タイトル by Take!

 ここは、ボクが教務主任なんという仕事に就き、学級通信代わり(?)に書いているつもりの週報の一部を紹介します。

第01週第02週第03週第04週第05週第06週第07週第08週第09週第10週
第11週第12週第13週第14週第15週第16週第17週第18週第19週第20週
第21週第22週第23週第24週第25週第26週第27週第28週第29週第30週
第31週第32週第33週第34週第35週第36週第37週第38週第39週第40週
第41週第42週第43週第44週第45週第46週第47週第48週第49週第50週


第01週
◇あいさつ
 いよいよ新年度が始まります。月曜日がスタートということで「キツいな」と思うのですが、リフレッシュした子どもたちを勢いに乗せるためには、よい時間だと思います。子どもたちは、新年度にいろいろな期待と希望を持って登校してくるでしょう。受け止めたいですね。でも、スタートからエンジン全開バリバリだと、私たち教師も子どもたちもえらくなってしまいます。慌てず、じっくり(ぼちぼち)担任するクラスの様子をつかんでください。そして、学級経営の方針を子どもたちとすりあわせてつくっていく作業を始めていきましょう。
 この時期、校務分掌における仕事や学級事務が一度にあって、大変かと思います。かりかりすると、学校の子どもたちにもよくないです。(家庭内にも)とにかく、ゆったり、大きく構えて子どもたちの新年度をのびのびと迎えてやりましょう。
 転入してみえた先生方には、分かりづらいことも多々あるかと思います。今までいた職員にどんどん聞いてください。昨年度も大変よい雰囲気の職員集団でした。職員室は、いつも明るく楽しかったです。今年度もそんな職員集団をつくっていきましょう。(○○先生、ポレポレ病患者を増やしてください。)
◇この週報について
 前任者の形式をできるだけ受け継いでいきます。サイズは、ちょうど週案の「反省等」の欄が隠れる大きさです。適当に貼ってください。『トリコロール』のコーナーは、私の独断と偏見に満ちた世界です。楽しんでください。意見があったらおっしゃってくださいね。
第02週
◇スタート
 新年度の実質的なスタートがきられました。第1週の子どもたちの様子を見ていると、どのクラスも方向性が見えた学級開きが行われたことが伺えます。各担任の先生から発行された通信には、この一年間をどんなふうにすごしていこうと考えていらっしゃるかよくわかる内容がありました。今まで、一担任をしていた自分にとって、こういうふうに客観的に見られることはなかったのですが、いざ見てみると、それぞれの担任さんの個性の豊かさをあらためて感じました。今後もそれぞれのカラーが反映される学級経営をお願いいたします。
 さて、第1週には、いろいろな提出文書などを作成していただいて、ありがとうございました。第2週は、学級経営(具体的には教室掲示など)にどっかと腰を下ろしてください。各教科の学習も本格的になっていくと思います。子どもたちの学習ルールを徹底させていく第一歩にもなっていくことでしょう。
 歓迎会も1学期当番さんの骨折りにより、無事(?)終わりました。明るく、楽しい職場のスタートでもありました。ありがとうございました。
第03週
◇ステージオン【Stage On】
 私は、観劇が好きです。いろいろな劇を観ますが、1ステージを観終わったあとに、本当に感動できるものがあります。特に、劇団四季とか宝塚歌劇団などのように、名の売れた劇団であれば、その中でトップ(主役)を演ずるために、劇団員各々が自分を磨きます。その結果(それだけとは言えないが)、いつもハイクオリティな内容の劇を送り出すことができているのです。そして、その1ステージ。…やはり1ステージ、1ステージが勝負なのです。2時間ほどの劇、ずうっと高い集中力を保ち、その役柄を演じることに打ち込みます。
 私は、この“舞台人魂”について、学ぶ必要があると考えました。
 私は、授業の中のふっとしたところで、集中を切らしてしまったり、行き当たりばったりで授業してしまったりすることがありました。劇団の人たちが劇を演ずるプロならば、私たちは授業におけるプロです。授業に参加した子どもたちや参観した人から、「さすが、プロだ。感動した」と言ってもらえる授業を創り出す努力をしなければいけません。そういった意味で、授業改善をしていけたらと思います。(“言うは易し、行うは難し”ですが)
 先週末、忙しい中でも楽しみを味わおうと思い、宝塚歌劇へ行って来ました。星組の『プラハの春』という舞台と『ラッキースター』というレビュー。『プラハの春』は、チェコスロバキアが間違った社会主義から自由を得ようとした時期の物語。星組の新男役トップ、香寿たつきが日本人外交官を演じ、新娘役トップ渚あきが自由を推し進めたカテリーナを演じた。2人は、立場に従う自分と立場を離れて恋する自分の中で揺れながら、社会の荒波に敢然と立ち向かっていきます。宝塚歌劇としては、テーマが重いものでしたが、舞台での演技はやはりすばらしいの一言です。
 また、当日、宝塚音楽学校を卒業した生徒たち(初舞台生)があいさつをする場面がありました。この学校では、華道、茶道、モダンバレエ、声楽、琴や三味線、ピアノ…の授業、と生徒の全人格形成にも及ぶと思われる教育がなされています。そのため、卒業時には、舞台人としての第一歩を踏み出す立派な姿になっているのです。プロスポーツで活躍する若者でもそうなのですが、目的を持てないでチャラチャラしている若者たちとは違います。(目的を持てないような世の中をつくっているのは我々大人なのですが)
 目的・目標を持っていること、そこに向かって日々努力していること、そういったことの大切さを感じるのです。自分や娘、学校の子どもたちにもダブらせて。
 長々と書いてしまいました。舞台を観ているときに、こんなことを考えているわけではありません。単純に劇の世界に入ったり、踊りのきれいさに感動したりしているだけです。ただ、観終わって、彼女らの職業意識というか、“舞台人魂”から自分の教師としての仕事を振り返ってみたのです。それは、振り返ってみようと意識したわけではなく、ごく自然に…。
 息抜きは、次への活力! がんばれるのは、息抜きがあるから。
第04週
◇第一回学級PTAに向けて
 担任のみなさん、本当にご苦労様です。第3週、1週間の間に、教室環境がかなり整ってきて、先生方のがんばりに敬服しています。出張から帰ってきた時、帰宅する時、まだまだがんばる先生方の姿に本当に頭が下がります。日直などで教室を回ってみると、それぞれの担任さんのアイデアで、とても楽しい環境ができつつあると感じました。若干、ノスタルジックな気分になりましたが…。
 授業の方は、第一回目の参観なので、特にどの子も活躍できることを目指してください。どの親にも「おお、元気に授業に参加しているな」と感じていただけたらOKです。学習内容については、第二回以降の授業参観で深められればよいでしょう。今日一日準備を進め、今日は早めに休み、鋭気を養ってください。
 ボクはといえば、相変わらず仕事に慣れず、提出締め切りギリギリでなんとか切り抜けています。と言いたいところですが、1つ、申し込み忘れで“県教委”ι(+_+)yから電話があり、冷や汗(^_^;)たらりでした。週報にも誤りがあり、ご迷惑をおかけしました。(m_m)
◇気がつけば“ゴールデンウィーク”
 さて、さて。バタバタと過ぎた4月。あれっと思ったら、もうゴールデンウィークじゃないですか。連休の計画はどうですか? あちこち交通渋滞が予想されていますから、家や近場で楽しむのが一番かもしれません。ちなみに、ボクんちでは、前半は大垣のボクの実母、兄の家族と過ごします。近いようで遠いですから…。後半は長野にいる義父母と義妹を荘川に迎えます。桜は終わっているかもしれませんが、いい空気を吸って帰ってくださるといいなと思っています。あまり気を遣わなくてもいい方たちなので、ホストなのですが、気は楽にしています。遠いようで近いのです。
 みなさんも、大いに休養し、楽しんでください。
第05週
◇はた?
 はた?と思ったら、この「トリコロール」ってなんだって話をしていないような気がしてきました。(気だけじゃなくて,ホントにしてないや。)トリコロールっていうのは、フランスのはた(はた?と気づいたわけがここにあったのだ)にある三色を指します。青、白、赤の三色は「自由・平等・博愛」を表しています。ボクは、もともとこのカラーが好きだったのですが、この三色が表すものを知って、ますます好きになりました。フランスという国はどんな国なのかよく分かりません。(今度連休にでも行こうと考えていますが(^_^))でも、日本と違ってわざわざ血を流してこの「自由・平等・博愛」の精神を勝ち取ったわけですから、それなりに骨がある国かなと思っています。こんな精神をひっくるめた内容が表せたらいいななんて思って名付けました。(実はそんなに深く考えていない)
第06週
◇「癒し」と「和み」
 最近のヒット商品は「癒し系」と言われるものが多いですね。これは、世の中の人々の精神状況を反映したものだと思います。「癒す」という言葉は、「病気や傷などをなおす。肉体的・精神的苦痛を解消させる。」という意味です。ですから、人が「癒し系」を好むということは、病んでいるからだと思うのです。とりわけ、精神的苦痛を感じることが多いから、その解消方法をどこかで求めているのではないかと推察します。ボクは、なんとなくこの「癒し系」というのが好きではありません。どっちかと言うと「和み系」(こういう言葉があるかどうかは知りませんが)というのの方が好きです。「和む」という言葉は「なごやか:人の気持ちがとけあっておだやかなさま。気分がやわらいでいるさま:になる」という意味です。ここには、病んでいるかどうかは関係していません。世の中、「病んでいるから癒そう」というよりは、その“病み”をとっぱらうような世の中にした方がいいと思うからかもしれません。
 ひるがえって、ボクたちの職場や家庭、地域についても「癒し」が必要な場所にするのではなく、「和み」があって、「病み」のない場所にすることが大切だと思います。
村教委訪問、学級経営案の作成、指導案の作成…と「病み」をつくるような状況をつくっといて、勝手なことを書きました。申し訳ありません。連休には、心癒せませたか? 和みましたか? 楽しい場所、催しなど交流しましょう。ちなみに、ボクは『山中峠のミズバショウ』を楽しんできました。
第07週
◇まず1つめの公開
 学級経営案の立案、道徳教育年間計画の見直しなどありがとうございました。これで、荘川小学校の教育計画(今年度版)が作り上げられそうです。この冊子になったものを手にしていれば、仕事が、教育活動が円滑に進む。そんなものになるとよいと考えています。なかなか、こういうのって後々見ないですから…今年度のものを足場に改訂していけるとよいと思います。ご意見ください。
 さて、いよいよ、へき地複式初任研を迎えます。みなさんには、指導案立案、教室環境整備など、お疲れ様でした。当日の会は、へき地小規模校や複式学級のある学校に初めて赴任された方々が、「どんなふうに(教育活動を)すればいいかなあ?」という意識で参加されます。私たちは、荘川小学校というこの規模、この土壌の学校で、今やっていることをそのまま出せばよいと思います。一番大事なことは、子どもたちがこの荘川小学校で、元気に学んでいるぞということを観てもらうことです。
 今年度、外部への公開が多い中の第1回目です。これに伴う事務的なことは面倒ですが、これを機会に学級づくりや学習環境、学校づくりなどを見直す機会にできれば…と思います。(なんか管理職くさいm(_ _)m言い方で申し訳ありません)
◇いよいよW杯・・・あと16日
 こんな時に「不謹慎な」と言われそうですが、先週、郵便局から『本人受け取り限定郵便物』の案内が届きました。「本人が郵便局に来て受け取れ」という郵便物です。「なんだこれは?」なんて見たのですが、差出人は「2002年ワールドカップサッカー大会日本組織委員会」。そうなんです。あのプラチナチケットが届いたのです。ボクは第一次販売のインターネット応募で当たったLUCKYな人。しかも、ファイナル。v(^^*)今回の大会。チケットについては不正が起きないように、かなりの手が打ってあります。このチケットが実際に手元に届くまでに、先の組織委員会から、4回の手紙が来ています。「当たりました。お金を振り込んでください」から「これはチケットではありません。チケットの購入を証明するものです」という類のもの。当のチケットは、FIFA(国際サッカー連盟)のロゴがホログラムになっていたり、カラーコピーをすると「VOID」(無効)の文字が浮かび上がる仕組みがあったり…と6段階のセキュリティがあるといいます。この大会がとてもBIGなイベントであること、また、とてもBIGなビジネスであることも示しています。
 あと、2週間ほどで開会かと思うと、なんとなくそわそわしてしまいます。仕事との両立に努力しよっ。(^_-)☆
第08週
◇土のグランド
 先日、東京の佃島小学校に行って来ました。あの“佃煮”の元祖っていう感じの看板が所々に見られました。築地にもほど近く、夜は新鮮な…おっと、これはまあいいことにして…。都会の学校っていうのは、やっぱり、雰囲気違います。玄関は、どっかの会社みたいなごっつい扉があって、そこを入っていくと、正面に荘川小のお話ルームくらいの守衛室(?)があります。行ったのは、土、日だったのですが、警備員が常駐されているようです。校舎の中に入っていくと、またまた、どっかの病院にいるような、床、壁です。トイレや教室の表示もプレート式のものがぺったんと貼ってあります。掲示物・・・まず、掲示板が少なくて、必要なものが必要なところに集められているように感じました。なんとなく殺風景な気もしましたが、さっぱりしているという感じもしました。“所変われば品変わる”です。
 ふと、カワイい声が聞こえました。グランドでスポーツ少年団でしょうか、1年生くらいの子どもたちがサッカーをやっていました。若いお兄さんが3人で子どもたちを指導していました。お母さんも数人混じってゲームをしたり…おお、なごやかでいいなぁと思って〜、グランドをよく見てみたら、白い。?…!コンクリートです。荘川小のグランドの半分くらいの広さです。そこが、コンクリートです。上に砂が乗っているような感じで・・・「滑ったら痛いだろうな」「痛いどころの問題じゃないよな」「成長する子どもたちの足腰には絶対よくないよな」「どうやって運動会やるんだろ?」「でも、ここ(都会)ではしょうがないのかな」と考えていました。子どもたちの足下は…当然のごとくふつうのズック靴です。サッカー少年の憧れにもなるスパイクなんて必要ないわけです。ふうっとため息をつきながら、「荘川のような広い土のグランドがあるのは幸せだな」「このグランドを大いに活用しなきゃな」「ある意味ではこれも荘川らしさか」と思いました。
 5年社会見学、6年修学旅行と大きな行事が続きます。担任さんの事前指導、ホントにご苦労様です。へき地複式初任教員研修会も終わりました。いろいろありがとうございました。
第09週
◇モバイル
