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Soccer World


世界で最も親しまれているスポーツ。It's Soccer. サッカーの魅力について語ってみよう サッカーは楽しい

CONTENTS

  1. はじめに
  2. サッカーのルーツ
  3. 背番号の楽しみ
  4. 弱小チーム物語
  5. ボールは転がるどこまでも
  6. W杯を楽しもう
  7. 2002W杯ファイナル観戦記
  8. サッカーの基礎技術と学習のヒント
※本稿は、ボクが、雑誌『楽しい体育・スポーツ』などに投稿したものに加筆修正を施したものです。
 内容が浅いのはお許しを。
 ・・・さらに“サッカーらしさ”などについて知りたい方は、『現代スポーツ評論3』〜「サッカーらしさ」とは何か〜(創文企画)をお読みになることをおすすめします。

はじめに

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 サッカーは、世界で最も親しまれているスポーツです。
 FIFAによれば、サッカーを定期的にプレーしている人は、2億4千万人以上だそうです。地球上の25人に1人はサッカーをしていることになります。また、ファンの数は、10億人に達するということで、4人に1人はサッカーファンということになります。
 このように多くの人を魅了するサッカーの魅力について、ボクなりに紹介したいと思います。

サッカーのルーツ

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 ルールは、17条から成り、これは、近代スポーツにおいては少ないルールと言えます。このあたりの単純さが、世界の多くの人に広まった理由になるのでしょう。
 サッカーのルーツは、イギリスの『ストリートフットボール』だとする説もありますが、ボール(球体)を足で操作する遊びという意味では、日本の『蹴鞠』にも通ずるものがあります。ただし、発展的に現在のサッカーに遷ってきたのは、ストリートフットボールであることは間違いありません。
 このストリートフットボールがストリートフットボールと呼ばれるようになるまでには、人々がボールを奪い合う形のゲームが・・・・・・・未完

背番号の楽しみ

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 ボクは、小学生時代、『7番』をつけていました。それは、ポジションが今でいうミッドフィルダーだったからです。サッカーをやり始めたころには、この背番号というものに、さほど関心はありませんでした。
 しかし、サッカーに対する熱が入り始めると…
 中学校時代、まず、憧れてつけたのは『9番』でした。それは、日本、アジアの至宝といわれた釜本邦茂の背番号だったからです。彼は、生まれる時期が早かったため(?)プロにならずに日本サッカー界を引っ張る役割をしました。日本リーグではヤンマーの『9番』として、全日本でも『9番』として、センターフォワードという花形のポジションをつとめていました。
 次に、つけたのは『14番』。ご存じ、ヨハン・クライフの背番号です。中学校時代は、大半をこの『14番』で過ごしました。弱小チームをまとめあげ、市の大会では常に上位に入れるチームまでしたボクたちでした。ボクは、クライフ気取りで、フォワードであったり、ミッドフィルダーであったり…と神出鬼没の動きをして、ゲームメークをしていました。
 高校時代は、『24番』をつけました。ひどい部活で、入った頃は、1年生はボール拾い、時間外に“しごき”がありました。ボクはたまたま1年生の時から試合に出るチャンスをもらえました。が、背番号は先輩たちのあまりのユニフォームですから、『24番』ということになったのです。そうして、もらった『24番』ですが、結構愛着がわいてきて、「クライフでもない、釜本でもない、ゲルト・ミュラーでもない自分」をこの『24番』で表すようになりました。野球ファンからは「中畑(当時ジャイアンツ)が好きなんか?」などと言われましたが。

弱小チーム物語

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 これは、ボクの中学校時代の物語。
 いつも1回戦で負けていた南風中学(仮称)が、常に上位に食い込むようになった話。実力無視の上下関係のみで成り立っていた部活の改革の物語です。
 現在論立て中!

