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<平成10(1998)年11〜12月の日記>
回数 日付 天 気 累計(km) 日  記
-- 12/26
(土)
----  八方尾根で久々の年末スキーだが、麓は雪なし、途中から上はなかなか良い雪。途中はガス、上の方は晴れているが風が強い。一番上のリフトで数本滑った。午後、黒菱の斜面で滑ろうとしたが、ポール練習でえぐれていたのか、ちょっと雪にスキーを取られてくるっと回転してしまった。別に大した事はない、スキーじゃ殆ど転ばないんだからと、ちょっとふんばったら、右膝でボキッという音がして、膝が外へ曲がったような気がした。止まって膝を内側へ捩ると、妙な感覚で抵抗がない。痛みは全く無いが、膝の靭帯を傷めたようだ。念のため手近にいた仲間を呼んで、スカイライン迂回コース下山を付き合ってもらう。こんな初心者コースはめったに滑らないが、雪質は良いので結構快調に滑れた。しかし今はそんなことを楽しんでいる場合じゃない。だましだまし左足荷重で滑って、下りのリフトに乗った。
 宿(ニポポ)の車で神城の診療所まで送ってもらった。ご主人夫妻とお孫さん付きである。保険証は「診療所に本人がいる間にFAXが届けば」良く、クレディットカード支払もOKと、スキー場の診療所としてなかなか現実的である。スノボで頭をざっくり切ったギャルとか、やはりスノボらしいがアキレス腱を切ったようで膝を後へ思い切り曲げた状態で固定して腰から吊っている痛々しい青年もいる。診察の結果は、X線では骨に異常なく、膝内側の靭帯が切れたようで、手術するほどのことも無く、3週間ほどの固定で癒るだろう、本格的なトレーニングは6週間後から、とのこと。正月休みで助かった。
 とりあえず移動用に少し膝を曲げた状態でギプス固定。水硬性プラスチックは固まる時に暖かくなる。息子のギプスは何度も見たが、自分までやるとは思わなかった。スキーと荷物は宅急便。ちょうど新宿直通のスーパーあずさがあったのでさっさと帰ろう。また駅までペリさん(ニポポの主)に送ってもらった。自由席は空いていたので、ギプスが見えるようにズボンを少し上げていると、人は遠慮して他の席へ行ってくれる。大月あたりまで4人分占領できた。込んできたので遠慮して「どうぞ(席を)回して下さい。」と言ったものの、やはり座りにくい。前の席に来た客も席を回転してしまってから「脚だいじょうぶですか?」なんて聞く。トイレへ行く際に見たら、他にも席は空いているじゃないか。遠慮するんじゃなかった。
 新宿まで家人に迎えに来て貰った。シーズン初め、しかも初日の事故で、まったく後悔先にたたずである。やれやれ、これでスポーツも当分お預け。なお、28日に北里研究所病院(スポーツ専門医師がいる)で診て貰ったら、ギプスは2週間で良いとのこと。ちょうど寝正月だ。しかし固定した後は筋肉が固まっちゃって痛いんだぞう。リハビリには固定期間の倍かかる。なお28日は、病院の後、慣れない松葉杖で、(松葉杖では大先輩の)息子にさんざん馬鹿にされながら、娘の成人式祝親戚食事会へ向かった。
 これで自転車には当分乗れなくなってしまった。したがって、今年は52往復、累計距離1558q、自転車通勤開始以来10年間通算495往復で打ち止め
52 12/19
(土)
晴? 1558  今日も自転車で頑張った。年内では自転車通勤開始以来の通算往復回数は495で年内はおしまいとなった。来週はもう乗る機会は無いだろう。年末に大学まで意味無く5往復すれば500往復に達するけど、馬鹿馬鹿しいし忙しいから、実現しないだろう。それに記念すべき500往復目は皆がいる時が良い。また今日も深夜爆走。
51 12/17
(木)
晴→寒 1529  今日も自転車でぐわんばるぞっ。朝はまだ寒くなかったが、途中から急に冬型になって寒くなった。この北風では自転車は少々辛い。
