑑定人は。「このような事態を考慮し午後8時16分頃、既に救急部来診要請が行われており、酸素吸入下急速輸液による徴候改善策を実施し、救急部の集中管理を期待したことは、本件での適正な対応と考えられる。またこの時点での母体の気管支拡張ならびに昇圧の効果のあるボスミン適用も考えられるが、本薬剤のもつ子宮血流量減少作用については知られている」(B産婦人科医師鑑定8ページ19行目)とし、医師がボスミン使用を差し控えたことについては適切であったと判断しているのである。 (3)この点に関する被控訴人の主張は以下のとおりである。 ア 控訴審において、ボスミンの使用の時期は最重要争点の1つであり、その使用時期に過失があったのかなかったのかを鑑定するためには、まず、ボスミンの薬理作用をよく理解していなければならない。本件のトシの発作において、致命的な役割を果たしたのは、極めて異例な、そして急速に進行する喉頭浮腫であった(乙第21号証21ページ1行目以下)。この喉頭浮腫をボスミンで除去し、しかも胎児の死亡を防げたかどうかが問題である。A麻酔科医師鑑定人は、救急部に連絡した午後8時15分時点のボスミン0.1mg静注投与していれば少なくとも大脳機能の喪失は免れたと考えられるとするが、A麻酔科医師鑑定人は、ボスミンの薬理作用を正確に理解していたかどうか疑念を持たざるを得ない。 すなわち、ボスミン(エピネフリン)はカテコールアミンに属する薬剤であり、カテコールアミンの効果には、α受容体効果とβ受容体効果がある。α受容体効果は、抹消血管を収縮させ、血圧を上昇させ、また子宮動脈も収縮させてその血流量を低下させるほか、気道粘膜の血管も収縮させて、喉頭浮腫を改善させる。これに対し、β受容体効果は、心臓に働いて心拍数を増加させ、また子宮平滑筋も弛緩させて切迫早産の抑止に働くという作用をもつ。そして、A麻酔科医師鑑定人自身も指摘するとおり、エピネフリンは、低濃度では、β2アドレナリン受容体効果を、高濃度ではα1アドレナリン受容体効果を発揮するものであるところ、既に被控訴人準備書面(8)10ページ13行目以下で主張したとおり、また乙第38号証及び乙第55号証(いずれも竹田医師の意見書)で明らかになっているとおり、本件の喉頭浮腫の治療は、α受容体効果(乙第55号証7ページ3行目以下)、それも強力なα受容体効果による急速な喉頭粘膜血管の収縮が求められるのであり、少量投与でβ受容体効果のみが発揮されている状態では喉頭浮腫は全く改善しない。 このように、喘息の気管支拡張効果と喉頭浮腫の治療は異なった受容体効果に基づくのに、A麻酔科医師鑑定人はこの異なった両受容体効果を混同し、喉頭浮腫もβ受容体効果で改善すると認識して少量のボスミンあるいはβ刺激剤であるエフェドリン使用の必要性を述べており、A麻酔科医師鑑定の正確性は乏しく、それを根拠とする控訴人の上記主張は失当であるといわざるを得ない。 イ 次に、午後8時14分の時点が、胎児の生存を断念し得る時期であったといえるかにつき検討する。 (ア) 一般に、母体の酸素欠乏状態といってもその程度は様々であり、ごく短時間呼吸を止めることにより生じる全く病的でないものから、不可逆的な組織障害をきたすレベルのものまであり、必ずしも母体の酸素欠乏状態が胎児への酸素供給の途絶につながるものではなく、母体がショック状態となる以前には、胎盤への血流量はさほど低下しているわけではなく、胎児が母体同様の酸素欠乏状態にあるとは考えられないものであるところ、かかる胎児にとって耐えうる程度の母体酸素欠乏時にボスミンを投与した場合、かえってボスミンの子宮動脈収縮作用により胎児死亡を来たす危険性が少なくないことが指摘されているのであり、胎児への影響についていえば、子宮胎盤の血流量を最大限維持することこそ重要なのであって、安易にボスミンを投与できない理由もここにある。 また、ボスミンは、B産婦人科医師鑑定人も指摘するとおり、ベータ2刺激薬との併用で,不整脈、場合によっては、心停止を起こすという報告があることから、効能書には、β2刺激薬との併用が禁忌とされている。