【家族の肖像】米国留学曼荼羅−23

("ビバ・アメリカ"の番外だす)
スティーブの家はシカゴ郊外の高級住宅街にあった。その家は築40年を超え、スティーブ家の前の持ち主は有名な家電メーカーのオーナーだった。家には前庭と後庭があり、それは住宅街の既定によって設置が義務づけられていた。半地下の部屋にはランドリー ルームがあった。そこで上の階からダクトを通して落ちてくる洗濯物を回収するのだ。今ではよく見かけるものであろうが、これは第二次世界大戦より前に建築された家なのだ。

家の前の通りは樹木が整然と植えてあり、毎日きれいに清掃されていた。各家の芝生は必ず整備する必要がある。放って置くと景観が悪くなり、その一帯の地価の下落を招くからだ。したがってどこの家も芝刈機を持ち、頻繁に芝刈機の音が聞こえた。

スティーブの家の場合、ガレージは裏庭の奥にあった。車は2台収納可能であるが、ガレージに通じる敷地の道に優に5台は駐車することができた。さらに家の前の路上にも2台は駐車することも可能であった。スティーブの母親は金髪&ド派手で、父親は身長がスティーブより10cmくらい低く、穏やかな印象だった。母親はベンツのオープンを乗り回し、父親は地味な国産車を運転していた。コロラド スプリングスで拾ったセリカXXは姉貴のもので、彼女の結婚を期にスティーブがもらった。この姉貴が結婚したのが不良暴力宣教師で、彼はスティーブはもとより家族にも嫌われていたらしい。

スティーブの家に到着すると、リックと私は下の階で待たされた。そしたらミシェルが車でやってきた。ミシェルは2階のスティーブの部屋に入って行った。
「リックよ、始めるのかな?」
「多分な」
私達は私の背丈ほどある冷蔵庫から勝手に飲み物を出して飲んでいた。

別に気にはしてなかったが、スティーブの部屋からは何の音も聞こえてこなかった。
(すげぇ防音設備だ…)
しばらくするとスティーブとミシェルが階段から降りて来た。
私はスティーブに尋ねた。
「done?」(終わったか?)
スティーブも平然と答えた。
「done.」(終わった)
ミシェルが「あんた達ねぇ…」と私達を睨みつけたが、そんなことを気にする私達では無かった。

次の朝、台所で"いけないもの"を発見してしまった。
(ま、まさか。スティーブの親父は…)
スティーブが起きてくると私はすぐに彼を呼んだ。
父親も母親もすでに外出していた。
「スティーブ、話がある」
「何だ?」
「台所で"いけないもの"を見た。多分お前の親父のものだ」
「何を見たんだ?」
私はスティーブを台所に連れて行った。
「これだ」
私が指差した台所のテーブルには"使いたての真新しい注射器"が放り出してあった。

「親父の野郎!」
「オメーも知らなかったのか?」
「あれほど"アブねぇから片付けとけ"って言ったのに…」
「そういう問題じゃねぇ!」
「マックス(飼犬)が間違って飲み込んだらどうする気だ…」
「人の話を聞いてんのか!」
「うるせぇな負け造!注射器の横にある袋のラベルを読んでみろ!」
スティーブは注射器を片付けながら袋を指差した。
私は言われた通りにラベルを読んでみた。
「…い・・い・・ん・・インシュリン?」
「そうだ、インシュリンだ。親父は糖尿病なんだ」
「へ?糖尿病?」
「毎朝太ももにインシュリンを注射するんだよ。血糖値を下げるためにな」
「あ?自分で注射してるのか?」
「そうだよ。オメーの国はダメなのか?」
「医師以外はダメだったような気が…」
「ったく親父の野郎はよ、甘いもんが大好きでな…今も大好きときてる。針はアブねぇんだよ、その辺に置いとくとな…針はよ」
「…」
私はスティーブが注射器を片付けるのをぼーっと見ていた。

夜になった。
私は風邪の頭痛がしていたのでベッドで寝ていた。
スティーブとリックはシカゴのダウンタウンに出かけた。

「負け造、起きろ!大変だ」
私はスティーブに夜中に叩き起こされた。
「…何だよぉ、眠いんだ」
「それどころじゃねぇ、どうやら俺は殺人を犯したらしい」
「…殺人だぁ?俺様じゃ無くて警察でも行って話せや…眠いんだよ」
「テメー、人ごとだと思いやがって…起きろ負け造!」
私は仕方なく起きた。
そしたらリックが神妙な顔をしてスティーブの横に立っていた。
「一体どうしたんだ?」

リックの話によるとバーからの帰り道、フリーウェイを走行しながら隣を走っている乱暴バイカーをからかったのだそうだ。そしたら乱暴バイカーが怒ってスティーブの車を追いかけて来た。ビビったスティーブが振り切ろうとして車を横に振ったら、乱暴バイカーがコケた。ただそれだけである。

