「葦牙ジャーナル」81号(2009年4月) 巻頭言

言葉の「下落」

最近テレビでよく耳にする言葉に「下落」がある。
いうまでもなくこの言葉は株式や商品取引など相場で価値が下がったときに使われる。
「日経平均株価が××円下落した」、「原油価格は××へと下落した」などなど。
しかし、以前はもっと単純に「下がる」「低下する」「下降する」「低落する」「急落する」「暴落する」などが使われていたように思う。

下落というどこか耳障りで美しくない言葉が耳につくようになったのは、リーマン・ブラザーズの破綻を引き金に、金融危機が顕在化した昨年の秋からだったろうか。
なにも目くじらを立てるほどのことではないのかもしれない。それにしても、NHKが率先してこの言葉を一斉に使い出すとなると、何か隠された意図があるのではないかと邪推したくなる。

もともと「下」の字を「げ」と読ます言葉は、下品、下司、下男下女、下世話、など一段低いものを見下すように使われる場合が多い。
ということは「下落」という言葉には、「下がる」などにはない、どこか好ましからざる状況というニュアンスが込められているのかもしれない。

不都合である以上はなんとしてでもその状況は改善するべきだということになり、株価を上昇させるいかなる政策も受け入れられて当然だ、
ということになりかねない。そうした動きは、大量に株式を所有する企業や富裕層にとって、願ったり適ったりということだろう。

だが、そもそも相場は上がったり下がったりするのがその属性であり、落ち込んだからといって必ずしも不自然だということはない。
相場は市場の原理に任せるのが本来の姿のはずである。にもかかわらず、人為的に相場を上げようとする試みにマスコミが組みしているとすれば、やはりどこか胡散くさい。
いつのまにかマスコミが富裕層の味方になっているとすれば、それは忌々しき事態といっていいだろう。

「下司の勘ぐり」といわれてしまえばそれまでだが、言葉が「下落」するときには、ゆめゆめ油断は禁物である。

(牧梶郎)

巻頭言《バックナンバー》
80号(2009年2月)
79号(2008年12月)
78号(2008年10月)
77号(2008年8月)
76号(2008年6月)
74号(2008年2月)
73号(2007年12月)
72号(2007年10月
71号(2007年8月)
70号(2007年6月)
69号(2007年4月)
68号(2007年2月)
67号(200年 12月)
66号(2006年10月)
65号(2006年8月)
64号(2006年6月)
63号(2006年4月)
62号(2006年2月)
61号((2005年12月)
60号((2005年10月)
59号(2005年8月)
58 号(2005年6月)
57号(2005年4月)
56号(2005年2月)
55号(2004年12月)
54号(2004年10月)