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胆石がエコー検査で発見されたのは2月のことであった。
私は10数年来にわたって胃潰瘍だと思い込んでいた。胃カメラとケツカメラでは何の異常も無く、症状からして胆石が暴れていると言うのが医師の見解であった。胆石が原因と聞いた私は自分の胃に対して怒りを覚えた。(今まで胃薬に金をいくら突っ込んでると思ってるんだ!その金があれば競輪で転がして今頃は家の1軒くらい楽に建ってるわ!)
そして胆嚢摘出手術を行うことにした。
胆嚢は別に重要な臓器では無く、摘出しても問題は無いとのことだった。脂物(特に焼肉)とカール(カレー味)が大好きな私にとって胆嚢への負担は避けられなかった。ちなみに健康体の人間が良くかかる病気らしい。私は手術2日前から入院した。最初は大部屋だったが、初めての入院体験だった。
その大部屋はうるせぇオヤジどもが巣食っていた。
どうもこの手のオヤジどもは他人のテリトリーに入るのが好きらしい。何かと話しかけてくる。オヤジの話を聞いていたら私と話が合わないのがすぐにわかった。ギャンブルの話をしているのだが、馬とサッカーのトトカルチョの話だった。つまり一般的なオヤジなのだ。ここに"競輪・スロットマシーン・バカラ"の話で突っ込んで行けば、私の存在が浮くのは明白だった。したがって"おとなしい男"を装っていた。素人衆に影響を与えてはいけない。
手術前に妹が訪ねて来た。
私が手術をすることを話すと「それって死ぬの?」と聞いてきた妹である。
こいつは声がデカいので外で話すことにした。
「なーんだ。簡単な手術なんだ」
「当たりめーだ」
妹は10分ほどの滞在で仕事に戻って行った。
手術前日に私は陰毛の一部を自分で剃らされた。しかし、ただ剃るんじゃ面白く無いので"ハート型"に剃ろうと思った。そしたら陰毛はことのほか手強く、失敗を繰り返したら変な形の陰毛になってしまった。
そして手術当日を迎えた。
どろみんが見守る中、私は搬送用担架に乗せられた。そして大嫌いな筋肉注射が打たれた。これで頭が"ぽやーん"としてきた。同室のオヤジが「行ってらっしゃい」と心配そうに声をかけてきたので、「行ってきまーす!」と明るく答えてやった。ここからの記憶は途切れ途切れになった。
気が付いたら個室のベッドに横たわっていた。
横にはどろみんと看護婦がいて、看護婦が私に話しかけて来た。
「負け造さん、どうですか?ぷぷ」
(何だ?何故笑う?)
「大丈夫なようね」
どろみんは呆れた口調で私に話しかけた。
少しづつ記憶が断片的に蘇って来た。
(そう言えば…)
看護婦に「負け造さん、私の声が聞こえたら右手を上げてください」と言われた時に"卑猥な握り拳"を上げた記憶が蘇った。
(…マズイ、この看護婦にやっちまったのか?)
他の看護婦がまたやってきた。
「負け造さん、手術は終わりましたよ。ぷぷ」
(な、何だ?俺はこの看護婦にも何かやったのか?)
その後、入れ代わり看護婦がやってきて笑いを堪えながら話かけてきた。
(マズイ、確実に何かやっちまったみてぇだ。)
何をやったり言ったりしたか記憶が定かでは無い。しかしロクでも無いことを言ってる確信はあった。だが、それを看護婦に聞いても答えてくれるとは思えなかった。さらに眼鏡を外しているので看護婦のネーム
プレートを見ることもできない。これじゃあ誰に何を聞いたかも覚えることすら不可能である。
それにしてもチ●コに違和感があった。
って言うか痛かった。
尿道に管が挿入されている。
これは私にとってとんでもない苦痛だった。
術後10数時間は体を動かすことができないので、チ●コに管が挿入されて尿が強制排出されるのだ。
手術を終えて意識が戻った私を完全に覚醒させるために執刀医が尋ねた。
「負け造さん?手術は無事終わりましたよ」
「…カ、…カ」
「はい?何ですか?」
「カルビが喰いてぇぇ!」
私のこの叫びで手術室が爆笑の渦に巻き込まれた。
「具合はどうですか?」
「おしっこが出そうです」
「そうじゃなくて、お腹の具合ですが…」
「ウンコが出てぇ!」
「…」
そして私は手術室から個室の病室へ搬送された。
私は廊下を搬送される担架の上で大声で叫び続けた。
「チ●コが痛ぇ、チ●コが痛ぇ、チ●コがぁ、チ●コがぁ」
部屋に戻るまで廊下で"チ●コ"の連呼が続いた。部屋に戻ると、私をさらに覚醒させるために看護婦が話しかけて来た。
「負け造さん、どうですか?」
「ちっくしょぉ!一人でおしっこ行くからチ●コを外してくれぇぇ!」
「…」
「チ●コが痛ぇ」
