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Dさんは企業から派遣された大学院生であり、電子関係の技術者であった。
年齢は私より一回りくらい上であった。当時、企業から金を出してもらってアメリカの大学院で学位を取得する人が結構いたらしい。技術系の場合は明確な理由があるとDさんは話してくれた。それは日本では実験をするため設備環境が整っていないということだった。
企業は実験をするためだけに設備投資をするほど余裕は無い。日本の大学の実験施設は貧相で話にならない。それなら技術者を実験施設がある大学に留学させた方が早くて安いことになる。
Dさんの研究に必要な器機は何でも1億円は下らないと言っていた。そしてその器機を含めた施設が私のいた大学では整っていた。アメリカの大学では企業からの寄付金やら何やらで施設が整っている場合が多くある。研究者の底力は施設の整っているアメリカが圧倒的に有利だとも言っていた。
また、Dさんは私の数学の先生でもあった。例えば私は高校時代に3×3の数列までしか習っておらず、大学の授業で出て来た4×4以上の数列がわからなくてDさんに習っていた。
「こんなのわけわからないですよ」
「負け造君、これはだな…」
と説明してくれたのだが、残念ながら私の脳味噌ではついて行けなかった。
他にも数学を教えてくれていたのだが、あまりの私の理解力の無さにとうとう呆れ出したDさんが私に計算機を貸してくれた。
「負け造君、この計算機を使いたまえ。とりあえずこの計算機があれば何とかなるかも知れない…」
「は?」
「テストに計算機を持ち込んでも大丈夫だろ?」
「はい。でも計算機はありますが」
「どんな計算機だね?」
「これです。マイルド セブンのおまけで付いてきた厚さ2mmの極薄計算機です」
「負け造君、こんなんじゃ話にならん」
と計算機を私に渡してくれた。
「Dさん、一つ聞いてもいいですか?」
「何だね?」
「この計算機には"="が付いて無いんですけど…」
「そんなもんはいらない」
「え?それじゃ足し算一つできませんが…」
私は見たことも無い計算機にとまどった。
「これって玄人仕様じゃないですか?」
「玄人って…まぁ技術者はこの計算機を使わないと話にならないね」
「使い方から教えてください…」
「…」
と教えてくれたのだが結局良くわからず、一応その計算機を持ってテストに突っ込んで行ったものの理解力の無さに自分で呆れて数学のクラスを落とすことになった。
このDさんはホラー映画が大好きであった。
正確に言うとDさんはホラーを映画を見るのが好きなわけでは無く、ホラー映画を他人に見せることが好きだった。THE TEXAS CHAINSAW
MASSACRE が一番のお気に入りらしく、ビデオ デッキを買い込んで何回も見ていた。この映画はテキサスのクソ田舎町でイカれた野郎が旅行者をさらって食ってしまうというストーリーで、主人公がチェーンソーを持って犠牲者を追いかけ回すのだ。
「Dさん、そろそろこのテキサス・チェーンソー・マサカーのビデオ止めませんか?」
「何を言うんだ、負け造君。これからがいいところなんだ」
「は、はぁ…でも、まったく麻雀に集中できないんですけど…」
「そんなことは無い。ほら、ロン」
テレビから20分にわたって女性の悲鳴が大音量で流れ続けていた。私は点棒を払いながら頭がくらくらしていた。何で麻雀のBGMにホラー映画なのかさっぱりわけがわからなかった。
「次はこれを見よう、負け造君」
「…はい」
麻雀が終わるとDさんはまた借りて来たビデオをデッキに入れた。
「今度は何ですか?」
「人体解剖のドキュメンタリーだよ。日本では上映されなかったんだ。あ、ご飯食べる?カレー作ったんだ」
「…はい。いただきます」
とカレーを食いながら人体解剖ビデオを見るハメになった。
「くぅー、どうだね?脳味噌が丸出しだね、こりゃ。ひひひ」
「…」
「うぉー、土左衛門だなこりゃ。まあいい具合に腐って…このカレーうまいだろ?」
「…は、はぁ」
とこの影響で、この後しばらくカレーが食えなかった。
その後、しばらくDさんのアパートで遊ぶ日々が続いた。
「負け造君、今日はホラー ミステリーを借りて来たんだ」
「わかりました。一緒に見ましょう。もうカレーを食いながらグロい映画も見られるようになりました」
「そりゃ良かった。そうじゃなきゃいかんよ」
そしてホラー映画を見始めた。
途中、被害者の死体がドアの内側からぶら下げて放置されてるシーンがあった。
「んー、負け造君。わかったぞ」
「何がですか?」
「犯人は意外とマメである」
「は?」
「いいかね、犯人は何人も人を殺しているんだが、死体を人目につくような場所に置いたり、死体で仕掛けを作って残った人間を怖がらせている…つまりこれはマメじゃないとできない芸当だ」
「で、誰が犯人なんですか?」
「それはわからんな」
「…」
約1年後、Dさんはカリフォルニアに行くことになった。
「負け造君、今度はカリフォルニアだよ」
「どうしたんですか?」
「新しい私の研究に必要な設備がこの大学のものじゃダメなんだ」
「今度はいくらの設備なんですか?」
「今度は5億円くらいのヤツだよ…ははは」
さらにその1年後、研究が終わったDさんは帰国したらしい。
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