ボールは転がるどこまでも

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現在、原稿探し中

W杯を楽しもう

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〜みんなのW杯〜

サッカー観を変えた二つの出会い

 私は、小学五年生の時にスポーツ少年団に入り、サッカー生活をスタートさせた。当時、日本においてサッカーはマイナーなスポーツであった。特にサッカーが好きだったわけでもなく、はじめは、「肥満防止のため運動」くらいにしか思っていなかった。けれども、二つの大きな出会いが私のサッカーに対する思いを変えていった。
 一つは、当時ものすごく上手だったK君との出会いである。
 彼は、兵庫県から転校してきたのだが、ボールコントロールがスパ抜けていた。彼のボールリフティングやキックの技術に驚いた。また、外国のサッカーは日本とは比べものにならないくらいすごいということを語ってくれた。彼のようにうまくなりたい、外国のトップレベルのサッカーを見たい、と私のサッカーへののめり込みが始まったのである。
 もう、一つはW杯との出会いである。私は、1974年西ドイツ大会からW杯サッカーを見るようになった。1974年。まだ、小学生だった私は、背は決して高くないヒゲのゲルト・ミュラーのもっとも彼らしいと思われる決勝でのゴールに感動した。トータルフットボールをひっさげて世界の注目を浴びたオランダチーム。その言葉の持つ戦術的意味は理解できなかったが、神出鬼没とも言えるヨハン・クライフのプレーには、今までの自分のゲーム観を転換させられた。そして、ここで展開されたゲームは、今まで私の身近にあったサッカーとは、あまりにもレベルが違っていた。また、国によってプレースタイルの特徴が異なることもおぼろげながら、感じることができた。世界水準のサッカーを目の当たりにして、私はサッカーの魅力にどんどんとりつかれていくのであった。
 以後、時期によってさめた見方をしたこともあったが、毎回毎回のW杯をみるようになった。もはやサッカーは「肥満防止の運動」ではなく、勉強の対象、楽しむ対象となっていたのである。

私とW杯

 私には、選手としてバリバリに燃えていた時代、不調によりプレーをすることが苦痛になっていた時代、現役を退き一観戦者としての時代がある。その時代ごとにW杯の観方は変わっていった。 選手としてバリバリに燃えていた時代には、ゲームを見て、自分や自分のチームのために役立つものを探した。小学生から高校生までの間、スポーツ少年団や部活動でサッカーをしながら、そのトップレベルの手本としてW杯が位置付いていた。
 今では技術書に名前入りで紹介されているクライフターンを模倣してみたり、ベッケンバウアーのようにリベロというポジションをおいたシステムを自チームに採用してみたりした。W杯で成功を収める選手やチームには、それなりの理由があり、それを真似るところから、レベルアップが望めると考えていた。
 また、サッカーをブレーしたことのある人は皆と言っていいくらい、W杯への出場を夢見るものである。私もそうだった。「日本代表としてW杯に出場したい」当時としては夢のまた夢のようなことを考えていた。「手本・目標としてのW杯」である。
 大学在学中の四年間はサッカーをすることが義務感からくるものになっていて、苦痛に感じていた。それは、腎機能に問題が指摘され運動制限をされたり、右膝故障からの手術をしたりという身体的な問題にも起因し、私の心をサッカーから、あるいはW杯から遠ざけていた。本来、W杯は楽しいもの。けれども、当時の私はそのW杯を手本として見ることはできなくなっていた。ゲームを見ても、自分のプレーに生かす自信はなかった。マラドーナの活躍を見ながらも、それはBGMのような存在で、大きな感動として残るものはなかった。変な話だが、W杯のゲームを見ていて、眠ってしまうこともあった。以前の私なら、目をこすりながらでもワンプレーをも見逃さないように見ていたのに…。
 後になって考えてみると、それまでの自分は「W杯を手本・目標としてしか見ていなかった」という点に気づいた。自分が選手としてバリバリにやろうとする時代をもたなかったのなら、もっと、気楽に、広い視野からW杯をとらえていられたのかもしれない。
 教員になってからの数年間は、そんなに勝敗にこだわらない“大人の楽しみとしてのサッカー”を地元クラブチームで経験した。サッカーを趣味という範疇で考えられるようになった。それからは「お楽しみとしてのW杯」を味わうようになった。
 高い個人技に文句なしに拍手し、組織された攻撃に感嘆の声をもらす。画面に展開されるゲームと自分とは一線を画したものであるのだけれども、雰囲気を楽しむようになった。
 Jリーグが始まり、最近では、日本の競技レベルも高くなってきた。W杯出場が夢ではないと感じられた1994年アメリカ大会予選。そして、初めての出場となった1998フランス大会。W杯は他国のものではなくなった。日本も参加できる可能性をもつようになった。日本にとって“憧れ”でしかなかったW杯が“日本も参加できる身近な存在”に感じられるようになった。そうなると、“お楽しみ”も倍増してくる。「日本がどんな戦い方をするのか」「日本に勝ってほしい」とかなり主観的な見方が入るようになってくる。そういった意味を含めて前回のフランス大会はかなり楽しめる大会であった。

