人生の苦楽をともにしてきた愛すべき喫茶店ですが、ここ十数年の間にバブルの波に
翻弄され、また軽薄短小な観光地としての宿命から多くの店が姿を消していきました。
ここでは私の記憶に刻まれているそんな名店の数々を、当時のライフスタイルと重ね
合わせながらご紹介したいと思います。
店名、所在した地、閉店(推定)年、コメント
| ■ヤシマ、横須賀市、1990年 |
| 高校時代、学校帰りには友人達と横須賀中央で途中下車して、アメリカンドック、立ち食い そば、 ビッグパフェ、 シェーキーズのピザ、 ファンシーショップクオレの隣にあった100円 ラーメンなどなど・・・とにかく安くて量がいっぱいあるジャンクフード店に狙いを定めて毎日 徘徊していたが、毎週土曜日にかよっていた小林楽器のエレクトーン教室の帰りだけは、 ちょっと贅沢してヤシマのピザトーストを食べるのを楽しみにしていた。 薄暗く奥に細長い店で、ピザトーストが本当においしかった。私が喫茶店というものを意識 し始めたのはこの店がきっかけで、薄暗い店好きの源流も多分この店にある。 |
| ■貴茶屋(きさや)、横須賀市、1992年 |
| 久里浜にある某電機メーカーに就職し、会社帰りには ”貴茶屋”か ”はいから”に入り浸る ようになった。 先輩の悪口や男性の話題など込み入った話は ”はいから”でお好み焼きを つつきながら、また精神が幾分安定している時は”貴茶屋”でおとなしくコーヒーをと通い分 けていたが、貴茶屋はほどなく居酒屋に改装されてしまった。アンティーク調の落ち着いた 雰囲気でコーヒーが美味しかった貴茶屋。 閉店が惜しまれる。 最近は久里浜に行くことも なくなってしまったが、”はいから”はまだ健在だろうか。 |
| ■カフェ・メルカード、横浜市戸塚区、1992年 |
| 戸塚駅西口の旭町商店街入口にあったコーヒー店。1Fが短時間滞在用のカウンター、2F には長時間居座り用のふかふかのソファセットが置いてあった。戸塚駅を貨物列車が通過 するとものすごい振動で地震と間違えて冷や汗をかくのが唯一の欠点だったが、 内装、雰 囲気、おっとりした店員、陽の当たり具合まで申し分のない喫茶店だった。 私と同じ考えのお客が多かったのであろう、みんな長居をするのでやたらと回転率が悪く、 さすがに儲からなかったと見えて敢なくミスタードーナツになってしまったが、 ミスドになった 今でもあの頃の居心地の良さは踏襲されている。 |
| ■展覧会の絵、横浜市中区、1993年 |
| 横浜といえばやはり山手の高貴な雰囲気が好きで、元町商店街→外人墓地→山手通りを ウロウロして、今のイタリア山庭園のところから石川町駅に下りるのがお決まりの巡回コー スだった。沿道には ”えの木亭”や ”山手十番館”等の喫茶店はあったが、そういういかに もな店は苦手で、少し離れた所にあった小さな画廊喫茶 ”展覧会の絵”が大好きだった。 今はその先にイタリア山庭園や外交官の家もでき、散策する観光客も増えたが、当時はま だ何もなく人通りも少なかったので経営が大変だったのだろう。 現在そこはレストランにな っているが、通るたびにあの小さな喫茶店があった頃を思い出す。 |
| ■ニューキャッスル、逗子市、1994年 |
| この頃は休日はもっぱら東京でばかり遊んでいたが、 会社が久里浜にあったこと、また同 僚も三浦半島居住者が多かったことから、遊びの軸足を再び三浦半島に戻しつつあった。 会社帰りには先輩達と、今日は鎌倉、明日は逗子、昨日は葉山という具合に有名なレスト ランを次々と攻略していった。 逗子では絶対にガイドブックに載せない隠れた名店Katsu's に行くことが多く、食事帰りに寄ったのがこのニューキャッスルである。 店長はちょっと太りぎみのオカマっぽい男性だったが、 やわらかい物腰なのでなかなか居 心地が良かった。 四方山話をしながら2時間は粘ったものである。チャヤと同じく22時頃ま で営業のありがたい店だったが、現在は中華料理店になってしまった。 |
| ■カフェ・フォリオ、茅ヶ崎市、1996年 |