 最近、スケジュール管理をする必要が出てきました。その1つの理由は、忙しくなったこと。担任の時は、クラスのことがメインでしたが、今は雑多のことが多いです。頭の中で統一されないのです。今1つは、忘れっぽくなったこと。というと老化みたいですが、ボク自身は、前からあまり覚えの良い方ではなかったのです。(「この行事、去年はどうでしたか?」なんて聞かれても正しく答えられたことはありません。_(._.)_)それで、いつもポケットにはメモ用紙を持っています。思いついた時に、メモしておくのです。まあ、これも時々その「メモってどこやったっけ?」という時があって困りもんです。(*^^*)…というわけで(どういうわけやねん?)パソコンのソフトでスケジュール管理することにしたのです。でも、このでかいパソコン(いくらノートパソコンといえども)を持ち歩くのは苦痛です。で、500グラムの“おもちゃパソコン”を買いました。それは、NTT Doc△moのジグマリオン2という機械なのですが、WindowsCEというOSを使っていて、これ用のワード、エクセル、パワーポイントなどのソフトも入っています。詳しくは・・・見に来てください。得意げに説明すると思います。ついでに、これからは、出張先にも持っていって、メモはコイツでするでしょう。そうすれば、後で出張報告とかまとめる時にパソコンに移すのが楽です。今までだと、汚い字で紙にメモってくると自分でも読めなかったり、もう1回打ち直したりする手間ができます。面倒くさがりのボクには利用価値のあるものになりそうです。
◇いよいよ開幕・・・ワールドカップサッカー
 予想通り関心は低い。日本人の気質でしょうかねぇ。(※このことについてはまた日を改めて述べたいと思います。)世界のお祭りで、ブラジルのファンなどは開幕前から仕事を休んで日本に来ているというのに…。でも、とにかく、明日(5/31)は開幕です。韓国でのフランス対セネガルの試合が、開幕試合になります。開会のセレモニーも楽しいでしょう。また、開幕戦というのはいつも波乱が含まれるので、前回優勝国のフランスがどんな戦い方をするのかも注目したいです。ところで、皆さんの関心度は? 優勝国予想などしてみるのもおもしろいしいろいろな国のこともわかってきます。(ボクは日本人として日本を、また、個人的にフランスを応援しています)経済大国である日本ですが、サッカーにおいては経済的に苦しい国よりも遙かに後進国だったりします。各国のスポーツ行政の在り方も見え隠れします。とにかく、いろんな要素を含んでいますから、この一生に1回しかないであろう機会(日本で開催されるということ)に、サッカーを、ワールドカップを身近に感じてみてください。蛇足ですが、このワールドカップには予選でオリンピックをしのぐ参加国・地域数を誇っています。
第10週
◇世界のお祭り
 ついに始まりました。サッカーのワールドカップ。4日の日本対ベルキーの試合は、白熱した内容でした。ワールドカップで勝つことの難しさも改めて感じました。しかし、スコアレスのドローではなく、2点とってのドロー。また、先制されたスタートだったけれどもドロー。そう考えていくと、今後の2試合に期待がもてます。日本は世界ランキング34位。ベルギーは20位。次戦う相手のロシアは20位。その次のチュニジアは28位。同じグループの中では最もランキングが上のベルギーにあの戦いです。悲願の決勝トーナメントへの進出が夢ではないような気がします。もちろん、何が起こるかわからないのがサッカー、スポーツの世界です。油断はできません。 世間の見る目は、どうでしょう? いざ、日本が試合に出るとなると、やはり関心が高まったように思います。開幕前は冷めた感じがしていましたが、4日の各地での盛り上がりを見ると、まんざらではありません。だって、選手がいないスタジアム、スクリーンでの試合観戦に、4万近い人が集まるのですから。1つの文化的な歴史として国民の意識に根付くといいなと願います。皆さんにご協力いただいたアンケートもなかなかおもしろい結果です。優勝候補を考えると、そこに勝ってほしいなという感情が生まれています。そういう思いで、試合や大会全体を見ていくと、より楽しくなるような気がします。
◇主事研ご苦労様でした
 全校研のAさん。いろいろ忙しい中、本当にお疲れ様でした。A学級は教室に入ったとたん、楽しい雰囲気が伝わるところが最大の魅力です。スピーチのコーナー、にこにこニュースのコーナー・・・工夫された掲示がありました。窓にはワールドカップ参加国の国旗がきれいに貼ってありました。こういう細かい配慮がクラスの全体の雰囲気作りに役立っていると感じました。公開授業の方も、次々と考えていただかなくてはならなくて、大変だったと思います。ありがとうございました。いろいろなことが見えてきた主事研でした。課題もありますが、成果をみんなで共有して先に進みましょう。
◇提出
 気が弱いので、なかなか請求ができません。7月10日の事務所訪問を頭に入れて、次のものをご提出お願いします。(未提出の方)
・週案・・・隔週週はじめ
・学級経営案
・学級の道徳教育計画(学級経営案を出していただいた方にお渡ししています)
・こどものすがた用評価の観点(現在3年生までお渡ししました)
第11週
◇スポーツとはそういうものだ
 頭が完全に“ワールドカップモード”になっています。毎朝、毎晩、ニュースを見て、ニタニタしているわけですが…。予選リーグが14日で終わります。これまでに、前回覇者のフランスはじめ優勝候補と目されていたアルゼンチン、期待されていたカメルーンなどがここで敗退することになりました。世界ランキング1位(フランス)や2位(アルゼンチン)のチームが敗退してしまうことは、残念でなりません。と同時にスポーツで勝つことの難しさを感じます。フランスのジダンやルメール監督、アルゼンチンのバティスチュータは「スポーツには幸運もあれば不運もある」「スポーツは実力通りにいかない勝負もある」と言いました。彼らは、さらっと言ってのけているのですが、世界を極めようとしている彼らが言うので、ものすごく重みがあります。敗退が決まったその直後に、そんなふうにしゃべれるのは、彼らには、かなり成熟したスポーツ観があるからだと思います。・・・・・さあ、いよいよ日本もチュニジアとの最終戦を迎えます。日本は現時点でリーグ1位ですが、楽観視はできません。次の決勝トーナメントでの活躍も含めて応援しましょう。…土曜日の準備よろしくお願いします。m(_ _;)m
第12週
◇虚脱感
 いつかは、負けるものと思っていたのですが、いざ、ああいう形で負けると、むなしさが残ります。ボク(たち)の気持ちをずうううっと盛り上げてきてくれていただけに、その気持ちが行きどころを失った喪失感がドッと押し寄せています。表面上は、「いい夢をありがとう」「感動をありがとう」「元気をもらいました」と言っても、やっぱり・・・いま、虚脱感(;>_<;)!に襲われています。…立ち直るまでに時間がかかりそうです。_(._.)_
第13週
◇この時期
 6月に2つも主事研をこなし、26日の研究会が終わったら、すぐに事務所訪問の準備と息つく間もないですね。本当にお疲れ様です。時期的なことをさらにこの際、言ってしまいましょう。『成績づけ(評価)』のシーズンです。(@_@)今年度、指導要領が改訂され、それに伴って指導内容が変わり、当然のことながら評価も変わってきます。ボクの仕事が滞っていた(世界のお祭り中、あしからず(?_?))分、学級担任さんにもご迷惑がかかってしまい、申し訳ありません。でも、来週もその余波で………いかんいかん。気を引き締めて。いろいろなものの提出期限をきっています。後の仕事のことも考えて期日を指定していますので、ご協力のほど、よろしくお願いします。
◇あの人は?
 日本のW杯。ベスト16でした。この結果について、いろいろな人が、いろいろなことを言っていますが、ボクの中ではまだ、整理しきっていません。で、周辺のお話を。
 トルシエ監督は、これで任期が切れる。といった時に、それじゃ、あの人は?と思った人は、かなりのサッカー通です。そう、トルシエ監督の隣で、トルシエ監督のダミーのように、感情もそのままにしかし日本語で怒鳴っている人。彼はトルシエ監督の通訳。あの人は、どうなるのでしょう。190Bの身長、長髪をちょんまげのように結っていたり、短くまとめていたり、風貌も独特なのですがちょいっと気になります。・・・彼の名前は、フローラン・ダバディ。(20才代…詳しくは忘れてしまいました)フランス生まれの彼は、「親の国際人に育てたい」という願いを存分に受けて、アメリカや日本での留学をします。そして、偉大な映画脚本家・作詞家であった父の影響もあって、映画雑誌の編集者を務めるようになります。その映画雑誌の日本版の発行に伴い、編集者として日本に渡ってきたのです。その後、トルシエ監督の通訳に応募したところ、合格。ああいう仕事ぶりになったということです。
 ですから、ダバディはトルシエ監督の通訳の仕事がなくなっても、困らないでしょう。また、彼の本業は続くわけで、日本にもしばらく滞在するようです。
 知ったような顔で、こんなことを書いてきましたが、実はダバディの『「タンポポ」の国の中のわたし』(詳伝社)という著書を読んだのです。(久〜しぶりの読書だったなぁ)本の大半は国際人としていかに生きるかということが論じられていますが、トルシエ監督の通訳をしながら日本人の国際性などを鋭い視点からとらえ、本書で斬っています。斬っていると言うものの、彼は日本が大好きでしばらく滞在したいという気持ちらしいですが。
 サッカーを好きではない人にも是非読んでいただきたい本です。
◇いざ、YOKOHAMA
 行って参ります。天気が心配ですが、天気など心配している場合ではないくらい、心が躍ります。ブラジル対ドイツのカード。W杯での初顔合わせですが、どちらも歴史ある強豪。楽しみです。ゲームの他の部分も、せっかくですから、楽しんできたいと思います。皆さん、お忙しいところ、すみません。
第14週
◇何がよかったって
 W杯のファイナル。波のように押し寄せる感動がありました。前日に横浜入りしたのですが、みなとみらいのあたりには、既にドイツのユニフォームを着たドイツ人らしき人や各国のサポーターたちが観光に来ていました。桜木町駅という駅がありますが、そこの入り口周辺は国際色豊かで、いつもそうなのかわかりませんが、不思議な空間でした。一晩泊まって、ファイナル当日は、横浜の友だちと昼食をとりました。みなとみらいのランドマークタワーに行ったのですが、前日にも増してW杯色が濃かったです。日本のユニフォームを着ている人もいました。あの宮本選手のフェイスガードをつけている子どももいました。ブラジルのサポーターらしい黄色いシャツを来ている人もたくさんいました。タワーのショップでは外国から来ている人たちがW杯関連グッズ、お菓子などを買い求めていました。ボクの心もだんだんヒートアップしていきます。タワーのエレベーターでブラジルの女性に遭いました。彼女の日本人の友だちが通訳してくれたので、話ができました。彼女は「チケットが手に入らなかったので、ブラジルがゴールしたら私のために叫んでください」と頼みました。「任せて」と、ボクたちは言い、ブラジルの勝利を願いました。
 昼食を終え、スタジアムに向かいました。新横浜の駅に降りると、スチュワードと言われる案内役の人たちがいっぱいいました。警察官もあちこちにいて、混乱を防ぐようにしていました。スチュワードからスタジアム周辺の案内地図をもらい、歩を進めました。案内地図はよく見ると、ファイナル当日用のもので、席の位置によって行き道が色分けされていました。午後3時頃。キックオフまではまだ5時間ありました。それで、町の中に入りました。歩道には人が溢れ、外国からの露天商が並んで、いろいろなユニフォームや雑貨を売っていました。ビアホール前では、すでにできあがったブラジルサポーターがサンバのリズムを奏でて踊っています。サポーターの数は6:4から7:3くらいでブラジルが多い感じ。それでもドイツサポーターは歌を歌いながらサンバに対抗しています。スタジアムにほど近い町中では買い物をする人や意気を上げる人たちで溢れ、まさにファイナル直前の異様なまでに興奮した世界がありました。ボクたちも買い物をし、2時間ほど、そこで過ごしました。そして軽めの夕食をとり、いよいよ本当にスタジアムに向かいました。混雑回避のため、開門は予定の5時から4時半に変更になりました。
 途中、フットサル(ミニサッカー)のコートでは、自由参加でゲームをやっていました。いろんな国の人たちが思い思いのかっこうで、一緒に楽しんでいる姿が印象的でした。沿道では「チケットゆずってください」のプラカードを持った人が何人もいました。なぜか、お手玉や皿回しみたいな芸をやっている日本人もいました。
 スタジアム前、関門がいくつもあります。チケットの有無を確かめる所、チケットを見せ、ボディーチェックを受ける所、そして、チケットの半券を切ってゲートから入る所、ゲートの前でチケットを見せると席を教えてくれる所。事前に言われていたほどのチェックではありませんでしたが、やはり厳重でした。
 ゲートをくぐると、スタジアムの中、ピッチが見えます。ゾクゾクッときました。観客の声が聞こえます。すでにサンバのリズムやドイツの歌が聞こえます。
 席に着きました。ここから世界の頂点を決めるゲームを観るんだと思い、グルリッとスタジアム全体を見回しました。今、ここにいる幸せを感じました。キックオフまではまだ時間があります。6:30。イベントがありました。歌、みこし、たいこ…雰囲気を盛り上げました。特に、着物姿の女性が出てきたり、みこしをかついだりする演出は、外国人受けするように考えられていたと思います。
 イベントが済むと、一瞬静寂が漂います。が、しばらくしてドイツの選手たちがウォーミングアップに出てきました。大拍手と歌。その後、ブラジルの選手たちも出てきました。大拍手とサンバ。スタジアムの中のサポーターはやはり6:4から7:3くらいでブラジル。という感じです。
 心配していた雨も降っていない様子で、いいゲームを期待しました。
 選手たちが、アップを終え、一端ピッチを後にしました。そして、スターティングイレブンの発表がありました。ドイツのカーンガ紹介されると、割れんばかりの拍手と歓声が上がりました。ほかのドイツ選手はさほどではありませんでしたが、ブラジル。ロベルト・カルロス、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョと紹介されていくとスタジアムの歓声は最高潮になりました。すでに、スタンディングオべーションも始まっていました。また、ウェーブも送られてきました。
 フェアプレー旗を先頭に選手が入ってきます。いよいよです。
 …というところで、つ・づ・く。
第15週
◇何がよかったって その2
 フェアプレー旗を先頭に選手が入ってきます。いよいよです。
 場内は割れんばかりの拍手で選手たちを迎えました。両国の国歌が演奏され、選手たちがお互いの健闘をたたえ合い、握手を交わします。ゴール裏のボクたちのいた「カテゴリー3」という席には、最もにぎやかなサポーターたちがいるのですが、キックオフを前にもう、応援合戦が始まっています。21世紀最初のアジア初開催のW杯のファイナル。キックオフ。スタンドからはカメラのフラッシュ。キラキラしてきれいでした。(゜o゜)/(その光の1つはボクのです)
 序盤はどちらかというと、ドイツペースでゲームが進みます。ブラジルの個人技を発揮させないために、ドイツは早いプレッシャーをかけます。そして、比較的長いパスを大胆につないでゴールに迫っていました。ブラジルもチャンスをつかみますが、大会No1ゴールキーパー、カーン(カールではありません(._.))がしっかり守ります。ロナウド対カーンの戦いは見応えがありましたが、前半はカーンガ勝っていました。そして、結果は0対0でしたが、内容的にはハイレベルであっと言う間の45分でした。
