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(注)作品は作者より許可を頂いております。許可のない、複製は固くお断りいたします。

軽トラック



 プレートナンバー2000番の軽トラックが、私の愛車である。
 農家では、収穫した籾(もみ)や麦をカントリーエレベーターまで運ぶのに、どこの家にも軽トラックがある。

 わが家にも、家族1台ずつの乗用車のほかに軽トラックがあり、あまり使われないまま家の東側の空き地に置かれていた。

 私の乗っていた乗用車が、そろそろ買い替える時期になった時のことである。
 「おまえ、軽トラックに乗るかい?」
 主人が、私の顔色を伺いながら言った。
 「いやァ、俳句会やパーティーなどへ、軽トラックで行くの?恥ずかしい!」
 「そんなら、おれが軽トラックに乗って会社へ通勤するから、お前はおれの乗用車に乗ったらええ」

 そんなこと、私がするはずないことをちゃんと知っている主人は、笑いながら言った。

 人間は上を見るときりがない、とよく言われる。私だって20年前には、ワーゲンを乗りまわしたこともあったんだ。それに、バイクや自転車だけの人も、私の周囲にはたくさんいる。雨にぬれないだけでもありがたい。私はそう思うことにした。

 軽トラックに乗りはじめたときは、乗用車に比べて運転席が高く、ハンドルの傾斜が緩やかで、感覚がつかめず、こわくて出不精になってしまった。その頃通っていた高松の文章教室へも、夜の運転がおっくうになり、休みがちだったし、俳句会へも足が遠のいた。

 日曜日などは娘が、私の車を使ったらいいと言ってくれた、が、60歳にも近くなると、車種のちがう車の運転はこわい。
 3年間。軽トラック一本で運転してきた私は、気が付くと乗用車の運転ができなくなってしまっていた。

 句会や随筆の会、ホテルでの会食などの時、ピカピカの乗用車の中にとめてある私の軽トラックが、
まるで仲間はずれのようによく目立つ。恥ずかしいので一番最後に会場を出て、みんながいなくなってから駐車場へ行くことにしている。

 日除けも運転席の前だけだし、時計やラジオさえもついていないのだ。もちろん、冷房なんてきくはずがない。信号で止まる度に、助手席に置いてあるうちわを使って涼をとる。

 けれども馬力があり、坂道もらくらく登れる。荷台は、覆いをすればうんと積めるし、汚れたら水で洗い流せばいい。子ども達の引っ越しに、地域の廃品回収にも大活躍した。もちろん、カントリーへも、積載量オーバーで籾を積み込み、私が運転する。

 今ではこの軽トラックは、なくてはならないものになり、私の意のままに動いてくれる。

 人間も車と同じように、それぞれ長所も短所もある。

 私も、毎日田んぼばかりしていて、何のとりえもない人間のように思い、落ち込むときがある。でも、これからは考え方をかえ、私が田んぼ仕事を引き受けてしているから、家族は安心して、それぞれの仕事に没頭できるのだ、と思うことにしよう。

 健康で誰かのために役立っているということ、そんなことが人間にとって一番幸せなことかもしれない。
 農業をしている私に、軽トラックは一番似合う車である。
 この次買い替える時も、やはり、私は軽トラックにすることだろう。