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夜空の川、天の星
小さな舟のようだと、いつもそう感じた。俯いてそっと私の後をついてくる、華奢な姿を見る度に。
残酷で激しい流れに、ただ耐えるにはあまりにも小さな舟。
手を差し伸べて導き、穏やかな岸辺へと繋ぎ止めるものになりたいと、強く願い続けた。 その資格などないと、知っていても。
*****
また、同じ夢を見た。
夜具の中横たわったままで汗ばんだ額を拭いながら、また繰り返されたその光景が夢であったことに、安堵の息を深く吐く。
双極に上がるルキアの夢を、毎夜のようにみる。処刑台に舞い降りた深紅の焔の鳥は、義妹の華奢な躯を貫き、その度に私は、声にならぬ叫びをあげ、届かぬ腕を伸ばしたままで目を覚ます。
義妹は救い出され、この尸魂界に留まる事を選んだと言うのに。
本当にそうだろうか。闇に包まれた部屋の中は、あまりにも静かで、世界にたった独り取り残されたようで急に恐ろしくなる。
信じる全てが夢で、私の見た悪夢が現実で、私はあの娘を永久に失ってしまったのではないか。そんな思いに捕われる。
父を、母を亡くし、妻を亡くした。幾度も、私は愛する者を見送ってきた。
そしてあの日、処刑台へと上がったルキアを目にして、はじめて気がついた。決して失えぬ、誰よりも愛しい存在なのだと。
纏わりつく不安に耐えかねて、私は夜具を抜け出して、部屋を後にした。
だが、僅かに残った理性が、ルキアの部屋へと向かう足を止めさせる。
あと少しだけ、歩みを進めて、眠っているであろう義妹の様子を確認すれば、この不安は消えるのだとわかっていても、私は自分がとりつかれた怖れを、愚かな恥ずべきものだと、そう感じた。
目指すべき場所を失い、私は庭へと足を向けた。部屋に戻っても、眠れぬことはわかっている。
昂った気持ちを鎮めようと、辿り着いた大きな桜の樹の元で、私は足を止めた。
見上げた真夜中の空は、なにもかもを飲み込むように深く、鏤められた無数の星々は、川の流れにも似ていた。
私にはそれが、無慈悲な時の流れそのものに、思えた。
私から、父を母を、緋真を奪い去っていった、抗う事の出来ぬ流れ。
その流れはいつか、ルキアも…何よりも愛しい少女も、私から奪って行ってしまうのだろうか。
「……にいさま?」
ふいに届く小さな声に、顔を上げた。探し求めた義妹の姿が、其処に在ったことに、私は驚く。
「ルキア」
義妹は、少し離れた樹の元に佇んで、こちらを伺っていた。身に纏った真っ白な夜着が、この娘が囚われの身であった頃を思い出させ、私はそっと目をそらした。
「どうした、このような時分に」
遠慮がちにこちらへと歩んで来た義妹に問いかけてから、その答えに思い付く。
「……眠れぬのか?」
無理もない。この娘は冷たい牢の中で、処刑台の上で、死に向かい合ったのだ。そして、兄である私は、
そんな義妹から目を背け、一人、怖れや不安と戦うままにしてしまった。
私は、どれほど大きな傷を、この真直ぐな魂に負わせたのだろうかと、今さらのように、自分の罪を恥じる。
だが、ルキアは思いがけぬ言葉で、思いがけぬ笑顔で答えた。
「いえ。…空があまり綺麗だから、なんだか眠ってしまうのが勿体なくて」
ふわりと花びらを緩めてゆく蕾のように、屈託なく、曇りのない笑顔。
「ほら、まるで、星が川のようです」
私が怖れ、目を背けた空を、義妹は綺麗だとそういって笑う。
降り掛かった多くの悲しみや苦しみなど、微塵も感じさせぬ、あどけない姿で、空を仰ぐ。
「何故」
止める間もなく、問いかけが零れた。
「何故、お前はそうして笑える?」
不思議そうにルキアは私を見上げてから、静かに答えた。
「兄様が救って下さいました。だから、私は、ここで兄様の隣で、笑っていられるのです」
偽りのない感謝に満ちた瞳が、私には辛かった。
本当にこの娘を救ったのは、私などではなく、恋次や、黒崎たちなのだと、誰よりも自分自身が知っているのだから。
「……まだ体が癒えぬだろう。部屋に戻って、早く休め」
思いがけず義妹に自分の感情を晒してしまったあとで、私の言葉はいつも以上に、冷た気に響いたかも知れぬ。