 さて、0対0で迎えた後半。ボクの席の前はカーンガ守るドイツゴール側になりました。後半の始まりはどちらも前半通り、自分たちのスタイルのサッカーを展開していました。そして、迎えた67分。ブラジルのリバウド(超しぶい選手(^_-)☆)がシュートしたボールを、カーンガはじいてしまいます。そこをきっちり詰めていたロナウドが「ごっつぁんです」といただき、ゴーーーーーーール!v(^^*)スタンドを埋めた黄色いシャツが一斉に立ち上がります。当然、ボクたちも立ち上がりました。ボクも「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と雄叫びを5回ほど上げていました。
 さあ、こうなるとドイツは追いつくために必死になってきます。攻撃の選手を立て続けに交代させ、チャンスをつくります。しかし、ブラジルの選手の方が1枚上手でした。ドイツの早いつぶしを考え、早いパス回しをし、瞬間の個人技を生かして突破します。そして、79分。クレベルソン(ほとんど無名の選手。でもこのファイナル、すごかった)のパスをリバウドがシュートするかに見せてスルー、後ろから絶妙のタイミングと位置に走り込んだロナウドがシュート。ゴー ーーーーーール! またまた、思わず立ち上がり、「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ ぉぉぉぉ!」と雄叫びを5回ほど上げていました。もうこれで、ドイツの息の根は止められたと思いました。しかし、ゲルマン魂は最後まで戦いの意志を捨てないで、攻め続けました。こういうところもファイナルとして好ゲームだったと思えたところです。
 ゲーム全体をふり返ってみると、特に感じたのは選手のスピードです。ロベルト・カルロス(ロベカルって言うんだよね)なんて、身長170cmない小さい選手なのに、めっちゃ速いです。もちろん、ロナウドもドイツのノイビルも…。
 また、ちょっと前はどこの国にも独特の攻め方、守り方のスタイルがあったのですが、それがなくなってきていたと感じていたんです。(グループリーグの試合などを観ていて)けれども、ファイナルではブラジルらしさ、ドイツらしさというのが観られました。それがいいかどうかは別にして、ブラジルがなぜ今大会勝ち進むことができたか、考えるヒントになりそうなのです。長くなるりそうなので、簡単にしておきます。
 現在、組織的なプレーは世界中同じ戦術ができるようになってきたから、これからはそこで個人がいかに光るプレーをするかということです。今大会のブラジルにはそういうところで光るロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、ロベルト・カルロスという個性的な選手がいました。
 ちょっと見えにくい話になってしまってすみません。
◇1学期が終わります
 なんか、バタバタしているうちに1学期最終週を迎えることになりました。こどものすがたの転記など最後のお仕事も山場を迎えますが、よろしくお願いします。ボク自身は、教務、研究主任と慣れない仕事に苦闘し、ぬけぬけの提案が多かったと反省しています。m(_ _;)mいい休みを迎えるように、子どもたちの指導をしながら、私たちも最後の一週間、がんばりましょう。
第16週
◇2学期の立ち上げ
 子どもたちは、この夏休みにどんな力を身につけているでしょう? まず、この1週間で子どもたちの成長を見つけてみましょう。そして、年度当初の計画、夏休み中の思案された学級経営計画に則って、実践を具体化しましょう。2学期は、行事が多く大変ですが、子どもたちが最も伸びる時期だと感じています。(ボクの乏しい経験から考えると)昨年度も、運動会を乗り越え、学習発表会に取り組み、1年生の子どもたちが「個」から「なかま」になっていく瞬間をみたような気がします。
 それぞれのクラスのカラーもしっかりしてくると思います。そうした中、1つひとつの行事で「どんな力を子どもたちにつけるのか」意識して指導にあたりましょう。どうせやるなら、子どもたちと自分自身のためになるように。
 夏休みのくらしがどんなふうであれ、2学期のスタートはリズムを作り直すのにエネルギーが必要です。(子どもも教師も)急発進は危険ですが、崩れたリズムをいつまでも引きずらない工夫もしていきましょう。
◇夏休みいろいろ
 毎年出かけている体育の研究サークルの全国大会に行って来ました。北は北海道から南は沖縄までのいろいろなところからの参加者がいます。小学校教師もいれば、大学の教授もいます。その中で、今年の夏休みについていろいろな問題が話題になりました。
 〜中略〜
 これらの問題を話す中で、ボクたちのサークルなかまでは、「教師の研修の特殊性を理解しないもの」「教師の自主的な研修意欲をそぐもの」ひいては「新指導要領の落ち度がおつりとなって振りかぶってきている」という考えが出てきていました。(中心的な研究は体育のことなので、雑談の中でのことですが。)
 大野郡ではどうだったのでしょうか? 荘川小では・・・いろいろな地域のいろいろな状況を知り、子どもたちの教育条件やボクたち自身の勤務条件を考えていかねばならないなぁと思いました。
 皆さんからも、出かけられた所々で感じたこと、考えたこと、交流できると研修の価値が高まりますね。
第17週
◇start
 2学期が始まりました。転入生のAさん、Bさん兄弟、新しく着任のJ.Mさん、Cさんを迎え、学級、学校の雰囲気もリフレッシュされたような気がします。今までいた職員も夏休みにリフレッシュされた気分を忘れないで、新しい2学期を創っていきましょう。
 5年生の『StayDream』にありましたが、運動会に向けての6年生の顔つきはとても鋭いです。また、それを一生懸命バックアップしようとする5年生の子どもたちの活動も活気を帯びています。子どもたちのやる気に遅れることなく、先走ることなく、子どもたちと共に高いモティベーションをもって、取り組んでいきましょう。
◇『I am Sam』
 この夏に『I am Sam』という映画を観ました。字幕だったので、多少目が疲れたのですが、それ以上にステキな内容のために、目が腫れました。
 Samという知的障害(知能が7歳程度)の男性がホームレスの女性との間にできた女の子Lucyと父子2人で世の中の“非常識な常識”に立ち向かっていくドラマです。母親は出産後すぐに失踪します。Samが男手1つでLucyを育てます。Lucyはやがて大きくなり、Samの知能を越えていこうとします。Samの子育ての能力、生活能力を問われます。もし、自分がSamのような立場だったら、どうなんだろう?(今の自分の知能で考えるのではなくSamの知能でどれだけのことが考えられるかは分からないが)・・・児童福祉センター(みたいなところ)は「Lucyを養子に出す」という結果を出します。Samは、Lucyを奪われ、Lucyは父親Samと離れて暮らすことを余儀なくされます。Samをなかまたちが支援し、裁判が始まります。担当の女性弁護士は、SamのLucyを思う気持ち(という信念のようなもの)にうたれ、かたかった態度を変えていきます。そして、彼女自身も変わっていきます。Lucyは知能の低い父親のことをとても慕っていました。愛していました。しかし、養育能力を問われるSam・・・
 ボクは、映画の途中からそして、観終わってから「LucyがSamという父親、知的障害をもっていて自分よりも知能が低い父親をどうしてあんなに愛することができたのだろうか?」「父の愛って?」と考えていました。
 『少林サッカー』もおもしろいけど、『I am Sam』お勧めです。
第18週
◇運動会の指導で思うこと
 今まで体育主任をすることがほとんどだっのですが、その間、いろいろ思い、考えたことがあります。今日は、そんなことを徒然に綴ってみようと思います。
 運動会は、創り出すものだと思っています。体育主任として、第一提案をすると「例年通りいきましょう」という声があがることがありました。一部分では前年までの経験を踏襲することが大切なのですが、やはり、その第一提案時からねらいや内容をしっかり検討する必要があると考えています。それは、取り組みを始めてからわかってきます。そこで、きちんと討議され、改善すべきところ、変えないでレベルアップするところが確認できた年は全職員ががっちりスクラムを組んで歩んでいけます。そうでないと、子どもたちに職員の“不協和音”を聞かせることになり、結果的には子どもたちが教師を信頼できずにざわついたり、集中力が高まらなかったりします。
 さて、各学年部での練習や全校での練習が始まりました。どの教科の授業でもそうですが、特に運動会の学習においては、留意したいことがあります。思いつくままに書くので、分かりづらいですが、ご一読をお願いします。(._.)
 第一に、『子どもたちに指導者の指導をきちんと伝えること』です。
 そのために、まず、指導者はその1時間のねらい、指導内容が事前にイメージできていることが必要です。(イメージなので明文化されている必要はありません)その場で臨機応変に対応することは重要ですが、その場で「次、何しよう」「どうしよう」と考えているのは…です。その時間(たとえ短い時間でも)、子どもたちは緊張感がなくなります。子どもたちは、教師の指導力をみています。
 次に、誰が指導者なのか、子どもに明確に伝わることが必要です。種目の担当者が決まっていると思います。その担当者がメインになって学習を進めるようにしましょう。学年部でやっていれば、他の教師もその場に居合わせることが多いでしょう。しかし、“もう1人の教師”はあくまでも補助的な役に徹することです。年齢は関係ありません。・・・ちなみにボクは新採の時にも任された組み体操は全て前面に出て指導しました。・・・その場でどうしても口を出さないとまずいこと以外は、その時間が終わってから、相談したり、打ち合わせたりします。そういう指導体制が子どもたちに適度な緊張感を与えますし、「この競技のことは○○先生に聞けばいいのだ」ということが明確になり、安心感ももたらせます。また、前面で指導している先生を信頼するようになります。
 第二に『子どもたちと創るという視点をもつこと』です。
 競技をやってみます。よくよく考えた場の設定やルールでも、やってみると問題があることに気づきます。それは、教師も子どもも。ここで、子どもたちにどう改善していくのか問いかけていくことが学習の重要な部分になります。ややもすると、時間がないとか、子どもに相談させるのはめんどうくさいとか…で、教師がルール変更から何から何までやってしまうことがあります。ここで、“運動会で子どもたちを育てる”視点が必要です。そこを教師がやってしまったら、子どもたちは受動的な立場でしか運動会に臨めなくなります。
 体育の学習で身につけさせたい力のうちに、「自分たちでルールづくりや場の設定をおこない、競技やゲームをつくり、楽しむ力」というのがあります。この力をつけられたら、社会体育や生涯体育にもつながっていくと考えられます。
 第三に『がんばる心を育てること』です。
 どの運動会の学習・練習も楽なものはありません。それを楽しいものとして感じさせるのが教師の仕事です。手っ取り早いのが子どもたちに競争をさせることです。相手に負けるまいとしてがんばることができます。しかし、これは内発的な動機ではないので、いつまでもこの手で通用するとは限りません。特に今そういう方法の味をしめた子どもたちは、数年後に競争・勝負がなくては動けない…などの問題が生ずるでしょう。時に厳しく指導しながら、いかにその競技・演技そのものの楽しさを体感させるかがポイントです。「えらいでやめよかな」という子どもの気持ちを自然に乗り越えさせたいものです。「がんばれ」「がんばれ」の声もいいですが、それ以上に子どもたちが自然にがんばれる心を育てたいです。
 第四に(最後です)高学年の子どもたちへの指導として『見通しをもった活動をつくるということ』です。
 例えば…大縄の練習があります。果たして、今朝(9/5)の練習において、事前に具体的な目標をもっていた高学年の子どもたちが何人いたでしょう? 明日の目標を立てて終わったでしょうか? 自分のチームの弱点なり課題を明確につかんでいるでしょうか? このあたりのことができてきたら、目標や課題解決のために、何をしたらいいのか策をもつことが必要です。・・・これは私たち教師の指導を反映しているとも言えます。・・・「今日は200回跳ぶために、○○さんが連続して跳べるようにするぞ。」などと頭に描いてから活動を始められたら今後の伸びが期待できます。もちろん、これは子どもたちが思うことで、教師が押しつけても意味がないことは第二のところで述べたとおりです。
 長々と(ダラダラと)えらそうに書きましたが、小学校の体育主任を13回やった経験から得たことです。どれだけかの部分をひきとって実践していただけたら嬉しいです。
★おまけの発言:全ての高学年が意識的にリーダーになるために…
列の後ろの方にいる意味を教えましょう。
 前にいる団長などは、役割がよく分かっています。しかし、列の中に入ったり、列の後ろにいる高学年が、前のリーダーの指示に対してフォローをしていくことが大事です。
 例えば、前のリーダーが「並ぶよぉ」と声をかけたとき、後ろにいる高学年は、まっすぐかどうか、並ばずに遊んでいる子はいないか、並んでいてもしゃべっていたり、手遊びしたりしている子はいないか、見ます。そして、前のリーダーの動き、声を視野に入れながら、タイミングよく注意をしていきます。
 こういう行動が高学年全体でできるようになれば、各団の団長さんは楽になるし、みんなが協力してくれていると実感できるでしょう。また、高学年の中にも1人ひとりのタスク(役割・任務)ができ、主体的に動けるでしょう。そして、それがみんなで団結を創り出した実感を共感することに結びつきます。つまり、感動が大きくなります。
第19週
◇運動会における委員会委員の役割
 あっと言う間の第18週でした。今週末は、もう運動会です。毎日が、バタバタと音を立てて済んでいってしまいます。少しでも先を見越して動きたいものですね。((-_-;)最も自分に言い聞かせている言葉)
 水曜日に委員会があります。それ以外にも随時時間をとって指導をしていってくださっていますが、運動会当日の仕事に向けての最終のまとまった時間になります。きめ細かな指導をよろしくお願いします。
 競技決勝審判の代表委員は、どの種目の時、どこでどんな仕事をするのか。
 全校リレーの誘導をする美化委員は、どこを通ってどのように誘導するのか。
 得点係の図書委員は、どのように採点をし、集計をするのか。  ・・・
 委員の1人ひとりが自分の役割を十分認識し、自信をもって仕事できるように実際の場や実際の作業を可能な限り経験させてください。
第20週
◇運動会…ボクらは何を指導して、子どもたちにどんな力をつけたのか
 いよいよ『大運動会』のときがきます。各方面からの準備や子どもたちへのご指導、お疲れ様でした。後は、当日、子どもたちが精一杯やりきれるだけの舞台をつくるだけです。この舞台は、場所や物などの目に見える環境も含めて、とにかく子どもたちが今までの練習、学習の成果を出せる場のことです。当日の声かけも含めて、ボクたちの最後の仕事です。
 さて、当日、子どもたちに声をかけるヒントが今までの運動会への取り組みの中にあると思います。今日は、各学級で発行された学級通信からその指導内容を拾ってみました。再度読み返してみて、後わずかな指導時間を有効なものにしていきましょう。

