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(注)作品は作者より許可を頂いております。許可のない、複製は固くお断りいたします。



嫁のゆきこが、茶の湯のおけいこに通うようになり7年が過ぎた。

 ゆきこは、長男の唯が生まれたのを機に勤めていた会社を退職し、育児に専念していた。
 慣れない地で私たちに気を遣いながらの毎日は、きっとストレスがたまることだろうと、ある日私は嫁に茶の湯のおけいこに通うことをすすめたのである。

 宋静先生のお宅は琴電羽間駅の近くにあり、車で5分ほどで着く。お年は82歳、白髪の美しい上品なお方である。

 週に一度のおけいこ日には、まだ2ヶ月になったばかりの唯を私が預かり、日曜日に開かれるお茶会では、息子が子守を引き受けた。茶の湯が性に合ったのと、育児から解放されるこの日を待ちかねていたようにいそいそと出かけるゆきこを、私は唯を抱っこして見送る。

 3年後には二男のひろしが生まれたが、おけいこは続けられた。農繁期とか子供の病気の時以外は、よほどのことがない限りおけいこを休まない。

 嫁を習い事に通わしているということで、私は先生や社中さんから物分かりのよい姑として見られた。
 「お家の人たちに感謝しないといけませんよ」 

 先生はおけいこをはじめる前には、いつもゆきこに言われるとのことである。
 社中さんたちが、医師の奥様や教職を定年で退かれた方たちという恵まれた環境は、7年の間にゆきこを別人のように変えてくれた。
 近ごろは、小学2年生に成長した唯と同伴の時もある。
 「唯はね、ごあいさつもお運びも上手にできるようになったのよ」
 私に一服立ててくれながら、ゆきこは
 「わたしのお姑さんが、やさしいお母さんでほんとによかったわ」
 とほほえむ。
 そして宋静先生は、
 「まああなたも、ゆきこさんをようここまでしつけられましたね」
 と言ってくださる。

 私がゆきこに茶の湯のおけいこをすすめたのには、私なりの思いがあったのである。
 それは母に続き、父が亡くなった17年前のことであった。
 「人は、礼が備わってこそはじめて人の上に立つことができるのです。あなたには、それが欠けています」
 ある先輩から指摘された私は、その時に茶の湯のおけいこを思い立ち、先生の門をたたいたのである。

 先生はおけいこの中で、人の道を説かれた。また何気ない会話の中からも、多くのことを授かった。ゆきこがわが家に嫁いできた時から、私は宋静先生にゆきこを預かっていただきたいという思いをいつも抱いていたのである。

 7年が過ぎた今、ゆきこはもうどこに出しても恥ずかしくないわが家の嫁として、私の期待に見事に応えてくれたのである。
 もし若い頃の私に、今のゆきこのように礼が備わっていたら、よい嫁として亡くなった父母にかわいがってもらえたかもしれない。

 娘の由紀の嫁入り道具の一つとして整えてある茶道具を、少しずつゆきこに使ってもらっている。
 家族に見送られ、薄化粧をしてお茶会へ出かける和服姿のゆきこは、ほんに美しい。

平成十三年「ずいひつ遍路宿」第150号より