午後8時14分ころにおける原告の状態は、発語・自発呼吸が保たれ、収縮期血圧が110以上に保たれており、しかも、午後8時12分ころに吸入したサルタノール(β2刺激薬)の効果の発現を待つ状況にあったことからすれば、上記のような副作用が発生する危険を冒し、かつ胎児生存を断念してまでボスミンを投与すべき段階であったとは到底考えられないものである。 (イ) なお、この点、控訴人は、トシは、サルタノールの吸入後、効果発現までの時間を待ち、それでもいつもほど楽にならないほどナースコールをしたのであるから、トシのサルタノールの吸入は午後8時2分ないし7分とする(控訴人準備書面(5)2ページ2行目以下)。 しかしながら、控訴人の上記主張は、サルタノールの最初の吸入がリンデロン注射より前と主張するもので、明らかに客観的証拠に矛盾しており失当である。すなわち、トシはN医師によるリンデロン注射を受け、その後、呼吸が苦しくなったことからサルタノールを吸入したのである。このことは、リンデロン注射時は、トシは注射前と変らない様子であり、N医師及びI看護婦と会話を交わしていたこと(乙第14号証11行目)、午後8時12分ころにナースコールを受けて、N医師とI看護婦がトシの病室に駆けつけたときトシが「息が苦しい。吸入薬を使ってみたけれど、いつもほど楽にならない」と呼吸の苦しさを訴えたこと(N承認尋問調書2ページ8項、乙第14号証20行以下)等から明らかである。そして、リンデロン注射及びナースコールの時刻については、原判決がそれぞれ午後8時7分ころ及び午後8時12分頃と認定しているところであり、これに反する控訴人の主張立証はないから、前記第1で述べたとおり、時刻設定は原判決どおりであるとすると、I看護婦の退室したのが、リンデロン注射後2、3分後である午後8時9、10分であり(乙第14号証16行目以下)、その後にトシが喘息発作を起こし、サルタノール吸入したのであるから、発作及び吸入に要する時間を考えると、トシが最初にサルタノールを吸入した時刻は少なくとも午後8時11分ないし12分直前であったはずである。 (ウ) A麻酔科医師鑑定人は、午後8時14分までの時点について、子宮血流減少作用から妊婦にボスミンを使用する場合は、胎児に悪影響が出ないようにするために、ボスミンの少量追加がよく、「救急部に連絡した午後8時15分の時点でボスミン0.1mg静注投与がなされていれば、100%酸素のアンビューバッグによる加圧補助呼吸でも回復した可能性はある。ボスミンの追加投与が必要であったかもしれないが、少なくとも大脳機能の喪失は免れたと考える」(A麻酔科医師鑑定10ページ6行目以下)と指摘するが、既に被控訴人準備書面(8)10ページ以下で詳細に述べたとおり、本件でトシの予後を悪くした決定的要因は、喘息の急性発作により極めて異例な速さで生じた強度の喉頭浮腫であり、このために母体が窒息状態となり、気管内挿管が著しく困難となって不幸な経過をたどったのであり、ボスミンを少量投与しただけでは、β2受容体効果しかないので、結局意味のない治療となり、むしろ、上記のボスミンの副作用、胎児に与える悪影響を考えれば、意味のない薬剤を胎児の生存を断念してまで投与すべき段階ではなかったといえるのである。 ウ なお、控訴人は、気管支喘息は気管支れん縮を本態とし、重篤なれん縮の持続が喉頭浮腫を引き起こすのであるから、8時16分の時点でβ2受容体効果によって気管支れん縮が抑制されれば喉頭浮腫が存在しても、並存する気管支れん縮の抑制効果を期待することもできたはずだから、ボスミンを使用すべきであったと主張する(控訴人準備書面(9)5ページ9行目以下)。 しかしながら、控訴人の上記主張は医学的根拠を欠き、失当である。すなわち、ボスミンのα受容体効果でなく、β受容体効果を期待するとしても、既にβ刺激剤として、2回のサルタノール吸入、極量を超える多量のリトドリン点滴がなされており、この段階で、ボスミンのそれも少量投与で得られる弱いβ受容体効果によって気管支れん縮が改善するとは考えられない。また、喉頭は気道の入口にあたる部分であり、ここが気管内挿管を不可能にするほどの喉頭浮腫により閉鎖している状態では、それより抹消の気管支れん縮が多少抑制されたからといって、呼吸状態の改善は全く期待できず、母体予後の改善も図れないのであり、この段階におけるボスミン少量投与は全く意味がない。 (4) 以上より、午後8時14分ないし16分の時点で、産婦人科医師がトシにボスミンを投与すべきであったとする控訴人の前記主張には根拠がなく、理由がないものというべきである。 2 午後8時18分の時点でのボスミン投与について (1)控訴人は、原判決が、妊婦に対するボスミン投与の危険性を疑っていたN医師らが救急部への応援依頼、点滴の加速、アンビューバッグによる人工呼吸等の処置を行っていたことから、この時点でボスミンを投与しなかったことに直ちに過失があるとはいえないとしたことに対し、「この時点ではトシがショック状態に陥ったことをN、KA及びNA医師は認識している。母体がショック状態に陥れば、胎児の酸素欠乏状態は危機的状態に陥る。それでもなお、子宮血流量の減少を理由にボスミン投与を控えたことが母体と胎児の救命上不適切であったか否かがまさに争点なのである」(控訴人準備書面(1)12ページ7行目以下)とし、どんなに遅くとも、トシがショック状態に陥った8時18分の時点では、母体と胎児両者の救命が両立せず、胎児の救命を断念して「母体救命への積極的方針で臨む」状況が訪れたといえるから、「N医師らは、8時18分の時点までに、トシに対し、ボスミンを投与すべきであった」(控訴人準備書面(9)2ページ17行目以下)と主張する。 さらに、控訴人は、甲第23号証及び甲第26号証を引き合いにしつつ、「母体の収縮期血圧が70〜80を下回れば、胎児は徐脈に陥り、その生命維持に重大な危機が生じるのである」(控訴人準備書面(2)3ページ11行目以下)として、「少なくともこの時点(8時18分)ではボスミン投与の要件が満たされたことは明らかである」(控訴人準備書面(2)4ページ4行目以下)との根拠を挙げる。 (2)ア この点について、A麻酔科医師鑑定人は、午後8時18分の段階については、トシの子宮血流量は保たれているものの、約40%減少していったと予測できるとしながらも(A麻酔科医師鑑定12ページ19行目以下)、胎児は十分酸素を取り込むことが可能であって、酸欠状態でなかった可能性があるとしている(鑑定書13ページ1行目以下)。そして、ボスミンの投与は少なくとも母体緊急事態の改善、すなわち、血圧上昇と気管支拡張には有効であり、トシの大脳機能喪失を回避できた可能性があるが、胎児については役立った可能性は低いと言わざるを得ず、死亡を回避できたかは何ともいえないとしている(鑑定書14ページ7行目以下)。 イ これに対し、B産婦人科医師鑑定人は、「午後8時18分までの時点におけるトシの子宮血流量は抹消循環障害の発現も推測され、これにともない子宮血流量減少傾向にあった(B産婦人科医師鑑定7ページ14行目以下)とし、その上で、「ボスミン適用も考えられるが、その子宮血流減少作用も知られており、周産期に母児救命を目的とする時、その適用は一般に回避すべきもの」(B産婦人科医師鑑定8ページ22行目以下)としている。そして、「ボスミンの使用は、トシの気管支拡張ならびに抹消循環障害の改善に役立つとしても胎児低酸素状態改善への効果は考え難い」(B産婦人科医師鑑定8ページ27行目以下)としている。 また、この時点は母体救命優先の判断される時期であり、ボスミンの選択も考えられるとしながらも、午後8時20分にはボスミン投与と気管内挿管の措置がなされており、この2分間の時間差による母体大脳機能喪失や胎児死亡防止の可能性の差異の有無の根拠は見いだせないと明言している(B産婦人科医師鑑定9ページ15行目以下及びB回答書中、被控訴人からの尋問事項3に対する回答部分)。 以上、要するに、B産婦人科医師鑑定人は、午後8時18分の時点において、本件の具体的事案において、医師がボスミンの投与を差し控えたことについては、不適切とはいえず、医師に過失は認められないとしている。 (3) 午後8時18分の時点におけるボスミン投与の必要性についての被控訴人の主張は以下のとおりである。 