1年生…『げんきいっぱい』No.20 9月13日発行 より
 とても前向きです。悔し涙で終わるより、嬉し涙で終わりたいという願いが伝わってきます。〜中略〜運動会の練習の中で学んでいくことが1年生にはたくさんあります。
 ※ここにある「嬉し涙」の意味はとても深いと思います。そうなるよう、指導が必要ですね。1年生の子のレベルでどこまで感動させられるかチャレンジです。
2年生…『えがお』No.10 9月19日発行 より
 2年生の子どもたちもそうした雰囲気の中で、自分の役割や責任を感じて、一生懸命に練習をしています。こうした取り組みの中で、今まで苦手だった大なわとびが楽に跳べるようになった姿も見られ、集団の力が個の力をひきのばす役割を果たしているのを実感しています。
 ※「共に高まり合う」姿の一端です。長いスパンで見ていけば、いろいろな子がいろいろな面を集団によって伸ばされていくと思います。
3年生…『心』 9月13日発行 より
 完全に3年生が運動会に向かってまっしぐらという感じがして、うれしくてたまりません! ひとつのものにみんなでむかっていくと、今までにないくらいの力が新たに生まれてがんばっていけるからふしぎだね。
※学級開きの時に『ブレーメンの音楽隊』の話をされた担任さん。そこに帰結しているところが見事です。
4年生…『ひまわり』No.13 9月13日発行より
 「先生、リレーの走る順番決めておくの?」自分たちから声をかけ、「木曜日までに決めておいて」と言っておけば、休み時間を使っていつの間にか決めてあります。〜中略〜このがんばりが、きっと、運動会当日に生き、さらには、運動会が終わった後の生活にも生きてくることと思います。
 ※“運動会後に残る力”を意識してあります。これを子どもたちにどこまで意識させられるのか、そこが“運動会のための運動会”だけで終わらせない重要なポイントになります。
5年生…『Stay Dream』 9月19日発行 より
 もうひとつみんなのとりくみでいいのは、回数を増やすために何が大切なのかをちゃんとわかっているところです。回数を増やすためには〜中略〜そのことがちゃんとわかって、そんでもって、1、2年生の気持ちをいっぱいいっぱい考えて練習しているから245回になるのです。
 ※ある意味では、“運動会後に残る力”の答えです。立て続けに出された『Stay Dream』からは戦略的な指導も感じます。心を鼓舞しておいて、「考えなさい」と課題を与え、この号では考えて実行したことを認めています。
6年生…『たから』 9月6日発行 より
 当然のことだけど、今は赤も白も勝つことが目的でがんばっています。でも、どちらかが勝てばどちらかは負けるのは仕方のないことです。だから、最後に「自分がどれだけ満足できるか」が大切だと思います。小学校最後の運動会で何か1つ、自分が「やった!」と言えるものがつくれるようにがんばろうね。
 ※とっても温かい呼びかけです。勝負の世界は殺伐(・_・?)としているんだけど、そこで疲れないタフな6年生の姿はこんなところからエネルギーをもらっているような気がします。「自分がどれだけ満足できるか」は「嬉し涙」へつながるでしょう。でも、つなげるための最後の指導が必要ですね。

勝手に、部分抽出をしました。_(._.)_前後関係から意味がとらえにくかったらごめんなさい。また、蛇足になるコメントをつけました。m(_ _;)m
◇運動会後
 今、こんなことを書くと・・・・・。でも、来週の予定も立てなきゃいけなくなるので、こっから先は三連休にでも読んでください。
 今まで「運動会」という目標というか向かうべきものが、子どもたちの(教師も)中にはありました。運動会後は何に向かうのか? この週は浮遊感を味わうのでしょうか。それも気持ちの切り替え時期として大事です。が、切り替えて次のことに向かうことも大切です。
 きちんと、総括が済んだら、次の何かを子どもたちと共に設定しましょう。
 誤解しないで考えてほしいのですが、その際の向かうものは「中間発表会」ではないということです。これは、ある意味ではボクたち教師が勝手にやろうとしている(やろうという主体的な意志はなかったんだけど)ものです。子どもたちの意志は考えていません。苦しいところですが、ここは教師の胸にとどめて、子どもたちの意識が向かえるようなものをセッティングしていきましょう。例えば、学習発表会に向けての計画的な実践もできると思います。
第21週
◇指導をつなげていくこと
 運動会の閉会式の時、泣き崩れていく子どもたちを見ながら、ボクはなんと言葉をかけてやればいいだろうか考えていました。まず、それぞれの涙の意味を肯定的にとらえ、『なぜ、涙が出てきたのか』自問させたいと思いました。「なぜ嬉しいのか」「なぜ悔しいのか」。その答えは、きっとどちらの涙を流している子にも共通していると思えたのです。もちろん、両方の意味を含んだ涙の子もいたでしょう。もっと複雑な思いでいた子もいたでしょう。次に、流している涙が悔し涙であるならば、少しでも嬉し涙に変わっていくように、言葉を探していました。あの場で、全員が嬉し涙を流せるなんてことは考えられません。けれども応援合戦に負け、悔し涙を流している子どもたち。とりわけ赤団の6年生の子どもたちの8月からの取り組みに対しては評価してやることで、やってきた満足感から少しでも嬉し涙の部分が出てくるのではないかと思っていました。 さて、この運動会では、荘川小の子どもたちの力を確かめると共に、新たに力をつけることに成功したと感じています。あとは、ここからの指導です。連休明けの昨日、5年生と6年生の子どもたちに勝手ながら次のような話をさせていただきました。噛み砕いて話したので理解してくれたと思いますが、みなさんも考えて今後につなぐ策を試みてみましょう。
□レジで精算、袋詰め
 「運動会というスーパーで、たくさんの買い物をしました。全校リレーという棚から商品をかごに入れ、綱引きという棚からも商品をかごに入れ、『こらっ、いってぇさ』という棚から・・・・・といっぱいになったかごを持って、レジに行くんだね。それぞれの商品はとった人によって値段が違うかもしれません。」6年生のみんなに「綱引きによる商品はいくら?」と聞くと、Mさんが「120円。」と答えました。「じゃMさんの、応援の棚からの商品は?」と聞くと、「360円。」と答えました。「ほう、綱引きの3倍の値段だね。」と。どうやら話は通じたようです。精算が済んだら、袋詰めです。「袋詰めの時には、気をつけることがあるよ」ということで、「熱いものと冷たいもの、つまり冷やしておいた方がいいものは別にした方がいいよ。」と話しました。得たものの種類分けをして自分のものにしていくことの大切さを話しました。
第22週
◇風邪に倒れ
久々に39℃を越える熱が出て、ダウンしました。以上。(m_m)
第23週
◇ドローの文化と勝敗
 もう、随分前のことのような気がします。でも、ボクの気持ちの中に、この機会にもう少し考えてみたいと思うことが引っかかっています。
 運動会は紅白ひきわけに終わりました。子どもたちの日記を読んでいて、「それはそれでいいんだ」と思いながら、何となく釈然としない価値観の相違を感じたり、さらに一歩踏み込んだスポーツ・文化について考えたりしています。
 どういうことかというと、「同点優勝。でも、嬉しくなかった。」「引き分けという中途半端な気持ち」と子どもたちが表現しているけれど、この勝敗結果をそのまま心の中にひきとらせてしまってはいかんだろうということです。どこかで、そうじゃない「引き分け」の価値観を教えてやることも必要だろうと思うのです。
 ボクは、サッカーというスポーツをやってきて、今は“研究者”(-_-;)になっています。その経験の中で、サッカーがなぜ、1、2点を争うゲームになりやすいのか、「1対0のゲームが一番おもしろい」と言われるのは、どういうことか分かってきました。
 おおおお大昔、サッカーの起源とされる『民族フットボール』というのがイングランド、スコットランドなどの地方にありました。『民族フットボール』は、村をフィールドにしてたくさんの人たちが1つのボールをゴール(池の向こうの壁、地域によっては“海”(@_@)などがゴールの場所に指定された)に運び入れるというゲームでした。ゴールが決まった瞬間、このゲームは終了し、後の祝勝会、交流会へとうつっていきます。1年に1回か2回しか行われない祭のような楽しみの1つであり、村対村の戦いでした。ですから、下手すると半日以上もかかったゲームが多かったのです。何せ、楽しいことですからそう簡単に、早々とゲームを終えたくなかったのです。…そのころから“オフサイド”という“待ち伏せ(先回り)禁止”のルールはあったようです。…ボールが見えるか見えないか分からないような状態で人々が群がり、荒々しくぶつかり合います。なかば、そこでの一進一退の攻防を楽しんでいるのです。
 ヨーロッパにはその他にもサッカーの起源と考えられるゲームがあるのですが、いずれも最少得点でゲームが終わるというモノばかりです。このことから考えると、ヨーロッパの人たちには、引き分けというモノがいかに楽しいゲームであるかということを感じ取ってきています。
 一方、アメリカンスポーツに代表される新興のスポーツはどうかというと、もうそういう成立の仕方をしていないのです。スポーツはスポーツとして最初からルールを規定したゲームとしてスポーツを考案する人たちによってつくられてきます。バスケットボールは、フットボールに代わる冬場のエキサイティングなゲームを目指してYMCAのネイスミスという人が考え出したんだよね。
 そこで、日本という国は…以前の学校便りにも書いたように、スポーツ文化の開花がとても遅い国なので、そういう歴史を先祖代々の体感とせずに、既成のモノとして受け入れるばかりだったんです。そこで、どうも、ボクに言わせると“引き分けの美学”というものが根付いていないと言うことなのです。(かなり暴論?極論(>_<))
◇アジア大会
 あまりテレビを見る習慣がないので、競技についての詳細はよく分かっていないのですが、やっばりまたサッカーネタで。
 ボクの(・_・?)ジェフ市原は、Jリーグ第2ステージにおいて、超不振です。でも、明るい話題の1つは、アジア大会に阿部勇樹というジェフの選手が出ていることです。覚えておいてください。きっと、数年後、もっといい選手になっています。(^_-)☆…彼は、ディフェンダー(守りが主のポジション)なので、あまり目立ちませんが、日本人離れしたボールスピードのパスを正確に蹴れることで、フリーキックやコーナーキックのキッカーとして出てきます。ちなみに、Jリーグ最年少出場記録(確か16歳と数か月)ももっています。
 よし。今日は準決勝。たのむぞ。阿部勇樹。
第24週
◇マーケッティングとHP効果
 ボクのホームページは、大手の検索サイト(ポータルサイトとも言うYahooに代表される捜し物をするためのページ)に登録していません。したがって、開設後1年以上経ってようやく1000アクセスになろうというところ。ホームページというのは、人に見てもらうためにつくるのであって、その目的からすると不十分な成果です。けれども、先日広告代理店の「○報堂」というところから次のようなメールが届きました。ちょっと長いですが、紹介します。
「niftyの竹中先生のHPを拝見して、メールを差し上げております。web広告/webサイトを除くプジョー・ジャポンの殆どの広告は、現在私どもが担当させて頂いているのですが、私はその広告会社でアカウントディレクターを勤めております者で○△と申します。端的には「営業」なのですが、広告屋の「営業」は通常皆さんが想像されるものとは若干性格を異にしておりますので、今からお願いする内容については、多少奇異に感じられるかもしれません。少し長くなりますが、このようなメールを差し上げているいきさつについて、簡単にお話をさせて頂ければと思います。今年は、607、307SW、206SWと新しい車種のローンチで、プジョー・ジャポンのセールスも絶好調、このままの調子で行けば、VOLVOを抜いて、日本国内第4位の輸入車ブランドになるのでは、というところまで来ております。ところが、2003年については、現在確定している新車種のローンチがなく、プジョー・ジャポンも頭を抱えています。もちろん、プジョーのことですから、新車種などなくとも、ファンの方々から見れば何の問題もなかろうと思われがちですが、セールスの現場から見ると、ショウルームへの来場者数、DMのレスポンス率、電話でのお問い合わせ件数等、新車種があるとないとでは150〜500%の差が出るのです。中でもプジョージャポンとして、頭を悩ませているのは406なのです。竹中先生にしてみれば、心外かもしれませんが、やはりプジョーの現在のイメージは206に代表される小型車に偏っており、3リッター以上のセダンやブレークに関しては、かなり苦戦を強いられています。もうご存知かもしれませんが、ヨーロッパでは406の後継、407のスクープ映像が雑誌などでもちらほら見られるようになっており、日本においても買い控えが一層顕著になることは明らかです。とは言うものの、一方で、竹中先生のように、406そのものを愛して下さっているユーザさんもたくさんいる訳で、私は個人的には、406の存在さえ知らしめれば、まだまだファンを増やすことができるのではないかと考えています。そのためには、406に魅了されたユーザさんに共通するモチベーションや嗜好は何なのかを探求し、広告に活用することができれば、と考えるに至った訳です。前置きが長くなりましたが、お願いというのは、そうした目的のために、都内で竹中先生に簡単なインタビューにお応え頂けないかということなのです。〜中略〜ぶしつけな申し出で大変失礼かとは思いますが、ご理解とご協力を頂ければ幸いです。ご連絡お待ち申し上げております。」
 マーケッティングというのにボクはあまり関心がなかったし、その市場を活性化させるための広告業についてもさして興味がなかったのですが、今回のメールで「ほう、やっぱりそれなりのことを考えているんだな」と感心しました。この仕事も戦略的な(長期的な見通しをもった)取り組みが必要で、判断をいつどのようにし、実行するかによって効果が違うんだろうなと思いました。それと、あんまりアクセスのないボクのHPでも「見て関心をもつ人もいるんだな」と嬉しくなり、今後も少しでも多くの人に情報を発信し、見知らぬ人とのつながりが生まれたらいいなと思いました。
◇事務所訪問に向けて
 週案の提出、教室経営など、行事に取り組まなければならない忙しい中、ありがとうございました。訪問まで、あと数日ですが、この機会に子どものための環境を見直してみましょう。
◆おまけ
 審判がどうだったか、あの判定がどうだったか・・・必ずスポーツのゲームではあるものです。前節のJリーグ、ジュビロ対ジェフの試合もそうでした。退場者を2人も出したゲームだったという事実だけでも激しい内容を予想できます。でも、勝ちは勝ち。1位のジュビロを17位のジェフが2対1でくだしたのです。うれしいな\(^O^)/
第25週
◇創造的な仕事
