【家族の肖像】米国留学曼荼羅−47

何故私がその大学に行くことを決めたかを説明せねばなるまい(なんで今ごろ?)
当時17歳で日本の高校に通っていた私はアメリカに行くことを決めた。どうせその時点から勉強なんか始めても、浪人しなけりゃまともな日本の大学に入れないことが目に見えていた。ならここで勝負だと思った。そして留学のための資料を漁り始めた。今みたいにインターネットで情報が入る時代では無かった。入手できる情報は断片的であった。しかも全米に大学なんか死ぬほどある。西部の大学だとUCLAしか知らなかったし、しかもUCLAはカリフォルニア大学の分校であることも知らなかった(注:カリフォルニア大学は他にUCバークレーだのUCアーバインだのUCリバーサイドとかたくさんある)

(さて、どこの大学にするべぇ…)
と、私は東京・赤坂見附にあるビルの一室で大学を選択していた。ここはアメリカの大学に留学する人々のための機関である(名称は忘れた)。そこには大学の資料が山のようにあった。
「あのぉ…大学ってどうやって決めるんですかね?」
「は?」
私はそこにいた係員に尋ねた。
「いやね、こんなに大学があったら何が何だかわからなくて…」
「…」
「あ、すいません。くだらない質問ですよね、普通は行きたい大学をもっと調べて…」
「いえ、大丈夫です」
「え?」
「この質問票をお渡しするので、記入して提出してください。結果は自宅に送付しますので、ご自宅の住所もお願いします」
「は?ってことはこちらで私の行きたい大学を選んでくれるってことですか?」
「まぁ、そんなとこです。正確にはコンピュータが処理した結果ですがね。だから少し日にちが必要なんです」
「ほぉ!そりゃ凄い」
と、私は質問票をもらってその場で記入を始めた。

(まず、地域か…)
選択肢が西部・中部…となっていた。
("西部"だな。次は何だ…そう4年制だ。)
と、ズンズンと記入を進めて行った。
(年間の授業料か…私立は高くてアウトだから州立かな?)
(外国からの留学生は多い方が面白いと…)
(気候か…こりゃ重要だな…夏はクソ暑くて、冬はスキーができると最高っと…そんな場所あるかってヒヒヒ。)
と、最後の方は半分いい加減に記入をして提出した。

家に戻って数日後に結果が配達されて来た。私は中身を開けてみた。そしたら5校くらいが私の希望した条件すべてをクリアしていた。
(んー、そうだな…大都市は治安が悪そうだし…よし、この大学に決めた!)
と2分くらいで決まった。そして私は両親にそれを告げた。
「親父、行く大学が決まったぜ」
「そりゃ良かった」
「このクソ田舎の大学に決めた」
「専攻は?」
「向こうで決める」
「あ?」
「アメリカの大学は入学した後でも何でも専攻を変えられるんだよ」
「ほぉ!」
「ってな訳でこれから金が必要になるからよろしく」
「…」

そして私は現地に到着したわけである。
「何だここは!単なる砂漠じゃねーか!」
と叫んだところですべては遅かった。しかし別に嫌いでもなかった。何故ならばこの場所が私にとって初めての外国であり、他の場所と比較することができなかったからである。

例のコンピュータによる大学の選択は結構正確であった。
「このクソ砂漠でスキーなんかできないよね?」
と学生に尋ねたところ、
「できるぜ、冬になれば。しかも車で1時間ほど行った山の頂上にスキー場があるぜ」
と、予想外の返答だった。
(砂漠でスキーだとぉ?そんなバカな…)
と考えたのは単に私が日本の気候を基準にしていたからであった。

(ほ、本当だ…ここはスキー場だ…しかも雪がある。)
と、私は冬場の山の頂上にある駐車場で驚いていた。何故ならば平地では日中の気温が20℃を超えていたからである。したがって雪なんか積もることは無かった。

私はその場でスキー道具一式をレンタルするとゲレンデに繰り出した。雪質は最悪であった(昼間は気温が上がり、夜は氷点下になるので、グシャグシャまたはカチカチの雪質)。さすがにこのスキー場は狭く、リフトも1つしか無かった。そしてそのリフトに乗ってさらに驚いた。
(な、何だこの景色は…)
自分のすぐ下は一面雪が積もっているが、ちょっと遠くを見るとそこは砂漠以外の何物でもなかった。

上から滑って来てリフト乗り場に到着すると前にアメリカ人の野郎2人がリフトを待っていた。
「うぃー、飲み過ぎたかな…」
「そんなことねぇだろ…」
よく見ると2人とも泥酔していた。しかも缶ビール片手にリフトに乗り込んだ(注:2人乗りのリフト)。その後に続いて私もリフトに乗った。

前の2人はリフトに乗っても大声でしゃべりながら時々笑っていた。
「それでよぉ…う、うぉっぷ…ちょっと待て…げ、げぇぇぇぇぇ!」
とリフトから豪快に吐いたゲロは綺麗な弧を描いてゲレンデに落ちて行った。。
「て、てめー、汚ねぇんだよ…う、うぉ…俺も…ほ、ほげぇぇぇぇ!」
と、今度は隣のヤツが反対側でゲロを吐いた。幸い下で滑っているスキーヤーはいなかったものの、ゲレンデにゲロの筋が2本できていた。そして2人は何事も無かったようにまた大笑いを始めた。

(何て野郎どもだ…これがアメリカか…何て素敵な国だ…うぉっぷ!)
私も"もらいゲロ"しそうになりながら前の2人を見ていた。

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