| 回数 | 日付 | 天気 | 累計(km) | 日 記 |
|---|---|---|---|---|
| --/--- | 06/19(水) | 晴・暑い | ---.- |
<階段滑落・右足頚捻挫> 家で掃除をしていて、階段の掃除を終えて掃除機を持って降りる際に、下の2段を踏み外した。手が塞がっていて手摺に掴まらなかったのが敗因。いつものくるぶしの捻挫ではなく、右足の外側をひどく傷めた様子。打撲だろうかと思ったが、それにしては皮膚が何ともない。取り敢えず医者だ、かかりつけのM整形外科へ歩く。環七を渡るころはまだあまり痛くはなかったが、不自由な足には遠い。整形外科へ着いたが、10人待ちだと言うから今日は断念。選挙があるから大学へ急ぐ。代々木駅の階段で右の手摺にすがって逆行で降りてたら、若いサラリーマンとはちあわせ。相手は道を譲らず「何すんだ」とか呟いて、わざと鞄に体をぶつけて行った。反論しても仕方がないから黙っていたが、何だか不愉快。 大学へ着いて警察病院に電話するが、今日の午後は整形外科の初診の受付なし。都立大で買った湿布を貼り、神楽坂で買った包帯を巻く。体重を掛けるとみりみり痛む。 翌日、警察病院へ出直す。X線診断の結果、骨に異常はなく、湿布するだけ。これでまたしばらく自転車に乗れなくなった。 |
| 15/626 | 06/17(月) | 曇・蒸暑 | 413.1 |
<梅雨時のチャンスだ> 今日はすっかり曇だが、降水確率は低いようなので、貴重な梅雨時のチャンスで自転車だ。ほぼ順調に走って、途中で白のスポーツタイプのベンツにちょっと幅寄せされてむっとするが「気を付けよう、白いベンツと窓フィルム」。自衛隊前は左からの道が無いから快調で50q/h楽に出るが、そんなことするから大学へ着いたらもう汗だく。 ちょっと頭痛がするが、自転車で来た以上自転車で帰らざるを得ない。今にも降りそうな湿っぽい空気の中を疾走する。家から「亡くなったおじさんが酒好きだったから」などと言う理由で酒盛りやってるメール。娘からワインを開けたいとメール。娘がワイン零して新しい椅子が汚れたとメール。何たるアル中家族。学芸大の松本屋に寄って、1年前の濁り酒とスペインワイン2本を買い、小生も遅れて酒盛りに参加、飲み過ぎ。気付いたら自分の部屋で寝てた。 |
| 14/625 | 06/03(月) | 晴・曇、暑 | 386.1 |
<今日も深夜爆走だ> 良い天気で暑くなりそうだから、当然自転車だ。夕立も来ないことを祈ろう。体調もまあまあで、体力と気力のバロメーターになる茶屋坂も何とか車道を掛け上がり、その後もまずまず快調に走って、市ヶ谷から飯田橋までは気持ちよくスピードが出る。大学まで所要40分は朝にしてはまずまず。 構法計画の授業、遅い飯、卒論指導、学内の会議、その他の打ち合せと続き、自分の仕事をする暇が無い。結局また深夜まで研究室にいる結果になった。 7号舘のシャッターがちょうど閉るところなので、裏口から出る。帰りはまずまず快調で、自転車というだけで邪魔くさがる意地悪い車にちょっと幅寄せされながらも市ヶ谷まで高速で突っ走り、本塩町の三叉路では大胆にも信号待ちの車の間を道路中央まで掻い潜って横断歩道信号を「適用して」突破、四谷から四谷3丁目まではちょうど良い速さのミニバイクがいたからそれを露払い(ペースメーカーとも言う)に使って快走して最後は逆に抜き去り、駒沢通りでは前方にノーヘルのレーサーを発見して追い付き楽々抜きさり、駒沢通りから斜め一直線に碑文谷警察の信号へ抜ける道へ入る所がまだよく分からず碑文谷公園に突き当たってしまい、やっと正しい道へ出て東横線のガード下の信号を赤で冒進し、環七からダイエーへ斜めに抜ける道の信号が変わるのももどかしく発進したら目黒通りの信号が幸運にも青、14kmを所要31分弱で帰投した(それがどうしたって言うんだ、こんなあったりまえのことを記録してもつまらないですねえ)。 |
| 13/624 | 05/29(水) | 晴・曇 | 359.1 |
<やっと自転車通学に復帰> 暑過ぎない天気。晴とは言え積雲が暗く、夕立があってもおかしくない空模様だが、予報では降らないと言うから、頑張って自転車で行ってみよう。田向公園北で目黒通りを渡って右折し、次を入ると昔通りのコース。この道沿いでPC版のアパートを作ってる。PC版と長い通し筋が見えたから、大成パルコンだろうと思うが、ちょっとPC版のサイズが大きいような気がした。確認したりカメラを出したりする余裕なく先を急ぐ。茶屋坂は車道を上がったが、仮設トンネルの鉄骨はまだそのまま。L字側溝をアスファルトで埋めて車道の幅を稼いであるが、ここは走りにくい。途中で自転車便に2度ほど会うが、いずれも難なく抜き去った。もっとも連中はプロで一日中走っているから、無茶なレースはしかけて来ない。自転車通学は久しぶりだから、あまり飛ばすとあとが辛いと分かっているのに、市ヶ谷からは気持が良い道だからついついスピードを出してしまう。だからエレベータの中では疲労困憊状態。 設計製図の会議やゼミが夜まで続いて、21時半すぎ、やっと帰路へ。本塩町あたりまで連続で走ると、筋力が落ちているのが覿面にわかる。駒沢通りはそんなに込んでいなかったが、あそこは夜も走りにくい。自転車だと思うと無理して追い抜いてくる車が多い。学芸大の酒屋(松本屋)で酒・ワインを買う。日本酒もワインも都立大よりこの店の方が品揃えが良い。ついでに今朝の現場へ寄ってみたら、何のことはない、ごく普通の大成パルコンの3階建アパート(2階まで建方進行)だった。 帰宅後は、明日は朝が早く授業が2コマ連続だから、それに具えて「あまり」飲まなかった。気付いてみたら、長々と抜けなかった風邪っ気も、大体癒ったようだ。 |
| --/623 | 05/11(土) | 晴・涼しい | 331.5 |