 体育のサークル仲間と話していたり、センター研で参加した教務と話していたりすると、地域によって勤務状況、勤務条件、環境が随分違うとことを感じます。///びっくりしたのは、〜中略〜///ひどさにはいろいろな質がありますが、いずれも学校教育の管理者たる人たちの影響を感じます。仲間と話しているときは、熱くなって腹を立てていたんですが、ちょっと時間をおいて冷静になってみました。そこでボクたちの仕事、教育というのは、『創造的な仕事』だ。『創造的な仕事にはムダや間違い、ユニークな発想が必要』『そういうものを生み出すには時間的なゆとり、自由、幅広い経験、体験が必要だ』ということを思うのです。そこんところを無視したり、踏みにじられては、言うがままの“指示待ち(古い言葉ですね。死語になったかと思いました)教師”“機械の歯車教師”に成り下がってしまう可能性も出てきます。ここで、ボクたちが創造的な仕事をつづけていくために、自由の砦を守るために、必要なものがあります。それは、『自主性』と『信念』だと思うのです。自ら進んで各自の教育課題に向かって研修を進める姿勢は、何よりも強いです。そして、責任を伴うものですが、自分のやっている(やった)ことに自信をもつことです。もちろん、そのためにはそこでモノを言うだけの裏打ちができなければなりません。ある意味では、この2点をもっていれば、変な(m(_ _)m)管理者たちにいろいろ言われなくて済むと思います。
 さて、中間発表です。ボクは、研推委員長としてみなさんの取り組み姿勢(教育全般、子どもたちに対する姿勢)を誇りに思っています。ですから、31日も「私はこんな授業をやってるんですよ!」と大きな声でアピールするつもりで、ドンとかまえてやってください。指導案のことについては、細かいことも言いました。お許しください。m(_ _;)m
第26週
◇お疲れ様でした
 と、過去形で書いてしまいました。この週報をお読みになるのは、今日(31日)の午後でしょうか? 明日でしょうか? ボクは「着飾らない発表会、公開授業ができる」と思っていました。そのことは、決して悪いことではないと思うのです。今までの研究発表会や教科研の授業を見る中で、「こんな授業、毎日できるわけないな」と思うことがありました。ものすごい掲示資料や提示資料が用意してあったり、教室には何十時間とかかったであろうと思われる掲示物があったりするするからです。確かにせっかく見に来るのだから、住宅展示場のような学校(授業)でもいいのですが…。住宅展示場というのは、いろいろ使えそうなもの、いいなぁと思うものはいっぱいあるんだけれど、そのままでは住宅としての機能は果たせないものですよね。つまり、授業でも「あっ、これいいアイデアだな」「こいつはウチでも使えるぞ」なんてものがいっぱい詰まっていると、参観者としてはおみやげができたようで嬉しいです。でも、その公開授業そのものは授業としては満足できるものにはならないと思うのです。特に、その単位時間のみが“気合いが入ったいい授業”(・_・?)であっても、その前後や年間通してそういう教育活動ができていなければ、子どもたちをきちんと育てたことにはならないと思うのです。極端な話、公開授業その1時間だけ、着飾ったものをやってもダメだということです。子どもたちは、そういう教師の姿勢を読み取ります。そして、「ああ、先生、お客さんが来るからはりきってんだな」と思います。それならいいですが、「ああ、先生、いいところ見せるためにボクらをダシに使ったな」なんて思われる可能性もあります。それでは、「ええかっこしいをすること(中身はなくとも)」を良しとする教育をしていることになります。ボクは、プレゼンの中でも言う(言った)のですが、「研究へのスタンスは、目の前の子ども第一である」という点は大切にしたいのです。しかし、それは研究をおろそかにしていいと言うことではありません。毎日の教育活動を“子ども第一”にしたものにしていけば、とりたてて飾る必要はないということです。公開授業を参観した人が、「これなら、明日からでも、ウチの学級でできるや」と思ってもらえたらよいのです。///今日の発表についてどんな評価がなされるのか、あるいはボクたちがどんな評価をしていくのか、楽しみです。次回の研推で、じっくり考え、今後につなげていきます。
第27週
◇学習発表会で何を
 各クラスとも本格的な取り組みが始まったろうと思います。各担任の皆さん、ご苦労様です。それぞれの取り組み方針が決まったであろうと思われるので、時効(-_-;)ということで、ボクの昨年度の方針や取り組みの様子を紹介します。
 まず、この「学習発表会を1年生のそれまでの総括の場にしよう」と考えました。そこで、学級経営の軸になっていた“はなまる”を中心に据えることにしました。ボクの頭の中だけでそう思い、子どもたちにはいかにも自分たちで考え出し、決めたようにもっていきました。1年生には学習発表会がどんなものか分からないであろうから、どんなものか、その意義や意味を前年度の例を挙げて説明しました。そして、「1年生の自慢できることを見てもらおう」と呼びかけました。テーマや発表方法を決めるために話し合いをしました。(11/2のことでした)1年生なりにもなかなかおもしろいアイデアがたくさん出てきたことを覚えています。11/8に生活科の全研があたっていたので、それまでは話し合ったことをボクの頭の中にあたためておいて、実質的な取り組みは全研が終わってからということになりました。
 次に、「学習発表会に取り組む中で、1ステージを自分たちでつくる力をつけよう」と考えました。与えられたモノを演技するのではなく、クリエイティブな側面を感じ取らせたいと思ったのです。シナリオ作りを始めました。自分たちの生の声を届けることを大切にしたいと考え、劇の三本柱、「もりもりあそび」「もりもりしゅうかい」「トチの実」の経験したときの再現をめざしました。その時々に、どんなことをしゃべり、どんなことをやったのか、思い出させ、メモを書かせました。みんなの意見を発表してもらい、それをボクが構成してシナリオにしていきます。構成がなかなか進まず、シナリオが最後までできていない段階で練習を始めました。
 次に、「この発表を成功させるために付随して出てきた課題を乗り越えること」を考えました。「全5幕から成る劇」と「振り付けつきの歌」と、内容はたくさんありました。どちらも1年生の子どもたちにとっては、大きな大きな課題を含んだモノになりました。「集中すること」「繰り返すことの大切さを学ぶこと」「覚える方法を身につけること」この3つが取り組んでいく中で出てきた課題です。いつでも、どんな場でも“はなまる”のことを考えているだけの日が数日ありました。前日は、一日中“はなまる”をやっていました。
 最後に、「取り組みを次につなげられるモノにしよう」ということです。学習発表会が終わって、休みをはさんだ次の日、作文をしました。^取り組みの段階でがんばったこと_劇をしているときに思ったこと`劇を終えてから思ったことの3点から考えさせました。さらに、その作文を交流するときに、^今の自分たちにはどんな力があるのか_劇“はなまる”をやってきて、身につけたことは何か、考えました。
 かっこいいことを書きましたが、実際は“焦りまくり”(;^^Aでした。前々日くらいからは、開き直り、まっ、いいか。1年生だもんな。と思い始めていました。でも、子どもたちはすばらしい力を土壇場で発揮しました。ステージが終わり緞帳が下りたとき、ボクはステージのそでから子どもたちのところに駆け寄りました。10人の満足そうな顔を見て、ボクは涙が出ました。あっ、またかっこいいくだりになってしまった(>o<)
◇子どもの細かな荒れを生み出すモノ---Part1
 子どもたちのくらしを見ていると、自分との価値観のズレを感じることがあります。それは、ある意味、“荒れ”としてうつる場合もあります。ちょっとしたシリーズで、“荒れ”と感じるところを紹介します。考えてみてください。
 第1弾。「漢字のミニテストなどのプリント、紙類をどう処理するか」ということです。○をつけてもらい、手元に戻ってきたプリントや自分が練習のために使用した紙を、いとも簡単にゴミ箱に捨てる子がいます。“ゴミ箱あさり”は“宝探し”になるような気がします。ボクは、漢字や計算のミニテストにしたって、作文の下書きにしたって、しゃべるために用意したメモだって、自分の学びのための大切なモノとしたいと考えています。ミニテストをするときに、メモを書くときに、その物が自分にとって大切なモノであるという認識があれば、捨てられないと思うのです。一通りの取り組み、あるいは一年間終えたとき、区切りとして振り返り、必要ないと判断すれば捨てればいいと思うのです。それまでは場所を決めてファイルしておくという「整理の力」「誠実な心(・_・?)」をもちたいと思っています。
第28週
◇学習発表会ご苦労様です
 A先生、昨日の教科研授業、ご苦労様でした。「うーん、がんばるのは子どもたちやで」と明るく言い放たれるのですが、納得がいくようにするために妥協をせずに授業準備をしていらっしゃる真摯な姿勢は大いに学ぶべきところがありました。ありがとうございます。中間発表後、学習発表会直前、しかも道徳関係の仕事があるという時期に、本当に身を削って(さらにスリムになっちゃうよ(-_-;))取り組まれたこと、頭が下がります。
 さて、学習発表会を目前にして、どこのクラスも全神経がここに集中していることを感じます。荘川小の特色の1つでもある、「行事で子どもたちを育てる」という点から今回の取り組みも大きな意味をもっていると思います。ボクは仕事上、あちこちのクラスの練習におじゃまさせていただいたのですが、子どもたちの精一杯声を出し、表情を出そうと表現する姿にやや感動しかかっています。やや〜と言うのは、あと一歩はこの数日にさらにレベルアップが期待できるからです。また、先生たちのアイデアや熱心な指導には感動しています。子どもへの指導の言葉に熱がこもっていますし、道具、小道具には時間と労力(子どもと共に費やした部分もあるのでしょうが)を感じます。
 あと、少しの時間、今しか取り組めない学習発表会に対して、力一杯取り組んでいきましょう。
◇子どもの細かな荒れを生み出すモノ---Part2
 ボクはずうっと『靴の踵を読む』ということをしています。
 ひとつは、その踵がつぶされていないかということです。靴の踵というのは、スポーツシューズなら命です。踵がつぶれ、ヒールカウンター(踵に入っている芯材)が柔らかくなると踵が安定せずにふんばりが効かなくなります。子どもたちのスニーカーがそんなに神経をとがらすほどのものではないにしても、踵のつぶしについては考えるべきことがあります。踵をつぶして履くのは、靴が小さいからというのもあります。それは、ボクの今までの経験でもあったのですが「靴が小さくなった(もちろん足が大きくなったのです)」ということを親に言えなかったり、言っても新しい靴を買ってもらえなかったりという場合があります。これは親と連携をうまく取ることによって解決します。靴のサイズはJUST FITなんだけれど、踵をつぶして履いているというのには、2つのタイプがあると思います。1つは、かっこつけです。それがかっこいいとはボクはちっとも思わないんだけど、踵を踏んでずるずる踵を引きずって歩くのをかっこいいと思っている子(人)もいます。もう1つのタイプは(これが一番多そう)癖になってしまっているのです。めんどくさいとか、また症状が重くなると「めんどくさい」と感じもせずに自然にそう履いてしまうタイプです。意識しないと踵を踏まずに履けなくなっています。普通は、靴を履くときに踵までキッチリ履くのが自然になっています。ここには踵という靴として機能的にもデザイン的にも必要な部分を無視しているという事実に目を向けなくてはなりません。どうしても踵がない方がよければスリッパやサンダルでいいわけだし、最近はなんかそういう踵だけがない靴(?)みたいなものがありますよね。(^-^;)…ま、それはおいといて、踵を無視するということは、意図的に無視しているのではないにしても、そこまで気が届いていないということであり、それが習慣化されているということです。そういう踵踏みのタイプの子(人)に、ものの整理が苦手で忘れ物が多いということをボクは経験的に感じています。ある意味では、そういうところに気を配ることが苦手なのでしょう。これは、キチッとしたことを要求された場合に弱点になります。キチッとできないとパニックになるということもあります。そこで、靴の踵を踏まないように指導しながら、そういう細かなところにも気を回すことを面倒がらないようにしていく指導も必要になります。
 今ひとつは、その踵がどこを向いているかということです。自分の家や出かけ先で靴を脱ぐとき。前向きのまま上がっていくと、踵は自分が来た方を向いていることになります。後ろ向きに上がっていけば、踵は家の中の方を向いていることになります。靴の踵の向きを見れば、“行動パターン”が分かるというわけです。ここでも、“そこ”に気をつかっているかどうかということの表れだと思うのです。同じように、学校のくつ箱に入れるときのことも考えられます。くつの踵がどこを向いているかというよりは、そろっているかどうかということが問題になりますが、そろえられていないとすれば、そういう行動があったということで、その行動を生み出している理由をみる必要があります。「慌てていたから」というときもありましょうが、それだけではない、何かが見えてこれば、その子(大人の場合もあるかな)に対する指導の手が考えやすくなります。
 だらだらと七めんどくさく解説しましたが、一度、クラスの子どもたちの靴の踵、見てみてください。ひょっとすると何かいいことが見つかるかもしれませんヨ。
第29週
◇Broadbandの世界へ
 3週間程前、大垣に帰った際に、兄から「おもしろいものがあるぞ」と教えてもらいました。それは、Yahoo!BBというBroadbandサービスの話。電話回線と同じアナログ回線を使ったADSLという通信システムを利用した高速通信サービスです。このたび、大垣市もこのADSLが利用できる地域になったそうで、Yahoo!BBは、ただいま、無料お試しキャンペーン中だというのです。早速試してみた兄は、「いろいろ弱点もあるけど、通信は速くてインターネットの表示も速いし、利用の仕方によっては電話代もNTTを利用するより安く上がるよ。」と言いました。それでまあ、ミーハーなボクは、早速、Bikeに乗って某電気店でのYahoo!BB出張ブースへと向かったのです。そして、無料お試しキャンペーンを申し込み、専用モデムを借りて帰りました。NTTの工事が必要だったので、先週末にやっとこのADSL回線を使えるようになりました。と、速い!速い! 体感では、今までの普通のアナログ回線の十倍くらい。学校のISDN回線の八倍くらいです。例えば、インターネットで学校のホームページを出すとします。写真が3枚入っているので、今までだとタラッ、タラッという感じで表示されました。けれども、今度はタラリンポーンと表示されます。ここで1つ勉強。ADSLは既存の電話線を使うのだけれども、今まで使っていなかった周波数?の領域を使っています。その領域を新しい技術で高速通信できるようにしているというわけです。ちなみに、ADSLのサービスは@NIFTY、BIGLOBE、So-netなど各プロバイダー会社もいろいろサービスを考え競い合ってやっています。そのうちの1つがYahoo!BBです。ボクがYahoo!BBを選んだわけは、BBPhoneというシステムがセットになっていて、どこに電話をかけても3分7.5円、BBPhon契約者同士ならどんだけ話しても無料(ただ)!というのに感無量(*^^*)だったからです。まだまだ勉強不足でこのサービスを生かしきっていませんが、これからぼちぼち勉強してBroadbandの世界を楽しもうと思います。あっ、荘川、清見辺りではまだこのADSLのサービスはありません。あしからず。_(._.)_あっ、それから光通信システムや、ケーブルテレビシステムを利用した通信システムもどえらい勢いで開発が進んでいます。こっちも高速通信としてはかなり優れています。ただ、光通信はめっちゃ速いのですが、施設工事費など高額です。何を選ぶのか、通信サービスもユーザーが選ぶ時代です。