世界の祭典

 四年に一度のサッカーのW杯。出場国の国民はもとより、全世界で数多くの人が期間中、熱中する。予選参加国数(サッカー協会の置かれている単位のため、厳密には国の数ではないが)は、オリンピックのそれをしのぎ(今大会は195の国と地域)、規模の大きさをうかがわせる。
 W杯は、国や地域のサッカー協会ごとのチームによる大会だ。現在は、交通の便がうんとよくなり、情報網も発展し、各国のサッカースタイルが近づきつつある。しかし、構成するイレブンの能力や監督の考えにもより、いろいろなプレースタイルが生まれてくる。それらの中の、現時点での世界トップクラスをいくものがずらりと並ぶわけである。ある意味では、ここ4年間の成果を発表する場であるようにも思われる。
 さて、2年間にわたる予選のときから、ナショナリズムは否応なしに高揚していく。しかし、本大会でのサポーターたちの様子を見ていると、勝負がかかっているが、お祭り的な要素も忘れてはいないことが分かる。それは、最近ではJリーグの試合でも見られるサポーターたちの服装に現れている。選手と同じユニフォームを着ることで、ピッチに立つ選手たちと一体感を味わい、感動を強くする人たち。ユニフォームを着たサポーターがたくさんいると、それだけでも、気分は盛り上がるが、その他にもいろいろな演出もなされている。たとえば、デンマークの伝統になったバイキングの帽子をかぶったサポーター。大きな着ぐるみのような鳥をまとったコロンビアのサポーター。彼らは、そういうコスチュームを身にまとうことで、日常から離れた自分を表し、それをスタジアムで楽しんでいる。おおざっぱにいうと、自国の勝利に歓喜し、敗北に落胆するというような感動だけではない、楽しみをもっているのである。
 さころで、祭りというと、ときに凶暴性をはらんでいることがあるが、W杯でも、そういうことは言える。応援するサポーターどうしのぶつかり合いは、「フーリガン」という名前までも世に知らしめることになった。勝負事、自国のチームの勝利を少しでも引き寄せようという熱い思いがときに、暴走してしまう。今回のW杯では、そのあたりの対策も十分練られているという。
 みんながお祭りを気分よく楽しめる、そんな大会になったらと期待している。