<自転車ちょっとだけ復帰> 午前中の生協理事会で、13年やった理事長を辞める宣言。午後からは真鍋研の教え子の結婚披露宴が、品川のホテル最上階の和風料亭であった。座敷で披露宴とは、なかなか面白い趣向。 生協といえば、もう20年以上前になるが、当時の学生課職員から推薦されて、生協の教員理事になった。その後、13年ほど前に、前任者I教授の後任として理事長になった。こんなことを言っては語弊があるが、他の大学では生協の理事長には教養か文系の先生がなっているケースが多いようだ。それに、小生が理事になる前は、毎月ある理事会にも教員理事はほとんど出席していなかったのである。小生は(当時は)けっこう真面目に出席して、専務理事に驚かれたものだ。生協の理事長は、形としては毎年改選なので、総代会(株式会社の株主総会に相当するもので、きちんと決まり通りの条件を満たして開催された旨を監督官庁に届ける)で再選されるごとに、当時はまだ下々(しもじも)のことを聞く態度があった大学の前々理事長K氏に挨拶に行ったものだ。その時に、「生協に対する理解(生協は左翼団体だと思っているとんでもない時代錯誤の先生が、まだいた)を深めて貰うためにも、理事長は任期性にしたい」と言ったら、K理事長は「いや、誰かがずっと見とらんと・・・」とおっしゃった。だから交代のことはしばらく考えなかった。その後、店舗の移転があって、大学理事長からの移転案には生協としてはすんなりOKは出せなかったので、それなりの回答をしたのだが、既に独裁恐怖政治化していた大学理事長の移転提案に抵抗した時の「周囲からの圧力」には、すさまじいものがあった。生協として「筋は通した」と思っているが、未だに当時の小生の対応のことを「お前は大ミスをやった」などと評する人もいるのだから呆れる。その他、野田・久喜キャンパス出店や野田全面出店などの大事が続いたため、交代のタイミングを失したままずるずると現在に至ったのである。まあ、生協の理事長なんかに自分からなりたがる人などいないからいずれゆっくり考えれば良い、と思っていたのだが・・・案外そうでもないようだ。 夕刻、意を決して学芸大の酒屋まで酒を買いに出る。歩くのもかったるいから、2週間半ぶりに自転車で出てみた。約2.3qしか走らなかったが、やはり快走するのは気持が良い。ザック一杯の酒・ワイン・スコッチを買った。お昼(というより午後)が御馳走だったからお腹は減ってないが、結局酒盛りになった。わざわざ学芸大へ行ったのは、ずっと愛飲しているスペインのフルボディ「 Diego de Armagro 」を買うのが主目的だったのだが、飲んだらいつものと違って薄くて不味い。よく見たらこれまでの 1993年ではなく 1995年だった。ああ、もうあのワインは無いのか、残念。 |
| --/623 | 04/25〜05/10ぐらい |
−−− | 329.2 |
<風邪引いて長期休養中> ついに風邪を引いてしまった。 4月25日:前日に自転車で鼻水が出てたが今日もまだ胸というか背中の内面が剥けたような変な感覚。大学ではセクハラ啓蒙ビデオを見させられてうんざり。それでも連載記事とそのイラストを書(描)き上げた。 26日:風邪だから飲まずに寝ればよかったのに、家中で飲んだ。 27日:目が覚めると鼻と喉の奥が痛かったが、この時点ではまだ連休には山スキーに行くつもりで、大久保のICIスポーツで山スキー兼用靴・ノルディカTR-12(何と25cm)を買う。 ところで「兼用靴」とは、スキー滑降と登山の兼用靴である。歩行(といっても雪の上が主で、町や夏道の登山道を歩くわけじゃないが)のために底はビブラム(登山靴の底と同じゴム)で、歩行時は足首が動かしやすくできる。滑降時にはしっかり固定できて、普通のスキー靴と比べて滑降性能に遜色は無い。厳しい山の斜面を滑るのだから、ゲレンデより寧ろ高性能が要求される。だから小生はゲレンデも兼用靴で滑っている。こういう良い靴が出る前は、普通のスキー靴でさんざん山を歩き回ったものである。雪山の山頂で冬山の格好をした登山者の中で我々だけスキー靴を履いていて、妙な顔をされたこともしばしば。その後、普通の登山靴(四谷「ふたば」のオーダーメードで、引っ越しで捨てたが惜しかった)に、滑降時だけ足首を固定する器具(新宿の「しばた」とかいう店オリジナルの「ツアーセーフ」で、その後ゴローで出した改良版も使った)を付けて、山用の短いスキー(締具はワイヤ式の元祖「ジルブレッタ」で、シール登高時はサイドのフックからワイヤを外す。その後自分でサルバガードとかいうステップイン締具のヒールピースだけを付ける工夫をした)で滑るという「山寄り」の時代もあったが、こんな道具で深い新雪を自在に滑っていたなんて、信じられますか?。その後、兼用靴もヨーロッパから入荷するようになり、初代はコフラック・ヴァルガという定番モデル(退役後も記念に取ってあったが、引っ越しの時に見たら屋根裏で自然崩壊していた)、次はノルディカTR−9だが、昨年のホームページにもあるように御嶽山で甲ベロが割れたので、廃棄。それで今回の靴というわけ。 その後、風邪を押して故・伊藤憲太郎氏所蔵の古い資料を整理したが、黴・埃の臭いからは、疲労困憊した引っ越しのトラウマ。その後、作業を手伝ってくれた新任Y先生と研究室にあった旨い酒を飲んでしまったのがいけなかった。 28・29日:家で寝ていた。 30日:医者に行ったら、何と!、今どき注射ですよ!。更に、妙に懐かしい味のする「水薬」まで出た。医薬分業などではなく、領収書も出ない時代錯誤性。それから重要な会議があるから仕方なく大学へ行ったが、「注射が効いた」所為か、何とか持った。 5月1日:もう山スキーは無理。宿もキャンセルして、寝ていた。 2日:午前2コマ連ちゃんで授業なので、無理して出る。耳がぼーっとなってて、宙に浮いたような変な気分のまま、ふらふらと駅へ歩く。授業が終わったらもうぐったり。会議とかあってもうふらふらで帰宅。 3〜6日:家でずっと寝てた。暇だから息子が借りてきたヴィデオ「sliding doors」(監督:Peter Howitt、主演:Guyneth Paltrow,John Hannah,John Lynch ほか)を見たが、イギリス映画らしい面白いものだった。6日には気分転換に家人の運転でドライブ。久しぶりに三鷹まで行って、新婚時代に住んでいたマンションを見てきた。ここには昭和鋼機の縦軸巻き込み式網戸(拙著:「住宅部品を上手に使う」、「図説・近代から現代の金属製建築部品の変遷・第1巻」参照)があったが、欠陥問題で入居後数箇月で全戸普通の網戸に交換した。我が家だけは資料として残置してもらった。まだ残っているかどうかは遠方からでは分からない。 7日:今日から仕事に復帰だが、まだ風邪は癒らない。別の医者に行って、今度は普通の風邪薬を貰った。しかしこの医者には漢方部門もあるので、葛根湯系の薬もくれた。 9日:まだ完全回復ではなく、自転車も無理。もっとも天気も雨模様で、このところ妙に寒い。今日も午前2コマ授業でぐったり疲れ、お昼に研究室の椅子で熟睡してしまった。今度の風邪は妙に長い。引っ越し2ヵ月で今頃疲れが出たか、まさか。でも今日からは飲酒再開だ。 |