◇子どもの細かな荒れを生み出すモノ---Part3
 ごしごし…鉛筆を使う限り、切っても切れない関係なのが消しゴム。そして、どうしても出てくるのが消しカス(消しゴムのカス)です。教室で子どもたちが鉛筆を使っている限り、教室と消しカスの関係はずうっと続きます。そこで、今回は両者のよりよい関係を求めてみましょう。消しゴムのかすをどこへ?…一度黙って子どもたちの様子を観察してみてください。消した直後、消しカスは机の上にありますよね。ところが、数秒後に“ハンドワイパー”が机の上をスッキリするというお役目を果たしに来て、床にふっとぶ!ということもありましょう。また“消しカス収集ブル”が机の1か所に集め消しカスの山を作りに来るかもしれません。ここまではよいのですが、さあ、授業が終わったぞというとき、“収集ブル”が“ハンドワイパー”になることもあります。場合によってはそのまま忘れられ、教科書やノートなどいろんなもののジャブを受けて消しカスの山は崩れ、やがては床へという運命をたどります。床にきれいなパウダーでも落ちたのならまだ奥ゆかしいのですが…さて、行動の観察ができたら、行動の理由を尋ねてみてください。かつて、ボクが聞いたときには「どうせ掃除するんだから床に落としてもいいでしょ」と言う子がいました。「ゴミ箱まで持っていくのは面倒だ」と言う子もいました。ここにその子の考え方なり、生き方の凝縮されたもの(大袈裟だけれど)を感じます。“ちりも積もれば山となる”じゃないですが、こういう“消しカスに対する姿勢”がいろんなところで別の行動に表れます。それが集積されるとちょっと困ったことが起きてくるような気がします。
第30週
◇知らなかった世界…Part1 『粋犬会ML』
 ちょっと前からジェフ市原のサポートに力を入れています。と言ってもなかなかスタジアムに足を運べないものだから、自分のホームページを拡張したり、他のサポーターとのリンクをはかったりというものです。先日、『粋犬会』というサポータークラブに入会しました。構成メンバーは80人弱の若い人たち(20代)のクラブです。ここに足をつっこんだら『知らなかった世界』が見えてきました。Jリーグ1観客動員数が少ない(T_T)ジェフ市原にも熱狂的なサポーターがいるもんだということです。ボクはスタジアムではゴール裏に行くことにしているので、そういう人たちがよく集まっていて、まったくすごいなぁと感心してはいたんですが…『歩きんぐ』と言ってみんなで集まってスタジアム最寄りの駅からスタジアムまでを歩いてアピールしようというモノ。選手たちへの『千羽鶴折り作戦』。新スタジアム建設計画への『アンケート及び署名活動』など。地道な活動もしています。千葉近隣に住んでいる人たちが多いのですが、京都であるJリーグ最終戦の対京都戦は、『遠征隊』を組んで前日から出かけるようです。こういう活動に関する情報が分かるようになったのは、この『粋犬会』のML(メーリングリスト)に参加するようになったからです。MLは電子メールやりとりシステムですが、1日に3〜10のメールが届きます。そこに、前述の活動に対する参加呼びかけがあったり、参加意志の表明があったり、試合結果についての一言感想があったり…します。このMLの世界も知らなかった世界です。・・・あ、そうそうここんところ好調になったジェフ市原は、現在7位です。最終戦に勝つと6位です。6位は一応入賞ということで、賞金も出るそうなので、フロントや経営陣が弱小なチームにとっては何が何でもイッちゃってほしいと切に願っています。京都は大垣からなら1時間ちょいで行けるのですが、残念なことに岐大の公開講座に行く予定を立てていました。気もそぞろですが『粋犬会』メンバーと『ハレルヤ』(別のサポータークラブ)のメンバー、すべてのジェフ市原サポーターに願いを託します。
◇子どもの細かな荒れを生み出すモノ---Part3
 『合理主義』というのは、資本主義社会において有効な手だてになりました。むだなくものごとがよく進むので、とてもありがたい一面をもっています。けれども、ボクは教育の中には合理主義がそぐわない部分が多々あるように感じてなりません。社会の中での合理主義は、それなりに不合理な部分をずうっとくぐってきたわけで、ある意味、“痛みを伴った合理主義の出産”だと言えると思うのです。教育の現場、とりわけ子どもたちの指導においては、そのような歴史を体験させる時間的な余裕がありません。そこで合理的なことをしようとすれば、どこかでひずみが生まれてくると考えるのです。ところで、問題の所在は『子どもたちがこの合理主義社会に既にいる』ということにあります。ボクたちは、子どもたちに合理主義を教えながらもそこに至る重要な過程を体験的に学ばせなければいけません。ちょっとわけのわからん抽象論(・_・?)になったので、具体的な子どもの姿で考えみましょう。合理主義の世界にどっぷりとつかった子どもたちは^すぐに結果を求めたがります。_途中をショートカットしたがります。`面倒なことを避けたがります。(いずれもよく似たことかm(_ _)m)例えば、学級で学習発表会のテーマを決めるとします。最初、いろいろな意見が出てくるでしょう。そこで、練り合うことがポイントなのに、「じゃ多数決をとります」となることがありませんか? ここでは、まだ多数決をとっていけないと思うのです。もちろん、議題にもよりますが…。教師が(事前指導で子どもの司会がやることは可能)視点を与えながら、「なぜ、いいのか」「なぜ、ダメなのか」お互いの意見を闘わすところにこそ話し合う意味があります。こういうことの他、生活の場面では、何かを壊してしまったときに「弁償すればいいでしょ。いくら?」となるのも根幹はよく似ています。マラソン大会でもそうです。結果がよければそれで良しとされていってはいけないと思います。こういう不完全な合理主義の考え方によって失われていくことがあると思うのです。
 今回は、ちょっと時間がなくて何を書いているのかわけ分からない状態です。次回、補足します。
第31週
◇知らなかった世界…Part2  『オークション』
インターネット上には犯罪をも引き起こす危険性をはらんだ商売があります。そういうことをマスメディアのいろいろな報道で知っていました。それで、ボクは今まで身元のハッキリしている会社からの買い物しかしたことがありませんでした。
 が・・・。先月、宝塚歌劇のチケットを正規のルートで買おうとしたのですが、トップスターの香寿たつきさんが退団する最後の公演ということもあって手に入れられませんでした。けれども、娘がどうしても見たいというものですから、“親ばか”なボクは、インターネットのオークションへと手を伸ばしたのです。以前、村教委のSさんから「オークションっておもしろいっすよ」と聞いていたのですが、個人売買というのは相手が全く見えない(と思いこんでいたのですが)ので、見ようともしなかったのです。しかし、いろんなオークションのサイトをまわり、おもしろそうだなと思いました。
 そこで、今回手に入れたいと思っていたチケットが一番たくさん提示されていたYahoo!オークションに行きました。ゲストとして商品をまずながめました。「いいな」と思える商品がけっこうあります。また、出品者による商品の解説がきちんとしてあったり、落札者による出品者の評価が掲載されていたりしたので「案外、信頼できるのかな」という気になりました。オークションを運営するための資金はメンバーが払うことになっていたので、300円ほど払い、メンバー登録しました。早速、入札です。最初はかけひきが分からなかったために、失敗(>_<)。もう落札は決まったかなと安心していたら、締め切り直前にちょっとだけボクの入札価格より上げてその人に落札していたのです。そこで、次は〆切日だけでなく〆切の時間までぎりぎりの入札を試みました。最初は安く入札しておいて様子を見ました。なかなか他の入札者がありません。が、やはり直前に入札してくる人がいました。〆切まで1分をきった時でした。慌てました。でも、〆切直前の入札が入ると〆切が10分延長されるようです。よし、今度はそうはさせまいと、ボクも即、入札しました。その後、また10分〆切延長になりましたが、もう1人の入札者がそれ以降入札してこなかったので、ボクに落札されました。ホッとしました。そして、「どうしてもそれがほしい」という人とのやりとりになると、これがどんどんエスカレートして、値が高騰していくんだろうなと思いました。
 後の具体的な売買については………3枚のチケットを手に入れるために2人の人から買ったのですが、2人とも迅速かつ丁寧な対応で、メール連絡、チケット送付していただけました。ボクも誠実な対応が必要と思い、お礼のメールを送ったり、送金をすぐに行いました。後に、Yahoo!オークションのHP上で評価し合うのですが、ぼくは2人ともに「非常に良い」としました。また、お2人からボクの評価も「非常に良い」としてもらいました。なお、事務的な連絡(「今、あなたが最高額入札者です。」とか「落札者が決まりました」とか)はすべてYahoo!オークションがやってくれます。メールを頻繁にチェックしていれば即時情報が入ります。
 ということで、おもしろい世界を知ることができました。
◇子どもの細かな荒れを生み出すモノ---Part3の補足
 前回は、簡単に言うと「合理主義の考え方によって大切なものを失う場合がある」ということを書きました。そうならないために小学校の教育現場で気をつけることを考えてみましょう。学習発表会のテーマを決めるときのことをもう少し考えてみます。まず、このテーマを話し合うかどうかということがあります。誰か(教師であることが多いのですが)が決めたことで「これでいいですね」「これやよ」としてしまったら、子どもたちはそこを考える段階をとばしたことになります。次にシナリオ作り。これも「シナリオってこうやってつくるのかぁ」ということを体験させたいです。言いたいことが1人ひとり違うからそこで、意見のせめぎ合いが出てきます。それを何が必要かテーマに即して考えたり、発表の場を頭に入れて考えたりしてしぼっていきます。そういう過程で子どもたちは多くのことを学びます。役決め、練習…然りです。1年生から6年生まで発達段階がちがいますから、例えば1年生では子どもたちの意見を引き出す教師の手が必要でしょう。けれども、学年が上がるにつれ、その手を入れる度合いを減らしていかねばなりません。子どもは教師に踊らされるものではなく、自らの内発的動機をもとに動くことが大切だからです。もちろん、いずれの学年においても方向性は必要です。それを示すのは、児童会であり、それを指導する教師ということになります。ただ、教育が進んでいけば子どもたちが方向性をきちんと出すことができるようになります。このあたりをくぐって(経験して)おかないと、中学校、あるいはそれ以降、誰も決めてくれない状況が生まれたときに判断がうまくできない場合が出てきます。小学校段階で中学校や高校の荒れの芽をつくっているとすれば、そういう部分であろうと思います。荘川の子どもたちにもわずかながらもそういう芽があるのではないかと考えます。それは、学校でだけでなくいろんな背景が原因だと思うのですが…。自分で考え、いろいろな意見をもとに総合的にきちんと判断する力を養っておくことが、合理主義の世の中で真理を得ていく子どもたちを育てるために必要だと思います。
 補足のつもりがまたまた訳が分からなくなってしまいました<(_ _)>
第32週
◇知らなかった世界…Part3  『縞々学』
「縞々学」ってご存じでしたか? 最近のimidasには、ちゃんと掲載されているそうです。11/30・12/1・12/7・12/8の4日間ボクは、岐大の公開講座に出てきました。「理科教育特別研究」という題目の講座だったのですが、「理科の教材研究になればいいかな」「実験ってわりと好きだから楽しそうかな」という軽い気持ちで出かけました。講師は川上紳一という岐大の助教授ですが、学校の図書館にも入っている『宇宙・地球・いのち』(だったかな?)という全5巻の本の監修者で、この道ではけっこう新進の(まだ若い!40代前半かな?)権威者らしいです。『宇宙・地球・いのち』は6年生の化石の調べ学習にも利用したので、「おおっ、この先生の話を聞くんか」とちょっぴりワクワクしていました。
 4日間は、朝9時から夕方4時半過ぎまでみっちりありましたが、7割ぐらいはおもしろいと感じられました。「縞々学」というのは、地層がしましまだからきているようで、笑ってしまいましたが、そういう地層や岩石などから地球、宇宙のことを考えていく学問です。地学とか天文学とか生物学(中でも進化など)を総合的にみている学問とでも言いましょうか。理科に関する基礎知識の乏しいボクにとってつらい時間帯もあって、睡魔に襲われることも度々ありました。けれども、「Web教材」と言ってインターネット上においてある小学校や中学校、高校用の資料を見ていくのはけっこう楽しめました。荘川の御手洗地区は「化石が取れる所」として出てきていました。また、「高山盆地は盆地ではない」とか「金華山は火山か?」など興味をひく話題も写真や地図、図入りで解説してあって雑学(なんて言うと叱られそうですが)としてもっているといいなと思うこともたくさん見つかりました。
 「中学校で使えるよ」という望遠鏡も自作してきました。この望遠鏡、月や金星もしっかり見えるモノで、その昔、ガリレオが天体の観測をした望遠鏡と同等のモノだそうです。6年生の子に見せてあげたら喜んで真っ白な風景を見ていました。教材費2000円(-_-;)のおもちゃです。ボクの机上にあるので、見たい方はご自由にどうぞ。
◇子どもの細かな荒れを生み出すモノ---Part4
 このコーナー。「なんか、管理的だな」って思いながら書いています。
 以前の『靴の踵を読む』というのに似ているのですが、『子どもが去った後の教室から読む』ということについて。机の様子、ロッカーの様子、窓(夏場)、カーテン…まあ、いろいろなことを見ることができるのですが、今日は、(-,-;)『電気』のこと。電気代がどうこう言うつもりはありません。教室を出るときに電気を消してきているかどうかということで、退出時の気の配り方が見えます。ひょっとすると学級によっては係がつくってあるかもしれません。が、急いで教室を飛び出しているとか、ぼうっとしていて無意識に教室から出ているとか、いろいろな理由が考えられますが、そこに目が向くくらしをしていないことの表れでもあります。それは、「やりっぱなし」とか「途中で投げ出す」とかいう生活にも結びつきます。「電気の消し忘れ」という事実を言うと、説教くさいし管理的なんだけど、その事実を生み出している心を考えてみることは大切だと思います。
◇もうじき…
 冬休み(^o^)です。行動予定表が配られましたね。どんな予定がありますか?短い休みですし、年末年始という時期を含んでいて、忙しい思いをされる予定?の方もいらっしゃると思います。が、学校のことを忘れて思いっきり楽しんでください。ボクもしばらくの間、避暑じゃなかった『避寒』(φ(.. ) “ひかん”と打ったらちゃんとこの字が出た)して、ぶらぶらしようかなと思っています。…(-,-;)おおっ、その前にやることやりますか。ネッ。
第33週
◇実は何か?