 二部卒論会議が終わったのは10時。慌ててフルートの練習をやって、帰りは今日も同じ11時過ぎ。
50 12/16
(水)
1505  今日はたくさん走った。共立にはやや遅刻で行った。そのあと大学へ行って、その後、日本建築学会。暗くなってから大学へ戻り、卒論会議などやる。よく働くなあ、もう。戻って、共立の梗概をみたり雑用したり。フルートのレッスンを30分やったら、また深夜自転車。今日だけで42q走った
49 12/15
(火)
1463  途中で日本建築学会まで行く筈だったが、時には切り捨ても大切と、さぼって大学で雑務。正月のホームコンサートのためにフルートを練習するが、実に久々で、良い音が出ない。階段室では誤魔化せても、製図室でやると音が出ていない。結局11時の深夜爆走となった。
48 12/12
(土)
1437  マンションの補修工事の打ち合せなどで、昼前やっと出かけたが、寒い。研究室は卒論本文提出で、急に日が消えたように閑散とした。今日も結局11時の深夜爆走となってしまった。
47 12/10
(木)
天候 1411  出る時に少々もたつき、約束の時間に遅れて客人を待たせてしまったが、泊りの学生がいたので助かった。帰りは今日も深夜爆走。通算500往復まであと10往復になった
46 12/04
(金)
曇・寒 1386  午前中は家で原稿書き。昼ごろ行ったが、さすがに寒い。昨日も飲み過ぎて下痢気味。3〜4回便所へ行ってから出かけた。明日は卒論の発表会、しかも重要な教室会議があるから気合を入れなくちゃ。深夜に自転車で帰宅。途中でベンツに幅寄せされた。車線にまたがって走っていたあっちが悪い。左ハンドルの車はどうしても左寄りに走る傾向があり、油断できない。
45 11/28
(土)
1361  まだそんなに寒くはない。帰るときに巡回してきた警備員は、昔自転車に乗っていたようで、「13kmなら20分ぐらいかね」などと言う。彼と自転車談義をしながらCRC556でチェーンを磨いたら、帰りがひどく楽だった。年内にあと12往復できるかどうか微妙
44 11/24
(火)
1336  学園祭で休講、昼前ゆっくり行った。卒論梗概〆切2日前で、帰りは深夜。1336q。自転車通学を始めてから10年間で、通算487往復に達した
43 11/20
(金)
1311  学位論文事前審査会に少々遅刻。今日も二部の卒論会議などもあって、ひどく遅い時間に帰った。
42 11/16
(月)
晴→小雨 1286  月曜は朝が早いが、頑張って自転車だ。
 夜、まさかまだ降らないと思っていたら、雨、もっと早く帰ればよかった。このところの深夜走行に比べて珍しく早い9時前に大学を出た。四谷あたりでだいぶ大粒になって来たが、致し方なし、雨中走行という程でもないが、眼鏡が濡れて不快。
41 11/12
(木)
1261  今日で4日連続で自転車通学である。我ながら元気だ。出るのにもたもたしてたら、授業にぎりぎりだった。汗を拭き拭き「錠前」の授業。
 二部の卒論会議などもあって、今日もひどく遅い時間に帰った。

40 11/11
(水)
1237  え〜い、今日も自転車だ。共立女子大の講義の後、今日も素速く着替えて、女子大生に自転車姿をアピールする。折れたミラーが不愉快だが、仕方がない。
 ミラーはいつもの自転車屋(鷹番町鈴木サイクル)に聞いて貰ったら、もう作っていないという。東急ハンズにあったと言ったら、そっちで買っておくように言われた。結局13日に家人に東急ハンズで買ってもらった。後にスペアにもう一つ買って貰ったが、赤しかなかった。似合わないけど予備。
39 11/10
(火)