W杯をどうみるか

 さて、それでは、今大会のW杯をどうやってみるか、考えてみよう。

ゲームを観よう

 ゲームを観る場合、スタジアムで観るのか、テレビで観るのかで、観方は違ってくる。
 運良く、スタジアムでの観戦チケットを手に入れることができた人は、そこがW杯の舞台であることを十分味わうことができるはず。
スタジアムに行こう  まず、単純にボールを追ってみよう。ボールが蹴られる瞬間の「ボムッ」という音。ボールが芝生を滑る「シュシュシュッ」という音。それらが感じられると、自分がピッチに立っているかのように思えるのだが、おそらくそれは無理。多くのサポーターの声、応援の鳴り物の音で聞こえないだろう。しかし、その音を聞こうとしてボールを見つめると、自然に聞こえてくるような気がするはずである。
 ボールを追っていくと、テレビ観戦では感じられないものがある。それは、ボールのスピード感である。テレビではカメラがボールをカメラの中心でとらえようとするために、かなりのスピードで動くボールにも目がついていったことになる。しかし、スタジアムでは自分の肉眼でボールを追うことになるので、その分必死になって目を働かせなくてはならない。それが、また楽しくなるであろう。
 次に、選手を追ってみよう。テレビではテレビカメラを回している回し手の意図が入り、自分が見たいところだけを見ることはできない。スタジアムにいれば、ボールを持っていない選手の動きも自分の意図で見続けることができる。たとえば、コーナーキックの時にキッカーがボールをおいて蹴るまでの間にゴール前ではいったいどのような駆け引きが行われているのか。その結果、ゴールが生まれるのか否か。見てみよう。また、ピッチ全体を広く見て、選手の配置を見ることもできるし、中盤でのゲームの組み立て状況も見ることができる。お気に入りの選手がいたら、その選手がボールにタッチしない時間帯に何をしているのか見るのも楽しい。
 最後に、ゲームには直接関わらないのだが、スタンドの雰囲気を味わおう。
 ちょっと前に、スタンドで「ウエーブ」というパフォーマンスが見られるようになった。私もだいぶ前、トヨタカップを国立競技場で観戦した時、立ち上がって「ウエーブ」をつくったのだが、その場にいることの幸せを感じるものであった。また、Jリーグを通してサポーターという存在が認知されるようになってきた。チームを応援する歌を歌い、叫ぶ。これも、スタジアムでの楽しみ方の一つだ。
 スタンドは大きく分けると三通りある。来賓席も含めたメインスタンド、その反対方向に位置するバックスタンド、そして最も熱のあるにぎやかなサポーターたちが集結するゴール裏である。 メインスタンドでは、どちらのチームの応援でもない人たちもいるし、密かにどちらかを応援している人もいる。割と客観的に見られる人たちが多く座っていることが多い。いいプレーにはどちらのチームにも賞賛の拍手を送っている。
 バックスタンドでは、メインスタンドよりもサポーター気取りの人が多い。しかし、全体を見られるという理由から、自分もプレーをしていて、ゲームの流れ全体を見ようとする人が多い気がする。ゲームを観ながら、「次はあそこにパスだ」「右サイドを押し上げろ」などとぶつぶつ言って見ている人もいそうだ。
 ゴール裏では、試合の前から我がチームのサポート合戦が始まっている。そして、どちらかのゴール裏に同じチームを応援する人たちは集まっている。反対のチームを応援しているのにその中に入ったら大変なことになる。ここでは、ゲームの間中、立って、歌って、叫んで…といったパフォーマンスが繰り返される。ある意味では、ゴール裏で黙って座って観ていようなんていうのはナンセンスである。
 このように、席の場所によって雰囲気が違うのがおもしろい。自分の席ではどんな雰囲気が味わえるのか楽しみにしたい。
 テレビ観戦をした場合、どうなのだろう。
 テレビ放送の技術はどんどん良くなっているため、選手の足音まで聞こえてきそうな映像が飛び込んでくるようになった。
 まず、テレビでもボールを追ってみよう。といっても、テレビカメラが追ってくれるから、それはスタジアムでボールを追いかけるほど難しくはない。スタジアムと違うとすれば、望遠レンズの効果で、ボールと共に世界トップの技術が間近に見られることだ。ゴール前のゾーンでは最もエキサイティングな攻防が映し出されるであろう。
 次に、各チームの戦術なり、戦法を見よう。広角に映された時に、ゾーンの使い方が見られる。ボールを持った選手に対して他の選手たちがどんな動きをしていくのか、ということが各チームの戦術となって表現されているはずである。それを攻と防の関係で見ていったり、チームの独自性をみつけようとして見ていったりするとおもしろい。
 スタジアム観戦、テレビ観戦、どちらにも共通して、楽しく観るためには『ひいきチームをつくること』が大切だと思う。W杯二回目の出場となる日本。我が国のチームとして思いを入れ、応援しよう。すると、ゴールが決まれば自然に喜びが沸いてくるはず。自然に拳を高くあげ、声を出しているはず。たとえ、日本が一次リーグで敗退したとしても、観戦する試合ごとにどちらかのチームを応援してみよう。「どっちが勝ってもいい」という観方よりもきっと感動的な観方ができるはず。

