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<平成11(1999)年1月〜6月の日記>
回数 日付 天 気 累計(km) 日  記
13 06/15
(火)
晴・暑い?? 379.4  これでも梅雨なのか。火曜の朝はゆっくりできるので、プラスチックの止め金が折れて、前からずっと外れっぱなしになっていた網戸を頑丈な金物で直した。昨日大学で切った鋼板片を、昨夜取り付けようとしたが旨く行かなかったが、俺の前に不可能はない、間に針金を挟んで何とか解決した。
 自転車で行く。暑い。しばし汗が引くのを待ってから、トイレで体を拭く。シャワー室は、この前のうんち掃除以来、何となく行きづらい。それに、今どきの学生はシャワーが2つあるのに1人で入って中ならロックしちゃう。
 夜遅く迄作業してから、またまた深夜爆走。道路工事が多くて走りにくい。今日は飲まない筈だったのに、結局ワイン1本空いた。
12 06/08
(火)
晴・暑い 354.0  昨日は家で飲んでたが(これじゃアル中じゃないか)、生酒で蓋を開けるとマッコリのように泡が吹出す元気さ、まあ白酒のソーダ割りだね。旨いから少々飲み過ぎで、朝が辛かった。親がマンションにピクチャーレールを付けたいというので、駅の近くのインテリアショップへ寄ってみるが、改装工事中。やはりあの店は倒産したか、と諦めて学校へ。しかし後で電話帳を調べて電話してみたら、近くの仮店舗で営業中とのこと。図面をFAXで送っておいた。
 梅雨の中休みでもう真夏の天気、無茶苦茶暑い。しばし汗の引くのを待ってから、1号舘地下シャワー室へ行くが、またうんちがしてないだろうね。また1人でシャワーを独占して内側からロックしているので、待つのも面倒だから、戻ってトイレで「こまわり君の入浴」でもしようと思ったら、誰かが用便中でこっちもかなり臭かった。でもそれがトイレ本来の機能だから仕方がない。
 夏に出版予定の本「構法計画学(仮)」の校正作業が山場で、控えファイルを見ながらやる作業なので、自宅では出来ない。結局11時過ぎの帰宅となった。通算507往復。昨日の飲み過ぎを反省して、今日は久々にアルコールを抜いた。明日から飲みが続くし、梅雨なので、しばらくは自転車にもあまり乗れないだろう。
11 06/05
(土)
晴・暑い 328.9  朝、出掛けに近所の不動産をちょっと見て、それから祐天寺駅に寄って定期を買ってから行った。
 夜、最近結婚したOB夫妻を囲む同期会があるので先生も良かったらという誘いがあったが、OB会に挨拶に来ないでおいて、自分たちだけで会を開いて先生もついでに呼ぼうというのは、OB会に対する背信行為じゃないか。だから自転車にしたのだ。
10 06/04
(金)
小雨・曇 303.0  降水確率30%だから、微妙なところだが、思い切って自転車で行く。ちょっと降っていて眼鏡が少し濡れた程度だった。青山通りでヘルメットにスパッツ姿の自転車に遭う。しばし後を追うが、けっこう渋滞しているところを、きわどく右から抜いて行くので、こっちは少々遅れた。赤坂見附ですぐ追い付くが、彼は左折した。ついふらふらと後を追う。途中の紀尾井町から麹町へあがるT字路で、またつられて左折。ここからは別々になったつもりだったが、上智の裏の坂道をうんうん言って漕ぎ上がってみたら、その自転車はまだ後を付いてきていた。彼はまだ土手沿いに市ヶ谷へ向かう様子だが、少々煩いので小生は四谷見附から右折して半蔵門へ向かい、朝のレースはこれで終り。だいぶ遠回りのZ字コースを取ってしまった。
 帰りはまた深夜爆走。俺も元気だ。脚力はだいぶ回復して、らくらくスピードが出る。しかし今日は道路が深夜までこんでいる。
09 05/31
(月)
晴・暑い 276.8  今日も天気が良いから自転車。午前の授業の後、虎ノ門(プレ協)の委員会へ。ビルの中まで自転車を担ぎ上げる。委員会の後はまた大学へ戻って、今度は設計製図の採点。その後は深夜まで構法計画学の本(7月出版予定の小生の研究成果の集大成)の校正などの作業。今日だけで33.8qほど走った。もう6月だというのに、まだ9往復で、300qも走っていないとは情ない。しかし脚力はけっこう回復し、帰りは30分を切った。