ア まず、午後8時18分時点において、胎児を断念しても母体を救命すべきと判断できたかのついては、母体が酸素欠乏状態となった場合、胎児も母体同様の酸素欠乏状態にあるといえないこと及び妊婦に対するボスミンの危険性は右に述べたとおりであり、またショックにも点滴速度を急速にすること等で改善する軽度なものから重症なものまで様々な程度のものがあるのであり、妊婦に対するボスミンの投与が許されるのは、母体のショック状態が軽度のものではなく、胎児の救命を断念してでも母体の救命を優先すべきであると判断される場合に至ったときというべきである。これを本件について見れば、急速点滴や妊娠子宮の下大静脈圧迫の解除による血圧上昇効果が弱く、トシのショックが改善しないことが確認された午後8時20分に至り、胎児の救命を断念してでも母体の救命を優先するためにボスミンの投与が必須の状態になったといえるのである。このような判断から、N医師らは現実には8時20分の時点でトシにボスミンを投与している(乙第10号証)。 なお、控訴人が「母体の収縮期血圧が70から80を下回れば、胎児は徐脈に陥り、その生命維持に重大な危機が生じる(控訴人準備書面(2)3ページ11行目以下)との主張は、甲第26号証(○○意見書)に基づくものであるが、○○意見人が甲第26号証で示す自らの訳文「母体の収縮期血圧が70mmHgになれば、胎児にとって致命的になると思われる(甲第26号証訳文6行目以下)」は、原文の誤訳であり、本文件は、正しくは「母体の収縮期血圧が70mmHg以下になれば胎児徐脈となる危険性が発生しうる」とする趣旨であり(乙第21号証15ページ16行目以下)、また、「母体の低血圧が4分以内であれば、徐脈がさらに進展した胎児は一例もなかった(甲第26号証訳23行目以下)」もまた誤訳であり、正確には、「(母体の低血圧が)4分以内であれば、胎児徐脈となった児は一例もなかった」というべきであり、正しい翻訳によれば、本件での8時18分から20分までの2分間の低血圧自体は胎児に影響しないことを示すデータとなる(乙第21号証15ページ16行目以下)のであり、控訴人の上記主張は、誤った前提に基づくもので、失当である。 イ さらに、本件においては、前述のとおり、喉頭浮腫が決定的な予後決定因子となっており、午後8時18分にボスミンを投与しても、容易に挿管できた可能性はほとんどなく、結果は変わりなかったと考えられる(乙第17号証2ページ42行目以下)。 したがって、控訴人が、「午後8時18分にボスミンを投与した場合と午後8時20分にボスミンを投与した場合との差異の根拠は見いだせない」としたB産婦人科医師鑑定人の回答(B回答書注、被控訴人側尋問事項3に対する回答部分)を「その前提において誤っている」(控訴人準備書面(9)3ページ7行目以下)とする部分の批判は的を射ていない。ウ また、控訴人が大きな拠りどころとしている甲第23号証のボスミン投与を強く勧める記載のすべて(甲第23号証7ページ2行目以降9ページ19行目以下まで)は、本件発作をアナフィラキシーショックによるものと断定した上での理論であり、前記第2で述べたとおり、本件発作が喘息発作であるとした点でその前提たる根拠を失したというべきである(乙第21号証16ページ24行目以下)。 エ さらに控訴人は、午後8時20分にボスミンの皮下注射がされたことについて、「ショック状態から蘇生する際には、皮下注射を行ってもその効果は無に等しい。なぜならば、皮下に注射された薬剤は、「毛細血管に達し、除々にほぼ等しい速度で吸収される」(甲第43号証)が、酸素欠乏時には重要臓器に血流が集められるために、毛細血管は極度に収縮しており、血中濃度の速やかな上昇はおおよそ期待できないからである」(控訴人準備書面(9)3ページ16行目以下)と主張し、甲第43号証のペニシリンに関する図8を引き合いにだして、午後8時20分のボスミン皮下注射は効果がなかったと批判する。 しかしながら、そもそもペニシリンとボスミンとは化学物質自体が異なるため、同様に論ずるのは誤りがある上、ボスミン(エピネフリン)や、ボスミンと同様のα、β作動性カテコールアミンであるノルアドレナリンはショックによる循環不全に用いられる薬剤であるが、両者とも、皮下注射が使用法の冒頭に記載されている(乙第56号証)。 そもそも、ボスミンは、肺水腫、不整脈などを誘発することがある副作用の強い薬剤であり、ボスミンをショック患者に投与する際には皮下注射から開始するのが原則である。 