| アイリーンとクリスの旅日記 |

1993年の12月、CATHEY PACIFIC航空の華麗な着陸でビルと山の谷間の開徳空港
に到着した。
寒かった東京とは一変し、春のような暖かさで、到着時間が夕方近ということもあ
り、高層ビル郡が夕日に映えて美しかった。ホテルへの途中、ネイザンロード一帯
はクリスマスの飾りつけが施され、年末セールの買物客で活気に溢れていた。
翌朝の高速フェリーで広州へ。香港から約3時間である。入国手続きを終えツ
アーバスで街に出ると、経済特別区とは言え、香港と比較すると趣が一変する。
同じ広東系の人たちなのに、着ているもの、街並み全てが違っていた。しかも建設
中の建物が多い。街行く人は、さすがに人民服は着ていないが、香港のそれに比較
すると若干地味である。また、殆どの人が自転車かバイクで往来していた。自動車
は乗用車などあまり走っておらず、その殆どがトラックなど貨物車両である。
ツアー・バスの前方を、日本では当の昔に無くなってしまった、トロリーバスが走
っている。しかも2連接である。道がコンクリート舗装でところどころデコボコし
ているので、トロリーバスはかなりのピッチングをしている。架線から集電する
2本のトロリーポールが外れそうになるが外れない。これも中国四千年の秘伝だろうか?
ホテルに到着した、香港系のホテルで内装は香港のそれと殆ど変わらない。ホテル
前の広場では大勢の人々が太極拳のトレーニングをしていた。
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