「葦牙ジャーナル」73号(2007年12月) 巻頭言

小沢民主党代表辞任劇で失われたものと傷ついたもの

福田首相との党首会談ではじまり、持ち帰った大連立構想への党の否認による辞意表明、その後の慰留による辞任撤回という小沢民主党代表による一連の茶番劇は、党の「総意」で代表続投が承認されたことで一応の幕引きとなった。結果として、小沢代表の政治指導者としての資質への疑念が生じ、民主党への不信と失望とが残った。

自民党の参院選惨敗で意気消沈していた保守勢力を蘇生させ、一気に勢いづかせたことが、今回の一連の茶番劇が持つ重要な側面であることは間違いない。
ただ、傷つき失われたものが民主党への信頼だけではないところに、実は問題の深刻さがある。
失われた最大のものは、《民主的な選挙による政権交代》という、日本では未だ経験をしたことがない民主主義的実践の可能性である。

それまで民主党へ懐疑的であった左派諸勢力や無党派市民層も、参院選後はこの一点において結集しつつあったといっていい。民主党が公言どおりテロ新法に反対し、自公政権に対決しつつ衆院の解散総選挙に持ち込めば、中道左派への結集による選挙勝利と政権交代が、可能性としてはたしかに存在した。
そうした気運が後退し可能性は遠のいてしまった。民主党は小沢党首の続投を〈総意〉とすることでなんとか党内再結集をすることができるかもしれないが、より幅広い左派や無党派市民の連帯を取り戻すのは当面難しいだろう。

こうした事態をまねいたそもそものきっかけは、小沢代表が福田首相との密室会談に応じたことである。最後はトップ同士で落しどころを決めるというのは政治だけでなく日本においては広く受入れられている合意の手法であるが、これは本来民主主義に反するやり方である。
記録の残らない密室で行われたとなるとさらに悪い。国の在り方のもっとも基本的な政策がこのような非民主的手法で決められようとしたことは、民主主義の観点からは看過できない問題である。
今回の一連の茶番劇で一番傷ついたのはまたも日本の民主主義だったといっていい。(牧梶郎)

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