本件の場合は、救急部医師の到着した午後8時20分の段階で、大腿動脈は触知可能であり(乙第13号証4ページ2行目)、抹消の血液循環はまだ保たれていたのであるから、皮下注射されたボスミンは血管内に吸収され得た。また、産婦人科医師らは、この段階においてボスミンの皮下注射だけで十分としてその後の追加投与を不必要と考えていたのではなく、結果としてトシの血管路が詰まっていてすぐに果たせなかったが、引き続きボスミンの静脈注射による追加投与を試みていたのである。 よって、ボスミンについて、皮下注射では効果がなかったとする控訴人の主張は医学的根拠を欠く。 (4) したがって、午後8時18分の時点で、産婦人科医師は、トシにボスミンを投与すべきであったとする控訴人の前記主張には根拠がなく、理由がないものというべきである。 3 小括 以上より、午後8時14分、16分、18分いずれの時点においても、産婦人科医師がボスミンを投与すべき義務を負っていたということはできない。 第4 争点(3)(発作後に行われた救急措置において、産婦人科医師のとった処置に過失が認められるか、特に、産婦人科医師のトシに対する呼吸補助に過失が認められるか否か)について 1 呼吸補助の点について (1)この点につき、控訴人は、まず午後8時14分までの時点について、「ナースコール直後の時点で、トシは呼吸困難と四肢のチアノーゼというかなり重症の喘息発作を起こしており」、「8時14分には、トシの苦悶感は著しくなり、顔面にまでチアノーゼが広がったのである。このようにチアノーゼを呈している上に、急激に症状が増悪していく喘息発作は極めて重症であり」「トシの呼吸困難が喘息発作であるとした場合には、これらの治療行為を速やかに行っていれば、年の低酸素状態は改善され、大脳機能の喪失を回避できたはずである」(控訴人準備書面(2)8ページ1行目以下)と主張し、また、午後8時18分までの時点については、「救急部に応援依頼をした8時15分ころ、ボスミン投与が胎児に危険だと医師らが判断したのであれば、母体の酸素不足を少しでも解消する代替手段として、気管内挿管は必要不可欠な治療方法であった」「技術的に可能であるにもかかわらず、いたずらに救急部の到着を待ち、なすべき治療を行わなかったKA医師およびNA医師には、過失ありと言わざるを得ない」(控訴人準備書面(1)14ページ10行目以下)、「大脳が酸素欠乏に耐えうる時間は4〜5分とされており、いつ来るかわからない救急部の到着を待つことは、いたずらに時間を浪費するだけである。挿管できる技術を持ったKA及びNA両医師が自ら挿管せずに待機することは、どう考えても『最も速やかかつ確実な選択』と言うことはできない」(控訴人人日書面(2)11ページ6行目以下)と産婦人科医師の呼吸補助が不適切であったと主張する。 (2)A麻酔科医師鑑定人、B産婦人科医師鑑定人による鑑定においては、次のとおり鑑定結果が示された。 ア まず、A麻酔科医師鑑定は、呼吸補助に関しては次のように鑑定した。まず、午後8時14分までの時点については、本件を喘息とし、また時間設定を午後7時58分をリンデロン注射、ナースコールを午後8時03分とした上で、まず酸素吸入、症状悪化の場合は、マスクによる補助呼吸や気管内挿管を考慮すべき(A麻酔科医師鑑定6ページ9行目以下)とし、本件においては、酸素投与を行っているのみで、サルタノールの吸入や酸素吸入も効果的になされていなかったのであるから、もっと積極的な方法、少なくともマスクによる加圧補助呼吸はするべきであったとし、可能であったとした(A麻酔科医師鑑定7ページ6行目以下)。そして、救急部によると喉頭浮腫があったとされているが、もし、その症状があったとしたら、呼吸困難の状態は非常に重篤であり、気管内挿管が必須であると判断できたはずであるから、午後8時15分に救急部を呼んだのは正しい(A麻酔科医師鑑定7ページ10行目以下)が、その後においては次の肺換気ステップを模索すべきであり、気管内挿管を考え、準備・対応すべきであったにもかかわらず、結果的にはこの間肺換気・低酸素血症の改善は図られておらず、救急部の到着を漫然と待つことになった(A回答書第6項)とする。 