【家族の肖像】金は返した

多分私が18歳かそこらの時の夏だったと思う。
ちょっと金が必要になった。と言うか麻雀で友達に借金をしていた。金額は1万とちょっとだったので借りたままにしておくこともできたのだが、かと言って1万円ちょっとを稼ぐ適当なアルバイトを探す気もあまりなかった。
「負け造、こんなバイトを見つけたぜ」
私が借金をしているKが新聞の折り込みを私に見せた。
「何だ?このバイトは?」
「選挙の調査のバイトで2日で1万5、6000円だ。丁度オメーの借金がチャラになるし、俺もちょっと稼げる」
「でも車が必要って書いてあるぜ」(まだ私は免許を持っていなかった)
「大丈夫、車は俺が出す」
「わかった」

そのバイトの説明会場には多くの若い連中がいた。
そしてその主催者らしい人物が説明を始めた。
「皆さんにこの人物リストをお渡ししますので、その人物に直接会ってどの候補者に投票するかを聞いて来てください」
要は選挙の事前調査であった。
「場所は県内全域ですので、車のある方はできるだけ遠方をお願いします」
と、簡単な説明で調査地域が割り振られた。

「よぉし負け造、行くか?」
「おっけー」
私はKの車に乗って調査に出発した。
Kは山奥の小さな町を、私はその途中にあるさらに小さな村を調査することになった。リストの人物はランダムに抽出されたらしかったが、私の担当する村には昭和39年生まれの女性の名前があった。この若いねーちゃん(当時)をどちらが担当するかでちょっと揉めかかったが、結局通り道であるこの村で私を下ろした方が手間がかからないので、私が担当することになった。
「じゃあよ、この辺でオメーを下ろすから。夕方の6時には迎えに来るからこの辺で待っててくれ」
「わかった」
Kは私を下ろすとそのまま町を目指して走り去った。

(ふぅ…こんな村は初めて来た。)
私はその村の名前だってほとんど知らなかった。調査予定は2日間であったが、うまくすれば1日で終わるかも知れなかった。リストには数十人の名前が載っていたが、どうせ小さい村である。そんなのすぐに見つけられるだろうと思った。
(さ・て・と、用意をしてっと…)
私は事前に作成した身分証明もどきのカードを胸に付けた。こうしておけば怪しまれることが少ないと思ったからだ。

私は書いてある住所を頼りに家を訪ね始めた。
(こんなの楽勝だぜ…)
甘かった。
まず平日の昼間だったので村人たちの多くは畑で農作業をしていた。つまり家を訪ねても誰もいない、もしくは留守番の年寄りしかいなかった。この年寄りが調査対象なら良いのだが、世の中そううまくいくはずもなかった。さらにこの番地がくせものであった。リストの番地は比較的連番が多かったので、隣接しているかと思えばこれが500m以上離れていたりした。しかもそこに行っても誰もいない…ってな状態で、私は調査開始後2時間くらいですでにヘロヘロになっていた。
(Kの野郎はきっと楽勝なんだろうな…ちっ!あっちの町にしときゃ良かった)
私はほとんど白紙の調査表に目を落とした。
(唯一の楽しみはこの若いねーちゃんってか…)
とりあえずその若いねーちゃんの顔でも拝んで元気を出そうと思った。

(えーと…確かこのあたりのはず何だが…)
住所を頼りにウロウロしていると人がたくさん集まっている家を発見した。
(何だよ…みんなここにいるのかぁ…ん?葬式か?)
その家を通り過ぎ、さらに周囲をウロウロしようとしたらおねーちゃんの家の場所がわかった。
(ゲェ、さっきの葬式をやってる家じゃねーか!)
そんな葬儀の中に突っ込みたくは無かったが、そんなこと言い出したらいつまでたっても調査は終了しない。
(いいや、突っ込んじゃぇ)
「あのぉ…」
「はい」
「○○□□さんはこの家の方でしょうか?」
「ええ、そうですが」
「ちょっと選挙について調査してまして…すぐに終わるんですが、お話しを…」
「…その○○□□の葬儀なんです」
「何ですって!」
「昨日、突然…」
スゲェ具合が悪かった。調査対象者が病死したなんて何たる偶然だ。
「そうですか、お若いのに…」
「は?いえ、もう結構な歳でして」
「え?でも昭和39年生まれってことは…」
私は家人に調査表を見せた。
「あのぉ…これ昭和39年じゃなくて明治39年の間違いです」
「…」
(調査対象者が死亡につき…さらに年齢も間違い…と)
私は調査表に書き込んで次の家を目指した。

