TOP
みちこのエッセイ目次へ
(注)作品は作者より許可を頂いております。許可のない、複製は固くお断りいたします。
夫の謝辞
平成15年春の叙勲において、香川県の建築業界から。さぬき市の宮本英一氏と夫の二人が受賞した。その合同祝賀会が7月31日、全日空ホテルクレメント高松で行われた。
受賞の内示をいただいてから5ヶ月間、賀客の応対や参内の準備などに家族一丸となって当たり、やっとこの日を迎える事ができた。今日は、最後の仕上げの会である。社交下手な私も、夫の足かせにならないよう、懸命に務めなければと心に決め会場へ向かった。
薄物を着る季節であるが、参内を機に誂えた加賀友禅の色留袖を装うことにした。北陸の山の四季を染め上げた優美な文様が気に入っていた。
予約していた美容室での着付け。昨日まで野良仕事を汗に流していた自分とは別人のように、美しく仕上っていく。
末広をすっと帯の間にさし、夫の待つ会場へ向かった。
司会者のアナウンスにより夫に従いて登場し、椅子に深くかけ背筋を伸ばした。二度ほど会場の下見をしていたためか、意外と冷静でいられる。
来賓祝辞、祝電披露と式典はすすみ、いよいよ受賞者謝辞となった。
業界の要職の他に、町議会議員の職を四期も務められた宮本氏は、原稿を持たないで立派に謝辞を述べ、大きな拍手を受けられた。
次は夫の番である。謝辞の事が気に掛かっている夫は、一昨日も仕事から帰るなり、「あんた文章うまいんやから謝辞の原稿作っていた」
うかぬ顔で私に言った。
私はそんな夫に対し、自分の気持ちを素直に言葉にするのが一番良いのだと話した。
夫はどんな原稿を書いたかは、知らないままだった。これまで、事にあたり動じる事のなかった夫のことである。私は心配するどころか、どんなことを言うのだろうかと興味を抱いてさえいた。
モーニングの内ポケットから取り出した原稿を開いた夫は、ゆっくりと太い声で読み上げていき、2分ほどで謝辞も終わりに近づいた。顔を上げ、一呼吸置いた夫は、再び原稿に目を移した。少し低めの声で、
「最後に、これまで私を支えてくれた家族、特に家内に、この場を借りて感謝したいと思います」
と、しめくくったのである。
場所柄をわきまえない夫の言葉に、私はただうつむいていた。
式典がおわり、祝宴にうつった。夫と共にテーブルを回る。
「奥さんに対するあの一言、良かったよ」
かわいそうに夫はひやかされどおしだ。
お客様を見送り、無事に祝賀会を終えた。
金屏風を背に、夫と並んで写真を撮ってもらった。
二人の孫から贈られた百合の花束を抱き帰ると、一足先に着いていた嫁のゆきこが、
「お父さんの謝辞、良かったよ」
と言って出迎えてくれた。
電話のベルが鳴っている。実家の姉からで
「あの謝辞のおかげで、みちこが光った。あんたの事を心にかけながら亡くなったお母さんに聞かせてあげたかった」
受話器の向こうで、姉は声をつまらせた。
翌朝、百合の香と風鈴の涼しい音色で目覚めた。
静かな日常がもどってきた。
皇居の庭園は、もう薄紅葉のころかしらと、夫と話し合っている。

平成十五年「ずいひつ遍路宿」第159号より