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栄光のシンガーミシン(1)-ブランドを巡る駆け引き


僕はミシン業界の人間ではない。
ミシンの歴史を語るには知識が不足している。
それでも、シンガーが栄光のブランドであることは知っている。

シンガーミシンは、世界でもっとも名声を持っていたミシンメーカだと言えるだろう。
アメリカの会社であるシンガーは、ある時期、世界最高のミシンとして非常に高い
評価を受けていたのだ。

今でも「シンガー」というブランドネームを知らない人は少数派だと思う。
少なくとも「ああ、ミシンの会社でしょ」という程度の認知はされているはずだ。
実際、全盛期のシンガーの機械は、名機と呼ばれるにふさわしかったと言うし、
日本においても「ミシン=シンガー」という時期があったと聞く。

しかし、である。
現在のシンガーはどういうポジションにあるのだろう?

歯に衣着せないミシン屋ならば、「シンガーは潰れちゃったからね」と言うだろう。
「パーツを入手できないし、もう修理なんてできないよ」とまで言うかもしれない。
販売に目を向けると、いわゆる「おとり販売」と言われる酷評されている訪問販売の
主役がシンガーであることも事実だ。

こうした声に対して、明確な否定は聞こえてこない。
なぜか?

それは、シンガーは「ブランドネーム」であって「メーカ」ではないからだ。
明確に否定すべきメーカが表に出てこないのである。

「シンガーミシン」という会社は存在しない。
この点は、蛇の目、ブラザー、JUKI とシンガーとの最大の違いだろう。

最近まで、日本におけるシンガーブランドのメーカは、「シンガー日鋼」という会社
だった。シンガー日鋼がミシンを生産し、代理店が販売していたのである。
直販を持たないスタイルは珍しいものの、ごく自然な形態だ。

しかし、そのシンガー日鋼は段階的に事業を縮小してきた。
現在では、ミシンとの関係は事実上消滅していると言って良い。

ミシンに限らず、どんな製品でも修理やメンテナンスを必要とする。
メーカであれば「今日で辞めます」と言って逃げるわけにはいかない。
そのためシンガー日鋼は、家庭用ミシンに関するすべての業務をハッピー工業
に委譲したのだ。(正確に言うと、ハッピー工業がアメリカのシンガー本社から
「シンガー」ブランドの使用権を買った)

ハッピー工業は以前からシンガーブランドのミシンを生産していた会社である。
いわゆるOEMメーカだ。ローエンド商品をOEM生産していたアックスヤマザキと
並んで、シンガーミシンの重要な生産会社である。つまりシンガー日鋼自体は
ミシンを生産していなかったのだ。(モナミシリーズは例外だったはず)。

さて、ここでいくつか仮想的な質疑応答を考えてみよう。
その方が事態を手っ取り早く把握できる。

■質問1■ シンガーミシンは潰れたのですか?
答え: YesでもNoでもありません。
「シンガーミシン」という会社は元々存在しません。存在しない会社が潰れる
ことはありません。

■質問2■ シンガーのミシンはなくなるのですか?
答え: 将来的に不透明な部分もないわけではありませんが、当面なくなりません。

■質問3■ シンガーミシンの修理やメンテナンスはどこに頼めばいいのですか?
答え: シンガーに限らず、修理やメンテナンスは原則として購入した販売店に
問い合わせて下さい。購入した店が潰れてしまったり、引越したなどの理由で
購入した販売店に連絡がつかない場合は、「シンガーハッピージャパン」という
会社にコンタクトして下さい(Tel:03-3837-1865)。ハッピー工業が新たに設立した
シンガーブランドミシンの販売会社です。

■質問4■ シンガー日鋼は潰れたのですか?
答え:法律的な処置はさておき、少なくてもミシン事業に関しては、社会通念上、
潰れたと言われて文句は言えないでしょう。

■質問5■ これからシンガーのミシンを買っても大丈夫ですか?
答え: 大丈夫の意味がよく分かりませんが、修理もしてもらえず途方にくれると
いうことはないと思います。ただ、逆に質問したいのですが、なぜシンガーの
ミシンを買いたいのですか? 他にいくらでもミシンはありますよ。

これは僕の個人的な意見だが、シンガーのミシンを買う理由は何もない。
蛇の目でもブラザーでもJUKI でも、同等以上のミシンはいくらでもある。
敢えてシンガーを選ぶ理由を僕は見つけられない。

シンガーサイドの人間は言うだろう。
「シンガーは潰れていないし、修理やメンテナンスも何ら問題ありません」

それは確かにそうだ。
シンガーのミシンを実際に生産しているハッピー工業が業務を引き継いだのだ。
修理もできるだろうし、パーツの在庫だって持っているはずだ。
シンガーというブランドネームは、まだ死んだわけではない。

しかし修理やメンテナンスは、製品を生産し販売する会社の最低限の義務に
過ぎない。そんなことはできて当然だ。それさえできなかったら詐欺ではないか。

最後の質問。
■質問6■ 万馬さん、あなたは今、シンガーのミシンを買いますか?
答え: 買いません。


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