 このごろ、去年の事故後に交換したディレーラーが、しゃりしゃりと嫌な音を出す。ワイヤの長さ調節がいけないのかもしれないが、7枚ギアのディレーラはもう安物しか売っていないとすると、自転車ごと作り直すのかしら。
-- 05/30
(日)
晴・暑い 243.0  夕方、近所の不動産の確認に出かけた。その後、走る欲求を満たすため、目黒通から南下して等々力エリアまで、50分ほど走り回った。
-- 05/23
(日)
晴・暑い 235.8  休日。一日中家にいたので、夕方、目黒の親の家へ届け物に出かけた。片道3.6q・8分ほどである。目黒通りを快調に飛ばすが、最後の権之助坂が難所。義父は白内障で片目にレンズを入れたが、明日また入院でもう1方の目玉を入れ替える。よく見えるそうだ。帰りも目黒通りを快調にとばして、数分で帰ってきた。明日から天気はぐずつくらしいから、貴重なライドだった。
08 05/22
(土)
晴・暑い 228.5  午前中は親の不動産関係の手続に立合い、午後から出かける。こう暑くなってくると、大学へ着いたらシャワーを浴びないと仕事にならない。もっとも今日の「仕事」は、OB会に向けての管楽アンサンブルの練習だけど。
 まだOBの高田・沼田両君が来るまで時間があるから、1号舘地下トレーニングルームのシャワー室へ行く。今どきの若者は他人に裸を見せる習慣がないらしく、シャワーは2つあるのに1人で入ってドアをロックしてしまう。しばし待つと空いた。シャワーが2ヶ所とも故障していないことを確認したが、何だか臭い。床をみてびっくり、床の排水目皿に、もっこりと黄色い塊りがあるではないか。うんちだ。
 さっきシャワーから出て行った学生は、この存在に気付かなかった筈が無いが、気付いても「自分で掃除をする」という発想には至らなかったのだろう。仕方がない、先生が掃除してあげようじゃないか。しかしシャワーを掛けたぐらいじゃなかなか溶けて流れてくれない。散らかったままのシャンプーの空き瓶を使って、うんちを目皿で摺り潰して流すのである。気付いたら自分は全裸、少々寒かったが、我慢して何とか流した。やれやれ作業完了と思って、漂白剤を撒いてやれやれと思いきや、まだ簀子の下にもうんちが隠れていた。再度、うんちすり潰し作業。やれやれ、呆れたもんだ。誰なんだ、一体、こんなことをする奴は。もう、腹が立つなあ。
 帰り道では、けっこう筋力が回復していると感じた。
07 05/20
(木)
203.4  木曜日は朝が早い。1時間目の授業に余裕を持って着くためには、7時台に家を出る必要がある。
 帰りはまた深夜。駐車しているため狭くなった所で無理やり追い抜こうとするタクシーを手で制して先にこっちが出たら、道が広くなって追い越せる箇所で道を譲ってやったのに幅寄せされた。ベルを何回か鳴らして抗議する。危ないじゃないか。
06 05/12
(水)
晴・温か 178.3  朝おきた時、腰がみりっと痛んだ。これはやばい。自転車に乗るのが少々心配であった。しかし、ぐゎんばるずぉっ、自転車で行った。筋力が落ちたままで、目黒ごみ焼却場から茶屋坂をのろのろ登っていたら、自動車に邪魔扱いされた。共立女子大へ着いたら、何だか疲れた。授業が終わって帰る時にエレベータで学生に会ったら、「本当に自転車ですかぁ〜」なんて言われた。
 夜は若干早目に帰るつもりだったが、それでも9時過ぎ。市ヶ谷→本塩町の坂、山手線を跨いで代官山へ上がる坂、中目黒から駒沢通りへと、難所が続く。前は全然平気だったんだけどなあ。
05 04/27
(火)
曇→晴・温か 150.6  今日は暖かかったので、さすがに半スパッツで出かけた。まだまだ筋力は回復せず(いつかは元の筋力に戻るのかしら、それとももう歳だから・・・)、目黒・茶屋坂で次の信号の車にまで追い付かれるありさま。研究室のゼミ(助手院生の研究計画プレゼンテーション)に少し遅刻。