| 12/623 | 04/24(水) | 晴・涼しい | 329.2 |
<引かないはずの風邪引き寸前> 雨になるはずだったが、降水確率は0時まで10%というから、また自転車に乗らなきゃ。風邪気味で背中が痛いが、自転車に乗りたいという気持があるうちは大丈夫だろうと判断して、昼近くに出た。どうも風邪気味の所為か、判断力が鈍っているようだ。鷹番のバス通りの横断箇所で、左から来たタクシーが徐行してパーキングランプを点けたから、当然とまる「だろう」と思って右を見て横断しかけたら、何とタクシーは止まらない。慌ててブレーキを掛けながら焦ってペダルを外す。何とか転倒は回避したが、危ないなあ。 茶屋坂は自重して(というより、しんどくて)歩道を上がる。防衛技研で止ったバスを右から抜くが、このへんは要注意だからちょっと不用意。明治通り東交番で右折するが、この信号は明治通りが青でも両隣の信号で車が蓋されてしまうことが多いから、横断信号が赤でも渡ってしまおう。青山通りへ出ると、道が込んでる時間だから、走っていても快適とは言えない。南青山住宅で左折しそびれて(潜在意識的に赤坂見附を超スピードで走りたかったのだろうか)、青山1丁目で信号にひっかかって左折、結局いつもの四ツ谷3丁目経由で行ったら、所要40分弱で着いた。暑いから便所で「こまわり君式入浴」、体がまだほてっているからそのままサマーな格好(Tシャツ短パン姿)で人事課へ書類を届けに行ったら、帰りに会った建築学科のよく知っている学生が、小生であることにしばし気付かなかった。 大学内部の仕事もだいぶ面倒な事が増えてきた。研究室も、今年度の体制を建て直せないままのスタートでは危ういかぎり。 中国人L君の会議の筈だが、彼が来ないので、ちょっと早めだが帰る。引っ越しのお祝にいただいたエッチングの額を持って帰らねばならないが、自転車通学では持って帰れない、と思って試しにザックに詰めてみたら、入った。しかしこれではワインが入りません。 帰路は、今日も幅寄せタクシーが気になる。本塩町の坂がきつい。四谷の横断歩道では酔っ払いが邪魔で、信号変わっても即スタート出来す苛々。恵比寿あたりだったか、信号無視で飛ばすノーヘル青いヤッケの男がいた。あっちは信号無視だがこっちは遵法運転。しかし信号でちゃんと追い付いて、抜き去った。鼻が不調の場合は、はなみずが出る。正直なものだ。松本屋へ寄ってワイン買うが、ザックが一杯なので外に靴が挟んである間に捩じ込む。結局これも娘と飲んでしまった。風邪気味の時の深酒は禁物なのに・・・・ 実は今日は背中がかなり痛かったのを、乗れば直るさと、やや無理して自転車で行ったのだが、鼻水(風邪気味だと覿面に出る)と同様、体が変調を来している兆候だった。かくしてこれから数日、風邪をひいてしまうことになった。10年以上前に「風邪を引くのはやめました」と宣言して、事実38度の熱を出しても翌日は快調だったのに、実は去年も風邪を引いてしまって「真鍋先生ともあろうものが、風邪ですか」と教室会議でも呆れられたほどだ。これでしばらく自転車にも乗れないだろう。 |
| 11/622 | 04/23(火) | 晴・暖か | 301.9 |
<脚が攣りそう、ショック!> 午前中は家でさぼっていて、昼前、自転車で出た。涼しいかと思ったが、もう長スパッツでは暑い時期になった。さすがに昼間は道路が込んでいて、のろのろと行く。外堀通りも35km/hぐらいで「とろとろ飛ばす」が、このスピードでは体力的にも楽だ。しかし背中の痛みはちょっと気になる。右腕が妙に凝って、ワープロ打つ気がしないほどだ。風邪の兆候か。 不要になる息子のデスクのもらい手を募集したら、早速申込みが2件(後でさらに2件)あった。 建築センターへ。首相官邸から特許庁方面へ降りた所の信号で、いつも掴まる街路樹があるが、ちょうど掴まるところにあった樹皮の穴が、長年通っているうちにいつの間にか塞がって来ている。しかし今日は客待ちタクシーがこの木のところにぴったり左寄せで止まっている。やむなく横断歩道でポールに掴まったが、ここは特許庁から出る客を拾うタクシーの列があって、のろのろと信号を渡って詰めてくる。右手の横断歩道の信号が点滅を始め、もうじき信号が変わるのだが、これでは横断歩道がタクシーで塞がれてしまう。車道に余地がないので、ペダルを填めたままではいきなり直角に右に出るのは無理、これじゃ信号が青になっても出られない。右手でブレーキ、左手でポールで両手が塞がっているから、ちょうど来かけている個人タクシーに、邪魔だ、道を塞がないでくれ、と「顎で」意思表示(これはちょっと失礼な態度ではあった、反省、誇り高い個人タクシー運転手の逆鱗に触れたようだ)。その車は徐々にこっちへ詰めて来るので、自転車を前へ出すそぶりで牽制したら、車もこっちを牽制して更に詰めて来る。結局、予想通りタクシーに前を塞がれた形で横断信号が青になった。タクシーの運転手は、早く行ってくれれば良いのにわざわざ止まって窓をあけて、小生を罵倒する。何と言われたかは忘れたが、何だか非常に腹が立つ言い方だった。こっちも怒鳴り返すが、根が上品なものだから、短い言葉で思い切り相手に不快感を与えるなどということは苦手なもので・・・、「いいから早く行ってくれ!」ぐらいしか言えない。気色悪いなあ、もう。 委員会は新規委員会設立の主旨説明で、事務局の説明主体だったから比較的早く終わった。帰路は三田の丘へは上らず平坦コースで帰った。しかし、目黒通りを走っているうちに左脛に違和感、脚を引き上げようとすると「くっ」とショックがある。何と痙攣しそうになってきた。まさに「だましだまし」漕いで、何とか家まで辿り付いた、全く情ない。今年の走行距離が300kmを越えたのは、まさに脚がつりそうなあたりだった。 |
