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アメリカは飲酒に関して結構厳しい。
日本みたいに自動販売機があるわけじゃ無し、バーに入るにはID(身分証明)が必要になるし、酒を買うにも年齢を明確にする必要がある。自動販売機が無いのは道徳上の理由で無く、単に盗難に遭うからだと思う。屋外に設置されていたジュースの自動販売機などは直径3mmくらいの鎖で地面に固定されていた。ちなみに自転車の盗難も良くある話で、友達が自転車を木に太い鎖で繋いでおいたら翌朝木が切り倒されて自転車が消えていたなんてのも聞いた。
「負け造、オメーは18歳だよな」
「ケッ、オメーはいいよな19歳で」
当時、私の住んでいた州の飲酒年齢は満19歳であった。
「バーはいいぞぉ、負け造。綺麗なねーちゃんがいっぱいいるしよぉ…」
「うるせぇ、俺だって来年の1月になればよ…」
「へへへ、それまではどうにもならねぇんだ、かかか」
「ふん」
コイツは私と同学年であったが、私は早生まれだった。アメリカはこの辺が厳しいのでいくらあと数ヶ月で19歳だとは言え、バーの入り口で断られるのは確実であった。私はそのバーとかディスコとかに行ってみたかったのだが、こればっかりはどうにもならなかった。そして10月頃になった。
「負け造、飲酒年齢の話聞いた?」
「何のことだ?」
「今度引き上げられるんだってよ」
「何歳に?」
「21歳だ」
「げぇっ!い、いつからだ」
「何でも来年らしいが、施行日までに19歳になってればオッケーだってよ」
「…施行日は来年のいつだ?」
「1月1日だ」
「…」
「がはは、負け造。オメーは1月生まれだっけ?」
「…」
「2週間遅ぇんだ。あーあ、2週間違いで2年待ちかぁ…ぷぷ」
「ちくしょぉ…オヤジとお袋がもっと早く交尾してれば…」
「ほっほぉー、これがディスコとかいう場所か…」
翌年の冬、私はディスコの席で酒を飲んでいた。
「あ!負け造、どうやってこの中に…」
ヤツがびっくりして近寄ってきた。
「へへへ。びっくりした?」
ヤツは疑わしげに私を見つめていた。
「話は簡単でな…」
と、ディスコに入った経緯を説明した。
「確かに…その手があったか…しかしいい加減なヤツらだ」
「アメリカ万歳ってとこかな」
その頃、寮では宴が毎週末開かれていた。寮に酒を持ち込むのは簡単な話で、21歳以上の誰かが酒を買ってくればよかった。そこで私もその宴に参加していた。
ある時私は安いワインを飲み過ぎた。ゲロを吐いて友達が私の部屋に運び込んだ。その辺までは覚えていた。夜中に息苦しさで目が覚めた。
(こ、呼吸ができねぇ…)
どうやら寝ゲロをかまして気管支にゲロが詰まったらしかった。私は助けを呼びにトイレに駆け込んだ。
(だ、だ、誰か…)
そこで記憶が途切れた。
気が付いたら数人のアメリカ人学生どもが私を見下ろしていた。どうやら助かったらしい。私はとっさに自分がどこにいるか確認した。そしたらトイレの床に寝ていた。
「お、俺様は一体…」
そしたら歯ブラシを口に突っ込んだ学生が言った。
「歯を磨いて寝ようと思ったらよぉ、オメーが入ってきてな…死んだかと思ったぜ」
私の意に反して大騒ぎになっていなかった。
(俺様が死んだらどうするつもりだったんだ…)
またある時は二日酔いで目が覚めた。頭がガンガンしていて気持ち悪かった。そしたら朝っぱらからドアをガンガン叩く馬鹿野郎がいた。
「誰だ?」
「ボ、ボク…キース」
「うるせぇ!俺様は二日酔いで頭がガンガンしてるんだ!」
「ド、ドアヲ…開ケテ」
「何だよ!」
私がドアを開けるとキースが顔面蒼白で立っていた。
「キ、キース。どうした?」
「ミ、ミ、味噌汁…」
「味噌汁だぁ?わ、わかった。インスタント味噌汁でいいんだな?」
「ミ、ミ、味噌汁…」
私は二日酔いで頭がガンガンしていたが、キースにインスタント味噌汁を作ってやった。
「一体どうしたんだ?」
と私が尋ねると、味噌汁を飲んで落ち着いたキースが喋りだした。
「味噌汁ハ二日酔イニ良ク効ク…」
「て、テメー、単なる二日酔いだとぉ!」
「昨日ノ夜来タケド…負ケ造ガイナカッタ」
「俺は寝てたんだよ。本当にこの部屋に来たのか?」
「証拠ガアル…窓カラ覗イタンダ…」(部屋は1階にあった)。
とキースが窓を指差したので私は窓を開けて下を見た。
「て、テメー、こんな証拠を残しやがって…ウゲッ!」
窓の下にはキースのゲロが落ちていた。
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