【家族の肖像】米国留学曼荼羅−56

「でな負け造、地元にいた時に夜中に信号で止まって横見たら俺と同じゼッツーが止まってたわけだ」
「ほぉ、そりゃ熱いですね」
イチさんは日本ではバイク乗りだった。
乗っていたバイクはカワサキZII(通称:ゼッツー。750cc)だった。何でも六甲山ではブイブイ言わせていたらしく、当時現役のレーサーをぶっちぎった逸話を持つ人である。
「で、イチさんどうしたんすか?」
「そんなの無言でゼロヨン勝負よ」
「でもまったく同車種なんでしょ?」
「そうよ、信号が青になって同時にスタートしたんだけどずーっと横並びで…」
「"ずーっと"ってどのくらいですか?」
「メーター読みで160km/hくらいかな?」
「え、でも信号は?」
「そんなもん無視」
「え!」
「負け造君、わかってないねぇ。深夜だから交通量は少ないんだよ。だいたいチンタラしたスピードで信号無視するから他の車と当たるんだ。160km/hで信号無視すれば一瞬だよ、一瞬」
「…」
「それでも勝負がつかなくてな…結局信号無視をたくさんやった方が勝ちってことになって…」
「で、勝ったのは?」
「当然、俺。相手はビビッて途中で降りた」
「…」

イチさんは私と同時期にESL(語学学校)に通っていた。
年齢は私より一回り上で、私にバイクや車の面白い話を良く聞かせてくれた。
「バイクに比べたら車は安全。車はスピンするか崖にぶち当たるくらいで体は痛まない。その点バイクでコケると痛ぇの痛くねぇのって…」
「日本で車は何乗ってったんですか?」
「ジェミニ」
「シブイですね」
「まあな。でもバイクの方が面白かった…あ、負け造、こっちで車買ったから乗せてやるよ」
「マジっすか?」
「おおよ。ステアリングだけ交換した車だけどね」

さっそく駐車場に行くと中古の日本車が停まっていた。
「こ、これですか…シブイですけど…」
「シブイだろ?」
その車は10年落ち以上したブルーバード(510)のステーション ワゴンであった。
「何でステーション ワゴンなんですか?」
「別に意味は無い。安かったからだ。それよりステアリングを見てくれ」
「確かにステアリングは格好いいですね」
ステアリングはNARDIの木製だった。
「だろ?ステアリングはNARDIじゃないとダメだ」
「…」
そのまま大学の構内にドライブに出かけた。

「負け造、いいか。車の運転は腕だよ腕…いいか見てろ」
イチさんは一方通行を逆走しようとした。
「い、イチさん。この道は一方通行だから逆走できませんよ…」
「負け造君、わかってないねぇ。走ってる見た目が逆走に見えなきゃいいんだよ」
「へ?」
イチさんは方向転換をしないでギアをバックに叩き込んだ。
「こうやってな…うりゃぁ…」
ブルーバードは後退を始めた。
「う、うぉ。い、イチさん、危ないです…」
「大丈夫。チンタラ走るからぶつかったりするんだ…こうしてスピードを上げれば」
ブルーバードはメーター読み約40km/hで曲がりくねった道をスイスイと逆走していった。そしてそのまま一方通行の入り口まで駆け抜けた。
「な。平気だったろ?」
「…あんなスピードでバックする人初めて見ました」
「だから言ったろ、腕なんだよ腕」
「はぁ…」

そのうちイチさんは旅行に行くことになってレンタカーをしてきた。
「あれ、イチさん。車どうしたんすか?」
「あのブル(ーバード)じゃあさすがに長距離はキツいから車を借りて来たんだ」
「何ですか?この車」
「去年だかおととしに発売されたトヨタのカローラ。型式名がAE86だ」
「へぇ?速そうな車ですね」
「エンジンだってDOHC16バルブ、デフも純正でLSDが入ってる。結構速いはずだ。どう?ちょっと山に行く?」
「え、ええ。お願いします」

「だいたいだね、負け造。あんまりぎくしゃくして運転してはいけないのだよ…」
イチさんはアクセル全開で山道を駆けあがっていく。
「これだってね…負け造とか乗ってるから100%じゃ無いんだ」
カーブを曲がるたびにタイヤが悲鳴を上げる。
「そうだねぇ…プロペラ シャフトのガタつきを感じるようなアクセル ワークって言うのかな…」
イチさんはペラペラ喋りながら運転を続けているが、かなりとんでもない速度で走っている。
「これでもバイクに比べれば楽に運転してるんだ…おっととっと…」
後輪が滑り出したのでカウンターを当てる。
「まあ基本としてはだね…こうやって一発でカーブの曲がりにステアリングを合わせるんだ…」
ブラインドのコーナーを立ち上がり、イチさんはアクセルを踏みかけた。
「うぉ!」
「ひっ!」
こともあろうに車が横になってUターンをしようとしていた。狭い山道なので両車線がふさがってしまっている。右側は崖下、左側は切り立った崖で逃げ場がどこにも無い。私は助手席で前を見たまま凍りついた。
「ふん!」
イチさんはシフトダウンをしてさらにブレーキを踏みながら冷静に対処した(注:当時はアンチロック ブレーキ システムなんてなかったので、ヘタにブレーキを踏むとタイヤがロックして制御を失う)
「ふぅ…負け造、危なかったな」
「…」
「おい、大丈夫だよ。負け造」
我に返って前を見ると横になった車の運転手の引きつった顔が見えた。車は止まっているようだった。
「降りてみな」
と言われて車から降りてみるとフロント バンパと相手の車の距離は5cmくらいだった。

「ほれ、負け造…戻れ。出発だ」
その横になっている車がUターンを終えるとイチさんは再び運転を始めた。
「イチさん…あれって当たるとは思わなかったんですか?」
「5cmとは思わなかったが止まれると思った」
「でももし止まれなかったらどうしたんですか?やっぱり衝突とか…」
「いや…それでもあの車とは当たっていない」
「え!だってどこにも逃げる場所なんか…」
「負け造君、見えなかったかい?あの横になっていた車と崖の間…」
「…ひょっとしてヘタすると崖下に落ちるかも知れないあの避難スペースですか?」
「そう。そこに突っ込む予定だった」
「だってそこは砂利で滑ったら崖下へ一直線ですよ!」
「いや、俺ならギリギリで抜けていた…」
「そんなの無理ですよ!」
「そうかなぁ…」

確かにその場所には車1台分のスペースが空いていた。
無理とは言ってみたものの、多分イチさんなら通り抜けられるだろうと思った。

米国留学曼荼羅−57→
←米国留学曼荼羅−55

日記風味 ギャンブル 国家中枢 家族の肖像 自慢の品 写真 用語集 掲示板 泥沼の館 home