ジープウェイ・レター



組織の中で情報セキュリティを一定以上の水準で確保するために規定されるセキュリティ
ポリシーは「憲法のようなもの」 とよく耳にします。


先日3日は、憲法記念日。


数年前に、ある人物を知ってから "憲法" という言葉は、僕の中でその人を自然と連想する
キーワードになりました。


その名は、白洲次郎
敗戦直後のGHQをして、「従順ならざる唯一の日本人」 と評された人物です。


先日は、テレビで彼をとりあげたドキュメンタリーをやっていましたね。


当時、白洲次郎なる人物を知ったときに真っ先に惹かれていたのは、彼がイギリス留学中
「走る宝石」 とまで呼ばれた Bugatti Type35 や Bentley 3 リッターを所有し、週末はレース
に熱中していたという話題でした。


現在、彼が乗っていた Bentley は、国内の専門店が保有しているようです。


80歳までハンドルを握り、ソアラを開発中だったトヨタに、自身が最後に乗っていたポルシェを
寄贈したという、"生涯のオイリーボーイ" だった逸話も残っています。


婦人である白洲正子は、趣味人として名高い方です。
話題はそれますが、少しだけ正子婦人の著書を読んだことがあって、なんというかやはり「筋」
を感じる方です。


二人が結婚をしたときの新婚旅行でもランチア・ラムダに乗って行ったというのですから
両家の財力はハンパじゃないですね。


こんな上流階級出身の夫婦ですから、中には家柄や金があれば誰だってああなれたんじゃないか
なんて声もたまに聞きますが、僕は「果たしてそうかな?」と思います。


確かに、尋常小学校を卒業して社会に出るのが当たり前だったような世の中で二人それぞれ海外
(イギリス・アメリカ)へ留学して帰ってくるほどですから、夫妻そろって家柄や財によって成された
何かがないとは言いません。こんな格言もあるくらいですから。


「カネだけが人生ではないが、カネのない人生も、また人生とは言えない。
十分なカネがなければ人生の可能性の半分は閉めだされてしまう」
(サマセット・モーム イギリスの小説・劇作家)



でも、家柄や財なんて要素だけで何か後世に残せるほど甘いモンでもないと個人的には思いますね。
せいぜい、生まれ育って行く過程で周囲に順応しながら自分を形成する素材になった(庶民より)広い
要素が生きていく上で役立ったのではないかくらいに思っています。


まあ、選択肢の多さや深さを 「豊かさ」 と見るならば、確かに豊かなればこそ・・・ではありますが。


閑話休題。


以前に白洲夫妻が住んだという、東京鶴川にある「武相荘」を訪れた際には、夫妻の個性を
感じさせるものが数々残されていました。


白洲夫妻の逸話や、それらへの賛辞などは、いろいろなサイトや書籍に語られているので、ここでは
更にこれらを述べるにはあたらないと思います。興味のある方はサーチしてみてください。


仕事柄、更に興味をそそったのは、日本の敗戦後日本国憲法草案を策定した際すでにGHQが別に
憲法草案を用意していたことへの抵抗として書かれた「ジープウェイ・レター」です。


国立国会図書館のサイトでは、「ジープウェイ・レター」の解説や原本画像、テキスト文書を見る事
ができます。


この日本語訳については、新潮文庫から出ている 風の男 白洲次郎 に全文訳が掲載されていますが、
一部だけ引用します。


彼を初め閣僚は、貴下のものと彼らのものとは、同じ目的を目指しているが、
選ぶ道に次のような差異があると考えています。

貴下の道は、直線的、直接的なもので、非常にアメリカ的です。
彼らの道は、回り道で、曲がりくねり、狭いという、日本的なものにならざるをえません。

貴下の道はエアウェイ(航空路)といえましょうし、彼らの道はでこぼこ道を行くジープ・ウェイといえましょう。
(小生は、この道路がでこぼこ道だということを知っています)


※ここでの「彼」や「彼ら」は、日本側の重臣を指しています。


これは、組織内で何か規定(ここだとセキュリティポリシーかな)を作るに際して、いまだに通じる話では
ないかと思うのです。


組織内で何かを作っていくのは、まさに「でこぼこ道」。


道を進むのを阻む輩には、既得権益を守るために卑怯な手を尽くす人物もいることでしょうし、「常識」
という当人の心中にしかありえない(つまりこれを論じても正しさは立証できない以上、究極の水掛け論
にしかなりえない)思想を前面に押し出してくるのもいるでしょう。


僕は、今月で今の業界に入って10年の節目を迎えますが、自身が経験してきたキャリアの中で色々な
組織を見てきて、そうした輩の幾人かを数え挙げる事ができます。


中には、ずっとその仕事しかやっていないにも関わらず自身のミッションを明確に新入りへ説明できず、
顧客向けに作られたサイトを見た方がよほど早く新入りの置かれた状況を理解できた事もありました。


僕自身、彼(彼女)らには、大いに勉強させてもらいました。
色々な反面教師たる面を、目前で繰り広げてくれたわけですから。


そして、情報セキュリティに興味を持ち始めた頃、"ITガバナンス" という言葉をよく耳にしましたが
これだけにクローズアップってどこかおかしくないですか?という違和感を良く持っていました。


何故かというと、情報システムは企業が持っているリソースの一つなんだから、"ITガバナンス"
といっても "コーポレートガバナンス(企業統治)" のワンオブゼムでしょう?というのが根拠。


企業内で情報システムを担う部署って、昔は「コストセンター」とか言われてましたね。
今でもそんなことを言う人もいるようですが。


仕事(契約)を取ってくる営業や企画と違って利益を生み出さないというのが言い分なのでしょうが
旧日本陸軍で口にされたという、「輜重、輸卒が兵隊ならば、蝶やトンボも鳥のうち」 といった兵站
の重要性を忘れた揶揄と重なる部分を感じます。


ところが今では、情報システムがなければ仕事にならない時代になっている。


いわば、戦場(商圏)で敵より手数の多い事が更に重要なファクターの一つとなっている状況で、手数を
生み出す技術が飛躍的に進歩しているから、技術を使いこなすために必要な教育水準も高まらざるを得ない。
場合によっては脅威になる側の方がとっくに先を行っていて、話にならないことだってありえます。


そんな中、セキュリティ担当を行う部門の重要性はどこまで認識されているのか?


企業を取り巻く脅威は日々刻々と変わっていくし、インターネット自体がグローバルに見れば「地続き」以外
の何物でもない中、ここ数年でだいぶ社会的な意識は高まってきたんでしょう。


まっとうなシステム管理をしていれば大概のことは防げるのではないかというフールプルーフ的な発想も
あったりしますし、システムだけで機械的に考えるならコトは理論的に済みますが、人間が絡むとまずそう
行かない現状からみて、 まさに情報セキュリティ担当の進む道は「ジープウェイ」を超えていく作業といえる
かもしれませんね。



冒頭で少し触れた、白洲次郎をとりあげたドキュメンタリーで、彼が晩年に戦後の日本について語った
言葉に触れていました。まさに「セキュリティ文化」の醸成につながる言葉だと思います。



私は「戦後」というものは
一寸やそっとで消失するものだとは思わない

我々が現在声高らかに唱えている新憲法もデモクラシーも
我々の本当の自分のものになっているとは思わない

それが本当に心の底から自分のものになった時において
はじめて「戦後」は終わったと自己満足してもよかろう



(2006.5.4)






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