「脳味噌が飛び散ったのでも見たのかよ?」
「…いや」
「バイクが車に当たったのかよ?」
「…いや」
「救急車でも来たのかよ?」
「…いや」
「じゃあ何でも無ぇじゃねーか!大げさな野郎だ」
私はまた頭痛がしてきた。
しかしスティーブはまだ興奮しており、頭を抱えて叫び出した。
「ちくしょぉ、何てこった!俺は親父と同じことをしちまった!」
「何だとぉ?」
「俺の親父は昔、Hell's Angels(有名な乱暴バイカーの集団)にケンカを売ったんだ」
「…」
「そしたらやっぱり同じように追いかけられて3台くらい転がして逃げ切ったんだ」
「…」
「うぉー!まさか俺様もやっちまうとは…」
私は頭を抱えるスティーブを無視し、毛布をかぶって寝ることにした。

翌日、スティーブとミシェルとミシェルの友達と4人で映画を見に行った。そして帰り道、スティーブはブンブンと車を飛ばしていた。
「昨日の晩はヒデェ目に遭ってな…」
スティーブは運転しながらミシェル達に昨晩の自慢話をしていた。
「そんでよぉ…あ、やべぇ」
後ろで赤色灯がクルクル回っていた。
「ちくしょぉ!何てこった!」
車を止めるとスティーブは手慣れた動作で免許証と車両登録証を引っ張り出した。
「スピード違反かよ。ちっ…あっ!」
「どうしたスティーブ?」
「何てこった!免許証の更新忘れてた!」
「…」

スティーブはパトカーの横で必死になって警官に言い訳をしていた。私達3人は車内から呆れてそれを見ていた。そしてしばらくするとスティーブが戻って来て、運転席に座った。
「負け造、俺は頭にきた」
「どうしたんだよ?」
「免許証が期限切れだって抜かしやがった!」
「…」
「もう頭きた。こうなったら罰金なんか払ってやらねぇ!」
「…だってオメーよ、払わないと刑務所とか行くんじゃねぇのか?」
「ああそうよ、刑務所でも何でも行ってやる!この俺様のケツを掘れるもんなら掘ってみやがれってんだ!
「…」
スティーブはわけも無く興奮していた。
今で言う"逆ギレ"である。

ミシェルは"またか?"とスティーブを見た。私とミシェルの友達は呆れていた。
「おい、スティーブ。罰金払った方がいいんじゃねぇか?」
「スティーブ、そうしなさいよ。そうしないと私達この車で家に帰れないわよ」
「…わかった」
スティーブはあっさりとミシェルに説得され、車は裁判所に向かって走り出した。

裁判所の駐車場に車を停めるとスティーブは建物の中に入って行った。しばらくしたら戻って来て、運転席に座った。
「ちくしょぉ!50ドルだって抜かしやがった」
「いいじゃねぇか、50ドルでカタがついたんならよ。さあ、帰ろうぜ」
「…そうはいかねぇんだ」
「何だとぉ?」
「俺様の小切手を受け付けねぇと抜かしやがった。現金なんかありゃしねぇ」
「…おい!」
「あー、ちくしょぉ。あったまきた。こうなったら刑務所でも何でも行ってやる!この俺様のケツを掘れるもんなら掘ってみやがれ…
「…スティーブよ?」
「何だ!負け造!」
「…頼むからこれで罰金を払ってくれ」
私は財布から50ドルを出してスティーブに差し出した。
「負け造がそこまで言うんなら払ってやるか…」
スティーブは50ドルを握り締めると裁判所の中に入っていた。
そして私達は家に帰ることができた。

翌日の朝、私はスティーブ親父の運転する車に乗っていた。これから空港に向かうのだ。スティーブの野郎が二日酔いで動けなかったからだ。そして私の通っていた大学に戻るのだ。
「いやー、ミスター○○。シカゴは楽しかったですよ」
「そうかね。そりゃ良かった」
「この街は砂漠と違って緑が綺麗で…」
と、2人きりで話していると、とてもこの親父がワイルドな人間には思えなかった。
「緑だろ?そりゃ綺麗なんだけどね。去年なんかセミのクソッタレ野郎が死ぬほど大発生しやがって、そのおかげで道がクソまみれになっちまってね、このクソッタレ17年ゼミのおかげで私は1日中クソの掃除だよ。がはは。そのクソがまた後から後から降ってくるもんだから、こっちも"このクソッタレが!"って言いながら…」
(…やっぱりこの親父はワイルドかも知れない…)

帰りの飛行機は死ぬほど揺れた。
スチュワーデスがゲロ袋を山ほど持ちながら通路を走り回っていた。
(…お、おぇ。あ、思い出した!スティーブに50ドル請求するのを忘れてた。)
程なくして飛行機は無事着陸した。

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