| 10/621 | 04/19(金) | 晴・薄曇・涼 | 273.3 |
<遠視と老眼を混同するなかれ> 朝ゆっくりしてから、自転車で出るが、サングラスが見つからない。夜間やスポーツに使っている遠近両用じゃない方の透明の眼鏡で出たら、やはり眩しい。このところ涼しく(これが平年並なのだが)、朝は風が冷たいので、飛ばすと涙目になるぐらい。黄色シャツの上にオレンジのTシャツを重ね着するが、やはり汗をかく。 眼鏡といえば、「遠視」と「老眼」を混同している人がいて困る。「遠視」とは、目の水晶体のレンズ度数が弱過ぎて、近いものが見えないことを言う。一方「老眼」は水晶体の度数の調節可能な範囲が狭まる(固定焦点に近付く)ことであり、遠視・近視とは別の概念である。近視の人でも老眼になれば調節範囲が狭くなって、遠くが見にくくなる。小生は遠視の老眼であり、遠視がかなり進んで、眼鏡を外すと無限遠のものでも焦点が合わない。凸レンズの眼鏡を掛けていると年寄臭いんだよなあ。それに、眼鏡を通した像が実物より大きく見えるため、眼鏡の縁あたりに死角が出来るのである。このごろ駅でよく人に接触するが、あきらかにこの死角の所為である。 小生は通常は遠近両用眼鏡を愛用しているが、これは度数の異なる何種類かのレンズを組合わせて、上(見上げる)方は遠くに、下(見下ろす)方は近くに合うようにしてある。基本度数は各自の目の遠視・近視の度数に合わせ、下方の強さは老眼の程度に合わせる訳である。レンズの球面を維持したまま連続的に曲率を変えるのはもともと無理だから、遠近両用じゃない固定度数のレンズ(非球面レンズで更に歪みが少ないものもある)に比べたら、かなり歪みが出てしまい、黒板に真っ直ぐのつもりで描いた線が曲がっていることがしばしばある。また、ちょうど焦点が合う範囲は上下・左右ともに狭いので、横目も効かず、不自然に顔全体を動かすことになる(電車の中で人の読んでいるものを覗き込んで頷いている老人がいたら、これです)。 もともと近視の人が老眼になると近視が直ると思っている人がいるが、加齢とともにたしかに遠視化するものの、調節範囲は狭まるのである。最近眼鏡が合わなくなって来たという人は、もう歳なんだから、無駄な抵抗はやめて遠近両用(例えば「ホヤラックス」)レンズを使うことをお勧めする。なお屋外でスポーツしたり自転車に乗る際は、あまり近くを見ないし、像の歪みが嫌だから遠近両用は使わないのだが、途中で地図や携帯電話を見る際には不自由する。地図を見ながら歩く際には、遠近両用眼鏡は絶対的必需品である。 みょうに筋肉疲労を感じて茶屋坂は早々に歩道へ入る。長屋戸からの坂(以前、飛出したOLとぶつかった辺り)は込んでいて、止ったり走ったりでペダルをはめ直す時に下を見てたら、前のフルハーフだかナブコだかの四角いボディのトラックにぶつかりそうになった。青山3丁目で自転車便渡りをしようと思ったが、ここはすぐ先の三叉路で信号が赤になるタイミングだから、大人しく信号を待つ。南青山住宅ではのろのろ運転のスバルサンバーに前を塞がれる。四ツ谷3丁目から曙橋へ下るが、この先が赤だから急ぐことは無い、と思ったが、合羽坂へ右折するから信号が赤の間に着かねばならず急ぐ。市ヶ谷駅は35q/hぐらいで通過し、薬学部の角のガソリンスタンドの信号で引っ掛かるまで快走、平地で50km/h出た。今天也毎小時以50公哩的速度快騎ってわけだ。 会議室にサングラスを忘れていないか建築学会に電話したら、その直後にナップザックの底に隠れていたのを発見、すぐ詫びのメールを出す。 いろいろ仕事が溜まっているが、今週ももう週末で、時間切れ。22時ごろやっと大学を出る。今日は何だか幅寄せしてくる車が多いような気がする。南元町の坂もたまには通ってみたいが、片側2車線弱しかないところを自動車に追い立てられて全力で駆け上がる自信がないから、結局いつもの四谷3丁目経由。信号運はよかった。青山1丁目では右折信号で大胆にも右折。学芸大の馴染みの酒屋に寄ってみたら、いつもの93年のスペインワインが入荷していた。蕎麦屋の信号まで行ってから曲がると、目黒通りの信号まで広い道が真っ直ぐ。閉鎖になったスイミングクラブ跡地ではなくその隣に、また大きなマンションが建つ。 |
| 09/620 | 04/18(木) | 晴・やや涼しい | 246.2 |
<たまには早く帰ろう> 朝っぱらから2コマ半連ちゃんで授業だが、今日はがんばって自転車で行こう。茶屋坂はまだ仮設トンネルのまま。一体いつまで工事やってるんだろうねえ。またメーターの接触が怪しいが、ゆすぶったら何とかなった。こういうのを「騙し騙し」と言うが、これは擬人化表現ですね。 特段かわったこともなく、快走して大学へ。エレベーター前で建築学科1年とおぼしき学生が「(タイヤが)細い」とか「メッセンジャー見たか」とか囁いている。 建築学会へ向かう。「設計競技(技術)」の審査委員会に少々遅れたので、自転車を守衛さんに預けるのは面倒だから、部屋まで持って行った。出席は少なく、主査も遅刻。委員会は比較的早く終わった。三田の丘を越えて快走する。こういう日は早く帰れるが、結局今日も酒盛りで、まずビールで喉を潤し、日本酒と白ワインが空き、娘が途中参加してから急にピッチが上がって更に赤ワインを2本空けた。 |
| 08/619 | 04/08(月) | 晴・暖か | 216.7 |