 よく「秋は充実の時期」とか「実りの秋」とか言います。学校も授業日数83日という3つの学期の中で最も長い期間で、行事が多く組まれます。そういう点から考えても、子どもたちにうんと力をつけてやれるときでもあったわけです。先生たちにおかれては、対外的な行事、発表、学校訪問なども過密スケジュールの中でこなしていただき、本当におつかれさまでした。その時々に先生方もまた力をつけていただけたことと確信しております。人によっては大きな負担がかかり、心労が大きくなってしまった時期もあったかと思います。十分な支援ができずに申し訳ありませんでした。今年度の反省は必ずや3学期以降、善処させていただくつもりでいます。
 さて、2学期、子どもたちが学校に来る日も少なくなってきました。もう、始められている学級もあるかもしれませんが、『2学期のまとめ』をしていきましょう。教師から見た評価として「きみたちはこんなことができるようになったよ」「きみたちのこんな点が成長した点だよ」と話すことと、子どもたち自身が「ぼくたちは4月(8月)からこんな面がよくなってきた」「私たちはこんなことをつくりあげてきた」と仲間どうしで認め合うことの両方が必要だと思います。いわば『私たちの成果』というものを確かめることによって、自分たちの自信をもつことになります。それは、冬休み、3学期への展望や希望につながります。また、一方で、課題についても明らかにしておくとよいと思います。教師サイドからは、4月に作った『学級経営案』に照らして今の学級の様子は順調な成長を遂げているのかどうか確かめてみましょう。不十分な点は、どんな指導をうっていったら改善・発展できるのか考えてみましょう。子どもサイドでは、学級、あるいは学校での問題点を浮かび上がらせるよう、じっくり足下を見つめられるとよいです。学級においては、みんなの願いの結集されたモノである『学級目標』が1つの指標となります。自分たちはそんなクラスになってきているのか今一度、考えられるとよいでしょう。
◇子どもの細かな荒れを生み出すモノ---Part5
 最近、減ってきましたが、一時期、放送している子や前で話す子を茶化すことが目立ちました。委員会の仕事をしているのに、そばで笑わせるというのは大きな問題だと感じていました。その場で、ボクも含めて何人かの先生が指導をしてくださったおかげで、改善されつつあります。なぜ、こういうことが起きてきたのか考えてみます。ボクたち(とみんなをからげて言うと語弊があるかもしれませんが)は、楽しいこと、おもしろいことに流されることがあります。ここで、真剣にやろうとしている人を茶化すというのは、まじめな顔をしている者がくずれふにゃふにゃとしていくおもしろさを味わうためのような気がします。まじめな雰囲気は硬いです。ふにゃふにゃとしたふざけた雰囲気は柔らかいです。柔らかい雰囲気の方が気楽なのでしょう。おふざけや茶化しにはそれなりの道理があるようです。けれども、そこで考えなければいけないのは、適度な緊張感ある雰囲気は必要だということと、真剣にやること・まじめな態度に対する正当な評価は必要だということです。ここを崩すと「まじめはかっこわるい」「真剣にやったって…」という雰囲気ができてしまいます。スポーツでも、真剣にプレーしているのに、お笑いをひくためのプレーをする仲間がいたら腹が立ちます。それが正常なのです。しかし、「お、それおもしろいな」と一緒になって笑い、自分も何かおかしなことをして笑いをとろうなんて考え出したら、そのスポーツ本来の楽しみはできなくなります。ある意味では、楽しさの質をはきちがえているとでも言いましょうか。放送すること、前で話すことに戻って考えると、そこで真剣に話したり、きちんと話したりできた時の楽しさ、喜びを感じ取れるようにしたいです。また、うまく話せた人に対して「かっこいいな」と評価できるようにしたいです。今、大縄跳びの後の6年生の話は本当にすばらしいなと感心しています。下学年の子どもたちも「あんなふうにしゃべれたらいいな」と憧れをもっているでしょう。そんな正統な流れをさらにいろんな場でつくっていきましょう。………そう、「あんなふうになりたい」と思っていてもなれない自分があると、ドロップアウトしていくということもあります。そこは、また別の機会に考えていきましょう。
◇とりあえずあとチョット
 学期末の仕事を終えてしまってから三連休を迎えても、先に三連休を楽しんでも、まあ、どっちでもいいんですが、“プレ冬休み”として、よく休み、よく遊んでください。この3日、ぽかんとすることで、最後の3日、何かいいアイデアが浮かぶかもしれません。“サンタの準備”しなきゃいけない人もいるかな?
第34週
◇全日本選手権(天皇杯)
 サッカーの日本一を決める大会が全日本選手権(天皇杯)です。最近はJリーグの発展によって影の薄い大会ですが、昔からサッカーファンにとっては元旦の決勝戦は楽しみなのです。で、今大会。ベスト4まで決まりました。J2降格が決まったサンフレッチェ広島、鹿島アントラーズ、京都パープルサンガ、そして我がジェフ市原。ジェフ市原はJリーグの覇者ジュビロ磐田を昨日破りました。せっかくジェフが勝ったのに、話題はドイツ、ハンブルガーSVに移籍する高原のことだったりして、ファンとしてはブーイングを飛ばしたいのですが…それはおいといて。準決勝は28日、大阪であります。ということで、ボクの冬休みの予定が1つ増えました。ここまできたら何が何でも鹿島に勝って、元旦を国立競技場で迎えたいものです。
 「新年あけましたよ」号なので、『トリコロール』はお休みの予定だったのですが、昨日の勝利が嬉しくて書いてしまいました。
 それでは、皆さん。よいお年をお迎えくださいませ。
第35週
◇冬休み
 リフレッシュできましたか? ボクはのんびりしました。でも、年明けてからはちょっとしたことで病院に数回行くことになり、ちょっと大変でした。健康第一です。今年も健康に気をつけてぼちぼちいきましょう。
◇気にとめておいてほしいこと
 次の2点を年末に思ったので、気にとめておいてください。1点目は、『評価』についてです。授業内容の関係で、1学期、2学期に評価しなかった観点があると思います。(図工の鑑賞や体育の保健など)その観点別の学習内容を3学期に実施して評価できるようにしてください。2点目は『学級会計』についてです。必要なものを必要な分ご購入いただいていると思いますが、残金(3学期への繰越金)がたくさんあったら、教材として今学期中に子どもたちに生かされるものをご購入ください。
第36週
◇署名ありがとうございました
 我がジェフユナイテッド市原はホームタウンの広域化をめざしています。そこで、千葉市が蘇我地区というところに球技専用の新スタジアムの建設計画を立てました。しかし“お役所仕事”っていうのはそういうモンなんですが、サッカーファンやスポーツ観戦者の気持ちを汲んだものにはなっていないんです。巨額の費用を投じるわけですから、計画の段階でよりよいものにしておかなければ、できちゃってから「ここはいかんから直して」なんて言ってもなかなか難しいわけです。そこで、ボクの属する「粋犬会」や「ハレルヤ」(ともにジェフのサポータークラブ)、「千葉市のスポーツを考える会」などが中心になって、よりよいスタジアムを提案すべく署名活動をしているわけです。これが大きな力になるかどうか分かりません(巨大な財界・政界を相手にしているのですから)が、とにかく市原市民、千葉市民だけでなく多くのスポーツファンが関心をもち、よりよいスタジアムに期待をしていることを伝えられ、少しでも改善されたらよいと考えています。全く遠くの荘川のみなさんに協力をお願いしたのにもわけがあったのです。ありがとうございました。
◇保健学習について−Part-1『なぜ、保健が登場したのか』
 3学期は、3年生以上の体育の授業に「保健」領域を学習していくことになります。(荘川小ではそうなりましたが、学校によって時期は異なります)この保健学習についてちょっとだけシリーズ化してみます。
 保健領域の学習は、今の学習指導要領になって、3年生からの履修が義務づけられました。1つ前の学習指導要領では5・6年生だけでした。そこには、どんな事情があったのでしょう?
 どちらかと言えば世の中(子ども)の実態や要望に合わせるためにそうなったと言えます。子どもたちは、ちょっと前の時代に比べれば、情報が多い時代に生きるようになりました。食べ物の栄養もタップリ摂れる時代に生きるようになりました。その結果、かつてに比べ、“からだ”も“心”も早熟になりました。荘川でも低学年の子どもが「ぼくの好きな子は○○さん」と言ったり、ラブレターを書いたりする姿を見かけますよね。また、女の子では初経を迎えるときは確実に低年齢化しています。早い子は、3年生、4年生です。このような子どもの実態があります。
 一方では、世の中の情報は無差別で大量に入るようになってきています。テレビや雑誌などのメディアは都会も田舎もない状況をつくっています。最近ではインターネットや携帯電話などもその一助を担っています。とりわけ、性情報に関するものは間違ったものや商品化目的のものが大量にはびこっている状態です。子どもたちはそういう情報過多の中におぼれているのです。さらに、最近では親のくらしが子どもたちのくらしに直結することが多くなりました。ある意味では親と子どもの距離が近くなっていいことなんだけれども、親の“チルドレン化”子どもの“アダルト化”につながっているような気がします。「クレ○ンしんちゃん」なんてその最たるものです。
 大人と子どもでは判断力が違います。それは、経験的なものでもあるし、学習環境の有無によっても違ってきます。1つのトレンディードラマを考えてみましょう。親と子どもが一緒にこの番組を親子としての会話なく観ていたら、それぞれの今まで身につけた判断力で情報を処理していきます。テレビドラマにはその人物の一端しか表せないという性質を大人は知っています。また、「自分のもっている現実とは違う」ということも知っています。しかし、子どもはそのあたりがどうもあやふやです。また、大人はテレビドラマの中のような世界に憧れながらも、自分がそういう行動に移すことについては十分な思慮分別のフィルターを通してからということになります。子どもたちには“ゆめ”やドラマの中のことが現実とかなりダブっています。ですから、小学校1年生の子どもが男女で「うっふ〜ん」「あ〜ん。いや〜ん」「愛してるよ〜」なんて会話を交わすこともあるわけです。((@_@)去年実際にありました)このように“心”の一部は“アダルト化”しています。“からだ”も早熟によりいわば“アダルト化”が早くなりました。けれども、判断力や自己決定力などの学習は進んでいません。ということで、子どもたちは随分アンバランスな“心”の状態になっているわけです。そして、やはりそこがモトになっていろんな問題行動を示すようになります。
 それではこんな状況にある子どもたちを救うのは…ということで、その救い手の1つに学校の保健があてられることになったのです。もちろん、家庭や地域や世の中全般(つまりそれは大人社会のこと)にメスを入れていく必要もあるのですが、一番の被害を被っている子どもたちに直結する場所ということで、学校に来たんですね。
第37週
◇続:署名ありがとうございました
 皆さんにいただいた署名をとりまとめの人に送りました。先日、千葉市当局との懇談会があったのですが、その時に署名をもって「改善策」を提案されたようです。署名は予定の20,000人分がなんとか集まったとのこと。当局も「オーロラビジョンは予算的に無理」としながらもその他の3点については、見直しを約束してくれました。ただ、ネット上でのみんなの意見は「ある一定の評価はするものの、“見直し”は“計画変更”ではないので、今後も運動を続けていく必要がある」というのが多いです。・・・この前、高山北小に出張したんですが、国語を見に行かなきゃいけないと思いつつ、知らないうちに6年生のあるクラスの教室に入っていました。社会で「高山ビッグアリーナができるまで」という勉強をしていました。市の担当者が授業を見守る中、「その担当者が50回以上も市民の声を聞く懇談を行っているのはなぜか」資料をもとに考えていました。千葉のスタジアム建設とダブったらしく、ボクの頭は「ここに行け」と指示を出したみたいです。(>o<)あっ、そんでもちゃんと体育の授業を、じゃなかった、国語の授業もみて分科会まで参加してきました。そのうち(忘れなかったら)出張報告します。
◇保健学習について−Part-2「喫煙について知ること」
 喫煙者にとって嫌みな話ですがm(_ _;)mいろいろな保健学習のテーマを順に考えていく中の1つということで…
 喫煙によるメリットもデメリットも学校教育の中できちんと教える必要があるということが、今回の主張です。子どもたちはそういう情報をきちんと得た後、自己選択すればよいのです。もちろん、その際の判断力、自己決定力(これらの力は今後の保健学習の話題にも出てきます)は、いろんな場で養われておく必要があります。今の中学生、高校生たちは、いやもっと言えば若い親たちは、そういう情報をきちんと学んできていないことが多いです。だいたい、ボクたちも学校で勉強した覚えはありません。ということは、情報がないものだから、病院、ひどい場合は産婦人科なんかでも喫煙する女性が出てくるのです。「知は力なり」って大昔の誰かが言いましたが、「知らないことで自分や生まれくる自分の子どもを傷つけること」が分からないのです。もし、分かっているのに、そのとき、そこでの喫煙を選択しているのなら、その人の道徳というか、人間性というか、を疑ってしまいます。それは、妊娠中のパートナーのそばでプカーとやる男性にも同じことが言えます。いわゆる“受動喫煙”というヤツで、喫煙しない女性パートナーにも“副流煙”による害は確実に受けます。(喫煙しない人たちみんなもだけど)/ボクの母が肺ガンの手術をした時、ボクも母の肺を見せてもらいましたが、幾分黒いものがついていました。それは…ボクの母は喫煙習慣のない人でしたが、ボクの父は喫煙習慣のある人でした。その影響だと説明を聞きました。/だから、6年生の内容に位置づけられていることはキチッとやっておきたいものです。喫煙習慣のある人は、比較的若い頃から習慣のある人が多いです。最近では、問題行動の一部としての喫煙は小学校の問題になってきています。
第38週
◇学年のゴールは次の学年へのステップ
 「内政干渉」かもしれませんが、今年度の残り少なくなった日々をこんな意識で学級経営していただけたらと思い、書きます。担任ではない立場からみているので、あてはまらないこともあるかもしれませんが、お許しください。_(._.)_
 今年度子どもたちの様子をみていて、ふり返る1つの視点は『自治能力』『自己教育力』『自己決定力』だと思っています。『自分(たち)の、自分(たち)による、自分(たち)のための生活』をつくる力がどれくらい身についたか、以下を参考にして最後のご指導をお願いします。 全学年に対して…言葉の端々に出していらっしゃることかもしれませんが、「もうじき、次の学年になるんだ」という意識を子どもたちにもたせましょう。そのことによって残りの日々がひきしまってくるはずです。次に各学年について子どもの姿での確かめポイントを書いてみます。基本的には下学年に書いてある事項は、上学年ではできているものと考えていますが、ふり返りの材料としてみてみるとよいと思います。
1年生&2年生
 とにかく、小学校で必要な基本的な学習・生活習慣が身についてきたかどうかがポイントです。もちろん、低学年の間にすっきり身についてしまうとは思いませんが、がんばりどこです。ここを徹底できれば、それ以降、学習内容に本腰を入れることが可能だということです。逆に言うと、ここができていないと高学年になっても、「ほら、ふでばこ出して」「はい、返事は?」「あらっまだあいさつしてないの?」「今って朝の会の時間だよね」「なんでボクが電気消して回らないかんの」なんてことになってしまいます。
