【家族の肖像】米国留学曼荼羅−15

砂漠の冬は寒かった。昼寝でもしようと思ったが、気が変わった。
(そうだ、Mでも誘って射撃でもしよう。寒い冬は射撃が一番だ。)
私は物入れをかき回して買ったばかりの拳銃を引っ張り出した。

この拳銃は麻雀で巻き上げた金で買った拳銃だ。もちろん本物である。スミス アンド ウェッソン・モデル686という357マグナム回転式拳銃だ。銃身は6インチ、重量1.2kg、装弾数6発。正規の銃砲店で正式購入したものだ。

外国人なので拳銃を買えないかと思ったのだが、鉄砲屋に行ったら買えることがわかった。麻薬の前科だとかを調べられ、数日を要したが購入することができた。購入した鉄砲屋のオヤジは戦後日本に駐留していた退役軍人だった。このオヤジの娘がとんでも無い娘であった。10代にしてオリンピック射撃部門の全米チームに加わろうかという娘なのだ。特技はクレー射撃をライフルでやることであった。

通常クレー射撃は散弾銃(ショットガン)で行う。
ショットガンの弾丸は複数(だいたい9個〜100数十個)で、距離が遠くなると円形の着弾パターンが広がる。この広がった弾丸グループの1個でもクレーに当たれば割れる。これをライフルの弾1個で当てる娘である(さすがに命中率は80%前後らしい)。

拳銃を購入した私はとりあえず"射撃安全教室"なるものに参加した。そしたらいきなり最初から生徒の素晴らしい質問が飛び出した。
「教官殿、自宅に不法侵入してきたクソ野郎にぶっ放しても構わんのでしょうか?」
「構わん!ただし背中を撃つな!」

「正当防衛が成立しないのですね?」
「その通りだ」
と、有意義なレクチャーを受けることになった。ちなみに銃を人に向ける場合は引き金を絞ることが前提となる。脅しで銃を向けてはいけない。もしその銃を奪われたら殺されるのは自分だからだ。

拳銃を含む銃砲類を取り扱う場合は細心の注意が必要になる。保管場所、清掃、メンテナンス等にかなり気を遣わねばならない。要は面倒なのだ。持ち歩く場合はさらに面倒なことになる。特別な許可証が無い限り、拳銃を露出させる必要がある。外から見えるようにしなければならないのだ。これが結構怖い。腰に携帯している場合など、他人に後ろから拳銃を引き抜かれる恐怖がある。
「俺様の後ろに立つんじゃねぇ!」
とゴルゴ13の気分である。
私はこれが嫌だったので、持ち歩く場合は車のトランクに入れていた。ちなみに私の州では酒場への持ち込みは禁止であった (テキサス州はオッケーらしい)。

私は購入した拳銃を持って日本人の友達の家に遊びに行ったことがある。
「負け造、ちょっと見せろよ」
「弾は入ってないけど気をつけろや」
と拳銃を渡したら、こともあろうにコイツは人に向けやがった。面白半分で拳銃をいじりたい日本人の典型である。大抵のアメリカ人は拳銃を触っても絶対人には向けなかった。"弾が入ってなくても決して人には向けてはいけない"。これを守れない人間には二度と拳銃を触らせるわけにはいかなった。

そして私は友人のMを誘って屋外射撃場に出かけた。
「なあ、弾はどっちを持って来たんだ?」
「あ?357マグナムの弾は手が痛ぇから38口径にした」
(注:357マグナム弾と38口径弾は口径が同じ。357の薬莢は38口径より10分の1インチ長く、火薬の量が多い。したがって357マグナムの拳銃では2種類の弾を撃つことができる。逆に38口径の拳銃は357の弾を撃つ事はできない。)
「ほれ、スコープを覗いてくれや」
「あいよ」
私は同じテーブルに並んでいる射手を見て安全を確認した後、25ヤード先の標的を狙って引き金を絞った。
パン!
「んー、外れ!」
Mはスコープを覗きながら答えた。
「まだ銃身が冷てぇからだ」
パン!
「外れ!」
「風が出てるのかな?」
パン!
「またまた外れ!」
「ちくしょぉ!いい加減にしろよ!」
パン!
「思いっきり外れ!」
「テメーは"外れ、外れ"うるせぇんだよ!」
「だって外れだぜ。ぷぷぷ。」

30発くらい撃ったら標的を交換する時間になった。これは打ち終わった射手から順番に銃座から離れ、他の射手が撃ち終わるの待つ。そして最後に残った射手が撃ち終わって銃座を離れると、全員がテーブルに置いた拳銃の弾の有無を確認する。回転式拳銃はシリンダー(弾が入っている場所)を横に出し、自動式拳銃はマガジンを抜いて遊底を引いて弾を完全に抜く。そして誰かが全員に向かって「クリア?」と叫ぶ。それに対して「クリア」と叫び返せば射手全員で標的を交換する作業に入る。交換した後、全員が銃座について「クリア?」「クリア」と言えばまた射撃を開始する。

「クリアだ。ちくしょぉめ!」
と私は叫び返した。
と、標的を交換していると隣のオヤジが話しかけて来た。
「わけぇの。元気がいいな」
「俺の拳銃はきっと銃身が曲がってるんだ」
「そんなことはねぇだろ。ちょっと俺に貸してみろや」
「いいぜ」
と私は銃座に戻って「クリアだよぉーん」と答えた。

「オヤジ、俺がスコープで見てるから撃ってくれや」
オヤジは無造作に私の拳銃を構えて撃った。
パン!
「…7点5時」
パン!
「…8点5時」
パン!
「…5点4時」
と弾は4時の方向あたりに集中して着弾した。

「な、拳銃は悪くねぇだろ?ちょっと照準が狂ってるけどな」
「…」
「わけぇの。構えを直して、照準を調整すればもっと当たるよ」
と、オヤジは拳銃を置いて、射撃理論を展開し始めた。
「いいか射的用の照準は実践用とは違ってな…」
「ほほぉ」

…15分後…

「この照門は1段階右に回すと25ヤード先で1インチ右に…」
「…」
「さらに言えば拳銃は重量があるほど良く当たってな…」
「…」

…30分後…

「この弾は空気抵抗が大きくて長距離射撃になると…」
「わかった!」
私もしつこい方だが、このオヤジも相当しつこかった。
このオヤジは自分の着弾点を見て"0.2インチ右かぁ、ぐひひ"とか言うに違いない変態射撃マニアだと思われた。

「よぉし。だいたいわかった」
私は照準を調整した。
「本当かよ、負け造」
「まかせとけ。今日はど真ん中に当てるまで帰らねぇ」
そして私は射撃を再開した。

「…おい、負け造」
「うるせぇな!」
パン!
「…あのよぉ」
「ちょっと黙ってろ!」
パン!
「…どうでもいいけどな」
「何だよ!」
パン!
私はスコープを見ているMの方を向いた。
「負け造、ちっともど真ん中に当たってねぇぞ」
「待ってろ、絶対当ててやる」

しばらくして私は標的を交換し、誇らしげに標的を持ってMのいる場所まで戻った。
「ざまぁ見ろ、やっとど真ん中に当たったぜ」
「そりゃ当たるだろうな。200発も撃てばな」
「…」
「まさに"下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる"だな。けけけ」
「うるせぇ!」

と、あまりに当たらないので頭にきた私は大薮春彦の小説を読み漁り始めた。

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