| 三浦半島をあらかた手中に収めると、次はライバル湘南地区の動向が気になるところであ る。暇を見つけては、藤沢、茅ヶ崎、平塚と東海道沿いを西へ西へ流れ歩くようになった。 その中で茅ヶ崎は、藤沢ほど騒々しくないし、平塚ほど田舎でもない良い雰囲気。 ”加山雄三通り”などというネーミングセンスはちょっとどうかと思うが、 名前に反してオシャ レな通りで、特に”葉山ガーデン”という葉山が本店の家具屋と、その半地下にあったカフェ ・フォリオは抜群のコンビネーションだった。 カフェ・フォリオは一種の画廊喫茶で、クラシッ クが流れる静かな店内、 地上から差し込む光、 そしてコーヒーは苦目で、すべてにおいて 大人っぽい素晴らしい店だった。ここが無くなったのはものすごいショックで、以来茅ヶ崎へ もあまり行かなくなってしまった。 |
| ■ドルチェ、藤沢市、1997年 |
| 会社では、「あの人は藤沢住民だよ」などと耳にすると、 よく知らない人であっても 「近所に 素敵なサ店はないか」をすぐ質問に行くのですっかり変な人だと思われていたが、 このよう な突撃突撃強制インタビューの甲斐あって、ガイドブックのちょうちん記事とは違う有用な生 情報をかなり入手できた。 ドルチェはこのようにして藤沢人から聞き出した店で、 ジャズが 流れる薄暗い店内はまさに私が求めていたものであった。 コーヒーの味もとても良く、男性 ばかりの店員は無駄のないキビキビとした動きで実に好感が持てた。 ある日、この店が若者向きのジャンクショップに変わっているのを発見した時は、目の前が 真っ暗になった。大人が集う店がまた無くなった。ああ藤沢よ、お願いだからこれ以上子供 のたまり場になるような街づくりはやめて下さい。 |
| ■アタゴオル、鎌倉市、1997年 |
| 学生時代にはよく鎌倉の寺巡りをした。 お陰でどこに何寺があるかは勿論、その寺の宗派 や雰囲気、季節の花や石碑銅像に至までほぼ完璧に思い浮かべることが出来る。 その中で特に好きなのは、二階堂にある瑞泉寺。裏の崖をうまく利用した夢窓国師作の簡 簡素な石庭が禅宗の無駄のない境地を表現していて素晴らしい。さてこの瑞泉寺は、県道 から30分近くも入った谷戸のどん詰まりにあり、拝観後にはコーヒーの一杯も飲みたくなる が、 近辺は観光客相手の堕落しきった店や、 生きていくのがイヤになるような性悪な店が 集中する困った一帯である。こんな時は”岐れ道”まで戻って、マンションの1Fに隠れるよう にあった画廊喫茶アタゴオルを目指したものだ。 白を基調にした爽やかな店内でのコーヒ ーの味は格別だったのに・・・。 |
| ■セピア、藤沢市、1998年 |
| 湘南モノレールは面白い乗り物である。 大船−江の島間は12分でアッと言う間だが、途中 鎌倉山越えをするのでかなりアップダウンの激しい行程である。 おまけにガンガンスピード を出すので、下手なジェットコースターよりよっぽどスリリングである。 モノレールから下界を 見下ろしていると、 山小屋風の芸術家が住んでいそうな家があるのに気づいたのはそんな ある日。目を凝らすと「喫茶」の看板がある。 これは発見! とばかり家を訪ねてみると、2F で主人が絵画教室を開いており、1Fで奥様が道楽で店をやっていた。 喫茶店と言ってもた だのリビングである。私たちが入ってメニューが出されると電話がかかってきた。 奥様は客 のことはすっかり忘れて30分以上電話に興じるというどうしようもない店だったが、 チーズ ケーキがとても美味しく今まで食べた中で最高だった。 現在は家を改装し喫茶店は廃業の様子。客を忘れる奥様に店は無理だった? |
| ■(旧)花らんぷ、横須賀市、2000年 |
| この種の店は気取りすぎていてあまり得意ではないし、 何度も通う性格の店でもないので、 昔一度行ったきりである。確か1Fのショーケースでケーキを選ぶと、クリームやソースでデコ レーションされて2Fの喫茶室に運ばれてきたはずだ。そのデコレーションが派手派手し過ぎ て恥ずかしかったのと、値段が恐ろしく高かったのを鮮明に覚えている。 まあ、このような私 の主観はともかくとして、 巷のカップルにとってはデートの ”決め”に使われる三浦半島でも 最強のデートスポットだったことは確かで、この度の突然の閉店は、とにもかくにも一つの時 代の終焉を感じさせるさみしい出来事ではある。 |