 具体的には…。授業前に学習用具の準備ができていますか。教室の椅子にきちんとすわって落ち着いて授業に参加していますか。指名されたら「はい」と返事ができますか。単語発言でなく「ぼくは○○と思います。」「私は○○です。」と語尾まで話せますか。 集団生活上必要な役割、係や日直の仕事は確実にできるようになりましたか。たとえば、教室を離れるときは電気を消す係は忘れずにやっていますか。授業の後には黒板を消す係は忘れずにやっていますか。花や生き物の世話をする係は忘れずにやっていますか。
2年生
 集団的な活動ができるようになったでしょうか。朝の会、帰りの会が日直を中心にして整然と進んでいるでしょうか。小学校における集団的なルールが位置付いてくる時期です。荘川においては単級なので、ここでできたルールが高学年まで引き継がれていく可能性が高いです。弱肉強食ではなく、正しいことが認められる民主的な“世の中”が学級につくられていくとよいと思います。
3年生
 “ギャングエイジ”と呼ばれる時代のパワーを十分発揮していますか。この学齢期は、はちゃめちゃもやりますが、学習や生活の知恵におけるいろんな力を表現しやすいときです。学級への凝集度は高まってきたでしょうか。個性がある1人ひとりの子どもたちが、1つの目標に向かって動き出したとき、ものすごい力になるのだということを体感できるのもこの時期です。また、「3か月、3歳、3年生」という発達の節があります。そこでは“9歳の壁”と言われる精神発達の節をうまくくぐらせることが高学年での伸びにつなげられると考えられます。思いついたアイデアを提案し、みんなで練り、1つのものに仕上げていく、そんなことができるような取り組みを。
4年生
 先の「3か月、3歳、3年生」という発達の節からすると、4年生は、「3年生の節」を乗り越えたかどうかが“窓”になります。「2分の1成人」と言われる10才という年齢は、ちょっぴり思春期のにおいを感じ取り始めているはずです。「はずかしさ」とか「周囲の目」とかを獲得していく頃です。まるっきりのおふざけや自己中心的なお笑いに対して、冷めた目で見る子(時)はありませんか。しらけているように見えますが、その子(時)には、客観的なものの見方が育ってきているのです。そのことを認め、位置づけていきましょう。一皮むけた頼りがいのある高学年へのステップです。
5年生
 特に、3学期について…高学年としての立場を理解した行動ができるようになったでしょうか。各自が自分の中に判断基準をもち、自立的な行動ができるようになってきていますか。6年生になれば、全校のことをみていくことになります。学級内のことは今年度中に固めておくことが1つのカギになります。そういう意味では、2/5の話し合いは、すばやい対応で見事でした。この話し合いのなかみがほんものであれば、生活目標として自らかかげた「協力をする」ということは『6年生を送る会』をクラスのみんなと各学年の代表委員で創りあげていくという活動によって昇華されると思います。判断基準を子どもたち自身がもち、自ら考え、行動していけば、“吉”です。
6年生
 荘川の子は“純粋培養”だなんて言われ、中卒後の動向に社会の目が向いているような気がします。小学校卒業を迎えようとしている今、中卒後にまで生かされていく何かが育まれているでしょうか。6年生という集団は、過去にどんなことをくぐってきたかはよく分かりませんが、今はとてもよくまとまった集団に見えます。中に“反抗分子”“異分子”があっても集団として修正していく力があります。ただ、その修正過程において納得してそうしていくことがホンモノになるために必要だと思われます。その過程を子どもたち自身に認識させて通れば、中卒後の判断基準の礎になるのではないかと考えています。(現実はそんなに甘くないかもしれませんが)

◇カービングとは(改めて知ったこと)(^-^;)
 今のスキー板はカービングスキーが主流です。ボクは「カーブ」しやすいから「カービング」なのかと思っていました。が、体育仲間から「曲げる、カーブさせる」という意味の「curve」ではなくて「carve」なのだと教えてもらいました。「carve」は「切り分ける、刻む、切り開く」という意味です。すいすい曲がるというより、雪面を切るように滑るのがカービングなのだそうです。
第39週
◇気持ちを表す方法
 6年生を送る会まで、あと17授業日(13日現在)になりました。スキー学習発表会が終わると、とりあえず落ち着いた期間を迎えられるはずです。26日の授業研はありますが…。そこで、もう一度、「リーダーシップと集団の凝集」について考えてみます。なぜ、先週に続いてこうクドクド書いているかというと来年度、さらに学校をよくするための緊急課題という意識がボクにはあるからです。
 「StayDream」では、5年生の子どもたちが低学年の子のことを“自分に入れる”こころの価値づけ、認めがなされていました。この気持ちがもてたら、それをどう形に表していくかという段階に入れます。
 6年生の子どもたちは10人という小集団ながら、なかなかなリーダーシップを発揮してきました。
 こういう状況を頭に入れながらも、「さらに」という思いがあります。例えば全校のみんなが集まる場を考えてみましょう。朝の運動、縦割り遊び、集会、スキー教室…。そこで、前に立ち、指示を出す子どもがどう動いているでしょう。まず、自分が担当だという認識があれば、前に立つでしょう。指示は自分の判断で出せているでしょうか。先生や周りの友だちに言われる前にできていればよいです。次に、出した指示にみんなを従わせることができているでしょうか。「並んで」と指示を出したのなら、みんなが並んでいなければいけません。並んでいない子がいたら、並ぶようにさらなる働きかけをしなくてはいけません。ボクはここんところが特に弱いような気がしています。全体に向かって言うけれど、そうなっていない個人に対しての働きかけがないということです。これは、そういう教師の指導ができていないのではないかと考えてみる必要があります。並ばずに遊んでいる子がいたらその子のそばに行って声をかけるとか、言うだけでは聞かなければ、手をもって連れてきてやるだとか、そういう方法を教えなければいけません。「並んで」と全体に言ってから何秒後に並ぶことを完了させられるか、それはその子のリーダーシップの力とも言えます。さらに言えば、教師が子どもたちに身につけさせたリーダーシップの力です。
 昨日、縦割り班で計画会をしていました。6年生が見守る中、引き継ぎのため5年生が前に立って進めています。その気持ちはたいへんよいと思います。が、いかんせん経験不足のため、話し方が雑だったり、決まったことを確かめなかったり、友だちの発言に対して「てめぇが〜」と言ったり…場が荒れた感じになってしまいがちでした。そこで、話し合いの進め方のポイントポイントで指導を入れました。本当はあの子たちがみんなの前に立つ前に指導しておけば、彼らも自信をつけられるのでしょうが…。
 集団を育てるというのは、こういう縦割りの活動ならリーダーを育てることでもあります。低学年の集団意識が弱いというのは発達から考えればいたしかたないことです。でも、それをそのまま甘やかしていたのでは低学年段階からの集団意識は育ちません。やさしいお兄さんやお姉さんだけど、きちんとすべきところでは厳しいのだということ、きちんとすべきときがあるのだということを教えられるよう、高学年を育てたいものです。
 そこで、6年生を送る会です。児童会が“らしさ”を発揮する場でもあります。6年生は“お客さん”という立場ではなく、よきアドバイザーになれるとよいです。実際、送られる側が企画・運営に関わってはいけないでしょうが…。5年生は事実上のリーダーとなります。組織をきちんとつくり、機能的に行事づくりを進めれば、素晴らしい力を得るでしょう。ここでの活動の成否が来年度の最高学年への信頼度を占うことにもなります。(w(゜O゜)wおそろし〜)4年生以下の学年では、大いに5年生を盛り上げていきましょう。
 また、長々と書いてしまいました。でも、「今がチャンスだから」なのです。
◇保健学習について−Part-3「性器はタブーか」
 性教育が学校に位置付き、教科書に位置付いたのに、未だに「おちんちん」が絵や言葉で登場すると「うわぁー」「きゃあ」となったり、にやにやしたり…という状況があります。「なぜ、おちんちんはそういうふうに受けとめられるものになってしまったのでしょうか?」男性器(ペニス)は、性交のために使われるだけでなく、排尿をするという生理的に大切な役割ももっています。性交だって子どもに語る部分ならそれは生命を生み出す大事な営みとしてとらえられるはずです。どこで「うわぁ〜」「きゃあ」といやらしい目で見られることになるのか不思議です。女性器について言えば、最も残念なのは子どもたちが名称で言えないことです。大人の中にも「あそこ」という代名詞をいやらしく使う俗世界があります。まず、男性器も女性器も目や耳や指や膝など他の器官と同様、人間のからだの大切な部分なのだととらえなおしたいです。そして、「性器をいやらしいものとしてしまった文化」に対してメスを入れたいです。
 Body is Good!というとらえ方があります。「からだはいいもんだ」ということですが、性器だって、いのちを伝えるという意味でも、感覚器であるという意味でも、「いいもん」であるはずです。そういうストレートなとらえで子どもたちに語っていけたら、「性器=いやらしい」の構図を身につけてしまわない子どもたちに育てられると考えます。
第40週
◇スキーシーズン終了
 学校でのスキー学習が終わりました。いろいろな意味で総括をきちんとしていきたいですね。もう一度、最初に提案された文書「平成14年度スキー教室について」(12/20職員会出)「平成14年度スキー学習発表会について」(最終版2/12出)をふり返り、来年度に向けての改善点を明確にしたいです。また、子どもたちの声もひろってみましょう。
◇6年生を送る会に向けて
 昨日(2/19)代表委員会+5年生の数人(ごめんなさい。きちんと把握していません)による実行委員会が開かれました。実行委員のメンバーの確認とたよりを配り、スローガンを各学級で考えることの依頼をしていました。この送る会をつくるトップの組織を育てることも視野に入れましょう。子どもたちが主になって動くためには、その前の段階での指導が必要です。昨日の実行委員会、真也さんとあやさんが昼休みのあの時間におこなうことについての事前指導は担当者からなされたはずです。事前指導をしておくことは、その場で子どもたちが進めていく力になると思います。今後も数回の実行委員会が予定されていますが、中心になる子たちの事前指導をお願いします。さて、これは、学級での動きについても同じことが言えます。スローガンや願いを話し合う学活の時、事前にその学活の司会者の指導をします。そうすることで、あたかも自分たちの独力で学活を運営しているような気にさせることができます。これは、話し合うときには事前の打ち合わせが必要であることを認識させたり、当日のための準備をおこなういわば“技術”を身につけさせたりすることになります。このことは、低学年においても十分指導ができます。逆に低学年だからこそ、丁寧な事前指導が必要なのです。この事前指導がきちんとされれば、当日は教師が口をはさむことを極力減らせます。それは子どもたちをどれだけ育てたかという指標にもなります。ボクは新採から3年間、学級会の研究(市の指定だった)をしていました。そこで、子どもが育っていれば育っているほど、教師は出しゃばる必要がないこと、子どもを育てられていないと教師が前面に出る回数、時間が増えるということを学びました。教科の授業とは一緒にできませんが、そういう特別活動の特殊性を考えて指導にあたりましょう。
◇実現の努力
 昨日の「子どもを語る会」では、語ることの必要性、思いを出し合うことの重要性を感じました。一定の成果があったと思います。その中で、「担当者から出された提案に対して実現のための努力をしているか」(ボク自身そうなんですが)ふり返ってみる必要があると思いました。例えば、週案の記述&提出。例えば、ハンドサインを使うための指導。例えば、漢字はかせ・計算チャンピオンの実施。(ボク関係の提案の例が多くてすみません)例えば、縦割り清掃の指導。…そして、提案があったようにやってみたけれど不都合がある場合は、意見を出していかねばなりません。「そんなことできないな」と独自に判断して行動することは、組織的な指導を弱めることになります。再検討を繰り返すなかで、説得と納得があるだろうし、妥協も必要になるでしょう。しかし、そこで生まれるのが共通理解だと思います。経験をふまえた話し合いの結果、「こんだけのことはいっしょにやろう」ということができれば、子どもへの指導は効果を上げることになります。
第41週
◇研究・・・・・
 今年度最後の全校授業研。お疲れ様でした。特に、新たなチャレンジをしていただいた野村さん。新しい提案もされ、研究は一歩また前進した気がしました。ありがとうございました。 ボクは…研究主任の至らなさ、4月当初のスタートのいい加減さ、後々の研究推進に関する指導力の弱さ、いろいろなご指摘を真摯に受けとめ、今後に生かしたいと思いました。今、まだ整理をしきっていませんが、次回の研推では、なんとかみんなで理解し合えるものが生まれるといいなと考えています。
◇子どもたちと
 送る会のプレゼントづくりなど、子どもたちの活動が進んでいます。オーブンを使ってのペンダント作りなど、安全上の配慮を要する活動もあります。そういう意味もありますが、縦割り版の担当として共に活動を共有できるように心がけていきましょう。
第42週
◇凝縮された2週間
 この週にはラスト10日をカウントすることになります。行事や仕事をみてみると、やらなければならないことがこの10日ばかりの間に凝集されていることに気づきます。そして、「はぁ」とため息が出てしまいます。ため息をついていても時は無情にも過ぎていくので、「こりゃいかん」と思ってやり始めるのですが…なかなか…。みなさん。大変な時期(ボクの場合、出張に行っておまけがついたのでよけいですが…)ですが、お互い、なぐさめあって…じゃなかった…励まし合って乗り切っていきましょう。
◇いよいよ送り、送られる
 6年生の子たちの最近の気持ちはどうでしょう? 送る会の取り組みが進むのを見ながら、複雑な思いをもっているのではないでしょうか。送る側の子どもたちはどうでしょう? 一方では授業参観になるという面から、見せるための緊張もあるのではないでしょうか。「気持ちを伝える」というのはとても難しいことです。「すきだ」とか「楽しい」とか感情を表す言葉を直接放つのであればよいのですが、そうではありません。出し物を通して、あるいは歌を通して、会を通して、気持ちを表そうとするのだから、そこにはある種の技術が必要です。それは昨年度末から私たちが課題にしてきた「豊かな表現力」につながる部分です。あとわずかな取り組み時間ですが、「気持ちを伝える技術」を学ばせ、「豊かな表現力」の一助となるようにしていきましょう。 休み時間の図工室。1人で黙々とプレゼントづくりをしているYさんの姿を見ました。「間にあわんで〜」と言いながら“軍手サボテン”?を作っていました。 音楽室や体育館からは、15分休み、昼休み、放課後…いろいろなときにピアノの音色が響いてきます。伴奏者の子どもたちが時間を見つけて練習しています。TさんやSさんが5年生の子にアドバイスをしていてくれるようです。 子どもたちはこの一大イベントを通してまた大きく伸びようとしていますね。「送り、送られる」中で内面的な部分が耕され、血となり、骨となっていくとよいです。
第43週
第44週
第45週
第46週
第47週
第48週
第49週
第50週