イ これに対し、B産婦人科医師鑑定人は、鑑定書及び尋問回答書において、午後8時14分の時点までの経過については、この段階で意識がはっきりしており自発発語もあったトシに対し、産婦人科医師が2度のサルタノール吸入に加え酸素吸入を行っていたことにつき、妊婦喘息の治療手段として矛盾するものではないとし(B回答書中、被控訴人側尋問事項6に対する回答部分)、また、同鑑定人は「本件午後8時18分の時点における呼吸の減弱の推移ならびに意識の喪失は気管内挿管適応の時期とされている」(B産婦人科医師鑑定8ページ17行目以下)とはしているものの、「産科一般病室でまた妊婦26週時正常満期時をこえる過大子宮例において救急部到着前の気管内挿管を選択してもその準備もあり、事実その準備中に本件では救急部の到着をみております。その間に行われたアンビューバッグによる対応には、矛盾を覚えず適切な対応と判断されます」(B回答書中、被控訴人側尋問事項4に対する回答部分)とし、また、「本件トシがショック状態となった段階で取った体位、急速輸液、酸素吸入などのショック時の一般処置に加え、アンビューバッグによる換気操作は、速い臨床症状の経過にあって、呼吸困難に対する緊急処置と考えます」(B回答書中、被控訴人側尋問事項5に対する回答部分)とし、本件の具体的事案に照らすと、産婦人科医師らの対応は、適切であったとの鑑定結果が示されている。 (3)ア まず、午後8時14分までの時点についての被控訴人の主張は以下のとおりである。 控訴人は、「8時14分には、トシの苦悶感は著しくなり、顔面にまでチアノーゼが広がったのである。このようにチアノーゼを呈している上に、急激に症状が増悪していく喘息発作は極めて重症であり」と主張するが、控訴人の前記主張は、午後8時15分前後までの状態までを含む経過に対する主張である上、午後8時14分の時点でのトシの喘息発作の程度に対しての判断としては、呼吸困難症例では顔面がうっ血や充血により赤黒く見え、チアノーゼ様に見えることがあり、顔面の色だけをもって、午後8時14分段階での全身循環状態、特に子宮・胎盤血流量を推測すること自体に無理があるのであり(乙第17号証1ページ末尾から9行目以下)、チアノーゼ以外の錯乱、意識障害、失禁、呼吸停止がこの時点では認められないから、顔面の色だけをもって、喘息症状の程度は診断できるものではない(乙第21号証9ページ17行目以下)。 2度目のサルタノール吸入は午後8時12分ないし14分ころであり(乙第13号証)、吸入した場合の効果発現には5〜10分かかることから、午後8時14分の時点においては、その効果発現の有無を判断することができなかったのであり(乙第38号証4ページ14行目以下)、サルタノール吸入が効果的でなかったと判断できたことを前提とするA麻酔科医師鑑定人の前記鑑定意見(A麻酔科医師鑑定7ページ6行目以下)は、その前提を欠き失当というべきである。 そして、午後8時14分の時点においては、トシはまだ意識がはっきりしており、自発発語もあったのであるから、十分に酸素吸入が可能であったのであり、この段階で、意識がはっきりしていて呼吸困難から興奮状態にあるトシに対し、マスクによる加圧呼吸、補助呼吸をすることは、かえってトシの苦痛を大きくするものであって、現実的とはいえない。 この点、A麻酔科医師鑑定人は、トシに説明し、協力を得ることが可能であっただろうと想定し、一方、酸素化がなされることで、トシはかえって協力的になってくれたにちがいないと考える旨述べている(A回答書第5項(1))とするが、この意見には何ら根拠がなく、同鑑定人の想像に基づくものといわざるを得ず、トシが現実的には非常に興奮状態にあり、トシに説明することが不可能であったことを考慮しておらず、意見として不適切である。 したがって、この時点で、産婦人科医師が2度にわたるサルタノ−ル吸入に加え、酸素吸入をしていた処置は適切であり、不適切であったとの誹りを受けるものではない。 イ また、その後の対応についての被控訴人の主張は以下のとおりである。 そもそも、本件のトシのように気管内挿管が困難となるほどの強度の喉頭浮腫が起こるのは、重症喘息発作でも極めて稀であり(乙第21号証21ページ4行目以下)、救急部を呼んだ時点で、トシに強度の喉頭浮腫が発生することを産婦人科医師が予測するのは困難であった。 