| 著者名 | 植村直己(うえむら なおみ) |
| 著者略歴 | 1941年 兵庫県生れ。明治大学卒。日本人初エベレスト登頂、世界初5大陸最高峰登頂。犬ぞりによる北極点単独行など冒険家。1984年2月マッキンリー登頂後に消息を絶つ。 |
| 出版社 | 文藝春秋 |
| 初版 | 1977年1月25日 |
| 定価(税別) | 360円(1989年 第21刷版) |
| ISBNコード | 4-16-717801-X |
| Cコード | 0195 |
| 判型/頁 | 文庫/256ページ |
| 初刊行 | 1971年3月 毎日新聞社 |
著者の植村直己氏は私より1学年上の同世代である。山のことなど何も知らない著者が明治大学の山岳部に入部。後悔しながらも山の虜になり、世界ではじめて5大陸の最高峰を極める快挙を成し遂げる。冒険談といおうかあまりに破天荒な生き方に感動するとともに、その時代を生きてきた一人として懐かしく読んだ。
「山岳部に入ってよかったと思ったのはつかの間、新人は3,40kgのザックを背負わされ、上級生のかけ声とともに登山が開始された。1時間もノンストップで歩かせる。ちょっとでも列から遅れようものなら怒号だ。隊から遅れると、ピッケルの柄でシリを、足を打たれる。上級生は野獣のように恐ろしかった」と著者は述べている。
山岳部と聞くと、私は今でもあまり良い印象を持たない。当時、頻発した大学山岳部のしごき事件に激しい嫌悪感を覚えた名残だろう。しかし、本書の書き出しは「いやいやながら山登りをはじめて10年・・・・」とある。もって生まれた身体、才能、精神力に加え、激しい訓練あっての金字塔だとすると、その認識を改めねばならないかもしれない。
著者は部活動4年間で延べ500日以上も山を歩き回ったそうだ。当時は登山ブーム、そして学生運動も盛んだった。若者の多くが何かに情熱を傾けていた頃、私は4年間で200日以上も麻雀屋に入り浸っていたのを苦々しく想い出してしまった。
卒業してからの就職なんてどうなってもいい、せめて一度でもいいから外国の山に登りたい。『そうだ、ヨーロッパ・アルプスに行こう』と著者は決心する。資金はまったくない、大学4年の後半はトビ職のアルバイト、夜は英語塾。アメリカまでの片道切符を手に入れるのが手いっぱい。生活水準の高いアメリカで資金を稼ぎ、ヨーロッパ・アルプス山行の金を貯めようというのだ。
「とにかく日本を出ることだ。英語ができない,フランス語ができないなどといっていたら、一生外国などには行けないのだ」
いやはや、まぶしいくらいの青春のエネルギーだ。第一次南極観測隊長 西堀栄三郎氏の著書【石橋をたたけば渡れない】に「石橋も渡れるか否か調べれば調べるほど、渡れなくなる。『渡るんだ!』と先に決心すると、その後の調査ではいかなる困難が予想されても、それを乗り越える手段を工夫せざるを得ない」といったような記述にいたく感動したのだが、植村氏はまさにその通りの行動をしていたのだ。
本書は5大陸最高峰の登頂記である。モンブラン・キリマンジャロ・アコンカグア・エベレスト・マッキンリーどの登頂記も感動する。しかし、その無鉄砲な放浪生活はもっと面白い。米国では不法労働で国外退去。必死に自分の夢を訴えて、日本への強制送還を免れフランスへの渡航を許される。そのフランスでは言葉もできず、スキーもほとんどできないにも関わらずスキー場でのアルバイトを得る。ここを拠点にモンブランやキリマンジャロに登る。
アコンカグア登頂後、北米に渡ってマッキンリーに登ることを考える。その手段として、筏でアマゾンを下りブラジルに出ることを計画する。船で下っても、30ドルとかからない安い船賃だが、それを支払う余裕さえなく、「河口からアメリカへ渡る方が安上がり」と、当時としてはとてつもなく非常識、現地の誰もが不可能という冒険に挑戦する。とにかく体当たりの行動で困難な局面をつぎつぎと克服する。「決心のつかないころは、恐怖がつきまとったが、いったん決心がつくと、私の心はおちついてきた」とアマゾン下りで述べている。ビジネスの世界でも同じだろう。決心さえつけばあとは全身全霊やるだけだ。一気に迷いが吹っ切れ、不安が雲散霧消した経験を持つビジネスマンも多いのではないだろうか。
「マッキンリーの頂に立つと、夢はさらにふくらんできた。登頂した感激よりも、南極大陸単独横断の夢が強く高鳴り、自分の本当の人生はこれからはじまるのだ」と、5大陸全ての最高峰を極めた瞬間に次の目標に思いを馳せる。「いままでやってきたすべてを土台にして、さらに新しいことをやってみたいのだ」
麻薬にも似た怖ささえ感じる。死ぬまで、より困難な冒険に挑戦し続ける。著者は南極大陸単独横断の夢を果たさず、冬のマッキンリーで死んだ。無念ではあったろうが、後悔のない充実した人生だったと信じたい。同世代の英雄の冥福をあらためて祈る。
植村直己ホームページ:平成6年2月に設立された「植村直己自然学校」のスタッフによって、彼の軌跡を少しでも多くの人に知ってもらおうと作成された。