<メーター接触不良> そろそろ新学期体制で、今朝はちゃんと普通の時間に起きた。天気が良いから自転車で行こう。途中でスピードメーターが0になっているのに気付いた。接触不良か、センサー位置不良か。大学でメーターの具合を見るため回転センサーのところで車輪のマグネットを往復動させていじってたら、距離がちょうど 200.0kmになった。今朝 187.2kmから出発したので(まだ通学距離が安定しないが)往き 14.1kmと仮定した計算値は 201.3kmだから、今後 1.3kmほど補正することになる。気のせいか液晶文字が薄く、電池も怪しい。電池を替えるとメーターはリセットされちゃうのだったか、よく覚えていない。センサーは手で簡単に動くからネジを締めておいたが、おそらく原因はメーター本体の嵌め込み部分の接触不良だろう。 委員会の報告書の打ち合せで、研究室OBのK君来訪。引っ越しで捨てる決心をしたもののもったいないと思っていたデンマーク(Stelton)製ミルクウォーマーを、彼に引き取ってもらった(なお、同じく引き取り手を探していた子供用バイオリンも、他の卒業生に無事引き取ってもらえた)。 卒研生の進路相談。興味ある会社のOBに先ず会って、その企業やその業界の事情ぐらい聞きなさいと指導する。こうやって相談に来ればいろいろ道も開けるというのに、だいいち卒研生が春休み中ほとんど誰も研究室へ来ず、相談に来た時は既に手遅れなんだ。 夕方から建築学会で委員会がある。17時過ぎに出て、フェアモントホテルが閉館でマンション建設予告が出ているのを横目に見ながら、国会議事堂、特許庁、オークラ、狸穴、赤羽橋経由で建築学会へ。 建築史料関係の委員会終了後、自転車装束に着替えてから委員長に「じゃあお先に」と挨拶したら「おぉ〜っ」と驚いた。バスを追い抜いて三田の丘へ上がる坂を掛け上がるが、途中で力尽きて、東急アパートメントのあたり(このへんがサミット)では徐行状態。その後はタクシーに邪魔にされたりしながらも快走、目黒駅を全速力で通過し、ダイエーの次で左折して、帰宅したらまだ20時台。これぐらいの時間に帰れば人間的な生活が出来る。せっかく快適な新居に移ったんだから、もう少し早く帰る努力をしよう(でも遅い方が道路は空いてて走りやすいんですけどね)。早く帰ったことを良いことに、また安ワインをしこたま飲んでしまった。 |
| 07/618 | 04/06(土) | 晴→曇・暖か | 187.2 |
<今天也快騎、春色已濃> 昨夜も遅くまで家族で飲んでいて、寝坊。引越し以来どうも寝坊癖が付いたようだ。もう新学期のペースでやっていかないといかん。土曜の今日も研究室では院生と会議がある。朝昼兼用を食べ、1時ごろ出た。このところ天気は良かったがなかなか乗るチャンスがなかった。今夜あたりから下り坂の模様。 マンションの玄関階段(GLが道路より若干高い)で靴を履き替えようとしたら、管理人さん(実によく働く人でいつも掃除してる)が階段に散水している。乾いた花壇の縁を探して靴履き替え。田向公園で目黒通りを渡り、間違えないように直進すると、あとは12年数百回通い続けたいつものコース。外苑前で絶妙のタイミングで「自転車便渡り」を決めたが、すぐ先の三叉路の信号で引っ掛かった。青山一丁目でもちょうど黄色になって絶好の自転車便渡りのタイミングだが、在交差点正中的中央分離帯里站着的警官、悪狼狼地[目丁]着我。従今天開始春季交通安全週。我今天想従好没経過的赤坂見附走。毎小時以50公哩的速度快騎・・・おっと中国語になっちゃった([ ]=1字)。要するに交通安全週間で交差点に警官がいてこっちをじろっと見てたから自転車便渡りができず、久しぶりに赤坂見附から行って、50km/hで快走した、というわけ。なおタイトルは「今日も快走、春たけなわ」って意味。 英国大使館先右折北丸公園経由新芽綺麗と思うも信号青、時間無、直進。本当に久しぶりに靖国神社の中を通ってみる。ここは別世界だった。例大祭とかで参拝客が多いのだが、純白海軍制服着用大日本帝国海軍旗掲揚一人行進老人、他にも海軍の旭日旗を持ったおばあさんとか、何だか独特の雰囲気の集団がいろいろいる。駐車場と化した正面の大鳥居の参道から脱出し、歩道の石畳は腰を浮かせて通過し、九段高校方面へ。 研究室では院生の今年度の研究方針の会議4連ちゃん。その合間合間に新学期の講義の資料の準備。21時を過ぎて、研究室に誰もいなくなった。まだまだ仕事はあるが、今日は帰ろう。外は風が出てきたのでそろそろ雨かと思ったら、やはり市ヶ谷あたりでいっとき雨粒が当ったが、その後は降られなかった。駒沢通りを環七まで出てみようと思ったが、途中で思い出して鷹番の馴染みの酒屋へ寄って、ワイン・酒を買う。 |
| 06/617 | 04/01(月) | 晴・暖か | 159.5 |
<自転車も街の観光資源> 今日も寝坊。昨日も飲み過ぎで、お腹がいまいち。自宅でメール整理など雑用作業している内に、3時になった。慌ててラーメンを作ってから、自転車で出かけた。タイヤの空気は玄関で入れる。まだ引っ越しの片付けが終っておらず、玄関に荷物が置いてあって邪魔。慎重にやらないとタイヤの跡が壁に付いて、家族からバッシングを受ける。 このところ異常に暖かいので、ヤッケはもう要らない。長袖シャツの上からオレンジのTシャツを重ねるという変な格好で玄関の外階段でシューズに履き替えていたら、マンション住人と思われる女性が小生を無視して通った。家の近所の道はまだ体に染みついたコースが出来ていない。目黒通りを渡ったところでうっかり右折してしまった。左折したが、次に右折したらまた目黒通りに出てしまう。何をこんなところでもたもたしてるんだ。やっと区役所が見えてほっとした。筋力が落ちていて自信が無いから、茶屋坂は歩道を上がる。歩行者には声を掛けて通して貰う。いつものコースで行ったが、こんな時間だから道路は走りにくい。しかし片道14.3kmで所要40分ちょうどは、昼間(と遠回り)にしては、まずまずのペース。 行くともう夕方。今日から着任の山名先生と挨拶したら、もうゼミが始まる時間。卒研生に今年度の卒研テーマを早く決めてくれと言われても、まだ4月1日でそんな段階まで気分が熟していない。それにしてもこの春休みは卒研生が全然来ない。ふだんなら2週間休んで海外建築視察に行っている時期だから、小生が見ていないだけで毎年こうなのだろうか。新学期対応でいろいろ雑用があって、やってもやってもきりがない。