【家族の肖像】米国留学曼荼羅−37

アメリカに初めて到着した私にはすることがあった。食い物屋を探すのだ。可能であれば歩いて行ける場所が望ましい。大学の構内にはカフェテリアみたいなものがあったが、夜遅くなると閉まってしまう。どうしても夜中にも食べられる場所が必要であった。

寮の周辺を歩いて探したらいくつか店があった。20分くらい歩いた場所にフライドチキンを食わせる店があった。フライドチキンなら食ったことはある。最初はしばらくそこで食っていた。そしたらある日、メニューに"キャット フィッシュ"なる魚が目に入った。わけもわからず注文して食ってみた。
何か変な魚の味だった。家に帰って辞書を引いたらナマズだった。この店に行く気が萎えた。

次にもっと近くのハンバーガー屋に行くことにした。このハンバーガー屋が曲者であった。このファースト フード店では中に入れる具を選択することができた。ところが、アメリカに来たばかりだと具を指定することが難しかった。つまり発音がうまくできないので、店員に伝わらないのだ。私なんかピクルスが嫌いなのに、ピクルス無しがうまく言えずにいつもピクルス入りのハンバーガーを頼んでしまっていた。"出来合いのハンバーガー"しか頼むことができなかったのだ。

このままではいつまでたってもピクルス入りのハンバーガーを注文するハメになる。
これは主に店員と以下のようなやりとりが原因であった。
「ピクルス抜きのハンバーガーをください」
「は?何ですか?」
「ピクルス抜きのハンバーガーをください」
「え?もう一度?」
「ピクルス抜きの…」
と、店員の態度にビビッて声が小さくなり、ますます英語が通じなくなっていたのだ。

そこで逆を試してみることにした。
「ピクルス抜きのハンバーガーをください」
「は?何ですか?」
「ピクルス抜きのハンバーガーをください」
「え?もう一度?」
「ピクルス抜きのハンバーガーをください」
「…わかりました」
と、見事に成功した。

ハンバーガーをクリアしたら次はピザだ。ピザを注文するには電話をかける必要がある。発音の簡単そうなトッピングを選び、呪文のように繰り返し口にして記憶した。好きなトッピングも嫌いなトッピングもあったもんじゃ無い。1週間連続で食ったりした。さすがに飽きてきた。そしたらピザの箱に何か書いてあるのに気がついた。"配達が30分遅れたらタダにします"
これだ!

最初に街の外れにある支店に注文を出した。大学の寮から優に1時間は離れている場所だ。そしたら寮から一番近い支店に電話を回された。
この支店は歩いて5分の距離だ。絶望的に近い距離だ。
それならと今度は大雨の日を選んで注文を出した。
これなら道路が水びたしだ。道路に排水溝なんて気の効いたもんは無い。道路は渋滞し、徐行せざるを得ない。それに車が水をかぶって止まることも考えられた。
「ぐへへ、バケツの水をひっくり返したような雨だぜ…」
「お!来やがった。でも残り5分だぜ…」
私は友達と窓から道路を眺めていた。
配達係の兄ちゃんは車を停める場所を探していたが、無いと諦めて道の真ん中に車を停め、ドアを蹴飛ばして開け、全身ずぶ濡れになるのも構わず鬼のような勢いで寮の入り口に向かって走り出した。
「負け造、間に合うかな?」
「ギリギリだぜ」
と、話していたらドアがガンガン叩かれた。
「ちくしょぉ、2分前だ」
「ちょっと文句でも言って金額を負けさせるか?」
「そうだな」

ドアを開けたら修羅のごとき形相の兄ちゃんが全身ずぶ濡れでピザを持って立っていた。
「私の時計では2分前です…これがご注文のピザです」
「はい。ありがとうございます。これがお金です」
と、迫力負けして文句を言えなかった。

このまま引き下がるわけにはいかない。今度は先にそのピザ屋を偵察した。混んでいる時間帯を確認するためだ。どうやら週末の夜に混雑するらしい。
「よぉし、今度は大丈夫だろ」
「へへへ、今頃は死ぬほど混んでるぜ」
私と友達はニヤニヤしながら電話で注文を出した。

「1分前…30秒前…10秒前…アウトォォォ!」
「やったな、負け造」
「あったりめーよ」
その5分くらい後にドアがノックされた。
「遅ぇんだよ…もう5分も過ぎてらぁ。かかか」
と、私は満面の笑みでドアを開けた。

「遅れて申し訳ありません…」
「…」
「丁度混雑した時間帯でして…」
「…」
「一応、次回割引のクーポンをお持ちしました…」
「…はい。これはお金です」
配達係は帰って行った。

「どうしたんだよ!負け造」
部屋の奥で余裕でピザを待っていた友達が言った。
「やられた…」
「何がだよ!」
「だってよぉ、金髪の可愛いねーちゃんが息を切らして半べそかいて言い訳してるんだぜ!」
「…そりゃ反則だ」

それ以降、そのねーちゃんが走ってピザを配達するのを時々寮で見かけるようになった。どうやらそのねーちゃんが遅れた時の最終兵器らしかった。

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