「葦牙ジャーナル」59号(2005年8月) 巻頭言

グラムシ―リベラルか、それとも共産主義者か?

 《いりす》から『グラムシ思想探訪』が上梓された。グラムシと言えば、わが国では1950年代から60年代にかけて先進国革命のなかの「構造改革論」「修正主義理論」の創始者として受容された不幸な一面を背負っている。
 お膝元のイタリアでは、今また、グラムシをめぐって深刻な論争が続いているのをご存知だろうか。

 周知のように、70年代にレーニン型革命路線にたいするオールタナティブとして打ち出されたヨーロッパ共産主義路線の旗手とも喧伝されたイタリア共産党は、今から15年前に解散し、多数派を結集して社会民主主義政党に生まれ変わった左翼民主党と、共産主義再建派などの少数党派に分裂し今日にいたっている。
 私がイタリアに滞在した70年代後半から80年代初めにかけて、イタリア共産党の集会に顔を出せば必ずといってよいほど「グラムシ、トリアッティ、ロンゴ、ベルリングェル」とイタリア共産党員が誇り高く歴代指導者の名を唱和したものだった。
 ローマのベネツィア広場近く、ボッテゲ・オスクーレ通りにあった旧共産党本部3階の書記長執務室の壁には、いつもながらのグラムシの写真が掲げられていた。ところが今や左翼民主党幹部の執務室には、グラムシならぬJ・F・Kの写真が飾られていると聞いて驚いたことがある。数年前の風聞だから真相は謎につつまれているが、指導者の評価も時代が変われば変わるものである。


 さてグラムシをめぐる深刻な論争とは要約すればこうだ。一方の側は、“グラムシは本来イタリアの「リベラル思想」を受け継ぐ思想家であった”、“グラムシは獄中で共産主義者としての信念を棄て「民主主義」の理論家になろうと決意した”と主張する。言い換えれば、グラムシから「共産主義」というラベルをできるだけ払拭したいわけであろう。
 もう一方の側は、こういう手法はグラムシの歴史的真実をゆがめ、グラムシをグローバリゼーションを突き進めるネオ・リベラル思想にたいし迎合的態度をとる口実にしようというもので許せない、と鋭く批判する。遺憾ながら今のところ、両者が歩み寄る気配はなさそうだ。

 『グラムシ思想探訪』は「日本版刊行にあたって」において、グラムシの実用主義的解釈、言い換えればそのときどきの時代の要請に符号するかどうかという角度からグラムシの今日的意義を引き出そうとするのは正しい読み方ではない、と言っている。
 果たしてグラムシは共産主義者か、それともリベラルか、はたまたリベラル共産主義者か? よーく考えよう。  (小原耕一)