各種の今年度用ファイルの準備や予定表作成など、出来るところからやっておく。 21:30ごろ、研究室に誰もいなくなったから帰る。筋力・持久力ともに低下していて、本塩町の坂を四谷まで上がるだけで「はあはあ」言う始末。それでもまずまずのスピードで走る。しかしブランクが長かったせいか、自分で出すスピードに気持が付いて行かないような妙な気分。権田原で信号を待っていたら、外人二人乗りバイクが興味深げに小生を見ている。信号が変わったので思い切りスタートダッシュして見せて「観光資源」を演じてあげた。 観光資源と言えば、人の多い山で(とても普通の人が滑らないような斜面で)スキーをすると、まさに自分が観光資源になっていることを感じる。以前、夏の月山で頂上の反対側の斜面(大雪城)をさんざん滑った帰りに、頂上を越えてきて、頂上直下から短パン姿でスキーを履いていたら、出羽三山巡りの団体客が一斉にカメラを構えて待っている。引率のツアコンがハンドマイクで「止まらないで行って下さ〜い」と言ってるが、誰も動かず我々が滑り出すのを待っている。これじゃ転倒は出来ない(もっとも夏の真っ黒でがりがりの雪で短パンで転倒したらひどいことになるから、絶対ころばないのだが)。しかしギャラリーが多いと何だか張合いがありますね。 また、立山黒部アルペンルートがまだ開通する前(ひどく昔)に、立山の室堂から一の越を越えて東一の越からタンボ沢を黒四ダムへ下った際も、ケーブルカーの終点(大町側からは一番山奥にあたる)でずーっと望遠鏡にコインを入れ続けて我々の滑降を見ていた観光客に「プロスキーヤーですか、サインして下さい」と言われたことがある。ケーブルカーに乗る前に、わざわざスキーや靴に雪をたくさんくっつけて、落とさないようにそーっと歩いて、黒四ダムの上でわざとらしく雪をはたいて落したりしたもんだ。当然「スキーが出来るんですか」とか「どこで滑るんですか」と質問攻めに遭うが、ずっと上の立山の肩あたりを指して「あそこから滑って降りてきた」とさりげなく言うのです。そう言えばこのところ何十年も立山で滑っていない。今年あたり行ってみるか(興味ある方は御一報下さい)。 自宅の近所はまだ不慣れで、道を間違えたりする。自宅はこのあたりの分水嶺に位置するため、どっち方向から帰ってきても上り坂。緩い坂(よく締った雪だったら時々ストックで漕いだら滑って行けるぐらいの斜度)だと思っていたが、筋力が落ちた身には、自転車でも結構きつい。マンションの通路はまだ引っ越し用に養生してあるから、自宅玄関までシューズのままカツカツ歩く。壁に当らないように慎重に自室に自転車を納めて、今日のチャリ通は完了。往復走行距離は27.3km、帰りは13.0kmで所要37分。今日こそはアルコール抜き(いったい何日ぶりか、それにしてもこのところ飲み過ぎ)で、お茶と水だけの夕食は、なんだかすぐ終わってしまう。 世の中は今日から新年度。エイプリルフールのことは完全に忘れていた。 |
| 05/616 | 03/30(土) | 晴・暖か | 132.2 |
<5週間ぶり、やっと「チャリ通」に復帰> 引っ越し疲れからまだ体調が回復せず、連日寝坊している。午前中は庭に置く物置を組立てた。物置は物置メーカーのスチール製は数万円するが、同じようなサイズでもプラスチック製の箱メーカーのものだと1万円台。電卓メーカーの時計が時計メーカーのものより安いのに似た現象?。 午後も家で家族まったりして、夕方になってから自転車で出かけた。5週間ぶりのチャリ通復帰だ。今日から、眼鏡(走行中は単焦点の眼鏡だから近くが見えないので何かあった時咄嗟に字が読めず苦労する)・カメラ(いちいちザックから出すのでは面倒で、いつぞやの恵比寿山手線ガードミキサー車引っ掛かり事件の時のようにシャッターチャンスを失うのだ)・財布だけ、ウェストポーチ(本当は「ウェイスト」だろうね)に入れた。 既に4時過ぎだったので、土曜は4時まで勤務の管理人氏といっしょに出る形になった。サングラス・ヘルメット姿を見ても彼はそんなに驚いた感じはなく「健康に良いですね」という反応。そう言えばだいぶ前に理科大の守衛さんの1人に研究室前で自転車整備中のところを目撃されたが、驚くどころか「目黒区か、20分位かな」などと言われたことがある。あの守衛さんはもと自転車部に違いない。しかし、いくらロードレーサーでも、町には信号というものがあるからそんなに速くは走れませんって。 ダイエーの裏の下り坂をぐいぐい加速。田向公園北で目黒通りを渡るが、信号を待つのは億劫。ここまでで0.85kmあったから、大学までの往復距離は27kmぐらいになるわけだ。あとはいつもと全く同じコース。 茶屋坂の擁壁工事はまだ鉄骨が立っているが、道路中央のH鋼だけだと思って車道を上がって行ったら、まだ仮設トンネルが残っている。こういう公共工事は妙に工期が長い。民間工事だったら最後は徹夜ででもさっさと済ませてしまう。後から宅急便のトラックが追い上げて来る。筋力は落ちているから辛いが、何とかトンネルを逃げ切ったところで追い抜かれた。防衛庁技研横の緩い下りは快調だが、ここは対向車に中央線突破が多いから要注意。 恵比寿でザックの肩に装着した携帯電話が振動する。大学からである。信号を渡ったところで研究室へ電話したら、建築学会大会梗概(明日電子投稿〆切)のことで確認事項があるというので、移動中であと30分で着くと告げる。 広尾高校へ上がる坂でマンション新築工事が始まった。温故学舎の隣の傾斜敷地でもしばらく前からマンション工事。広尾高校の脇にもたしか新規物件があった筈。この辺りはまさにマンションラッシュである。青山通りもこんな時間だから走りにくい。青山住宅の裏道では歩行者が邪魔でカーブを高速通過できず。権田原から信濃町の間では、小生の前にも同じスピードで原チャリ女性が走っているのに、小生を追い越してから(いかにも邪魔だと言わんばかりに)わざわざ左へ寄る馬鹿な車。曙橋で既に12kmを超えた。陸軍、じゃなくて自衛隊の門は、土曜なので半分閉っているから、左右確認の上、赤信号で通らせていただく。あとは理科大まで突っ走るのみ。大学へ着いたら14.25km、48分かかっていた。 大学のメールサーバが切り換え作業で止まっている。大学へ着いてしばらくしたら復帰した。大学のドメイン名が「sut」から「tus」に変わるための作業である。このお知らせメールを、(メールアドレス帳のメンテを兼ねて)何百人かに発信してから、大学を出る。 帰路は、いつもより大学にいる(往きと帰りの間の休み)時間が短かったせいもあって、妙に筋肉疲労を感じる。それでも何とか高速で飛ばして帰った。家から「雲丹なのに酒が無い」などとメールがしつこくくるから、帰りに旧宅近くの松本屋酒店に寄って、何本か酒を買う。店の主人に「この前は相当お疲れの様子でしたね」などと言われる。家ではまた深夜まで酒盛り。いかんいかん。 |