 帰りは結局10時になってしまって、深夜爆走とあいなった。四谷でメーターのスイッチが入っていないことに気付いた。また手計算で距離を出すことになる。ODOメーターが何の役にも立たない。どうも余計なスイッチ操作が増えたのがいけない。それに、今度は四谷3丁目でポストに郵便物を入れた時にライトを消したら、信濃町でライトが消えたままであることに気付いた。家の近くで、マンションの隣に住む知人K氏に会い、おしゃべりしながら歩いて帰宅した。
 これで、ついに自転車通学通算500往復を達成したことになる。最後は100mほど歩いたが、ツールドフランスの最後のシーンみたいなもんさ。1989年11月に(1台目の)自転車をオーダーで作ってから、9年半で13900q走ったことになる。しかし、まだ地球を半周もしていないではないか。そう思うと大したことはない。
04 04/26
(月)
曇・温か 125.1  雲行きは怪しいが、天気予報を信じて、今日も自転車だ。朝は涼しかったのでまだ長スパッツで出たら、午後から気温が上がって大汗をかいた。午後、日本建築学会へ。学会大会のプログラム編成作業。その後、六本木交差点を駆け抜けて、乃木坂のヘアピンを下り、氷川会館から目的地へ。
 赤坂の某協会で作業。作業は超スピードで処理するが、それでも1時間かかった。まだ早いが、これで大学へ戻るとまた深夜までいることになるから、今日ぐらい早く帰ろう。
 久々に明るい内の帰宅である。ついつい気が弛んで、家族で大酒を飲んでしまった、いかんいかん。アルゼンチンの赤ワイン値段の割に旨かった。
03 04/22
(木)
晴・温か 90.6  好天で、今日こそは自転車。もう暖かいので半スパッツで大丈夫、蛍光黄のヤッケもなし。前期は木曜日が早朝講義なので、だいぶ早く出た。四谷3丁目あたりを42q/hぐらいで快調に飛ばしていたら、軽い吐き気。いかんいかん、筋力はそこそこだが、心肺機能が追い付かない。授業までに汗を拭く暇はあったがシャワーに行く暇は無かった。
 帰りはまた深夜走行になった。筋力が極端に落ちていて、市ヶ谷から本塩町の坂が、ギアを落とさないと登れない、いかんいかん。
02 04/15
(木)
65.6  春休みは学生を連れて、建築視察旅行に行って来た。副隊長に玄ベルトー進来氏(後輩、理大非常勤講師)をお願いし、ベルギー・フランス・スイスなど、フランス語圏主体のコースを回った。
◆ブリュッセル:オルタのアールヌーボー建築を中心に、シュットックレー邸(外観だけ)、ルシアン・クロールのシステム建築など。
◆アムステルダム:エーヘンハート集合住宅、ダヘラートのハイスクールとヘンリエット・ローネルプレイン集合住宅など、Michel de Klerk の作品。無論運河観光船も。 ◆ロッテルダム:コールハースのクンストハレ、コーネンの建築会館、ジャンプルーベの外壁(エラスムス大学)など。
◆ブリュージュ:観光だが、短時間でけっこう隅々まで見た。
◆トゥルネイ:玄副隊長の学生時代の町。町なかのいくつかの建築。玄副隊長の出身大学。
◆リール:玄副隊長の同級生の作品・現場・設計事務所。ユーラリール計画の各種の建築群。 Ibo & Vitard の美術館など。
◆トゥールコワン:チュミのメディアアート学校、ジャンプルーベのポルティーク構法の住宅。
◆パリ:ラヴィレット公園の各種建築、フランス国立図書館、アラブ世界研究所、サヴォワ邸、デファンス地区、スイス学生会館などの大学都市の建築、ラロッシュ・ジャンヌレ邸、マレ・スティブンスン通のアパート等ジャンプルーベの作品。理大OBでパリ大学博士課程にいる山名君の案内で、パリおよび周辺のジャンプルーベ作品(Clichy の Maison du peuple、ecole plein air de Suresnes、Meudonの住宅、Val d'Oise の Club de la jeunesse "Ermont"木造ヴォールト、等々)。
