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このページは、母みちこのエッセイを掲載しています。
(注)作品は作者より許可を頂いております。許可のない、複製は固くお断りいたします。

「皆様のご感想を心よりお待ち申し上げております。」(Byみちこ)

蚊  帳

 蚊に弱い私は、毎年五月から十月いっぱいの半年間、蚊帳を吊って寝ている。
 プーンー、一匹でも蚊の鳴く声を耳にすると。神経質な私は目が冴えてしまい、寝付かれない。電灯をつけ、やっつけるまで追いまわすので、熟睡している主人まで起こしてしまう始末である。
 血液型がO型の主人は、めったに蚊に刺されない。その分蚊はA型である私に向かってくる。
 蚊帳は二畳用なので、主人と一緒だとどちらかが寝返りを打つ度に、顔にかぶさったり足にからまったりするので、主人は私が蚊帳を吊るのを、うっとうしいと嫌がる。
 「おいっ、この蚊帳どうにかならんのか。もう、蚊帳吊るのやめんかあ」
 主人は、腹立たしそうな口調で言う。
 その度に私は、
 「ごめんなあ、がまんしてなあ」
 とあやまってきた。
 今年の四月、真夜中のことであった。隣に寝ていた主人が大声で<オイッ>と言ったかと思うと起き上がり電灯をつけた。
 主人は日ごろから血圧が高いので、私は何事が起きたのかと、ドキリとした。
 「ムカデじゃ、ムカデ。早う何かつかむもん持ってこいっ」
 ふとんの端の方でムカデを押さえている主人が、私をせかした。私はあわててウロウロ。それでも、ゴム手袋とちり取り、シュロ箒などを取り集めて持っていった。
 二十センチほどもある大きなムカデであった。
 ムカデは、高い所へ這い上がる習性があるので、蚊帳を吊って寝ると安心だという話しを昔、実家の祖母から聞いたことがある。そう言えば、蚊帳の上を這っている大きなムカデを、何回か見たことがある。
 私は、そのことを主人に話すと、
 「そんな話聞いたことがないわ」
と笑ってとりあってくれない。
 「いや、たしかにそんなこと言いよったで」
 その夜、私はシーツと包布を取り替えると、いそいそと押し入れにしまってあった蚊帳を取り出し、吊した。
 ムカデ騒ぎのため、いつもの年より一か月も早くから蚊帳を吊るはめになり、主人は機嫌が悪い。
 「蚊なんかおらへんがー、蚊帳吊るのはやめんかー」
と、毎晩のように繰り返す。
 その度に私は、
 「ムカデが出るでえー」
 「出えへんわあー」
 主人は、悲しそうに言い返す。
 ある日、私は寝具店で、大人用の枕蚊帳を見つけて買って帰った。ハエ帳の大型みたいなもので、パッとあけるだけでいい。
 とても気に入った私は、その晩から主人と寝室を別にした。四肢を伸ばすことができ、主人に気がねなく寝られて快適この上もない。
 ところが主人は、
 「お前、俺が血圧高いのに、別の部屋で寝ていたのでは、真夜中に何が起こってもわからへんでー」
と、うらめしそうに言う。
 そのうち主人は、夜中に電灯をつけ読書をはじめたり、ビデオを見るようになった。また、大きな溜め息をついたりしているかと思うと、次第に無口になってしまった。
 かわいそうになった私は、もとの寝室へもどることにした。
 枕蚊帳を掲げていき主人の寝ている上にバサリとかぶせると、
 「そんなもん持ってくるんやったら、来んでもええ」
と叱られた。
 どうしたものかと考えた末、私は、敷ぶとんを主人のと私のと二枚敷き並べ、私の敷ぶとんにだけ枕蚊帳をかぶせることにした。
 それから一週間、主人の不眠症は治った。
 南と北の窓を開け放した部屋の網戸からは、毎晩心地よい風が通りぬけている。
 長女がそんな私たちの寝室をのぞいて、
 「あら、まあ、お父さんとお母さん、別々に寝よるんなあ」
と言って笑った。


平成6年2月  <ホトトギス>より

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