ゲーム以外の部分を観よう

 日本では、北は札幌ドームから南の大分スポーツ公園総合競技場ビッグアイまで、十のスタジアムが試合会場になる。スタジアムのある都市の様子はどうだろう? バルセロナがパラリンピックの会場になった後、ますます障害者たちが住みやすい環境ができたと聞く。W杯の試合会場になることで、何が変わるのだろうか。スタジアムに足を運んだ際には、そういった周囲の様子を見てみたい。
 環境だけではなく、試合のある両チームのサポーターたちがつくりだす試合前の雰囲気を感じてみたい。これから始まるのは、国際的なイベントであり、しかも各国(各地域)の威厳をかけた戦いでもあるわけだから、楽しくも厳しい空気が漂っているはずである。
 いろいろな経緯があったキャンプ地。指名された地域ではどんな取り組みがなされているのだろう。キャンプ地での地元の取り組みやそこを利用した国(地域)やそのサポーターたちの関わり方を観るのも興味深い。異国の地で、最高のパフォーマンスを選手たちが発揮できるようにいろいろな工夫がなされているような気がする。

日本人の反応を観よう

 Jリーグの発足当時、随分と盛り上がった感があった。今から思えば、それは若者たちがもの珍しさにおどらされた一過性のブームのようでもあった。観客動員数が当初からうんと落ち込むようになった今、本当のサッカー好き(他のスポーツも好きでサッカーも好きという人も含めて)が残ったと言える。
 W杯開幕まで後一か月という現在でも、スポーツの話題のトップはプロ野球である。W杯イヤーである今シーズンのJリーグ(前節で中断)でも観客動員数は爆発的に伸びることはなかった。 この「サッカーがすべて」と言えない国での世界最大の祭典を、国民たちはどうみるのだろう。開幕したら、きっといろいろなところで報道がされるだろうし、勤め先や学校でも話題になるだろう。そのときに、日本人の国際性とかスポーツ観までもが見えてくるような気がする。

事件をみよう

 先だってのソルトレークシティでのオリンピックでは審判のジャッジを巡る問題がたくさん出ていた。そういう審判がらみの問題はW杯でも起きないとは限らない。そういう審判のジャッジを巡っては、先に述べたフーリガンに近いサポーターの暴走もあるかもしれない。
 ドーピングも一つの注目すべき問題だろう。最近はどんなスポーツの大会でもドーピング検査が行われる。それだけ、肉体改造については厳しい目があるということだが、後を絶たないところをみると、選手たちをそこまで追いつめているものは何だという問題にも突き当たる。
 ちょっとソフトな問題かもしれないが、監督の選手起用もみてみたい。監督の目指すサッカーに必要がなければ出場の機会に恵まれないのは当然の理なのだが、選手と監督の間にあるいは選手同士の中に不和が生まれる時がある。

終わりに

 日本でのW杯(実際には韓国との共催だから両国共に言えるのだが)が成功するか否か、それは(ちょっと大袈裟な言い方だが)国民全員にかかっている。日本が開催し、成功させることで、スポーツの分野で世界的に認められていくチャンスなのだ。しかし現在のところ、日本全体はW杯に対してなんとなく冷めているような気がするのは私だけだろうか。もっと、私たちがこの世界の祭典の楽しみ方を広めなければいけない。
 サッカーというスポーツに対する好き嫌いは人によってあるだろう。けれども、どんなスポーツでもそうであるように、トップアスリートのすばらしいパフォーマンスに感動する心は共通しているはずである。その心に訴えていくことができたらと思っている。