(次はこの家か…)
何か普通の家だった。ピンポン押したら目的の人物らしき中年男性が現れた。
「すいません。選挙の調査をしてまして…××さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「俺だが…」
「ではですね、今回の選挙では誰に投票する予定でしょうか?」
「それは答えられねぇ」
「そこを何とか、これは名前も出ませんし…」
「兄ちゃん、そうじゃねぇんだ。俺は選挙管理委員なんだ」
「…」
「わりぃな」
(クソコンピュータめ!よりによって選挙管理委員なんか抽出しやがって…ってなわけでこれもダメっと…)
また調査表に書き込んで次の家を目指した。すでに夕方になったのだが、まだ半分も調査は終わっていない。

「兄さんもこの暑いのに大変な仕事してるんだ…ま、お茶でも…」
と、この家ではいきなりバアさんに捕まった。
「ええ、調査対象の家同士が離れてるわ、誰もいないわ、行ってみりゃ葬式だわ、選挙管理委員だわ…といいとこなしですよ」
「確かに昼間は誰もいないわな…あ、そうだ。そのリスト貸してみな」
私はわけがわからなかったが、とりあえずリストをバアさんに渡した。するとそれを見ながら電話をかけはじめた。
「もしもし、俺だ。あのな、これからちょっと家にいてくねーか?何でも選挙調査をしている兄さんが…」
と、調査終了していない家々に電話をかけてくれた。
「兄さん、今なら皆いるからいってきな」
「ありがとうございます」
ラッキーだった。場所はだいたいわかっていたので、ものの1時間もしないうちに調査がほとんど終了した。そしてまた、さっきにバアさんの家に戻った。

「おかげさまで調査はほとんど終了しました」
「そう、良かった。で、どうやって帰るんだ?」
「友達が私を拾いに来ることになっています」
「じゃぁ、それまでゆっくりしていきな」
「そうさせていただきます」
と、これまたラッキーなことに冷たい麦茶を飲みながらKを待つことになった。

しばらくしたら雷が鳴り出した。どうやら夕立のようだった。そのうち大雨になって、私はその家から身動きがとれなくなった。
「友達は遅いね…」
もう7時を過ぎていた。
「多分この夕立で足留めを食ってるのかも…」
「じゃあ、飯でも食えや」
「は?」
「腹が減ったろ、飯でも食ってけ」
「…は、はい」
と、今度は飯をご馳走になった。
そして腹一杯になったので畳の上でゴロゴロしながらKを待つことにした。

時々道に出てKらしき車を探したが、なかなかヤツは現れなかった。夜になってその家の家人たちが帰ってきだしたので、さすがの私も他人の家でゴロゴロしているわけにもいかなかった。そして9時近くになって、やっとKの車を発見した。
「すいません、友達の車が来ましたので…どうもご馳走さまでした」
と、その家を後にしてKの車に乗り込んだ。

「どうしたんだよ?大雨で崖崩れでもあったのか?」
「…最悪だ。ちくしょぉめ」
「何が?」
「ちょっと急いでこっちに向かって走ってたら、この大雨の中ネズミ取りなんかやってやがってよぉ!」
「で、捕まったのか?」
「ああ」
「罰金か?」
「多分」
「いくら?」
「恐らく1万5、6000円」
「…いきなりただ働きか」
「その通り。いや、ガソリン代でマイナスだ」
Kと私は大笑いした。

「で、Kよ。調査はどうだった?」
「それが…家が散らばり過ぎて見つからねぇわ…中には寺の敷地内に住んでるオヤジはいるわ…と散々で、明日もう一度やらねぇとダメだ。負け造は?」
私は経過を話した。
「ラッキーな野郎だ。でもあのねーちゃんはバアさんだったんだ」
「とりあえず俺はほとんど終了」
「じゃあ明日一緒に付き合えや」
ってな具合で、翌日はKに付き合って街中の調査を手伝うことにした。

「で、これが調査の報酬です」
2人して薄っぺらい封筒を受け取った。
「…」
「…」
「負け造、この俺の金は罰金に消える」
「K、ほれ。この金はお前に返す」
「何だか疲れたな」
「まったくだ」
「麻雀でもするか?」
「そうするか」
と、2人してとりあえずいつものパチンコ屋にメンツを探しに出かけた。
多分、知り合いのクズどもがパチンコをしているはずだった。


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