「葦牙ジャーナル」57号(2005年4月) 巻頭言
ジャーナリズムの矜持を問う
テレビ・メディアは電気紙芝居だ、という説は根強くある。
実際、テレビのスイッチをいれてどのチャンネルを選んでも、他愛のないお笑いや娯楽番組ばかりが目白押しに並んでいる。
烈しい生存競争にさらされ、身も心もくたくたになっている多くの視聴者にとって、そんな番組はひと時の安らぎをもたらすのかもしれない。
しかし、それが四六時中となるとつい、メディアとは何か、といった疑問のひとつもさしはさみたくなる。たとえばイギリスのBBCなど、ジャーナリズムとしての矜持を身上にしているテレビ局も世界にはある。
NHKではちかごろ、番組制作に絡んで汚職事件が起きたり、従軍慰安婦や強姦など戦争にともなう女性への性的暴力の犯罪性を問う「女性国際戦犯法廷」の模様を報じる番組に、政権党の政治家が圧力を加え、介入したりした疑いが起き、視聴料不払いが大規模に拡がっている。
こうした事態も、他愛のないお笑いや娯楽番組ばかりを流しつづけるテレビ・メディアの意図の在り処を暗に証明していることになるのかもしれない。
先日、このNHKの「女性国際戦犯法廷」に取材した番組改編へむけての与党政治家などの圧力・介入問題を糺す集会が、筆者の住いの近くの会場で行われ傍聴する機会があった。
雑誌『世界』編集長の岡本厚さんが「現在のメディアと政治・世論」と題して、政治家などの介入を招きやすいこの国のメディアの現況、たとえば記者クラブの機能や真の意味での公共性の欠如の問題などを話され、次いで、VAWW―NETジャパン(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)共同代表・西野瑠美子さんが、番組改編についての内部告発、番組改編の際のNHK側の対応や与党政治家たちの動静を詳しく報告されていた。
両氏の話を聞いて明らかになったのは、NHKが予算をとおして政権党の意向の動向に事毎に気を使い、その意に沿うことを組織ぐるみで配慮しているという、とてもジャーナリズムとはいえないような実態であり、そうした実態がひとりNHKだけでなしに大手新聞社などの代表的ジャーナリズムを蝕んでいるという、民主主義の根幹を危うくするような問題であった。
メディアの私欲と歪んだ競争が、自らの矜持と生命力を蝕み、かつての大本営発表を中継するだけの道を再び歩もうとしている危険は阻止されなければなるまい。 (上原 真)