私房菜へ行ってみよう!
最近、普通のレストランの元気がないと感じていたのだが、私房菜と呼ばれるプライベートキッチンが人気を集めているらしい。
ただ、基本的に完全予約制なので、私たちのような旅行者には無縁の存在だと思っていたのだ。
ところが、昨年12月のこのサイトへの書き込みは衝撃的であった。
「あの周中シェフが凱悦軒を引退して私房菜を始めた!」
日本人には最も知名度の高いシェフである周中氏の料理を、もう凱悦軒で食べることができないのだと思った時、どうしても周菜へ行きたくなった。
そして、急遽香港行きを決めた1月の下旬、思い切って予約を試みることにした…名古屋在住のKeiの友人(香港人)に頼んで予約を入れてもらったのである。
友人によると「二つ返事だったよー。日本からはるばる来てくれるなんて嬉しいってさー。結構感じのいいオジサンだねー」とのことで、天にも上る嬉しさであった。
そして予約をした当日、目指すフラットを訪ねたのであるが、話に聞いていたとおりビルの入口には看板も表札もない。
話には聞いていたので臆せず建物のドアを開けてもらうが、なるほど本当にわかりにくい。
フラットにも看板も表札もなかったが、「これが私房菜の王道なんだね、きっと」と言いつつ呼び鈴を押す。
周さんは「こんにちは!」と日本語で言いながら、笑顔でドアを開けてくれた。
こちらは「こ、こ、こんにちは…」と緊張で固まっている。
通された部屋はこぢんまりと上品なインテリアで、ふんだんに生花が飾られている。
今日の客は私たちだけらしい。
一般のレストランと違って黙々と食べて退散とはいかないだろうし、今日のように私たちしかいないとなれば会話も必要かと緊張したが、周さんの気さくな人柄にいつしか緊張もほぐれていく。
聞けば、周さんは昨年の6月に引退したとのこと。
私たちが8月に安記海味でバッタリ会った時は私房菜を始めたばかりの頃だったらしい。
会話が一段落して、「では始めましょうか?」という周さんの言葉で食事が始まることになった。
当日のメニューは次の通り。
◆貢菜柚子三文魚(山クラゲ・サーモン・ザボンのあえもの)
◆木瓜燉魚翅(フカヒレ入りパパイヤの二重蒸しスープ)
◆大紅柿鮑魚(トコブシの炒めものトマトソース煮込み)
◆荳苗蒸星斑(ハタの蒸しものトウミョウ添え)
◆火龍果炒帶子(ドラゴンフルーツ・ピーマン・ホタテの炒めもの)
◆蘆薈蟹拑扎(蟹肉のアロエ巻き)
◆瑶柱叉燒炒(干し貝柱とチャーシウのチャーハン)
◆燕窩香芒布甸(ツバメの巣のせマンゴープリン)
貢菜柚子三文魚
山クラゲとサーモンとザボンをマスタードの効いたソースであえたもの。
赤・黄・緑の3色の取り合わせもさることながら、これらの素材を組み合わせるアイデアはさすがだ。
香港ではサーモンは人気の食材だが、尖沙咀にある某回転寿司屋でサーモンの刺身で撃沈した経験のある私たちとしては、少々抵抗のある食材だ。
しかし、独特の生臭さもなく、普通においしく食べられるのは嬉しい。
山クラゲのコリコリとした食感もよく、マスタードの辛味が食欲をそそる。
まずは幸先よいスタートだ。
木瓜燉魚翅

当初「食べ飽きたから他のものにしてほしい」というワガママなリクエストをする案もあったが、「この一品を抜きにして周中氏の料理を語ることはできない」というHamの強硬な主張に、料理の内容には一切注文をつけなかった。
そうしたら、やっぱり予定通り(!)出てきた。
味については、香港リピーターの方々に今さら語るまでもないだろう。
しかし、果物のパパイヤはかなり甘く、それを支えるスープの味はレストランの味ではなく家庭料理の味そのものだった。
余韻の残る上湯(一番だし)とは言えないところに家庭料理の限界を感じるが、逆に化学調味料を使ってでも明快な味を出してほしいとも思わない。
フカヒレは結構太いものが使われていてゴキゲンだ。
Keiがスムーズに食べているのにHamは悪戦苦闘、パパイヤの果肉が固くてスプーンで削ることができない。
家庭用のガスで調理するとなると、このあたりが限界なのかもしれない。
大紅柿鮑魚
