天使がやってくるまで・・・
おにいちゃんが生まれるまでに、約7年不妊症と不育症との闘いがありました。

そろそろ子供が欲しいなって思い出したのが、仕事も落ち着いた30代に入ってから
ところが中々その兆しがなかったのでした。

ある日、体の変化に気が付き念願の「おめでたです」と言う言葉が聞かれたのも
ほんのつかの間の事・・・

嬉しいつわりが始まって下着が苦しくなってきたので、買い物に行った夜
少しだけど出血に気が付いて、病院に電話をした所
安静にして朝になったら来てくださいと言われました。

翌朝、あまり不安もなく病院に向かい、診察を受けた所、切迫流産の可能性が
あるので入院してください。
仕事もあるし何も持ってきていないので少々あわてたのですが
お腹の中の赤ちゃんをなんとしても守りたかったので先生の指示に従い病棟に・・・

チチに連絡をして必要なものを持ってきてもらい入院の覚悟ができたところで
今回の妊娠では初めてのエコー検査
外来では予約が必要でまだ受けていなかったのが、病棟だとすぐできるのだと言う事がわかった。
検査の結果、今では考えられないのだけど・・・私の子宮の中には小さな赤ちゃんの袋が
見えるだけで、確か3ヶ月も終わりに近かったのに中身は何も確認できず
赤ちゃんが育っていなかったことがわかったのでした。

翌日に死亡した胎児を取り出す手術の予定だったのに、陣痛のような痛みが
だんだんひどくなり、トイレに行った所、何か塊のようなものが流れるのを感じました。
予定通り手術は行われ経過が順調なのですぐに退院したものの
喜びが大きかった分ものすごい喪失感に悩まされ同じマンションに住む子供たちの
遊ぶ声まで耳をふさぎたくなってしまうほどつらかったのを覚えています。
流産の後、半年ほどたって、体調も落ち着いてきたので、原因を知りたいと思い
『不妊外来』を受診する事にしました。
診察を受けて、その後に「不妊学級」を受けてくださいと言われました。
不妊学級では、原因を知るために必要な検査の説明などなど
いろいろなお話を聞いて、検査を受ける事に・・・

検査の中には痛い物やつらいものがありました。
私の場合は子宮卵管造影検査で子宮が少し形がおかしく子供が育ちにくいのではと
言う事で、妊娠したら入院して安静にすれば大丈夫とのことでした。
ただ、その前に妊娠しない事には話が進まないし気持ちは沈む一方でした。

結局、妊娠はしたけれど、7週で心拍が見えたのに、翌週のエコーでは止まっていた(胎児死亡)が
3回、双子ちゃんかも・・・と言われてわくわくしながら10週まで経過を見たけれど受精卵が
育たなかった事が1回、とうとうその頃、学会でも認知され始めた『免疫療法』と言う
治療法に挑戦する事になりました。

『免疫療法』と言うのは、赤ちゃんのママとパパの血液型の適合性の問題による胎児死亡に
有効とされていて、パパの血液からリンパ液を分離してママの体に注射する方法です。
症例では1回ではすまなくて、妊娠前に2〜3回、妊娠後に4回くらい・・・
採血に行くのもその後に注射を受けに行くのも少し大変でしたがなすすべも無く
子供をあきらめかけていたので、わずかな期待を込めて治療に通いました。


免疫療法を始めて、しばらくしてから妊娠が確認されて、でもまたがっかりしたくないので
ひそかに喜んでいたのですが、その後何事もなく順調な妊娠生活を過ごす事ができて
帝王切開で元気いっぱいに生まれてきたのがおにいちゃんのゆうすけです。

最初の流産から6年の月日が過ぎていましたが、お腹の傷の痛みがまったく苦にならない
ほど、安堵感と喜びでいっぱいでした。
あの日からもう、8年、小学校の2年生になり甘えん坊の中に
ちょっぴり自我も芽生えてきて、反抗期に足をかけているおにいちゃんだけど
お母さんはあの日のあの感動をけっして忘れないよ。

また、6年もの長い期間、見守ってくださった産科の主治医には感謝の気持ちでいっぱいです。