| --/615 | 〜03/23(土) | − | 104.9 |
<真鍋教授の酔っ払い日記:謝恩会シーズン> 自室が片付いて、自転車が室内におさまった。これで自転車通学復帰と行きたいところだが、飲み会の連続でまだ復帰ならず。月曜は共立女子大学の謝恩会、火曜は共立のゼミ飲み補助金の消化、水曜は理科大の卒業式(正規には「学位記授与式」って言うんです)と研究室の謝恩会、休日を挟んで金曜は学生(真鍋ファンクラブ??)との飲み会、今日は東京を引き払って郷里に帰る卒業生を送る(その友人に引っ越し不要品のハンガーラックをあげる)会。来週も飲みが続く。自重しないと。 |
| --/615 | 03/10(日) | 晴・暖か | 104.9 |
<ついに引っ越し敢行> 20年住んだマンションを後にして、ついに引っ越した。先日来「近所の物件」とか「気になる現場に寄り道」などと書いてあったのは新居のこと。近所だから、小さめのトラック2台2往復の予定で気楽に臨んだのだが・・・それがもうた〜ぃへ〜んな引っ越し。よくまあこれだけ物が詰っていたと、自分でも呆れる。結果的に2トン・ロングボディ車3台×2往復だが、処理すべきゴミがあまりに多量だったので、他の現場からもう1台助っ人が来た。最後の段ボールを降ろしたのは 20:30頃。 引っ越しはそれでおしまいではなく、これからの片付けがそれこそた〜いへ〜ん。自転車もまだ庭(地下)にカバーを掛けて置いてある。自室を片付けてスペースができたら納めるか、マンションの自転車置き場をもう1台借りるかしないと、しばらくは乗れない。だから自転車日記の更新もしばらく無理そう。 |
| --/615 | 03/08(金) | 晴・冬型 | 104.9 |
<忙しいのに子供の自転車整備> 引っ越しに具えて荷物の整理や梱包がいよいよ最終段階に入って忙しいというのに、殆ど乗らなくなって放置状態の子供の自転車を整備した。 息子のマウンテンバイク風実は町乗り用自転車はパンクしているため、修理が面倒だからと放置されていた。小生のレーサーとはちがって車軸が外れないから、自転車屋さんでやるように車輪を填めたままチューブを引っ張り出して修理する。タイヤを外して調べてみたら、チューブが捩れて入っていた箇所が裂けていた。前回の修理の際のチューブの戻し方がいけなかったのだ。自分がやったのかどうか記憶がないが、まさかプロはこんなチューブの入れかたはしないだろう。パッチ2枚で簡単に修理。 娘のアルミ製の軽快車は、空気を入れるだけでよかった。チェーンカバーのネジが1本無くなっている。道具箱にいろいろストックしてあったネジ類(この種の物品がおよそ何でも揃っていたのには我ながら呆れる)も、今回の荷物整理で思い切って捨ててしまった後。自転車屋さんへ行けば合うのがあるだろうけど、今やそんな時間的・精神的余裕な無い。内装3段変速の戻しレバーが折れているが、それだけで捨てるのももったいないから、取り敢えずこのまま引っ越しで持って行こう。こんな精神だから荷物が減らないんだ。 どっちの自転車もチェーンがひどく汚れて錆びている。CRC556をじゃぶじゃぶ掛けてウェスで磨くが、いつまで磨いても磨いても磨いても錆汁が減らないから、良い加減で諦めた。家人にはこのクソ忙しいのに何を遊んでるかと苦情を言われた。たしかにまだ自分のデスクのコーナーが全く手付かず。引っ越しまでに時間が無い、焦る。連日の荷物整理で鼻は埃アレルギー状態でマスクがぐじょぐじょに濡れる(炭カル入りで開けにくいごみ袋を開ける際に指先を濡らすのに便利、なんちゃって)、腰痛も限界寸前、体調不良。引っ越しは本当に消耗する。 |
| 04/615 | 02/23(土) | 曇→雨 | 104.9 |
<久々の雨中走行> 昼に来訪者があるので、その相手をして、午後から行く。茶屋坂はまだ仮設が残っている。筋力に自信がないから日和って歩道を昇る。途中で「自転車便わたり」を絶妙のタイミングで2回決めて、良い気持。しかしこれは実は危ないのだ。以前、青山通りで信号が黄色から赤+右矢印になったので「自転車便わたり」をすべく左車線から車の列を掻い潜って右へ出ようとしたら、何ともう右折が終りかかっているのに猛然と直進して行った車がいたのだ。車線を横切る時は無論ちゃんと見ているから大丈夫だったが、危ういところだった。何という奴だ、もう!。 修論発表ゲネプロ2回目。まずまずの仕上がり。中国人院生L君と打ち合わせ。気付くともう研究室は無人だ。帰ろう。 外堀通りへ出たら、何と雨。四谷あたりでかなり本格的にヤッケに雨粒が当り出した。試しにブレーキを強めに掛けてみたら、スリップする。久々の雨中走行だ。昨夜F夫人・N嬢と飲んだ(飲み過ぎた)店(代官山から結構歩く)が、なかなか良かったので、寄り道して場所を確認して行こうと思ったが、雨だからやめた。 家の近所まで来たら、もう雨はほとんど上がっていた。まもなく転居するマンションに寄ってみたら(今日・明日と内覧会なので)、さすがにもう工事は終っていて、灯りは消えていた。 |
| 03/614 | 02/13(水) | 快晴→寒 | 77.9 |