2002W杯ファイナル観戦記

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 2002FIFAW杯。ファイナルに行って来た。(^o^)
 ボクは、パートナーと娘と3人ででかけた。前日に横浜入り。
 2002年6月30日、朝。本牧のホテルを出て、みなとみらいへ向かうことにした。横浜に引っ越した娘の同級生とそのお母さんと再会するためだ。
 バス停で若いお姉さんに出会う。「決勝、観にいかれるんですか? すっごーい。」と言われる。まだ、朝早いためか、町全体は静かな印象。
 桜木町駅に降りると、一般の観光客とW杯観戦の人たちが入り交じり、けっこうな賑わいだった。横浜という街はふだんからそうなのかもしれないが、国際色豊かだと感じた。ブラジルのユニフォーム姿、ドイツのユニフォーム姿・・・おおっ? イングランドのシャツ、日本の青いシャツ、まあ、いろいろな国のサポーターがまだいた。というより、今日の日に集まっているような気がした。
 午前中、みなとみらいでゆっくりし、食事をした後、3人で、横浜国際競技場に向かった。
 地下鉄を降りると、スチュワード(案内役)が座席の色によって進むべき道を案内してくれていた。警察官もけっこう配備され、警備はぬかりなくおこなわれていた。
 地上に出ると、歩道には人が溢れ、ファイナルのおこなわれる土地であることを再認識させられた。
 午後3時半頃だったろう。ボクらは、競技場までの道を楽しむことにした。
 歩道には、露天商が並んでいる。外国の行商人が、ブラジル、ドイツのユニフォームをはじめ、マフラー、帽子、ポスター、クラブチームの色とりどりのユニフォームも売っている。日本のお店屋さん(ファミリー○ート)も露天の仲間入りをしていた。公式マークの入ったストラップ、キーホルダー、缶バッジ・・・とにかく祭りの縁日のような感じだった。店に並んでいる商品をながめ、そこに集まる人を眺めながら、ぶらぶらと歩いていった。
 W杯モードの所沢ナンバーのバス。どんな人たちが乗っていたのかは、知らないが、もり立てに一役買っていた。
    W杯モードのバス  にぎやかな街
 あちこちでは、歩行者天国状態になっていて、ドイツの歌を歌ったり、太鼓に合わせたサンバが繰り広げられていた。イタリアのシャツを着ている人がいたり、メキシコの国旗を持った人がいたり、国際色豊かだったけど。警官も大忙しで、「立ち止まらないでください」「ここは横断歩道です」…と声をかけている。が、世界のお祭りの熱気はそれ以上のものだった。
 さて、地下鉄の駅でもらった「競技場への案内」パンフを見て、2つのスポーツショップ「BLUEZ」と「SCUDETTO」をチェックしていたので、そこへと足を進めた。実は、ボクたちはブラジルを応援するために、名古屋で黄色いシャツと緑のシャツを買っていたのだが、何かもう1つ身につけたかった。
 露店も物色したけど、「これは」というものはフェイスペイントの刺青風のものぐらいだった。ロナウド、ロナウジーニョ、ロベカルらの名前の入ったユニフォームが3500円くらいで売られていたので、それはなかなかいいかなと思ったけど、随分前のトヨタカップの時、露店で買ったACミランのユニフォームはサイズ表示がめちゃくちゃな上、ぺらぺらシャツで「やられた〜Y(`o´)Y」という感じだった。そのときからの露店に対するトラウマがあったのだろう。買う気にはなれなかった。
 で、「SCUDETTO」でボクは緑のキャップを買い、パートナーと娘は黄色のヘアバンドを買った。「BLUEZ」では、ブラジルカラーのマイナスイオンのブレスレット?を買い・・・でもやっばり露店でブラジル国旗の刺青風フェイスペイントも買ってしまった。・・・これで、よし。
 スタジアムの開場は、予定の17:00から16:30に変更になっていた。もう、入れる時間になっていたが、ちょっと腹ごしらえをしてから…ということで、路地でファストフード。その後、いよいよスタジアムへ向かった。