産婦人科医師らは、更に悪化した場合には、気管内挿管の必要がると判断し、午後8時15分ないし16分ころに、救急部を呼んだ後、「漫然と」待っていたわけではなく、アンビューバッグを準備すると共に、トシを半座位の姿に保ちながら、気管内挿管に備えて、トシのベッドを足方向に移動させ、ベッドの柵を外し、病室内の椅子やテーブルを撤去するなどして、スペースを十分に確保しつつ、アンビューバッグを用いて、換気を試みるなどして、救急部による気管内挿管の準備・対応をしていたのである(乙第13号証2ないし3ページ)。 一般病室内で、巨大な妊娠子宮を有している妊婦の体勢を的確に整えつつ、ベッドの周囲を整理し、ベッドを移動したり頭上のスペースを十分に確保したり、更にベッドの柵を外したり、更に緊急時に使用し得る救急カートを準備するには、通常、少なくとも2、3分は要するものである。 一般病室内において、筋弛緩剤を投与せずに行う挿管には、相当の経験を必要とするものである。そして、KA医師及びNA医師はいずれも病棟における挿管の経験を有していなかった。そこで、既に応援を要請していた、同じフロアでわずか40〜50mしか離れていない救急部の到着を待ち、救急部が到着した際には、直ちに挿管に取りかかれるよう、準備を済ませた上、熟練した救急部の医師により挿管を行うのが、より速くかつより確実であると判断したものであり、実際に、産婦人科医師らが、これらの準備をしている間に救急部医師が到着するまで、産婦人科医師らが「漫然」と待っていたといえるものではにことは明らかである。 念のため付言するに、KA医師らが技術的に挿管可能であることと、救急部の到着を待たずにKA医師らが一般病棟での経験もないのに挿管するのが相当であったかどうかは別問題であり、技術的に挿管可能であったとN医師が証言したことのみをもって、KA医師及びNA医師がなすべき治療を怠ったと評価することができるものではない。 ウ なお、控訴人は、B産婦人科医師鑑定人の意見は、「N医師らの対応は、呼吸困難に対する処置ではあるが、本件でのトシの呼吸困難の改善には不十分というのが同鑑定人の意見であると解される」(控訴人準備書面(9)7ページ4行目)と主張するが、B産婦人科医師鑑定人は、本件のような事案においては、「アンビューバッグによる対応には矛盾を覚えず適切な対応と判断されます」(B回答書中、被控訴人の尋問事項4に対する回答部分)として、産婦人科医師の対応は適切であったと評価し、また「本件トシがショック状態となった段階でとった体位、急速輸液、酸素吸入などのショック時の一般的処置に加え、アンビューバッグによる喚気操作は、速い臨床症状の経過にあって、呼吸困難に対する緊急処置と考えます」(B回答書中、被控訴人の尋問事項5に対する回答部分)としてその有効性を認め、さらに、午後8時14分まで、また午後8時18分までの処置について、いずれも適切な対応であった(B回答書中、被控訴人の尋問事項6に対する回答部分)と明示しており、産婦人科医師のとった対応は適切であったとするのが同鑑定人の意見であると解釈するのが通常の理解であり、これに反する控訴人の上記主張は失当である。 (4) 以上より、控訴人の前記主張は理由がない。 2 ボスミン以外の薬剤投与の点について (1) 控訴人は、午後8時14分までのトシの状態に対するボスミン以外の薬剤使用につき、「トシに対するネオフィリンの投与は呼吸困難の改善にこそなれ、躊躇する理由は全くない。N医師らは、この時点でボスミンの投与を控えたのであるから、その代替薬剤として直ちにネオフィリンを投与すべきであった。被控訴人は、それまで投与されていたリトドリンとの併用で、心拍数が増加する恐れがあると主張するが、すでにトシがショック状態に陥っている以上、右の恐れに配慮する必要は全くない(控訴人準備書面(2)10ページ4行目以下)」と主張する。 (2)しかしながら、午後8時14分までの喘息発作に対するボスミン以外の薬剤投与については、既にかなりの量の塩酸リトドリンが投与されており(通常200μg/分まで投与すべきものであるが、トシの場合、子宮収縮を抑制するため、300μg/分まで増量せざるを得なかった)、この塩酸リトドリンは、β2刺激剤で、気管支喘息の薬として開発され、実際、気管支拡張作用もあるのであり、このようにβ2刺激薬が十分に投与されている場合、さらにネオフィリンを投与しても気管支拡張効果が付加されず、結局、効果は期待できないどころか、ネオフィリンは細胞内cAMPを上昇させて気管支拡張作用を呈するが、β2刺激薬である塩酸リトドリンやサルタノールも受容体を介して別の機序で細胞内cAMPを上昇させて作用することから、副作用が問題となる(乙第21号証11ページ9行目以下)のであり、ネオフィリン投与の危険性を危惧して、投与を差し控えたKA医師らの判断は適切であったというべきであり、控訴人の上記主張は失当である。 (3) なお、A麻酔科医師鑑定人は、午後8時14分までの時点について、トシにアミノフィリン(ネオフィリン)のほか、ソルコーテフ(コハク酸系ステロイドの投与がなされていないと指摘する(A麻酔科医師鑑定7ページ5行目)が、これが同鑑定人が文献を誤読したことによって生じた誤りであることについては、被控訴人準備書面(8)9ページ13行目以下で指摘したとおりであり、アスピリン喘息に一般的に安全とされているリンデロンでさえその注射をきっかけに重症な喘息発作がおこった可能性のあるトシに対して、コハク酸エステル型ステロイドであって、アスピリン喘息患者に使用した場合、喘息の急性発作を起こす可能性が指摘されている薬剤である(B産婦人科医師鑑定4ページ1行目以下)ソルコーテフを使用することは考えられず、上記指摘は失当である。 (4) 以上より、控訴人の前記主張は理由がなく、医師には過失は認められない。 3 その他の処置について 控訴人はもともと、トシは多胎・高齢というハイリスク妊娠であることに加え、妊娠26週での早産未熟児の予後は極めて厳しいことをN医師らは認識していたのであるから、多胎児の救命に関心を持っていたとするのであれば、少なくとも胎児心拍数のモニタリングや胎児心音の聴取を行い、胎児の救命が不可能な時点を探ろうとするべきであったのに、産婦人科医師らが胎児の現実の状態を把握しようとしていなかったと批判する(控訴人準備書面(2)5ページ12行目以下)。 しかしながら、本件では、午後8時14分から20分までの6分間という極めて短時間に急速にトシの病態が変化し、その救命に全力を尽くしたものであり、胎児心音モニターの装着には少なくとも3、4分間の時間を要するものであり、たとえ、胎児心音モニターを装着し、心音を調べることができても、胎児に対する処置・対応は変わらず、優先順位の低い処置である。胎児徐脈が発生したからといって、帝王切開により出産できる母体の状態でもなく、また母体がショックになった直後の一過性の胎児除脈があったとしても、それだけで胎児が予後不良となるわけでもないのであるから、胎児の救命は諦め、瞬時に母体にボスミンを投与するという判断にはなるものではない(乙第21号証18ページ13行目以下)。 したがって、控訴人の前記批判には理由がなく、その他の処置の面においても、東大病院産婦人科医師の処置には何ら過失は認められない。 4 小括 以上より、発作後に行われた救急措置において、産婦人科医師のとった処置にはあらゆる面から過失が認められるものではない。 第5 本件医療行為とトシの死亡の結果との因果関係 以上、詳論したとおり、被控訴人は、東大病院医師らに過失は認められず、不法行為責任を負うものではないと確信するものであるが、その点をひとまずおいても、既に控訴人準備書面(7)及び(9)で述べたとおり、トシの死亡に決定的や役割を果たしたものは、平成9年3月ころに偶発的に発生した骨髄異形性症候群(MDS)であり、その発症がなければ、トシは少なくとも平成12年12月29日に死亡することはなく、現在も生存していたと考えられ、平成7年10月9日の医療行為と、原因不明とされるMDSの発症との間には因果関係がないから、被控訴人の医療行為とトシの死亡の結果との間には相当因果関係は認められないと主張するものである。 第6 結論 以上より、本件控訴は理由がないことが明らかであるから、速やかに棄却されるべきである。 |
| 反論 |