<二部卒論追込み> もう鬱陶しさに耐えられず、散髪に行く。11月10日以来3ヵ月で、さすがに伸びている。途中で寝そうになった。駅へ向かうが、天気が良いから家へ戻って自転車で出直す。靴のねじはしっかり締めて行こう。風が冷たい。 茶屋坂の工事はだいぶ仮設が取れてきた。歩道には買物車にすがってよろよろ歩く年寄がいるので、ガードマンにかなり強く制されたが振切って車道を突進する。青山通りも混んでいて、なかなかスピードが出ない。権田原で「自転車便わたり」。大学へ着いて、卒業制作の個人指導。 屋根裏に眠っていた北欧デザインの照明器具(ポール・ヘニングセン)のもらい手を、主として若い人対象に写真付きで出したら、20分後には返事が殺到したので、早くも断りのメールをみんなに打つ。そんなことしてる内に、夕方。 二部卒論発表練習、T大博士課程を受ける院生の発表も。いろいろ問題が山積で、うまく行くか心配。22時の閉門時間だから帰る。冬型に戻って寒い。冬は自転車は辛いだろうと言われるが、案外そうでもないんです。春〜秋はいつも汗だくだが、冬の方が寧ろ楽で、手先・足先が凍えるが体は快適な暖かさになる。 TVでソルトレークシティの冬季オリンピックのジャンプ(ラージヒル決勝)をやってるが、日本勢は冴えない。 |
| --/613 | 02/12(火) | 快晴・冬型 | 52.6 |
<シューズ修理無事完了> 朝から、古本屋で売れなかった多量の古書を廃棄する作業。古着の袋は置いて行かれたので回収したが、後で見たらよそのお宅のゴミだった。自宅で成績処理作業してて、院生との打ち合わせに遅れた。遅れついでに散髪屋に寄ってみたが、やはり火曜は休み。頭が欝陶しい。 千駄ヶ谷で降りてN自転車店で靴の捻子を聞いてみたが、2階の売場の若い店員が無愛想にバラでは売らないという。仕方なく金具(シマノのクリート)一式を2200円出して買う。何だか損した気分だが、スペアを買ったと思えば良い。捻子だけなら東急ハンズでさがせば良いが、時間が無い。 こう言う時は「クリートは消耗品ですからスペアにお買いになったらいかがですか、捻子はまた使えますよ」とでも言ってくれたら、こっちも納得するのに。営業センスの無い店員だ。もっともこういう専門店では、営業スマイル無しでも客の方から来てくれるんだろう(山用品屋さんにも同じ傾向があって、入りにくいもんだが、代々木から中野に移った山スキー屋の主人の人なつこさは別格)。靴は大学ですぐ直した。 |
| 02/613 | 02/07(木) | 曇・晴・曇 | 52.6 |
<シューズ故障でペダルが外れないっ!> 子供たちの自転車が長いことパンクしたままになっている。修理したいが時間なし。 昼過ぎてから自転車で出た。まずまず快調だが、筋力低下と心臓どきどき(「心臓が口から飛出しそう」ってやつ)。 大学では卒業制作のエスキスだが、持って来たのは1人だけ。その後は二部の卒論発表のゲネプロの筈だが、用意が間に合わないから開始を延期したら結局時間切れ。 21時に大学を出る。ステップインした時、何だか回転抵抗が無いような気がしたが、漕いだら漕げたのでそのまま発進した。何だか幅寄せしてくる車が多い(後で思うと危なかったのだ)。遠回りして転居予定の碑文谷のマンション現場を見に行ったら、もう囲いが取れて外観が見える。夜なのにまだ内装工事をやっている。写真を撮るために自転車を降りようとしたら、何と、靴が外れない。靴の底にクリートを止めているネジが落ちたようで、足首を捻っても全然抵抗がなく、当然靴はペダルから外れない。考えてみたら、咄嗟に足を着くことが出来ない訳だから、よくこんな状況で町なかを走って来たものだ。 カメラを取り出すには自転車を降りねばならないから写真は諦めて、しばし外観を見てから帰る。家へ着いて、苦労して右足だけでけんけんして下車して、左足は靴ごと脱いだ。ドライバを差込んで靴をねじって外す。やはりねじが無くなっていた。まさに真鍋研の標語「弛んだ捻子はすぐ締めよ」だ!。 今日はあまり飲まないことにしよう、と言いながら、結局いただきものの久保田碧寿を飲んだ。旨かった。 |
| 01/612 | 02/01(金) | 晴・寒いぞ | 25.5 |
<ついに自転車通学に復帰> さ〜て、今日は自転車で行っちゃおう。のろのろしてたら、11時からの会議に遅刻しそうな時間。途中、青山通りで遅れると電話。 実に久しぶりだが、快調。脚力はそんなに落ちたと言う印象は無い。ただし、息が切れるのはたしか。茶屋坂は仮設覆いを半分解体していた。時間が経ったのを実感する。温故学舎は車が止まっていた。青山通りは込んでいて走りにくい。青山アパートから外苑東通りへ出る時、自転車便のおにいさんが来たので、やり過ごしてから権田原へ出たら、彼はみごとなタイミングの自転車便渡りで行っちゃったが、俺は間に合わなず、その自転車も慶応病院出入り車とその先の右折車などでもたもたしてる内に見失った。曙橋へは慎重に下り、外堀通りは快調に飛ばして、41分で研究室へ。研究室の横の部屋でもう会議が始まっているから、そ〜っと通過して、15分遅刻で会議へ。 来年度の卒論のガイダンス。さて次年度はどんな学生が集まるだろうか。みんなし〜んとして真面目に聞いている。夜もまた、二部の卒論ガイダンスで、学生の反応よし。 二部卒研生と梗概の打ち合わせ。彼女はもうじき入院しちゃうので記念写真を撮る。デジカメは便利だ。もう常に手許から放せなくなった。 自転車だから、そろそろ帰らねば。復帰後初日にしてはさっそく深夜爆走だ。帰宅後おそい食事でワインを一人で殆ど1本飲んだのに、飲み会帰りの娘がまだ飲むと言い出したのでスペインワイン赤2本目を開けてしまった。深夜に塩ラーメンを作って2人で食べた。いかんいかん。 |
| --/611 | 01/28(月) | 晴・冬型 | 0 |
<まだ自転車復帰ならず> このごろ膝もだいぶ調子よくなってきたから、そろそろ決心して自転車で行こうと思ったのだが、パソコンがウィルス付きメールにやられたかもしれない精神的ショックと疲労と二日酔気味で、めげる。出てみたら、やはり寒くて、だめ。 |
| --/611 | 01/01(火) | 晴・寒い | 0 |
<あけましておめでとうございます> 今年もよろしくお願いします。自転車は、膝の故障でお休み中。それを良いことに酒浸りですなあ。 |