◆バーゼル:ヴィトラ社家具工場にある、ザハ・ハディド、アルヴァロ・シザ、グリムショー、フランク・ゲイリー、安藤忠雄の作品。市内では Herzog & de Meuron の漫画美術館その他の作品、マリオ・ボッタのティンゲリー美術館、ピアノのバイエラー美術館(これは寧ろ中身のコレクションが圧巻)、その他市内のいくつかの現代建築。
◆ロンシャン:言わずと知れたル・コルビジェの教会。
◆ドルナッハ:ゲーテアヌムはちょっと異様。
 さて、帰国後初めての自転車通学である。久々の自転車だ。しかし半スパッツで出ようとしたらまだ寒い。長スパッツにかえ、黄色のヤッケを着て出発。体が重い、坂道が辛い。右膝が少々痛む。
01 03/06
(土)
晴・温か 40.1  ついに自転車通学(正しくは通勤だが今年も通学で通す)に復帰である。12月19日以来、何と80日ぶりである。午前中は家内が気管支炎なので家事。午後早々に出て、途中でマンションのモデルルームに寄って0.5qほど遠回り。
 大学へ着いたが、だいぶ疲労感があって、なかなか仕事をする気がしない。雑用のワープロ打ちや、インターネットで遊んだり。夕方になって、やっと重い腰を上げて、研究室に溜まりに溜まった本やファイルの整理。委員会のファイルやあまり関係ない報告書、各種団体の発行物など、かなり思い切って捨てた。
 夜になってやっと元気が出て、年度末〆切の報告書に手を付けた。結局、22時の閉門まで研究室にいて、深夜に帰ることになった。土曜日だが道路は空いておらず、年度末であちこちで道路工事車線制限。走りにくく、ちょっと緊張する。それでも帰路は所要30分で、長いブランクの後では立派な記録。腿の筋肉はそんなに落ちてはいないが、ちょっとした登り勾配ですぐに息切れする。落ちた体力を回復するのは、この歳じゃ大変だろう。
-- 03/03
(水)
-- ----  北里研究所病院で、「定期的に来るのはもうこれで結構です。自転車も乗ってよい。」と、一応の治癒宣言を受けた。やれやれ、長い通院だった。まだ膝は時々痛むし、筋力にも自信はないが、あとは普通にしているしか無い。ギプスを外してからは、病院へ行ってもズボンすらめくらず医者に口頭報告するだけ。「膝の関節が妙に太くなってますが」と訴えても、医師は関節なんか見ようともせず、寧ろ筋肉の回復具合を見ていたようだ。膝頭が痛いのはギプス固定の後遺症で、筋力が回復したら癒り、靭帯は2ヵ月も経てば癒っているだろうとのこと。もっとも、回復状態について中を開けて見る訳にも行かないから、放っておくしか無いわけだ。
 2年前にスノボで転んで骨盤をアイスバーンで強打して、それから腰がミリミリ痛む事があり、最近電車で立っていると右脚が麻痺する、という症状を訴えたところ、「スノボの所為ではない。もしそうなら打った時から脚が痺れる筈。歳の所為だ。」と一蹴された。そのうち精密検査(MRIとかやるらしい)を受けてみよう。
-- 02/21
(日)
14.2  久々に自転車に乗ってみた。12月19日以来、2ヵ月以上乗っていない。こんなに長いブランクは、眼窩床骨折と顔面制動事故以来である。
 夕方、近所をちょっと回って見ようと思って、ふにゃふにゃになったタイヤに空気を入れる。マンションの門から出たら、ペダルが重い。それでも、膝の具合はすこぶる好調なので、そのまま駒沢公園へ向かった。しかし今度はすぐ心臓がどきどきする。いかんいかん、これは体がなまっているんだ。
 それでもけっこう頑張って、駒沢公園周回コースを4周し、往復入れて14kmあまり走った。膝は別に何とも無かったが、疲れた。家へ帰ってから、しばらく床に大の字になって休んでしまった。これで、今年最初のライドは14.26q
 翌22日、右膝は別に痛くはないのだが、何だか気のせいか、靭帯の部分が「中の方で痛痒い」感じ。でも、朝、駅の階段で左の膝も何だか痛んだ。ももの筋肉が疲れているのが分るが、こんな感覚は久しぶりだ。


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