大東(だいとう)市 −野崎まいり−
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その昔、野崎観音へお参りする様子を描いたふた。 江戸元禄時代、大阪では「野崎まいり」がさかんとなりましたが、天満橋の八軒家船着場から屋形船で寝屋川を上って行くルートと陸路で行くルートがありました。船で行く人と堤を歩く参拝者がお互いに罵り合う「ふり売り喧嘩」は有名で、上方落語「野崎まいり」にも面白おかしく語られています。ふたの絵にもその光景が描かれているものと思われます。 |
現代の「野崎まいり」をしてきました。
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野崎観音にお参りするには急な石段を登ります。5月1日から8日までは、元禄時代から続く野崎観音のお祭り。無縁経法要といって、有縁無縁のすべてのものに感謝のお経をささげる行事なのだそうだ。そして期間中はさまざまなイベントが催され、連休中とあってとても混雑するようです。 |
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| お祭りの期間中、野崎まいりの参道にはたくさんの露天が立ちます。この日はゴールデンウィークとあって大人も子供も、とにかく大勢の人で賑わっていました。いかやき、たこやき、カキ氷etc 買って立ち食いしたいよー。 |
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野崎まいりの屋形船が行き交ったと言われる谷田川。今ではふたの絵のようにのどかな光景ではなく、このように住宅街を流れるドブ川で、情緒のカケラもありません。屋形船はもちろん運航していないし、参拝者のほとんどはJR野崎駅を利用するのではないでしょうか。 |
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つつじが美しい野崎観音の本堂。正式には福聚山慈眼寺(ふくしゅうざんじげんじ)というこのお寺は、安産や子授けに特にご利益があるとされています。野崎まいりイベントの期間中というだけあって、境内はお参りの人であふれかえっていました。 |
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境内では舞台がしつらえられ、昔なつかしい大道芸が披露されていました。しばらく見ていましたが特に面白くなかった...ですが、うららかな春の日の浮き立つような空気(?)は十分伝わってきました。 |
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野崎は近松半二の「新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)」の舞台となったところ。物語の中で心中するお染と久松の塚が、境内にひっそりと立っていました。 |
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撮影日:2007年10月28日 2008年5月4日