「……はい。おやすみなさいませ、兄様」
そう素直に答えたルキアの瞳が曇り、そっと伏せられたのを認めて、胸の何処かが痛んだ。また、私はこの娘を悲しませただろうかと。
佇んだまま、部屋へと戻る義妹の背中を見送った。自分でそう命じた癖に、遠ざかる小さな背を見るのがひどく辛かった。
こんな気分だったのだろうかと、ふと思う。いつも、振り返らぬ私を、黙ってずっと追って来た義妹も。
ふいに、ルキアが歩みを止めるのが見えた。
訝しむ間もなく、くるりと振り向いた義妹は、こちらへと走って戻ってくる。
「ルキア?」
私のもとに辿り着いたルキアは、弾む息を整えた後で、口を開いた。
「恋次に言われました。私は、何もかも一人で背負い過ぎるのだと。
恋次にも一護にも、少しずつ預けて、立てば良いのだと」
真摯な瞳に見上げられて、何も言えぬまま、次の言葉を待つ。
「私も、同じ事を言います」
大きく息を吸って、義妹が言葉を続けた。
「すべてご自分で背負おうと、なさらないで下さい。兄様はお強くて、私には何の力もないけれど、それでも、何か私にできる事があるのなら、仰っていただきたいのです」
一気にそういって、私を見つめた瞳は、真直ぐで、様々な感情で満ちあふれて揺れていた。
先ほど私に部屋に帰るよう命じられた時に、この娘が見せた表情の意味を、初めて知る。
この娘は、私を案じていたのだ。私の痛みを苦しみを、分け合えぬ自分の非力を思い、瞳を曇らせたのだと。
……「舟」は、私のほうだったのかもしれぬ。
激しく、理不尽な波に翻弄され、流されるままの舟。
その舟を包み込むように優しく岸辺へと導き、繋ぎとめる、揺るぎなきもの。それこそが、この娘なのかもしれぬ。
「も、申し訳ありません。生意気なことを申し上げました」
何も言わぬ私に、非礼を咎められたのだと思ったのだろう。そう告げて、慌てて立ち去ろうとする、ルキアの手を思わず捕らえた。
「兄様?」
世界が終わるならば、その時には告げられるかもしれぬとそう思っていたその言葉は、思いがけず素直にこぼれおちていった。
「……側にいてくれ」
囁きにも似た小さな願いは、確かに届いたのだろう。宿した喜びの色が、その瞳を星のように煌めかせていた。
「ずっと、ずっと、私の側にいてくれ」
一度喉を越えてしまえば、ずっと胸のうちに封じ込めてきた本当の望みは、溢れ出るように言葉になる。
「はい」
空を仰いた時と同じ、あどけなく曇りない笑顔で、迷わずに答えを返した義妹に、小さく苦笑を零した。
「そう容易く答えるな。……今だけのことを望むのではない」
見上げてくる眼差しは、一瞬も揺れることなく、真摯に私だけをとらえる。
「同じことです」
「……ずっとずっと側に居ます」
そう告げた後、俯いた義妹は、夜目にも明らかなほど頬を染めて呟いた。
「兄様が望んでくださるだけ」
「そう、か」
私が望むのはきっと、永遠と言う、愚かしく儚く、果てしない時間だ。それをこの娘に告げるのを躊躇って私は薄く微笑んだ。
「それならば、きっと、随分と長くなる」
伸ばした指は、夢から目覚めた時と違い、温かで柔らかな手に届く。私の手で、包み込んでしまえる小さなそれを、きつく握った。
そうだ、こうしていれば良い。
残酷で理不尽なその流れに、引き離されてしまわぬよう、強く強く手を繋いでいれば良い。
繋いだ手の温かさだけを感じながら、二人して見上げる星の川は、不思議に美しく思えた。
ただ、黙ったままで今は、この夜を漂っていよう。二艘の小舟のように。
辿り着くのが何処でも、構わないから。
〈終〉
…すみません。「ビートコレクション」の朽木兄妹ソングを聞いて、ムラムラと(笑)。
兄様ソロ「夜空の川」もルキアソロ「天の星」も互いへの想いが溢れていて(妄想?)、白ルキスキー的に はたまりません〜!!
デュエット曲「Listen to One story」も好きですが、歌詞カード見るまで、ルキアさんの美声の隙をついて兄
が何をぶつくさ呟いているのだろうかと謎でした(笑)。
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