トコブシ(「鮑魚」とあってもたいてはトコブシ)をトマトソースにからめてトマトの容器に入っているというもの。
トマトソースのほどよい酸味が心地よいが、トコブシとのバランスを考えるとトマトの酸味がわずかに勝る。
「この形のトマトは香港にはないんじゃない?輸入品?それとも地元のもの?」とKei。
とはいえ、周さんに人格を疑われるといけないので、容器のトマトは我慢して食べないことにした。
荳苗蒸星斑

白身魚の蒸しもののトウミョウ(エンドウの若芽)添え。
いかにも家庭料理という感じのものが出てきた。
さすがに魚の蒸し加減が素晴らしく、付け合わせのトウミョウも軟らかい部分を使っていて口当たりがよい。
広東料理の基本をピタリと押さえた料理に、新派だけには終わらない周さんの腕前を再確認することとなった。
火龍果炒帶子
いかにもヌーベルシノワにありそうな料理で、食材を器に流用した3品目の料理となる。
炒めたドラゴンフルーツを食べたのは初めてだったが、少し酸味があって種の潰れる時の食感といい、炒めものとしても相性がいいようだ。
凱悦軒でもメニューに載ることがあったが、季節が合わなくてついに注文する機会のなかった一品だった。
ここでこうして食べることができるのは感慨深い。
蘆薈蟹拑扎
シースルーの美しい料理で、ニンジンとシイタケとカニ肉を巻いて蒸したもの。
「この透明のベールは一体何???」と首をかしげていると、周さんが緑の植物を持って登場して種明かしをしてくれた。
それは大きなアロエであった。
アロエそのものは少し苦味があるのだが、ソースの味は淡白ながらも深みがあり、思わず唸ってしまう。
料理の美しさと味では今回最高の一品であり、周さんの健在ぶりを示してくれた。
瑶柱叉燒炒
チャーシュー入りのチャーハンとは驚くほど普通だ。
意表を突かれたアロエの後だけだっただけに、肩透かしのような気さえする。
しかし普通の楊州炒とは似て非なるもので、干し貝柱の旨味が効いて上品で余韻のある味に仕上がっていた。
楊州炒の苦手なKei曰く「普通に見えて普通じゃないね」と言いながら、パクパク食べていた。
燕窩香芒布甸
名前こそ「布甸(プリン)」となっているが、マンゴープリンというよりはマンゴームースと言うべきだろう。
マンゴープリンを食べた回数は数え切れないが、マンゴームースは初めてだ。
最後に変化球を投げられたという感じだ。
ツバメの巣とイチゴがトッピングされ、賽の目切りのマンゴーが器の下に沈んでいる。
おいしいコースを締めくくるのにふさわしいデザートであった。
もてなしの心
野菜を多用し、薄味で仕上げた料理ばかりだったので、最後まで飽きることなく楽しむことができた。
薄味好みの我々にとっては嬉しい構成であった。
そして、一品一品のアイデアと盛り付けの美しさは、さすがは周さんである。
ワクワクして料理を待つ楽しみは久しぶりに味わうことができた。
個別の料理が凱悦軒と比べてどうこうという議論はさておき、何より印象深かったのは、まるで友人の家に招かれてもてなしを受けたような温かみである。
客をもてなすという周夫妻の心遣いには、日本の茶道に通じるようなところがあるように思う。
周さんは心の底から料理が好きで、それを他の人と分かち合いたいという思いが形になって現れてきたという感じだ。
私房菜には自分だけのために用意された空間と料理を楽しむという、普通のレストランでは得ることのできない満足感が得られるが、今回はそれにもてなしの心がプラスされることを知った。
今や香港の食の1つの流れを形成している私房菜であるが、まだ素人芸の域を出ないものやミニ・レストランといったものまであるようだ。
しかし、やがてそれらは淘汰されていき、本当に食事を楽しむのにふさわしい私房菜が覇を競うようになる…そんな予感をさせてくれた初めての私房菜であった。
【2004年2月】
◆周菜 香港上環文咸西街27-29號乾泰隆大厦5樓B室(28051116)
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