【家族の肖像】米国留学曼荼羅−69

ドッグレースをやり始めたのは日本人のSさんの影響だった。
Sさんは10歳くらい年上のロクデナシで、バクチ好きな人だった。日本では競輪や麻雀に熱中し、死ぬほど負けが込んで金持ちの父親にケツを拭いてもらったと言っていた。
「負け造、俺達がやってた麻雀なんかサンマア(3人麻雀)だからな」
「とんでも無いレートだったんでしょ?」
「忘れたけど太いレートだったと思う」
「ずーっとサンマアだったんですか?」
「そうだ。大学生の頃は徹マンの連発でなぁ、疲れてくると対面の兄ちゃんが"おい、これでもやるか?"って注射器を俺に渡そうとするわけよ」
「…」
「まあ薬は勘弁してくれって言ってな、それでもヘロヘロになりながら続行するわけよ。そうしていると客が入れ代わってな、気がついた時には全然知らない客と打ってるわけよ。寝ぼけまなこでその客たちが牌をかき回す手を見たら指の数が足らねぇでやんの。ちょっとビビったけどよ、いきなりやめるわけにはいかねぇしよ、困った困った。がはは」
「…」
「あ、競輪もやったぜ。○○市(私の住んでいた地方都市)に競輪場があるだろ?あそこも良く行ったぜ」
「わざわざ東京からですか?」
「ああよ。だって競輪大好きだもん。あの競輪場から続く橋があるだろ?何て言ったっけ…そう"オケラ橋"だオケラ橋」
「…××橋です」
「俺達はオケラ橋って呼んでたんだよ。だって競輪の帰りに金持ってあの橋を渡ったことがねぇもの」
「で、ドッグレースってどうですか?」
「あーね、あれもまあ競馬と一緒で家畜が走るんだけどよ、所詮犬だからな」
「わからないってことですか?」
「わかってたら今頃俺は大金持ちよ」
「…」
「普通はクイネラ(連勝複式)あたりが良さそうだけど、トライフェクタ(三連単)は配当が太いからなぁ…」
「Sさんはどっちなんですか?」
「俺は太くクイネラだね。バクチは地味にやらないとね」
「ちっとも地味じゃないですけど」

街の南に向かって走ると"○○GREYHOUND PARKへようこそ"と書いてあるデカイ看板が見えてくる。あまり治安が良く無い場所の一角にドッグレース場はあった。第一レースが始まるのが夕方で、終わるのが10時頃だ。私達が行くのは8時過ぎで、グレードAのレースが始まる時間だった。ドッグレース場のトラックは強烈な照明によって真昼のように明るく、貧乏人どもは金網近くに群がり、ちょっとした金持ちは一段高い場所で食事をしながらレースを観戦していた。

走る犬は出走前に犬見せがある。観客の前に引きずり出されるのだ。ここで犬を見たところで調子の良い犬がわかるわけでもない。落ち着きの無い犬、いきなりウンコをする犬、意味もなく勃起している犬などが口輪をかまされてトレーナーの横で立っている。
「Sさん、あのウンコを垂れた犬はどうですかね?」
「わからん」
「じゃああの落ち着きの無い犬は?」
「それもわからん」
「んー、犬はわかりませんなぁ」
「まったくだ」
そして2人してカスリもしなかった。

気を取り直してホットドッグを食いながら次のレースを考える。日本の公営ギャンブルと違ってレースとレースの間が20分くらいしか無いので忙しい。あまり迷っていたら間に合わないのだ。
「あー、ちくしょぉ。わかんねぇや。とりあえず3−6−ALLと6−3−ALLのトライフェクタだ」
「負け造、わかんねぇならトライフェクタとか買うなよ」
「でも当たったら悔しいじゃないですか」
「そりゃそうだけどよ」
ってな具合で2人して最終レースを待たずして有り金全部無くなった。
そして、とぼとぼと家路に着いた。

これでやりかたがわかったので、私は他の友達とドッグレースに行くことにした。いきなり猿になってしまったのである。大雨が降れば配当が荒れるので喜んで行き、グレードが低ければやはり配当が高めなので夕方の第1レースから始めるといった有り様で、金がガンガン減って行った。で、いくらなんでもこれでは金が続かないので麻雀だ。素人衆どもや小僧を集めて金を巻き上げ、その金を持ってドッグレース場に通っていた。

「しっかし当たりませんなぁ、Yさん」
「そりゃトライフェクタなんてなかなか当たらないよ」
「あったま来ました。もう金が無いので8−7−6の一点で買って来ます」
「トライフェクタの一点買いかぁ…私にはできないけどね」
そしたら偶然8−7−6で入った。
「うぉぉぉ!トライフェクタが当たったぁぁぁ!」
「凄いね、配当は?」
「もうすぐ出ます」( トライフェクタは組み合わせの数が多いので電光掲示板には表示されない。だから表示されるまで配当がわからない)
「あ、出たね。ん?」
「ちっ!」
「あまりつかなかったね」
初めて当たったトライフェクタは$120だった。しかも金が無かったので$2しか買って無かった。結局$120を手にしただけで終わった。

この頃ドッグレース場に行けば必ずSさんはいた。他にも知り合いと会うことも多かった。皆結構ヒマだったのだ。
「くぅぅ、し、し、シビレるぅぅ!」
Kさんは当たったようだった。
「良かったですね。何を買ったんですか?」
「3番のウィン(単勝)」
「へ?2倍ちょっとしかついてないですぜ」
「負け造、違うんだよ」
横からKさんと一緒にいたSさんが話しかけて来た。
「Kさんは毎回ウィンに$300以上張ってるんだ」
「げぇ!」
「プレイス(複勝)に$500とか張ったりもする」
「そ、そりゃぁシビレまくりますね」
「ど、ドッグレースなんか、か、簡単だよ、負け造。ハァハァハァ…」
「Kさん息が切れてますけど」
「そりゃ毎回シビレまくってるからねぇ。ハァハァ。あ、換金しに行こうっと」
「…」
賭け方は異なるものの、皆が真剣に犬に金を張っていたのである。

「もうあったまきた。このトライフェクタを絶対ぶち当ててやる」
「負け造さん、本気ですか?」
「あったりめーよ」
「根拠は?」
「そんなもんは無い。でも当ててやる」
私はムキになってトライフェクタを当てに行った。
「ボックスで買おう。さすがに一点じゃ無理だ」
と、ボックスで数点買った。

「うぉぉ!やったぁ。トライフェクタをぶち当てたぞぉ!」
「やりましたね。さすが負け造さんですね」
「あったりめーよ」
「配当はいくらですかね?」
「ちょっと待ってろ」
しばらく待っていると電光掲示板に配当が表示された。

トライフェクタ:$20.xx
「なんじゃこのクソ配当はぁぁ!」
「人気がカブったみたいですね」
ボックスで買っていたので配当は2分の1の10ドルくらいだった。
これに懲りてドッグレースはやめた。
麻雀の方が儲かることに気がついたのもそうだが、トライフェクタがこれを含めて4回くらいしか当たってなかったのがショックだったのだ。

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