「負け造さん、歳はいくつですか?」
「100歳」
「…」
これがもし大部屋だったら他の患者は大迷惑である。そうで無くてもチ●コを絶叫しながら廊下を移動しているので、すべての病室に聞こえてるはずだった。
しばらくしたら執刀医が病室にやってきた。彼は真面目な医師であり、私が廊下に運び出された後の狼藉ぶりを知らない。
「負け造さん、気分はどうですか?」
「…チ」
「はい?何ですか?」
医師は私の口に耳を近づけた。
「…チン」
「はい?」
どろみんは頭を抱え、横にいる看護婦は背中を震わせて笑いを堪えた。
「チ●コが痛ぇぇぇ!」
「…」
「チ●コォォ!」
「…お腹は痛いですか?」
「そんなこたぁどうでもいいんだ!チ●コが痛ぇ!」
執刀医は私の無事を確認したらしく、部屋を出て行った。どうやら私は"チ●コ魔神"と化していたらしかった。無意識でここまで言える幼稚な自分を誉めてやった。
手術翌日まで私はベッドで身動きひとつできなかった。
傷口は痛いような気がしたが、とにかくチ●コの管を外してもらいたかった。そして翌日に管を外してもらえた。これがたまらなかった。管が抜かれる途中に放尿感と脱糞感が一気に襲って来た。
「うぉぉ!ションベンとウンコが一緒に出そうだぁぁ!」
しかし術前に下剤を使用しているので放尿も脱糞もすることは無かった。そして抜かれた管を見て腰を抜かしそうになった。何と長さが20cmくらいあるのだ。これじゃ放尿してる感覚なんかあるはずは無い。
そして私は看護士の力を借りてベッドから立ち上がった。この時点では消化器系の内臓は機能していない。この消化器系を機能させるために歩く必要があるのだ。立ち上がった瞬間に内臓が移動したのがわかった。
(何じゃ?この感覚は?)
私は渾身の力で立ち上がったが、5歩でくじけた。
「負け造さん、歩かないとダメです」
1時間後、私は手すりにつかまりながら歩き出すことに成功した。
そしてこの頃、"ガス抜き"をする必要性が出て来た(要は屁をぶっこくこと)。しかし立ち上がるのは結構苦痛であり、点滴を運びながらトイレでウンコをするのは面倒くさかった。第一苦労して便器に座って屁が出なかったら悔しいと思った。面倒くさいので寝たまま屁をこくことにした。
だが問題は屁とウンコの区別は勝負してみないとわからないことだった。ウンコが出るとすれば下痢便以外の何物でも無い。外したら悲劇である。
「ええい、勝負だ!」
ブビビ…ッビ
やはり"2分の1の勝負"には勝てなかった。
しかし全部ウンコが出る前に肛門を驚異的な速度で引き締め、被害を2グラムに押さえた。結局さんざん苦労してパンツを履きかえる羽目になった。翌日、私はどろみんに申し分けなさそうに汚れたパンツをそっと差し出した。
術後の経過は順調で、日を追うごとに犬みたいに体力が回復していった。
ちなみに開腹手術には至らず、内視鏡の手術で済んだのが幸いだった。もう、こうなりゃ元気である。さすがに多少の傷口の痛みはあるものの、歩き回るのに不自由は無かった。術後3日目には喫煙室でタバコを吸っていた。そしたら私よりガッツのある老女がいた。鼻に酸素の管を突っ込み、点滴を引きずりながら悠然とタバコをふかしているのだ。私はその老女を尊敬した。
退院前日になるとヒマで飽きて来た。
まだこの時点では入浴できないので私はどろみんに体を拭いてもらっていた。全裸で仁王立ちする私の体をどろみんは拭いていた。
「ねぇ、看護婦さんが今入って来たらびっくりするわよね?」
「そんなの知るか。もう笑われ慣れた」
するとタイミング良くドアがノックされた。
「どうする?」
「構うか。どうせ全裸は見られてる」
「そうよね。はーい、どうぞ」
別に私は服を着るわけでも無く、パンツでちょっとチ●コを隠して平然と仁王立ちしていた。そしたらドアが開いて、いきなりKAWAGUCHIさんが入って来た。まさかKAWAGUCHIさんが入ってくるとは夢にも思わなかった。しかも丁度チ●コを拭いてもらった後であったKAWAGUCHIさんは呆然として、全裸仁王立ちの私とひざまずくどろみんを見ていた。私は笑い出しそうになったので、KAWAGUCHIさんにちょっと部屋の外で待ってくれるように懇願した。
「ひ、ひ、だ、ダメです。違うんです。傷口が開いて…」
私は堪え切れずに全裸で腹を押さえて笑い転げた。何か"プチッ"と腹のあたりで音が聞こえた気がした。
そしてその翌日、私は平然と家に戻ってPCの前でタバコをふかして画面を見ていた。
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