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「へっへぇー、いいでしょう」
Fは発売されたばかりのハンディカムを自慢した。
「1800ドルもしたそうじゃねぇか?」
「そうですよ。へへへ」
Fは私達の仲間で唯一おおっぴらに労働ができる男であった。
F1ビザ(学生)で入国した学生は基本的には労働することができない。ま、やってできないことも無い。でもそれは大学のキャンパス内部に限定され、時給だって最低時給に近いものだ。カフェテリアで働くとかが一般的であった。しかしFは違った。Fは二重国籍なのだ。したがって私達みたいにF1ビザで入国したわけではない。Fは他のアメリカ人と同様、働こうと思えばどこでも働くことができた。私がいた都市はメキシコ国境に近く、違法移民が流入してくる場所であった。したがって移民局は労働に対しては厳しかった。レストラン等には抜き打ちで移民局の調査が入り、不法労働している者が発見されると経営者も罰せられた。
「へぇ、で、何の仕事してんだ?」
「コックです」
「どこの?」
「ステーキ日本料理屋です」
「あぁ、あのナイフだのフォークをクルクル回してステーキを切って見せる店か」
「…そうです」
「で、お前も回すの?」
「…回しませんよ」
でもキャンパスのウェイターより高い時給であったのであろう。
「でさ、それで何を撮るんだ?」
「いや、最近買った子犬とか…」
「他には?」
「…」
「そうだよな。被写体なんかねぇよな」
「…何か無いですかね?」
「そうだ。お前の走りを撮りに行こう」
「へ?」
「俺がお前の車の助手席に乗ってだな、そのハンディカムでお前の走りを撮影するわけだ」
「わかりました。やりましょう」
週末の深夜、私とFは山のふもとにいた。
「じゃあ、最初はお前の走りを撮影しよう。そのあと俺の走りだ」
私もちゃっかり撮影してもらおうと、わざわざFのVWゴルフと私のスーパー カローラに分乗してきたのだった。とりあえずスーパー カローラをふもとに停め、私はFのVWゴルフの助手席に乗り込むと眼鏡を外してジャケットの腹のポケットに入れた。そしてシート
ベルトを締めた。
「準備オッケーだ。このボタンを押せばいいんだよな?」
「そうです。じゃあ行きます」
VWゴルフは走り出し、私はハンディカムを構えた。
Fは徐々に速度を上げて山を駆けあがり始めた。
(そう言えばまだFの走りって見たことが無かったような気が…)
私はファインダーから流れる景色を見ていた。
(ん?結構ペースが速いな…ちょっとアブねぇような気もするが…)
Fは無言で真剣に運転しているようだった。
「ここから見える景色はまるでテレビ ゲームのようだぜ、Fよ」
「…」
(まじぃな…Fの野郎はマジだ…)
よく考えたらFのVWゴルフは改造らしき改造はしてなかった。つまりほとんどノーマルである。ってことは車の限界が恐ろしく低い普通の車であった。さらにFは免許をとってすぐの時期だった。
(あ、マジでヤバくなってきた…どうするべ…)
さらにペースを上げてFは山道を駆けあがる。
(うぉ、つ、次の右コーナーはヤバい…見た目より結構キツいんだな、これが…)
ファインダーを通してガード レールが迫って来た。
Fはオーバー スピードでこのコーナーに突っ込んだため、曲がりきらないのだ。
( ば、バカ、ま、マジかよ…う、うぉぉぉぉ!)
タイヤのスキール音がしばらく続いた後、VWゴルフは左側からガードレールに刺さった。
どぉぉぉんん!
私は衝撃とともに前方に放り出された。しかしシート ベルトを装着していたのでフロント ガラスに当たることは無かった。
「ま、負け造さん…大丈夫ッスか?」
「あ、ああ…。ハンディカムも大丈夫だ」
私とFは車を降りた。私は眼鏡をかけようと腹のポケットから出したら、シートベルトの部分で真っ二つに曲がっていた。
「参ったな、大丈夫だ。こんなの元に戻る」
「…」
私は眼鏡を戻すと事故の衝撃を見ることにした。
「んー、さすがドイツ車だ。衝撃はこのフェンダー部分ですべて吸収している。見ろ、ボディは大丈夫そうだ」
「…」
「何とか自走はできそうだな…多分左側だけで済むんじゃねーか?」
「…」
「おい、F?」
「…は、はい」
Fは事故を起こしたのがショックらしかった。
「大丈夫だよ。こんな事故。俺なんか前の車で銀行の駐車場に突っ込んだんだぜ。あれに比べりゃ…」
「…は、はぁ…」
とりあえずゆっくりと山を下りて私のスーパー カローラの場所まで戻った。
「お前のゴルフは自走できそうだな」
「…」
「せっかくここまで来たんだから俺様のスーパー カローラも撮影してもらわないとな」
「へ?」
「よぉし、この駐車場でマックス ターンをやるから撮影してくれ」
「は?…はぁ…」
私はFにハンディカムを構えさせると、大きな駐車場で白煙を上げながらその場でクルクルとスーパー カローラを回した。そしてしばらく回ったら飽きたので、Fの家に戻って撮影したビデオを見ることにした。
「よぉし、お前の家でビデオを見よう」
「は、はい…」
ヨレヨレになりながらFの車は家まで自走した。
「よぉし、ここからだ。よく見てろよ…」
「…」
2人で食い入るようにテレビの画面を見ていた。
「この右のコーナーで…」
事故のコーナーが迫って来た。
キィィィー、どぉぉぉんん!…ざぁぁぁぁぁぁぁ
「ひひひぃ、まるでテレビで見る事故映像だぁぁぁ。ぎゃははは」
「…」
事故の衝撃でハンディカムのスイッチがオフになり、画面一面に砂の嵐が広がっていた。
「よぉし、次は俺様のマックス ターンだな…」
「…」
画面にはクルクル回るスーパー カローラが映し出された。
「んー、きれいに回るもんだな…」
「…」
Fは呆れているようだった。
「それじゃぁよ、俺は眠くなってきたから帰るわ。2人とも無事で良かったな。ははは」
と、私はFの家を後にした。
そしてFはバイトの金を車修理に突っ込むことになった。
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