 スタジアムにほど近いフットサル上ではフリー参加のゲームをやっていた。いろいろなユニフォームのいろいろな国の人たちがゲームしていた。こういう交流もワールドカップならではだ。
 さて、実際にスタジアムに入るにはいくつかの関門があった。
 第1の関門では、ガードマン、スチュワードが
「チケットのない方は入場できません!」
とハンドマイクで呼びかけていた。おお、そうかと思い、チケットを出し、見せる準備をしたのだが、チケットをチェックされることはなかった。その代わりと言っては変だが、透明のビニール袋を手渡された。
「金属類はボディーチェックの際に、反応しますので、小銭入れなども入れてください。」
ということだ。
 持っていったデジカメもかな?と思い、荷物の整理をしていたが、そういうまじめな人は数少なかった。
 荷物を一応整理したボクたちは、スタジアムのスタンドが見える方に歩いていった。両端には人がけっこうたまっていた。そして、「I need a chicket 」なんて書いた紙を持っている人もいた。つまり、ここにはチケットを持っていない人も入っていたのだ。
 第2の関門では、いわゆる切符切りのような人がいて、チケットのチェックを受けた。ここは、ゲートらしく人1人が通れるくらいの白い柵を通るようになっていた。ここでのチケットチェックは「持っているかどうか」のチェックだけ。
 で、そこを通るとすぐに…ありました。{゜_゜}"第3の関門。ボディーチェック。
第1ゲートの後  ボディーチェックです
 まず、荷物を自分で開けて見せ、オッケーが出ると、探知機で体を探られる。それでおしまいなのだけど、なんだか“厳戒態勢”って感じが伝わってきた。
 ボディーチェックの後、階段を上っていく。上りきったところで、階段下の様子やスタジアム敷地外の道路、歩道の様子を見てみた。「わあぁ、すごい」かなりの人が動いている。今、自分が立っているこのスタジアムにこの人たちが寄ってくるのかと思うと、身震いが起きた。
 さあ、階段をさらに上ると、スタジアムの中からの声、音が聞こえてきた。自分のシートのあるNゲートの入り口に向かう足は速まった。スタジアムの中がチラリと見える。この雰囲気はすごい。
 ここで、第4の関門。いよいよチケットの半券を切り取られ、座席への案内を受けた。
 ゴール裏。2階席。近い方のゴールまでも百メートルは離れているであろう席。しかし、そんなに離れているような気がしなかったのは、なぜだろう。
 ボク自身は、ブラジルサポーター気取りだったが、こっちのゴール裏はどちらかというと、ドイツサポーターが多かった。と言っても、絶対的な数はブラジルの方が多かったのだが。
始まる前 ブラジルサポーターのボク
 ゲームに先立って『決勝前イベント』が行われた。参加国の国旗、着物姿の人、エアーでふくらまされた富士山、太鼓・・・日本らしさ、東洋らしさを強調した出し物が続いた。
スタンドを旗が降りる ドイツとブラジル国旗 富士山
 イベントの後、しばらく静けさが残ったが、また、それぞれが自由に応援する声で、熱気を帯びてきた。
 そして、スターティングイレブンの発表。
 ドイツのカーン。ノイビル。ブラジルの方はロベルト・カルロス、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ…より一層、大きな拍手が起こり、期待の高さを感じた。
 ほどなく、選手の入場。両国国歌の演奏、健闘をたたえる握手などと続いた。
 20:00キックオフ。 キックオフ
 序盤は、ドイツペース。個人技のブラジルを早めのチェックでつぶしてきた。そして、ドイツの攻め。ブラジルや近代のショートパスを多用したゲーム運びからすると、大ざっぱとも言えるロングパス。しかし、それが大きなサイドチェンジ、一気にカウンター攻撃につながる。大味だが、効果的な攻めをしていた。
 一方のブラジル。早いつぶしにあい、特にロナウジーニョは彼らしさを発揮できずにいた。しかし、リバウドらが早い球離れを心がけ、リズムをつくりはじめた。短距離・中距離のパス。そしてなんと言っても意表をつくパスセンスで決定的なチャンスを生み出すようになっていた。
  つづく

