| もちろん、その通りなのだ。気を付けていさえすれば、こんなことにはならない。いつだって、事が起こってから思うと、そんなもの。
あの時、あれを先にやっておきさえすれば、一本、電話をいれさえしたら。そう思うが、仕方ない。その時は、そんなこと思いつきもしなかったんだもの。
気落ちして、家に帰る。冬のこと、マフラーは、なんとかまけるようになったけど、私は、手袋が大の苦手。すぐに落っことしてしまうし、不器用なのがますます不器用になって、したままでは、鍵もあけられないし、自転車にも乗れない。それで、ついつい素手で冬を過ごすことになる。なので、ハンドクリームは欠かせない。でなと、すぐにガサガサになって、ひどくなるとひび割れてしまうから。
冬の帰り道、寒い上におなかがへると、気分はさらにめいるので、途中でごはんをすませることになる。ほっと一息ついて、家に帰ろうとする、その途中で、すでにおなかはすいてくる。
「おなか、すかない」
尋ねると、胃袋は答える。
「きまってるじゃないか」
そうなのだ。同じ身体を使ってるんでから、そりゃ、すいてるよね。でも、ほら、一応は聞いてみないと。
「帰ったら何、食べたい」
「そうだねぇ、何かあったかいものがいいね」
二人で、あれこれとおいしいものを思い浮かべる。こういう時は、胃袋と私は、口をきかなくてもすむのがありがたい。なにせ、寒いもの。冬のこの時期、口をあけたら、そこから寒い空気がピューと吹き込んで、せき込んでしまうに、決まってるもんね。
「シチューもいいなぁ」
「チーズフォンデュ」
いろいろと思いつくが、さすがに、食後、それはまずいと思い直す。食べられないわけではない。が、それよりは、やはり甘いものだろう。
「なにがいいかねぇ」
「甘いのがいい」
「ケーキ」
私は、叫ぶ、こんな日は、生クリームたっぷりのやつ。
「今から、買いにもどるのか」
胃袋は冷静に指摘する。そうだ。今日は、ケーキは買ってないんだった。
「シュークリームもない」
「チョコはあったけど」
無論、チョコレートとアイスクリームを欠かすような不用意なことは、しない。が、今日は、その気分でもないんだよねぇ。
駅まで戻れば、いくらも選択肢はある。が、これから戻るのも面倒だ。しかも、もうそろそろいくら遅くまであいているといっても、駅前の店もしまってしまうだろう。そうなると、コンビニくらいかあいていない。
「コンビニのケーキってのは」
おそるおそる私は提案してみる。
返事はなかった。
まあね。私も、あんまり気乗りはしない。どうしても、何もなければ別だけど。
「そうだ」
私はおもいつく。
「ねぇ、ホットケーキは」
「そりゃいい」
一も二もなく、賛成して、二人は安心して家へと帰る。
これから、本当は本格的に作ればいいのだろうが、残念ながら、そんな時間も根気もなにもない。もう、今日は、本当に散々だったのだ。
どうして、こうせっぱつまってから、お客様というのは気を変えたりするんだろうか。こちらがようやく、準備万端整えた、この時になって。おかけで、1週間分の仕事が、ほとんど台無し。スケジュールはズタズタで、組み直し。楽しみしていた出張はバーになったどころか、休日出勤が確定する始末。
とても、今からホットケーキを焼く元気はない。残念ながら、食材も切らしているし。しかし、こんなこともあろうかと、冷凍庫には、冷凍のホットケーキがねむっていのだ。冷蔵庫には、カナダ産のメイプルシロップ、北海道のバターが待っている。
「十分だよ」
胃袋が保証する。
冷凍のホットケーキ、各種でいてるが、常備しているのこホットケーキは、なかなかどうして、優秀なのだ。最近は喫茶店でもレンジでチンが主流だが、へたな喫茶店でだしているものなんか足もとにもおよばない。
いそいそと、レンジにそれをいれる。もちろん、バターをたっぷりしきめて、間にもはさみこむ。
カロリー?そんなことをきにしてどうする。この上から、メイブルシロップを山とかけようと思っているのに。
「飲み物は」
胃袋がきく。
「そうだねぇ」
迷いどころだ。ポットいっぱいの紅茶でもいい、ミルクティーをたっぷりというのも。コーヒーの熱いのをぐっといくのも捨てがたい。けど、今日は、本当にくたびれた。
「ココアだ」
胃袋がいう。
「うん、ココアにしよう。クリームもたっぷり」
シュンシュンと沸いたお湯でココアをとく。そして、その上にたっぷりのクリーム。
横には、三段重ねのホットケーキ。上にも中にも下にもバターをしみこませ、その上から、ひたるくらいに、メイブルシロップ。
まず、一口。口の中にひろがるあのバターのかおりとシロップの甘さ。
「やっぱり、メイブルシロップじゃなきゃ」
胃袋がいう。
「うん、これでなきゃね」
私は、冷蔵庫の中にガロンでメイブルシロップを常備しているのだ。これがないと、ホットケーキははじまらない。
そして、クリームたっぷりのココアをかきまわして、飲む。そのあまいこと、あまいこと。
ふわっと身体がとけてしまいそうだ。あぁ、しわあせ。もう、いいや、なんだって。明日は明日の風がふく。
「カロリーがさぁ」
突然、そんなことが気にかかった。
「いいんだよ、たまには」
胃袋がたまにはいいことをいう。
そうだよね。たまにはね。
冬の冷たい日は、手もガサガサになっちゃうし、うまくいかない日は、心だってガサガサだもん。こっちのほうにも、クリームが必要だよ。
「たまにはね」
「うん、たまには」
そんなことをいいながら、胃袋と私は、ココアもホットケーキもおかわり。翌日の体重計は異議を唱えたけど、まあ、そういうもの。よくきく薬に副作用はつきものだよね。
まあ、たまには、仕方ない。必要だよ、クリームが。
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