曇? 1209  プレ協にちょっと遅れると電話して自転車で出る。乗用車の後をついて快調に走っていたら区役所前に出てしまったので、右折して目黒通へ。寒いという予報なので蛍光ヤッケを着て出たが、やはり暑い。目黒川の橋のたもとで自転車を止めてヤッケを脱いでたら、3人連れの学生が自転車を倒してしまった。起こしたらミラーがもぎ取れていた。プラスチック製品はこれだから困る。これじゃ走れない、どうしようか、と言うと、相手は丁寧な態度ですぐさま学生証を出し、住所・名前を見せた。M学院の学生で、女の子連れのせいか、この前の原チャリの工員さんとはずいぶん態度が違う。何かあったら連絡するよと名刺を渡したが、ミラーは700円だから、ま、いいか。
 さてどうするか。プレ協に事故で遅れる旨を電話し、近所の店で自転車屋を聞く。以前行った環6沿いの大きな店は、行ってみたら火曜定休。もう1軒の小さな店はどうせ置いてないと思うが、戸が開いているのに呼んでも留守。通り掛かりの犬を連れた老人が「居ない、展示会へ行ってる」と。困ってもう一度「御免下さ〜い」と叫ぶが、その老人は「留守だっていうのに」と引き下がらない。
 已むなくミラーなしで、飯倉・アーク経由でプレ協へ40分遅刻。今日はWGだが、親委員会の安岡委員長も顔を出した。安岡先生は折れたミラーを見て、「これなら直せます、穴を明けて針金通してエポキシで固める」と来る。そうか、直せば良いんだ。そう言えばメーターのタイマーを止めるの忘れていた。
 ミラーは針金で不細工に直したが、針金の力でひんまがって、像が歪んで見難い。深夜に帰った。
38 11/09
(月)
1182  早朝、自転車で行った。帰りはやはり相当に深夜。
37 11/06
(金)
1157  今日から試験の息子の数学を見る約束なので、二日酔で不調だが何とか起きて、ベクトルの計算の相手。その後パソコンでファイル整理をしているうちに寝てしまって、起きたら昼前。慌てて学校へ向かう。曇で、夜半から雨らしいが、え〜い自転車だ。
 しかし今日は何だか疲れた。大学へ着いたら予め電話して買っておいてもらったサンドイッチを慌てて食べ、また自転車で委員会へ出かけた。なんだか今日はしんどいぞ。
 走りにくい渋滞した道路を掻い潜るように走って大学へ帰ったら、タイツを脱ぐ時に一瞬右の脛がつりそうになった。そういえばサッカー大会の時にも靴を脱ぐ時に脛がつったが、この角度がいけないようだ。
 二部(夜学)のエスキスを見て、かなり遅い時間に帰った。これで一日の走行距離は合計40km
36 11/04
(水)
曇一時晴 1117  共立女子大へ着いたら、知らない学生にエレベータで「ごんた君」などと笑われた。自分で切ったばかりの髪の毛はカッコ悪く短いし、怪しい香港人の黒眼鏡で、黒タイツで、おまけに腹が出てると来たら、確かにみっともない。授業が終わってからシャツをタイツの外へ出したりヘルメットをかぶったりして外観をいくらかでも改善して、1階ホールへ出たところで小生の授業を受けている学生に会ったら、「わー先生、超かっこいー」と、大受けだった。人生、やはりアピールが大事。
 夜の委員会へ向かう。茅場町まで都心の道を走ったが、左折車が多い道を直進するのは怖かった。委員会がいきなり始まって、食事が出ない。よくよく思い出してみたら、この前の時に「次回は飯なし、終わったら飲みに行くっ!」と宣言したようだ。皆には申し訳ないが、委員長みずからすっぽかす形だ。自転車の時は絶対に飲まない(でも帰ったら飲む)。
 委員会終了後、建材試験センターの裏通りを南下し、突き当たったら右へトラバースしてまた平行道を南下、また突き当たったら右へずれて新橋演舞場を左に見て南下、また突き当たって右へ出て昭和通りへ。新橋、田村町、御成門、プリンスホテル、赤羽橋まで来たら、あとは日本建築学会経由のいつもの帰り道。



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