サッカーの基礎技術と学習のヒント

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はじめに
 編集部からは「授業におけるデータのとりかたや使い方にも言及して」とあったのだが、より多くの人たちが実践計画段階で生かしていただけるよう、サッカーにおける技術体系とその学習内容、学習方法についてを中心とした。「サッカーの学習を系統的に進めるための参考書」となるように記してみたい。

サッカーで使われる技術
 体育同志会では、サッカーの基礎技術を「2人のコンビネーションからのシュート」と位置づけている。これは、サッカー学習を進めていく上で、必要でかつ、発展性をもつという他の教材にも共通する基礎技術の位置づけから導き出されたものである。
 これを軸にした、『サッカーの教育課程階層表』が船冨氏から出されているが、ここではさらに、サッカーにおける技術というものを分類して考えてみようと思う。
 サッカーのゲームでは、ボールを運ぶ技術として、キック、ヘッディング、ドリブルなどがある。また、ボールを止める技術としてトラップ(ストップも含む)がある。ボールに直接関わったり関わらなかったりするが、相手からボールをうばう際の技術としてはタックルがある。これらの技術をここでは基礎技術と区別するために『基本技術』と呼んでおこう。
 実際のゲームでの基本技術の使用率は、習熟状況によって幾分違いがあるものの、キックが約5割を占めている。ついで、トラップが約3割、ヘッディング、ドリブルは5%、タックルは2〜3%に過ぎない。
 さらに、使用率の高い基本技術であるキックを分類してみよう。キックは、ボールを蹴る技術なので、 など蹴る部位によっていろんな技術がある。キックの中でも、ゲーム中、最も使用頻度が高いキックはインサイドキックである。小学生の間は、インステップキックの使用頻度も高いが、習熟度が上がれば上がるほど、インサイドキックの使用頻度が高くなり、ワールドカップではキックのうち6割程度がインサイドキックであるというデータも出ている。
 これらのことから、サッカーを素材とした学習を仕組んでいく場合、キックをはじめとした基本技術の学習が不可欠である。

  基本技術と個人戦術
 ところで、キックやヘッディング、ドリブル、トラップ、タックルなどの基本技術を学習の中心に据えようとすると、「技術主義」と言われたり、技能を高めることだけに主眼を置いているように誤解をされたりしがちである。そして、「ボールが正確に蹴れたってゲームを楽しむことができなきゃダメなんやよ」とか「ゲームで生かされない技術じゃダメやよ」「そんな習熟に時間のかかる内容だけでは学校体育の学習内容にはならへんよ」などと言われそうである。そこで、技術と個人戦術、戦術との関係を整理しておきたい。
 技術と言うと、先のキックやヘッディングなどのボール操作の方法をさすことが多い。しかし、実際にはこれらのものは、単独で使われても意味はなく、味方や相手があって初めて機能的な役割を果たす。自分と味方や相手の位置によってそこで行われるキックやトラップ、ドリブルなどは異なってくるのである。
 例えば、守備者が自分の右前方に詰め寄ってきたら、左前方にボールをトラップする。このトラップは、ただ単にボールを止めるという範疇を超え、守備者の位置を考えている。さらには次のプレーがシュートなのか、ドリブル突破なのかも考えに入れて次の動きをしていれば、もう十分に戦術的な行為である。
 このことを考えに入れておけば、基礎技術を学ぶ以前の段階の「プレ学習」期から、「2人のコンビネーションからのシュート」を主たる学習内容にする段階、さらに発展した段階においても、基本技術(個人戦術を含む)の学習は重要であり、頭で理解した戦術を実行するための必要なものと理解できる。

技術指導をどのように行うか
 ここでは、小学生の学習をイメージして系統をみてみることにする。
 まず、学習させたい内容を列挙すると、表1のようになる。ここでは、低・中・高学年という区切りを用いたが、学習者の実態によっては内容が入れ替わることも考えられる。また、それぞれの段階において最初に上げた「目線」のことは、足でボール操作を行うことが中心になるサッカー独特の個人戦術である。
 これらを練習形態と関連づけてみると、次のようになる。(練習例1〜4)(紙面の関係で、一部の練習形態しか挙げられないことをご了承いただきたい。)
 基本技術の質は、伴う個人戦術(戦術)の内容によって変わる。習熟段階や練習形態ごとに、そこで求める質について理解した指導がなされることが重要である。

参考文献

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